アームの先端部、レコードの音溝をトレースしてゆく繊細な針のついた部分を、ピックアップの「カートリッジ」と呼ぶ。この部分を内外さまざまなメーカーの、いろいろなタイプに交換することによって、微妙な、しかも多彩な音色の変化を楽しむことができる。カートリッジの交換は、コンポーネント・ステレオのパーツの交換またはグレードアップを、最も簡便に楽しめる部分といえる。
 この、カートリッジの交換は、こんにちの日本で普及している多くのレコードプレイヤーを前提とするかぎり、非常に容易だ。アーム先端部で、カートリッジをとりつけている部分は「ヘッドシェル」と呼ばれる。ヘッドシェルは、アームの本体である直径約一〇ミリの軽合金パイプの先端にさし込まれ、締めつけ式(スピゴット式)のコネクターでしっかりと接続される。
 この「プラグイン式コネクター」とも呼ばれるヘッドシェルの交換方式は、こんにちの日本では、大半のメーカーの、大半のプレイヤー(アーム)に共通の、ほとんど統一規格といってもよい互換性を持っていて、A社のヘッドシェルを、B社のアームにとりつけられるし、C社のアームにD社のヘッドシェルがとりつけられる。
 つまり、アーム(を含むプレイヤー)とヘッドシェルが別々のメーカーの製品であっても、その大半が相互に自在にとりつけられる。
 私たちは、日常、この便利さの恩恵に知らずに浴しているが、この便利な互換性は、決して国際的なものでなく、ほとんど日本のオーディオ製品だけに限られるとさえいってよいほどだ、ということはあまり知られていない。
 この便利なコネクターは、もとをたどってゆくと、西独に始まりヨーロッパに広まったプロ用ピックアップで最初に創案された。その最初のメーカーがどこか、いろいろ調べてもよくわからないが、西独ノイマン、EMT、それにデンマーク・オルトフォンのいずれか、らしい。少なくとも前記の三社が、ヨーロッパでは、スタジオ用等のいわゆるプロ用のプレイヤーシステムとアームおよびカートリッジの代表的なメーカーであって、一時は、ノイマン、EMT、オルトフォンのプロ用のコネクターは共通の互換性を持っていた。このコネクターは、いまでもEMTのプロ用プレイヤー、アーム、およびカートリッジTSDシリーズにそのまま残っている。前にカートリッジの章で紹介したノイマンのDSTのコネクターは全く同じ形をしているし、オルトフォンのA型シェルのコネクターにも、一部にこの規格のものがある。
 ところで、このヨーロッパの三社のコネクターは、図Aのように、いわば菱型に並んでいる。その理由がなぜか、長いことよくわからなかったのだが、たまたま、一九八〇年の秋にオルトフォンの本社・工場を訪問した際、本社の陳列室に、ごく初期のモノーラル専用のカートリッジとヘッドシェルをガラスのケースの中に発見して、この疑問は一挙に氷解した。まったく単純な理由だったのだ。
 図Bをご覧頂けば、もうなにも解説の必要はあるまいが、モノーラルのころ、ピンは図Bのように、ごく素朴に二本並んでいた。これをステレオ化するにあたって、モノーラル用との互換性を持たせようとすれば、あと二本のピンのゆきどころは、当然図Aのようになる。疑問が解けてみれぱ、なあんだ! ということになる。
 オルトフォンは、G型ヘッドシェルを作ったとき、これをA型のヨーロッパ・プロ規格と区別するために、コネクターのピンの配列をわずかに変えて、意図的に互換性をなくした。それが図Cで、このG型ヘッドシェルを、初期のSMEがそのまま流用した。というより、あとで私自身がSMEの創始者エイクマンに直接会って確かめたことだが、エイクマンは、SMEの最初のモデルを市販した当時、オルトフォンのSPU−G型を自分の再生装置のカートリッジとして愛用していた。いいかえれば、SMEの最初のアームは、エイクマン自身が、SPU−G型の性能を最高度に発揮させるために作りあげた、プライベートなアームだったとさえいえる。
 だが、この一種の偶然が、あとで振り返ってみると、オルトフォン/SME型ともいえる合理的なプラグイン・コネクターを、こんにちの日本で広く普及させるきっかけとなったのであった。