トーンコントロールは積極的に活用すべきだ。これがわたくしの主張です。前項では、そのための予備実験として、トーンコントロールを大幅に動かして、その変化するありさまを、実験の音で確かめていただいたわけです。ところが、オーディオ・ファンのあいだには妙な迷信があります。それは、トーンコントロールをあまり大幅に動かすのはよくない、とか、トーンコントロールで補整しなくては良い音にならないような装置はどこかに欠陥があるのだ、とか、ひどい人になると、トーンコントロールはツマミの中央――フラット――のところ以外に動かすのは間違いだ、などという。それらの考えかたや感じかたが全面的に正しくないとはいえませんが、しかし、トーンコントロールを動かすのが正しくない、なんておかしな話はありません。いじってはいけないツマミが、どうしてアンプのパネルについてなどいるものですか。
しかし、そうしたトーンコントロール・アレルギーを解消するには、トーンコントロールを、なぜ、活用する必要があるのか、低音や高音を、なぜ、強めたり弱めたりする必要があるのか、そのことを知っていただくことが第一でしょう。
それを説明するには、トーンコントロールそのものの説明からしばらく離れて、ほかの部分に話題を移さなくてはなりません。いささか分裂症的に話があちこちに飛びますが、しかし、オーディオというもの、一カ所だけを考えているわけにはゆかない、はなはだ有機的な関連のあるものなのです。で、話はスピーカーとリスニングルームにいきなり飛びます。
置き場所によって同じスピーカーの音色が大幅に変わる
オーディオ装置の音質を支配するのはスピーカーです。そのことは239ページに書きましたが、たとえどんなに優秀なスピーカーを手に入れることができたとしても、それでは不十分です。なぜかといえば、どれほど良いスピーカーでも、それが置かれている部屋の音響特性や、その置き方の上手下手によって、せっかくの良い特性がめちゃめちゃになってしまうことがあるからです。
スピーカーにかぎりません。楽器でも歌でも、すべて発音体は、それ自体の音のほかに、それが置かれた部屋の響きによって音色が大きく影響されます。同じ音楽家の鳴らす同じ楽器が、ホールが違うと別もののような音色になります。注意深い人なら、自分の声が、自宅の玄関と居間と浴室とでは響き方が違うことに気がつきます。たいていのオーディオ・ファンなら、自分の装置(ことにスピーカー)を決定する前に、ショールームや販売店や友人の家で試聴したことでしょう。そして決めた同じスピーカーが、自分の家ではまた全然違った鳴り方をするのに驚いた経験があるはずです。これは、スピーカーの音がそれ自体でなく、部屋の響きをともなって聴こえるからにほかなりません。部屋の響きは、それ自体意識されないのに、その部屋で音が発せられれば、いやでもその部屋の響き(音響特性)で鳴るのです。このことは、どんなスピーカーでも、スピーカー自体の音質プラス部屋の響き、として聴こえることを意味します。
部屋の響き(音響特性)が良くなくては、いかに優秀なスピーカーでも決してよい音色で鳴ってはくれないし、少しぐらい欠点のあるスピーカーでも、部屋の響きがうまくミックスされて、実にきれいな音で鳴る(聴こえる)場合があるのです。
そこで、部屋とスピーカーの相性、みたいなことが論じられます。部屋が良くなくては、良いスピーカーを買うのは無意味だ、とか、こういうタイプの部屋には、こういうスピーカーは合わない……などと。これもまた、一面だけからしか、ものごとを見ない迷論です。たしかに、部屋の響きが良くなくてはスピーカーを生かせません。けれど、同じ部屋の中でも、スピーカーの置き場所をあちこち研究することによって、部屋の響きを改善することができます。スピーカーの置き場所を、ほんの数十センチ移動するだけで、あれっ? とびっくりするくらい、音色が改善されることがあるのです。そのコツはこれから述べます。
