この辺から、CDの過大評価の面について話しを移すことにしよう。
 CDは、その当初、まるで夢のような宣伝がされた。今でも、それは一般層に浸透していて、傷もホコリもなんのその、寿命は永久、しかも、ディジタル録音だから絶対に音は最高で、もう録音による音の違いも、再生装置による違いもなくなった……と思っている人が多い。
 オーディオ・ファンの中にはさすがに、そう考えている人は少ないと思うが、一般層では、ほとんどの人がそう思っているのは事実である。それどころか、何らかの形でCDに関連した仕事をしている人の中にさえ、そう考えている人もいるのである。つい最近も、某自動車メーカーのカー・ステレオ用CDプレーヤーの担当者に会ったが、彼はCDに関して、そう信じ込んでいた。また、某ヤング向け雑誌の編集者にもそう考えている人がいた。初期の過大宣伝が利き過きているのだろう。はっきりいって、初期のCDに関する過大宣伝のほとんどは間違いばかりである。
 傷は大変つきやすいから注意して扱うべきである。特に、円周に沿っての横傷は致命傷である。中心から外周へかけての縦傷はよほどひどいものでなければ害はないが……。ホコリや手垢も決して影響がないわけではない。盤面は汚さないようにすべきであるし、汚れたらクリーナーできれいにするほどよい。この際、中心から外周へ向ってふくようにしないと有害な横傷がつく危険性がある。傷もホコリも汚れも大丈夫ですといったメーカーから、詳しい注意書きつきでクリーナーも発売されている? からどうぞ。
 寿命が永久かどうかは誰も知らない。神様だけが御存知である。とにかく、三年足らずの商品であり、メーカーの実験室内でもそう長期間はもとより、あまり、十分な経時変化試験を終えて出てきた製品とも思えない。なにしろ、しつこいようだが、発売の一年前まで、汚れや傷には無関係といっていたぐらいであるから……。しかし、非接触のレーザー光による読み取りであるから機械的磨耗は心配ないので、かなりの長寿命であろうことは想像出来る。ディジタル録音だから、音が最高だというのは、少々問題があり、解説を要するようだ。
 前にも述べたが、CDは16ビット、44・1kHzというフォーマットによるディジタル録音である。乱暴ないい方だが、ディジタル記録装置は、このビット数が多ければ多いほど、そして、サンプリング周波数が高ければ高い程、高性能になる。CDのフォーマットが決定された根拠は、人間の耳の可聴周波数帯域は20Hzから20kHzであり、音楽の録音再生に必要なダイナミック・レンジは90dB以上あれば十分だということから来たものらしい。不必要に、ビット数を増やしサンプリングを上げることは不経済であり、必要十分なところに決めるというのは納得がいく。
 しかし、音というものは自然界には、もっと幅広い周波数帯域をもって存在しているし、人によっては、20kHz以上聴こえる人だっている。また、普通の人でも、たとえ20kHz以上が聴こえないとしても、そこで、ばっさり切られた音と、自然減衰のようにダラダラと下がった音では、かなり明確に音色の差として聴き分けられるという説もある。
 この実験はいろいろ難しい技術的問題を含んでいて、先頃も、某大学の研究室のこの問題に関する実験が新聞で報道され、何かと物議をかもし出したものである。実験システムをよほど周倒に、完全に近いものでおこなわなければならないし、特に、ある周波数で急峻にカットするフィルターは、より低い周波数に影響を与える場合も多く、そう単純にはいかない。CDプレーヤーの20kHzのカットに使われるフィルターも、音質に大きな影響を与えることで知られている。
 とにかく、ディジタル録音だといっても決して理想的なものではなく、特に商品となるにはある程度の限界で妥協したフォーマットが必要なのである。ディジタル録音再生の場合、このフォーマットの異なる機器同志は、そのままでは互換性はないのである。この点ではアナログ機器に比べて融通性はない。
 CDのフォーマットは僕自身、実感としては音楽再生に十分、目的を果すものだと感じているが、だからといって最高とはいえないだろう。事実、某外国メーカーのプロ用の機器で、このフォーマットよりサンプリング周波数の高いレコーダーでの録音再生を体験したことがあるが、音質はよりよかった。高音域はより滑らかで、音のボディも厚かった。デリケイトな間接音成分もより豊かなことが耳で確認された。だから、ディジタル録音だから……という言葉を単純に信じるのは危険である。
 CDフォーマットは、我々のように音に熱心な人間の要求を、まずまず満たしてくれるぎりぎりのところといった程度だと思うのである。
 さらに、録音再生というのは音の良さ、美しさという目的からすると、機器の性能が全てを支配するものではないということを十分知るべきである。録音というのは、そんなに単純なものではない。録音機だけがディジタルだから最高の録音だなどと考えるのは、とんでもない認識不足である。再生だって、既に度々述べているように、機器の性能は可能性であって、即、良い音が出るとは限らないのである。
