レコードの録音の優劣という問題は複雑である。録音評というものがあって、優良可で評価したり、点数をつけたりしているが……実は僕もさせられているのだが……、そんな大ざっばなことでは済まない意味が裏に潜んでいる。録音評をしている人の全てが悩やんでいる問題であろう。同じ九十点でも、あるいは可でも、ありとあらゆる内容のちがいがあるといってよい。
録音の物理的条件、つまり、周波数帯域、ダイナミック・レンジとSN比、歪の三大条件は、中でも比較的単純にいく。しかし、それでさえ、試聴するシステムによって評価が異なる性格をもっている。特に歪に属する類いのものは、それが大きい。ある種の歪、例えば、ヴァイオリン群のようなオーケストラの中の高域楽器の音などは、装置によって同じレコードとは思えないほど、刺激的に鳴ったり滑らかに鳴るものである。また、同じ装置でも調整によって異なるし、一部のコンポーネントの変更(例えば、カートリッジやトーンアーム)によっても変る。また、ある特定の装置で、Aというレコードのヴァイオリン・パートが滑らかに聴こえ、Bというレコードのそれが汚れて聴こえたとしても、装置を変えると、ABが逆転するという場合さえ起きるのである。
音楽録音の物理的条件は測定によって判定するのは不可能であるし、ほとんど無意味でもあるので、物理的条件とはいっても、聴感上のものであり、機材を通して聴く以外に方法はないわけだから、決して定量的な評価ではない。そして、音楽である以上、作品の性格によって、いかにもワイド・レンジに聴こえるものや、ナロー・レンジに聴こえるものがあるのも、印象に大きな影響を与える。
調性や楽器編成、作曲上、編曲上の音や楽器の使われ方、楽器の個性、奏法による個性などが、録音機材の特質と、その使われ方(技術的な意味における)、制作者のコンセプトとセンスに結びついて、千変万化の音を生むのがレコードというものである。だから、作品として出来上がった一枚のレコードを分析的に聴いて、どの部分が物理的条件に起因するかというような問題を正確につきとめるのは至難の業であろう。
音楽、演奏、録音、再生というプロセスの中での、多くの固有現象の複雑な絡み合いの結果が、スピーカーから再生されるのである。録音の固有現象については、ここに、その全てについて述べる余裕はないが、小は機器の個性や機能から、大は録音コンセプトに至るまであって複雑きわまりない。中でも、録音制作者によるコンセプトというものが、レコード音楽の固有現象としては音楽的に最も重要な要素であるといえる。