もうひとつ、前の補足になりますが、部屋が悪いから、良いスピーカーを買うのはムダ、というのは全然デタラメです。部屋の特性に欠陥がある場合には、そこに置かれたスピーカーの本来持っている能力が十分生かされない、というだけの話であって、スピーカー自体の優劣の順位がそのことで変わりはしません。たとえば、ストラディバリウスと安もののバイオリンを鳴らしたとき、ホールが良ければその差はれき然と出るでしょうし、響きの悪いホールではその差が少なくなるかもしれない。けれど、悪いホールでは、悪いバイオリンのほうがストラディバリウスより良い音で鳴る、なんていうことは絶対起こりえません。要は、部屋の条件の如何にかかわらず、良いものと悪いものとの順位が変わることはない、ということ。そして、たとえ部屋の響きに多少の欠点があっても、それだから良いスピーカーを買うのはやめなさい、などというのは迷信もはなはだしい、ということです。そして、繰り返しますが、スピーカーの置き方、置き場所を研究することによって、部屋の欠点をあるていどカバーすることができるのです。
さて、そこでトーンコントロールの話……? いいえ、まだです。しばらくのあいだは、145ページでの実験――トーンコントロールを大幅に動かして、音の違いをたしかめる――を繰り返して、トーンコントロールを回すことによって、どういう音楽が、どんな場合に、どう違って聴こえるかを、身体ごと覚え込んでください。そして話の方は、あいかわらずトーンコントロールとは無関係みたいに進みます。もっと先になって、あっそうか! と合点していただけると思います。
スピーカーの置き場所を変えてみる
置き場所になって、スピーカーの音色が変わる、といいました。どう変わるのか――これもまた、トーンコントロールの実験同様に、みなさんご自身の耳で確かめていただくほかありません。音ばかりは、百万言をついやすよりも、まず、聴いていただくのが一番です。それには、「耳年増」でなく、実験精神にあふれた行動派でなくてはなりません。重いスピーカーの箱を、小まめに動かさなくてはならないのです。
■実験1d高さを変える
中型、大型のいわゆるフロアータイプのスピーカー、または三点セパレートセットなど、大きく重いスピーカー、そして、床の上にじかに置くタイプの、脚つきのスピーカーでは少々無理なので、ブックシェルフ型など、小型のスピーカーの持ち主だけ、この実験をやってみていただきます(図3−6)。
いま、あなたのスピーカーは、どのぐらいの高さに置いてありますか? 床(または畳)の上にじかに置いてあるか、何かの台の上に乗せてあるか、さまざまでしょう。ともかく、いまの位置から、ちょうどそのスピーカーの長手方向の寸法ぐらい、大幅に上下させてみてください。もしも床の上にじかに置いていたなら、小さなスツールでも電話やテレビの台でもふみ台でも、あるいは雑誌を積み重ねてもよい、ともかく50〜60センチの台の上に乗せてみます。あるいは、何かの台の上に乗っていたなら、台をはずして、床の上にじかに置いてみる。また、もしもいままでの台が、20〜30センチていどの比較的低い台であれば、前記のような50〜60センチの高い台を用意して乗せてみる。
ともかく、大切なことは、スピーカーの箱一個ぐらいの幅で上下させてみて、同じスピーカーの音色がどれほど大きく変化するかを、まず聴きとっていただきたいのです。
結果はどうでしょう。たいていの方が、へえ! とびっくりするぐらいの音色の変化を体験されたことと思います。
スピーカーを上に上げたときと床におろしたとき、どちらが音が良くなるか、それは、おのおののスピーカー本来の音色や、部屋の音響特性の違いによって、一概にはいえません。
いままでの置き方の方が音が良かった場合もあれば、置き方を変えてみて、いままでよりも良い音質で鳴った場合もあるはずです。その点はケース・バイ・ケースですが、音色の変わりかたの傾向は、おそらく次のようになるはずです。
