CDは、ADからすると、この点でたしかに、物理特性が向上し、SN比の劣化や材質による固有現象といった未知の要素が入り込む余地が少なくなったように見える。しかし、それは、そう見えるだけであって、どうやら、解らないことが多くありそうである。理論的には、ADより、すっきりしていることはたしからしいし、今の段階で、僕のような素人が、あてずっぼでものをいうのは危険であるから慎しむべきだとは思う。
しかし、接すれば接するほど、ここにも、問題は潜んでいるようにも感じられる。既にCDプレーヤーの項で述べたように、ディジタル録音の一大特徴である、誤り訂正や補間という機能は、音色とも複雑に絡み合ってくる。CDそのものの性能の優劣は、今のところ、エラー・レイトで代表される。つまり、単位時間内にどれだけのエラー(読み取りミス)が生じるかという度合である。だから、CDそのものの不備は、CDプレーヤーの頭の良さでカバーしているのである。CDが完璧ならCDプレーヤーの動作はずっと楽になるし、CDにミスが多い時は、CDプレーヤーが獅子奮迅の活躍をしなければならない。
つまり、物理条件が大幅に変化するわけで、これによる音色の印象の違いは起こらないはずはない……という推測は成立ちそうである。また、CDプレーヤーのピックアップ・メカニズム回りの剛性や重量の音色への影響も複雑で、今、流行のCDスタビライザーが、どういう働きで音に変化を与えるのかも明確には判らないというのが実状である。メーカーの実験では、スタビライザーはエラー・レイトの変化としては認められないという話しも聞いた。回転するCDの重量が変化するため、回転制御のサーボ系に、かえって悪い影響を与えるかもしれないという話しも聞いた。しかし、僕が使った範囲では、たしかに、良い面もある。
このような問題が存在すること自体、CDも安易に理論通りに動作するものだと信じ込むわけにはいかないのである。そして、こういう不安定ともいえる、決して絶対とはいえない条件に対して、録音制作というソフトウェアは柔軟に対応するものであるから、CDのためのディジタル録音にも複雑なノウハウが既に蓄積され始めた。今や四〇〇〇タイトルにもなろうというCDが発売されているが、その録音はまさに玉石混淆である。
最近、数多く発売されるようになった、かつてのアナログ録音による名盤のCD化を聴くとCDそのものは、受け皿として優秀なものであることが解る。ほとんどの場合、そのオリジナルのADより優れていると思えるからだ。実際は、ここにも書き出したらきりがないほど、複雑な楽屋裏の話しがあるのだが、単純にいって、CDは優秀な媒体である。だから、おかしなディジタル録音より、完成度の高いアナログ録音をマスターとしたほうがよいCDが出来そうだと思えるほどである。
いずれにしても、こうしたバックグラウンドをもつレコードなくして、リスニング・ルームに素晴しい音楽は響かないのであるから、オーディオの楽しみはレコード選びにあるといってもよい。レコードに疑いをもつことも好ましくはないが、過信するのもよくない。世の中には大変謙虚な人がいて、どうも低音がブーミーだといっては、ブーミーな低音の録音されたレコードをかけて悩み、また、どうも高音域がざらついて気になるといっては、高域の歪んだレコードをかけて悩んでいるという実態がなきにしもあらずである。アマチュアどころか、プロの中にさえ、こういう人がいる。僕が、前に会った某カートリッジ・メーカーの技術者がそうだった。レコードを素直に信じすぎて、全ては自分のカートリッジのせいだと取越し苦労をされているのである。こういう人に限って、一度それに気がつくと、今度は全面的にレコード不信に陥る危険性があるものだ。これも困りものである。