理由はともかくとして、コーナーホーンタイプのスピーカーというのが、ある一時期ではあっても最高級スピーカーの座にあった。そのコーナーホーンシステムが、いつ頃から、どういう形で家庭用の高級スピーカーとして考案されたのか、その源流を探ってみる。
AR誕生のいきさつは既に書いたとおりだが、コーナーホーンは、ARのように全く新しい発想というのとは少し違う。
現在でもアルテックのスピーカーのカタログの中に、A−7という製品が現役として載っている。現在A−7Xと型番が変わったが、見た目は昔とほとんど変わっていない。
このスピーカーの横腹には、紙のシールが張ってあり、そこには The Voice of the Theater と書いてある。ボイス・オブ・ザ・シアターというのは、アルテックの登録商標らしいが、しかし一般にこの種の製品を、シアターサプライ、とか、PAスピーカー、などと呼んでいる。
シアターまたはPA用というのは、劇場をはじめとして公共的なホールやオーディトリアムその他、おおぜいの人を対象に、音楽やアナウンスを再生するための装置をいう。
シアタースピーカーは、その名のように、最初は映画のトーキー化とともに、映画劇場での音声再生用として誕生した。ハリウッドが栄えるとともに、映画の録音・再生を支配したのがウェストレックス・サウンドシステムで、こんにちでも映画の字幕には、ウェストレックスのマークが入っているものが多い。
そのウェストレックス・サウンドを再生するためのスピーカーが、アルテック(および一部JBL)で作られた。ボイス・オブ・ザ・シアターという名はそこから来ている。
そしてハリウッド全盛時代。費用も手間も惜しみなく作られた数々の名画、あるときは世紀の美男美女の恋のささやきが、あるときは嵐の場面が、ナイアガラの滝の轟音、列車の、レーシングカーの、雷鳴の……、およそこの世のありとあらゆる音が、スクリーンに映し出され、観客を酔わせる。
そのあらゆる音を再生するのがシアタースピーカーなのだが、スピーカーに要求される性能は、恐ろしく過酷である。どんな大きな音量でも音が割れたりビリついたりしてはいけない。広いシアターの隅々まで、明瞭度の高い音声をサービスしなくてはならない。恋のささやきがムードをこわすような、バケモノのような音になってはいけない。美女の語る声はあくまでも美しく、バックに流れる音楽もまた美しく、それでいて雷鳴は肝を冷やすような迫力で……。
アルテックのA−7Xはそういう要求を満たすスピーカーだ。広い劇場やホール。そこでおおぜいの聴衆に、できるかぎり明瞭で、しかし十分に生々しく、それでいて不快な音を鳴らさずに適度に音を美化して聴かせる。これがシアタースピーカーに課せられた条件であった。
こうして作られてきたシアタースピーカーを基本にして、それを一般家庭用にアレンジしたのが、コーナーホーン・システムだということができる。
シアタースピーカーは、広い劇場で大音量で再生することが目的だから、聴き手に不自然さを感じさせない範囲で低音をカットしてある。本ものの低い低い低音を十分に再生したら、劇場ではかえって、観客に妙な振動音やうなりを感じさせて不快感を与える(数年前、「大地震」という映画で、わざと超低音を再生して観客に不安感を与えた。この例でわかるように、非常に大きな音量で再生するときは、普通は超低音を切り捨てるほうが、聴き手に快さを与える)。
しかし家庭で、音楽を鑑賞するには、もう少し低音の量感が必要だ。しかもコーナーホーンはモノーラル時代に作られた。部屋のコーナーに置くように外形をアレンジすれば、スピーカーがふたつの壁と床面と、合計三つの壁面に囲まれる形になり、メガホンの原理で低音の量感がグンと増す。ブックシェルフスピーカーでも、部屋のコーナーに置いてみれば、このことは確かめられる。モノーラルで、一本のスピーカーで、楽器のナマの量感を出そうとすれば、このようにして低音を最大限に増強する必要があった。
シアタースピーカーと家庭用のコーナーシステムとは、ここのところが大きく違う。
これを最初に考えついたのが誰なのか、いまではよくわからなくなってしまった。ただ、私は二、三の事実からこれが天才J・B・ランシング(JBLの創始者)の考案ではないかと思っているが、いまは詳しく書かない。
いずれにしても、シアタースピーカーを、コーナー型という形で家庭用にアレンジした着想は、当時としては大変すばらしかった。にもかかわらず、前述の理由から、このタイプがこんにちほとんど姿を消して、T幻の名器Uと呼ばれるようになってしまったのは、少々残念な気がする。
シアタータイプ(劇場用、PA用)のスピーカーのことを、プロフェッショナル用とも呼ぶ。もっとも、アメリカで普通「コマーシャルユース」といういいかたをする(商用とでもいう意味だが、日本でのいわゆるプロ用のこと)。プロ用という表現を安直に使いたがるのはどうやら日本人の好みであるらしい。
それはともかく、一般家庭用でなく、公共の、パブリックな場で、おおぜいの聴き手を対象として音をサービスするスピーカーをシアター用でありPA用と呼ぶのに対して、そのもととなるプログラムソース(映画やレコード、その他の録音や実況中継やラジオ・TVの放送等)を制作する過程で、音をつくる技術者(いわゆるミキサー・レコーディングエンジニア等)が、いま制作中の音を、随時聴き分けるために使うスピーカーを「モニタースピーカー(モニターは監視するという意味)」という。
最近では、ずいぶんいろいろのスピーカーに対してモニタースピーカーの呼び名を濫用しているが、その混乱の整理はもう少しあとにして、つぎに、アメリカにおけるモニタースピーカーの源流をたどりながら、こんにち、モニタースピーカーが一般の愛好者にも好まれるようになるまでの過程をたどってみよう。