第一に、音の歯切れの良さ、という点では、床の上に直接置いたときよりも、床から20〜30センチ持ち上げたとき、さらに、50〜60センチ持ち上げたとき、そしてさらに1メートル以上も上げたとき……とスピーカーの位置が高くなるにしたがって、歯切れが良くなります。
たとえばシンバルやマラカスのような楽器の衝撃的な音は、スピーカーを床の上にべったり置いたときよりも台の上に乗せたときの方が歯切れよく、リズムが明快に、鮮明に聴こえてきます。
第二に、歯切れのよさの反対に音の厚み、重量感の点では、スピーカーが床の上に近づくほど良く聴こえるはずです。
コントラバスの弾むようなピッチカート、ピアノの左手の打ケンの唸るような重量感など、楽器の低音部の再現は、スピーカーの位置が上がるほど、軽く、薄くなってしまい低音が不足します。低音の重量感は、スピーカーの位置が低いほど、良く響く感じになります。
スピーカーを乗せる台としていくつかの例をあげましたが、台自体は、スピーカーの音に共鳴したり振動したりすることのないしっかりしたものでなくてはなりません。たとえばサイドボードのような、手のひらでたたくとボコボコと共鳴するような台では、その台自体の共鳴音がスピーカーの音色に共鳴して、音を極端に汚してしまいます。台が低音で共鳴すれば、台の上にスピーカーを置くことによって、かえって低音がよく出るような感じで鳴ることがあります。そういう共鳴をともなった音は、ちょっと聴いただけではごまかされますが、もともと楽器の低音とは音色も音の質も違うのですから、よく聴いていると、非常に不自然で、しかも濁った音であることがわかります。丈夫なスツールなどが、この実験にはことに適当です。というわけで、共鳴のない頑丈な台の上に乗せたりおろしたりしてみると、たとえば次のような音色の変化が生じます。
まず、床の上にじかに置く。低音は良く出るが音の歯切れが悪い。その結果、全体としてはモゴモゴとこもった、重い、鈍重な音色になる。
その逆に高い(50〜60センチ以上の)台の上に乗せてみる。歯切れよく鮮明だが低音の重量感の出にくい、全体としては軽い、薄い、ときには金属的な、やせ細ったやかましい音になる。
以上はほんの一例ですが、床の上直接と、何かの台の上と、ざっと1メートルも高さを違えてみると、これが同じスピーカーだろうか! と驚くほど、音色は逆の傾向になることが多いのです。
もしも現在使っているスピーカーが、低音の出にくい、音の鋭い、やや硬質の音であったとします。それを台の上に乗せたのでは、本来の傾向をいっそう極端な形に強調してしまいます。
そういうスピーカーなら、床の上に直接か、ごく低い(20〜30センチの)台の上に乗せる程度で、バランスの良い音質になるはずです。
その逆に、低音が少しボコボコしてしまりがなく、音の歯切れのよくないと感じるスピーカーなら、やや高めの頑丈な台の上に乗せてやれば、その弱点をある程度カバーできるでしょう。
……というように、スピーカーの高さは、もともとのスピーカーの性質によっていろいろコントロールしてみるべきものです。スピーカー自体の性質によって、それに合わせた置き方があるのです。
トーンコントロールを調整する
スピーカーの置き方によって前記のような変化があるとしても、すべてのスピーカーが、高さを変えるだけで良い音質に生まれかわるわけではありません。また前項でもすでに書いたように、部屋自体の音色のクセ(部屋の音響特性)は、スピーカーの高さだけではカバーしきれないほどに多様です。スピーカー自体の音色の多彩さと、部屋の特性の多様さを考え合わせてみれば、置き方だけで音質を改善するには自ら限度があります。
■実験2dスピーカーの高さに応じたトーンコントロール
まず、スピーカーを床(畳)の上にじかに置きます。たいていの場合、前記のように低音は豊かに鳴る半面、高音、中音の歯切れは悪く、こもった感じの音になります。