 最後に、Tディジタル録音になると、もう音の違いはなくなるUというのは最も悪質か、あるいは無理解を露呈した言葉であって、これが公器である雑誌に掲載された時には、あきれ果てたものである。それもオーディオの専門メーカー広報部の発言であったから、その無責任さを責めてよいのか、浅はかさを笑ってよいのか困ったものである。どれだけ多くの人々から、この件について質問されたかわからない。なにしろ、まだ、実物に接したわけではなかったから、当時はやや返答に困ったが、そんなことになるのは考えられないと答えていたものだ。しかも、録音機と、その再生機だけがディジタル化されても、他は、従来通りのアナログ機器であるから、そんな魔法のような機械が現われるはずはないと答えていた。
 ディジタル録音そのものについては、僕もビデオ・テープレコーダーを使って何回も実験していたが、それでさえ、機材のちがいによって音は変化したのである。今なら、CDとCDプレーヤーについても、はっきり断言できる。音の違いは依然として歴然と存在する。
 録音制作というソフト技術から生れるCDは勿論のこと、CDプレーヤーも機種によって全部、音は違う。つい、この前も、五〇機種以上の各社のCDプレーヤーをテストしたが、ADプレーヤーほどではないにしても、音は千差万別であった。CDプレーヤーは多機能性、アクセスの速さや円滑さ、メカ・ノイズの静けさなどの操作性や操作感の違いは勿論のこと、それぞれ持味をもった音を出すオーディオ機器である点、他のアナログ系の機器と大差はないのである。
 このことは、裏返せば、オーディオ機器として、専門メーカーにとって、まだ、いろいろ努力する余地もあるということになる。ただ、フォーマットによる制約はいかんともなし難いので、やがて、スーパー・CDとでも呼ぶべきものも登場するかもしれない。それが、CDの形をとるか、あるいは、もっと別の何らかの未来的なテクノロジーの産物として現われるか、いずれにしても、現在のCDが数十年という長い期間の主役の座を保つかどうかは甚だうたがわしいと思うのだ。せいぜい長くて今世紀一杯、つまり、あと十五年ぐらいの命だろう……。
 CDに記録されているディジタル信号は、ピットと呼ばれる、極く小さな凸起の集合で、これを精密なレーザー光が読み取る仕組みであるが、その凸起の大きさは小さいものは0・5ミクロンの短径、0・9ミクロンの長径の楕円形、大きいものでも長径はわずか3・2ミクロンほどで、厚さは0・1ミクロンしかない。これが、いかに小さいかは、人間の髪の毛の直径が約100ミクロン、毛細血管で5ミクロン径、血液中の赤血球が8ミクロン径の円形で厚さが2ミクロンある……という数字と比較してみれば理解していただけるであろう。
 この小さなピット群が、その数は、一枚のCDに十八億から二十億以上も成型されている。そして、一秒間に、このピットを五十万個も光レーザーは読み取っているのである。CDを回転させるモーターは勿論、光レーザーでそのピットを追跡して読みとるピックアップ・アッセンブリーは、エレクトロニクスのサーボ機構でコントロールされているとはいえ、完全な機械構造である。いわば超モダンなオプトエレクトロニクスと原始的なメカニズムとが同居しているようなものである。
 そして、CD自体はフォト・プロセスで作られる原盤によって、ポリカーボネイト材に成型されたものだ。その上に光を反射させるべく銀鏡メッキ処理がされているのだが、この製造プロセスも、よくもまあ、あの微小なピットを正確に成型出来るものだと感心させられるのである。当然、多少の成型不良も生れるし、再生においても、トレース不良による読み取りの誤りや、取りこぼしは生じるのである。
 これが、そのままではお話しにならないのだが、そこが、01、0lの組合せによるディジタル信号記録システムの凄いところで、補間や誤り訂正信号処理回路によって、短時間の欠落や誤りは、ちゃんと元通り出てくるという、頭の良さをもっているのである。CDプレーヤーに実際に搭載されている高度な訂正信号処理LSIの中には、訂正もれの生じる確率が二十万年に一回という高性能なものもある。
 アナログ・ディスクからすると、桁違いの精度だが、こんなに凄いものが、短期間に登場してしまった技術からしても、逆に現在のCDの主役たり続ける期間はそうは長くないことが想像されるのである。現に、ポストCDたり得る可能性をもったものが、アイデアと実験段階なら、いくつも後にひかえている。
 それはともかく、目的の音となると、そんな高精度の機械やオプトエレクトロニクス・テクノロジーなどに驚かされ、感心させられているわけにはいかない。どんなものでも音が悪ければ、オーディオの世界では無意味である。難しい理論や、気の遠くなるような数字をいくら並べたてられてもオーディオ愛好家には関係ない。結果の音が悪ければなんにもならないし、音の判断は全く別の問題である。
 ここまで、CDの事を書いてきて、少々CDを持上げ過ぎているような気もするが、現状でのCDの音はそれ程革命的とまではいかない。はっきりADよりいいと云える点は、ノイズ・レベルの低さだけだといってもよい。