そこで、アンプのトーンコントロールの TREBLE(高音)を強調(時計方向に回してゆく)してみましょう。ビクビクしないで、最大のところまでいっぱい回しきってみます。すると、低音の豊かさはそのままで、こもって歯切れの悪かった高音域(シンバルなどはの衝撃音、ピアノの右手、バイオリンのハイ・ポジションなど)が際立ってきて、音の歯切れや分離が良くなってきます。
ターンオーバー切り替えのついたアンプでは、ターンオーバーを切り替えるたびに、TREBLE のつまみを中央から最大まで、繰り返し動かしてみます。
以上の結果、もしかすると、いままで不足だった低音がうまく出てきて、しかも中音〜高音の歯切れも分離も良い、すばらしい音質になるかもしれません。
あるいは逆に、低音がボコボコ出すぎて、しかも中〜高音部はシャンシャン、キンキンと嫌な音になって、トーンコントロールをどう回しても、音のバランスはめちゃめちゃにくずれてしまうかもしれません。
あるいはまた、低音も高音もまあ良いのだが、トーンコントロールをどう回しても、中音が引っ込んで、力強さのない、変に人工的な音にしかならないかもしれません。
それならこんどは逆にやります。
スピーカーは高い頑丈な台に乗せます。たとえば低音はちょうど良いが高音がきつすぎる、という場合には TREBLE を少々絞ります。ターンオーバー切り替えのある場合は、それぞれの場合で試してみることは前と同じ。
もしも高音や中音はそのままで低音の豊かさが不足、という場合には、トーンコントロールの TREBLE はそのまま(ツマミ中央付近)で、BASS のツマミを強調します。ここでもまた、ターンオーバー切り替えのあるものではそれぞれの場合を試みます。一般に、ターンオーバー100〜200Hzあたりでは、低音のごく低い、唸りのような音域だけが増えてくる感じになるのに対し、ターンオーバーを500〜600Hz以上にすると、音楽の中〜低音域全体が影響を受けて、音の厚みにれき然とした相違が出ます。
この場合、スピーカー自体の本来の特性、置かれる部屋の特性、その高さによる特性の差、そしてリスナー(聴き手自身)の音質の判断力の差、さらには聴いている音量の大小による低音感の違い(これについては後述)、あるいはレコード(放送、テープ)自体の音質の差、など多くの要素のからみあいによって、最適の置き方、最適のコントロールのかねあいは、大幅に異なります。定石のようなものがあるというのは迷信です。ケース・バイ・ケース。これしかありません。
スピーカーの高さを上げたときと下げたときの音色の変化、それに対応するトーンコントロールの変化と、それぞれの可変範囲の限界を、あなたの装置、あなたの部屋、あなたの耳で実感していただくことが目的です。同じスピーカーが、それを置く台を変えたり高さを変えたりしただけで、音色が大幅に変化する。その結果、スピーカーを動かす←→トーンコントロールをいじる、という二つの関連の中から、アンプのトーンコントロールの働きを知っていただくことが先決です。そしてトーンコントロールとは、それ自体孤立しているのではなくて、たとえばスピーカーの音色とのかねあいに応じてコントロールすべきものだ、ということを、実際に聴きとっていただくことが目的なのです。その実験をもう少し細かくしてみましょう。
たとえばトーンコントロールの TREBLE を強調すれば、楽器の高音域が際立って浮いてくることがわかりました。
一方、スピーカーのほうにも、似たようなコントロールがついています。キャビネットの背面、または正面のグリルをはずしたスピーカー取り付け面のところに、一個ないし三個の(製品によって数は違う)ツマミがついています。これにもトーンコントロール同様、スイッチ切り替え型と連続可変型の違いがありますが、トーンコントロールの
TREBLE を強調したり減衰させたりするのと同じに、高音域を際立たせたり、逆に甘い音にしたりすることができます。これをスピーカーの「レベルコントロール」と言います。
スピーカーのレベルコントロールのいろいろ
ところで、スピーカーのレベルコントロールには、トーンコントロールと同じようにいろいろのタイプがあります。大きく分けると、つぎの二つのタイプに分かれます。
Adつまみが一つのものと二つ以上のもの
レベルコントロールがひとつだけのものは、それを回すことによって、スピーカーの高音域だけが増減します。レベルコントロールが二つあるものは、それに加えて中音域も単独に増減できます。つまり、前者よりも細かな調整が可能です。
例外的に三つあるもの、また、つまみが二つであっても、中音と高音という働きではなく、別の働きをするもの(例d英国タンノイのスピーカー)などがあります。普通の場合は、前記のように、高音だけ強調するものと、中音と高音の二つを調整できるもの、とがあるわけです。
Bdスイッチ切り替え型と連続可変型
この点はトーンコントロールに似ています。中点(または最良点)をノーマル(NORMAL)と表示して、そこからスイッチでパチパチと切り替えて、レベルを上下させる(高音や中音を増減させる)ものと、アンプのボリューム・ツマミのように、ぐるぐると回転して、無段階に増減させるタイプがあるわけです。一般的に、スイッチ切り替え型は
NORMAL に対して INCREASE(強調)と DECREASE(弱める)の2点に働きます。スピーカーによっては、上、下、それぞれ2点ずつ細かく調整できるものもあります。
連続可変型のほうは、スイッチ型に比べると、もっと細かく調整できると同時に、スイッチ型よりも大幅な調整ができます。
以上のことを知っていただいた上で、さて、例によって実験にかかります。
■実験3dスピーカーのレベルセットとトーンコントロールの関係を調べる
すでに説明したように、中音や高音の変化を聴きとるには、スピーカーを、タタミや床の上ではなく、何かの台の上に乗せて、スピーカー・キャビネットの中心が、座って聴く耳の高さぐらいに位置するように置くとよいことがわかりました。これから述べる変化を聴きとるには、その置き方のまま、実験3に入ります。
トーンコントロールは「フラット」(またはノーマル、つまり中点)にしておきます。
スピーカーのレベルセットを最大(INCREASE または MAX)にします。ツマミ一つだけのものはもちろんですが二つあるものは(前記の例外を除いては)中音をそのままにして高音(HIGH
または TWEETER と書いてある方)だけを最大にします。おそらく、トーンコントロールの TREBLE をいっぱいに上げたときに似て、楽器の倍音が浮き上がって、華やかな音になってきます。そこで、いままで動かさずにおいたトーンコントロールの
TREBLE ツマミを逆時計方向に回し、スピーカーのレベルセットをいじる前の感じに近くなるまで調整してみてください。むろん同じにはなりません。こういう変化を聴き分けるには、ジャズならシンバルの連打、クラシックならオーケストラの斉奏の部分、あるいは弦合奏、ラテンのマラカスの音……など、高音楽器が際立って聴こえるレコードの同じ部分を何度も聴いてみます。
一度ではなかなかわからないかもしれません。その場合は、
1dトーン(TREBLE)フラット
2dレベルセット→上げる
3dレベルセット→もどす(ノーマル)
4dトーン→上げる
5dトーン→フラットにもどす
6dレベルセット→上げる
7d…………
――というように、何度も何度も繰り返しレコードの同じ部分を聴いてみます。何度も聴くうちに、スピーカーのレベルセットで高音を強調したときと、アンプのトーンコントロールで高音を上げたときの音色とは同じにならない、ということがわかるようになります。
それがわかったら、こんどは次の実験です。いまとは逆に、スピーカーのレベルセットは INCREASE(または MIN)にして、スピーカー自体では高音をおさえます。おそらく、音の切れ味が甘く、耳あたりのやわらかい音色になります。