 同じマスターからのCDとADを比較してみていえることは、そのノイズの問題の他には、同程度の値段の機械なら、たしかにCDのほうに分があるという程度である。この場合、ADプレーヤーにはイコライザー・アンプがないから、十五万円のCDプレーヤーなら対抗するADプレーヤーは十万円程度と考えたらなおさらだ。だから、今、一番安いCDプレーヤーは約五万円だから、ADプレーヤーは二〜三万円でなければならず、とても勝負にならない。
 つまり、安いほうではCDプレーヤーが有利なのである。CDプレーヤーは最低レベルは確かに水準が高いのだ。そうなると、CDソフトがADより安いか、少なくとも同じ価格ぐらいになってくれないとCDの真価が発揮されないことになる。それどころか、ポピュラーや歌謡曲のシングル盤に相当するCDが今のところないのだから片手落ちである。カラオケでは大分頑張っているようだが、あれはCDソフトが最適のメディアなのかもしれない……。
 高級機器でのCDとADの比較は単純にはいかない。ADプレーヤーの項で述べたように、AD再生は底知れぬところがあって、ディスクに入っている情報は大変多いので、カートリッジをはじめとして、プレーヤーの総合特性を上げていくほどに音がよくなっていくという魔性的なところがある。しかし、これは、オリジナルが優れたアナログ録音である場合であって、ディジタル・オリジナルのものは様子が違う。ディジタル録音は、前にも書いたように、そのフォーマットによって記録密度が変る。保証された記録密度以下でも以上でもないという明解さなのである。いってみれば、ディジタルは平均して優等生的な生徒の多いクラスのようであり、アナログは、悪い子もいるが、飛び抜けて優秀な子もいるクラスのようなものだ。ディジタルは文部省指導型の平均的教育であり、アナログは、才能教育型のようでもある。
 だから、平均点ではCDが得するが、これでなければ、という魅力の点ではアナログが勝る場合がある。ただし、現在のところ、本当に最高のCDソフトとCDプレーヤーが、どんなレベルまでいくものかは、発売されて三年足らずでは解らないというべきだろう。
 既に、ディジタル系とDAコンバーター以後のアナログ系をセパレートした高級モデルも二機種(昭和六〇年五月現在)ばかり発売された、マニア用の高級CDプレーヤーはこれから本格化する段階である。ディジタル系で読みとった情報を、いかに音にかえるかというところには、アナログ機器同様の木目の細い技術センスを必要とするようだ。
 CDプレーヤーの普及型、高級型の差は情報量にはそれほど大きな差がないはずである。理論的には全くないはずである。これがCDプレーヤーの大きな特徴だから、低価格のCDプレーヤーに陽が当り勝ちである。ではCDプレーヤーの価格差は一体何なのか? 音の差はないか? という疑問が当然生れてくるだろう。
 現実に音の差は大いに認められる。言葉で正確に表現するのは難しいが、その差は情報量の差もなくはないが、それより大きいのはグレイドの差(結果的には音のクォリティの差として現われる)とでもいうべきものである。
 乱暴な例えで恐縮だが、料理の品数と味の関係のようなものだ。CDプレーヤーの場合、価格が違っても、出される料理の品数には大差はなく、その素材のグレイドや味に大きな違いが出る。ADプレーヤーの場合は、値段によっては素材のグレイドは勿論、この品数にまで大差がついてしまうのだ。その代り、代償次第で、きめられた品数以上の特別料理が出てくる可能性もある。反面、俗にいう下手物が出てくる危険性もなくはない。CDプレーヤーではこんなことはなく、安くても高くても、品数は同じようなものである。内容が違うのだ。
 そして、店によるメニューのセンス、味の個性ということでは、CDプレーヤーもメーカーや機種によって違いがある。ADプレーヤーほどではないにしても、個々の音は情趣が異なるのである。
 量だけで見るから、CDプレーヤーはどれもこれも同じだというような誤った見方になるのである。
 さらに、レストランや料亭のサービスの違いにあたるのが、CDプレーヤーの機能やアクセスであろう。これは大いに違いがある。ただ、現在のところ、まだ成長期にあるためか、価格の違いに必ずしも比例せず、メーカー間での格差が大きい。動作の円滑さ、静粛さ、迅速性などが、マイコンのソフトウェア・コンセプトの差と共に、玉石混淆の現状である。レストランや料亭での食事ではそのサービスの質とセンス、あるいは器などが味にも大いに影響するし満足感を左右するように、これも高級器にあっては、重要な問題だろう。残念ながら、現在のCDプレーヤーのデザインや作りの質を含めたこの面での水準はいまだしの観が強い。
 一九八五年のCDプレーヤーは、これで十分であろうという甘い考えが残っていて、まだまだ、CD自体の音を万全に両立してくれているとは思えない。料理の品数は満たしていても、その素材の生かし方には研究や改良の余地が大いに残されているといいたい。