そして、アンプのトーンコントロールによって、スピーカーのレベルセットを下げる前と同じような音のバランスになるよう、TREBLE ツマミを強調してみるのです。
ここでももちろん、前記のように同じことを何度も繰り返してみます。そして、スピーカー側でレベルセットいじるのと、アンプのトーンコントロールをいじるのとでは、一見似たような効果でありながら、音色の変化が決して同じにはならないことがわかります。
以上の実験をする際に大切なことですが、スピーカーのレベルセットもアンプのトーンコントロールも、ツマミを中点(NORMAL とか FLAT などと書いてある)に合わせることは決して最良でもなく正しいのでもなく、あなた自身の耳で、ツマミをどこに回したとき、いちばん良い音質だと感じたか、自分の感覚に素直に従うこと。そうすると、もしかしたら、自分のスピーカーはレベルセットを中点に置くよりも
DECREASE にした方が音質が良かったんだ! と発見したり、逆に、INCREASE にしてトーンコントロールでちょっと押さえるほうがよかったのか! と気がついたり、というような、機械にとらわれない聴き方ができるようになります。
もちろん、いろいろやってみた結果、レベルセットもトーンコントロールも、中点(NORMAL)に置いて聴くのがやっぱり最良だ、という結論になっても、それは結構なことです。要するに、先入観を捨てて、自分の耳で素直に聴き、大胆に調整してみることが大切なのです。
なぜフラットが最良でないのか
アンプのトーンコントロールも、スピーカーのレベルセットも、ツマミ中央の位置には、NORMAL とか FLAT などと書いてあります。そう書いてない製品でも、つまみを中央に置いた状態が、低音から高音まで最も平坦な特性になるということは、カタログにも書いてあり、すでにご存知のことでしょう。
それなのに、なぜ、NORMAL のポジションが必ずしも最良でないのか。NORMAL のポジションよりもツマミを動かしたところに、聴いてみて最良のポジションがあったすれば、自分のステレオ装置はどこか故障しているのじゃないだろうか。それとも部屋が悪いのかな? もしかしたら耳がおかしいんじゃないだろうか……。心配は要りません。たいていのアンプ、たいていのスピーカーでは、普通の家庭に置いて鳴らすかぎり、トーンコントロールが
FLAT のポジションで最良の状態で聴けるということは、めったにありえないのです。なぜでしょうか。
言うまでもないことですが、ステレオ装置で音を聴くには、アンプとスピーカーと、そしてFMを聴くにはチューナーが、レコードを聴くにはプレイヤーが、テープを鳴らすにはテープデッキが、それぞれ必要です。こうしたすべてのパーツが理想的にすばらしい特性であればトーンコントロールなんか不要、なのでしょうか。そんなことはありえません。
仮に、パーツ自体は理想に近い特性だったとしましょうか。ところが、すでにいくつか実験して確かめていただいたように、スピーカーというパーツはそれ自体いくら特性がすぐれていても、実際の部屋の中にセットしてみると、ずいぶん音色が変わってしまう。つまり特性が変化してしまうのです。スピーカーの周波数特性は、無響室という、私たちが住んでいる部屋とは全然違う測定用の特別室で測った特性なので、そこで測った特性がいくらフラットで美しい形をしていても、普通の住宅内では、それとは全然ちがう特性に、つまり全然ちがう音色に変わってしまいます。
同じ部屋でさえ、置き方をちょっと変えただけで音色がガラリと変わってしまうことは、すでに実験で確かめていただいた通りです。もともとの特性に対して実際の部屋でどう変わるのか、といういくつかの実例を別図(図3−7)で示しました。
音の入り口での変化を補う
スピーカー、いわば音の出口の側では、前記のような問題がありますが、音の入り口側、つまりプログラムソースのいろいろによってもまた、トーンコントロールを積極的にいじる必要が生じます。
たとえば、あなたのレコードコレクションの中から、シンフォニーを一枚、バロック・コンチェルトを一枚、モダン・ジャズを一枚、それに――たとえばロックを一枚、まあそんなふうに全然傾向の違う音楽を何枚か抜き出して、ちょっと鳴らしてみてください。そして、レコードが変わるたびに、トーンコントロールを(BASS
も TREBLE も、またアンプによってはターンオーバー切り替えスイッチも動員して)大幅に動かして、自分が気に入るような音色を作り出してみましょう。たいていの場合、ジャズやロックやその他のポピュラー系のレコードに対して、クラシックの場合は
BASS をよけいに上げるほうが音のバランスがよくなり、逆に TREBLE の方はポピュラー系の方がよけいに上げたくなるはずです。そういう聴きどころをつかむと、あとはよく注意して聴けばクラシック、ポピュラーを問わず、レコード一枚一枚、トーンコントロールの最適位置が全然違うことがわかってきます。
最適のバランス、などと言っても難しく考える必要はありません。高音がうるさいと思えば TREBLE を絞ればいいし、もっと低音を響かせたいと思ったら BASS
を上げればいい。それだけです。そして繰り返しますが、すでに何度も実験の中で強調したように、トーンコントロールのツマミを、こわごわと動かすのでなく、大胆に、ツマミの角度で60度ぐらい(時計の針でいえば10分ぐらい)の幅で、しかも手早く上げたり下げたりして音の変化を聴くのです。
こわごわと、時計の針で5分ぐらいずつ、もっと細かく2〜3分の角度でツマミをゆっくりと動かしながら、首をかしげて耳を澄まして聴いている人がありますが、そんな動かしかたをしても、聴き慣れないうちは音色の変化がわかるはずがありません。
私など、よくコンサートでレコードをかけかえたとき、聴衆に気づかれないようにトーンコントロールのツマミをゆっくりと、いつ動いたかわからないくらい小きざみに(そして最後は90度ぐらいまでも)少しずつ補整してゆきます。言い換えれば、ゆっくり動かしたのでは、聴き慣れない人にはその変化が絶対にわからないのです。変化を聴き分けるときは、手早く、スイッチを切り替えるように段階的に、大幅に動かすこと。これがコツです。
どこが正しいバランスか
そうして動かせば、たしかに音色が変わることはだれにでもわかります。ところが、変わってゆく音色のどこがいちばん良いところなのか、迷ってしまうことかあります。どういう音が正しいのか、と質問されることがよくあります。
結論を先にいえば、正しいところ、なんていうのはありません。簡単に言えば、自分の耳で聴いて、自分が好きだ、良い、と判断した点が最良なのです。ここが正しい、などと教えられたとしても、自分の耳で聴いて納得できなくては何の意味もありません。
しかし、こういう音の変化を聴き慣れないうちは、たしかに、どこが良いのかわからなくなることが多いのです。そういう場合はどうしたら良いのか?
乱暴な言い方のようですが、私は、あなたの耳で聴いて判断できないのなら、ツマミがどこにあっても心配しないで、わかるようになるまで、一週間でも一カ月でも一年でも、そのまま聴いてごらんなさい、とすすめます。するとやがて必ず聴き慣れてきます。友人、知人の音をできるだけ数多く聴かせてもらうことも耳の訓練には非常に有効です。
細かな変化は、よほど慣れなくては聴き分けられません。だから私は、少々オーバーにコントロールしてみることをすすめるのです。コーヒーに入れる砂糖の分量はどのくらいが適当か、少しずつ入れてみるよりも、入れすぎてみればすぐにわかります。いちど失敗してみないと、適量はわからないのです。音も同じ。慣れるまではオーバーぎみに大胆にいじること。
もうひとつ、細かな差がわからないときは、ツマミがどこに行こうが平気でいるぐらいの太い神経をあわせ持つこと。これが音を聴き分けるコツと言えましょう。