カートリッジとアームの関係
 ピックアップの音質やその他の得失をずっと述べてきましたが、いままではアーム抜きで、つまりピックアップの先端の部分――カートリッジ――だけに限って話を進めてきました。が実際には、カートリッジだけでは働きません。良いアームとカートリッジが一体になってレコードをトレースするのです。
 しかし、カートリッジとアームの関係についてここから先の話をするためには、レコードプレイヤーのタイプとして、カートリッジを交換できる構造になった、いわゆるコンポーネント・タイプに限定しなくてはなりません。一般のモジュラーステレオ、セパレートステレオや卓上型の電蓄などでは、たいていの場合アームとカートリッジは一体になって互いに分離できないからです。
 しかし、なぜ、アームとカートリッジを分離できるのとできないのがあるのか、そこのところを先に考えてみましょう。

SMEのアーム
 ひとつ極端な例をあげてみます。イギリスに、SMEという世界でいちばん高級なアームがあります。日本にも数多く輸入されて、たいていの人なら名前ぐらいは知っているでしょう。なにしろ音の出ないアームだけで4万円以上もするのです。
 SMEは、作られてからもう十七年以上もたっています。このアームが日本のオーディオ界に及ぼした影響は計り知れませんが、中でも最も大きな部分は、プラグイン・コネクターと呼ばれるピックアップ先端部(カートリッジをとりつけるヘッドシェル)の交換方法だといえます。国産のコンポーネント・タイプのどのメーカーのアームでもよい、ヘッド先端をはずしてきて、SMEにとりつけてみますと、ぴたっと合います。いまでは常識みたいになっているこのヘッド交換の構造や寸法などは、最初にデンマークのオルトフォン社が考え出して、SMEがそれにならって、それをまた日本のメーカーがいっせいにマネをしたのです。こういうマネは大歓迎。これによく似た例は、十数年ほど前までの高級カメラのレンズ交換部の寸法の統一です。むかしはライカ・マウント、コンタックス・マウントの二種類が代表で、大勢はライカ型に統一されていたので、カメラのボディとレンズのどちらでも、好きなメーカーの製品を自由に選んで、組み合わせることができました。いま、カメラは一眼レフになって各社独特の構造で互換性を無くしてしまいましたが、これは非常に残念な話。ほんらいこういう部分は、互いに自由に交換できるほうが便利だし、よっぽど面白く楽しい。ピックアップのアームに限って、この楽しみが味わえるという点だけは、まだ当分のあいだ大切にしたいものです。
 なぜ、カートリッジの交換ができた方がよいのでしょうか。いうまでもなく、カートリッジの音質や構造やその他の性能は、いままでも簡単に述べてきたように各社各様、実にいろいろな音が出るのです。それなら、一本のアームにいろいろなカートリッジをつけ替えて、聴く曲の種類や自分の好みやアンプやスピーカーの性能にそれぞれ合わせて、カートリッジを交換できる方がはるかに面白い。カメラのレンズを交換してその効果を変えるのとよく似ています。どうせ交換できるのなら、せっかくSMEのおかげで普及したプラグイン・コネクターを、世界的に統一してしまった方がよい……。
 しかし現実には、意外にそうなっていません。どのメーカーのコネクターでもSMEにぴったり合う、なんていうのは実は日本だけの話なので、オーディオでは先輩のアメリカでもイギリスでも、そして現在ではオートプレイヤーで世界を制覇しているドイツでも、SMEと同じ型のコネクターを採用したアームはほとんど皆無という状態です。だからといって、カートリッジを交換できないわけではない。各社がそれぞれ独自の構造を考え、互換性など全然考えていないらしいのです。これも実に奇妙な話です。
 なぜ、日本では素直にSME型の交換方式に右へならえして、ほかの国では、SMEの生まれたイギリスでさえSME型を採用しないのか。この点に関しては確かなデータがないので、これは私の考え方にすぎませんが、第一に、日本人以外のオーディオ・ファンは、カートリッジを数多くそろえて頻繁に交換するような聴き方をしないらしいこと。第二に、SME型のコネクターを採用しようとすると、アームの形態に大きな制約が生じるので、デザインにも構造にもオリジナリティを大切にする欧米人の感覚には、SMEに似ることが納得できないのだろう、ということ。以上の二点が大きな理由だろうと思います。
 右の第一の点を裏づけるデータとして、SMEの社長の話をしましょう。彼――ミスター・エイクマン――は、アマチュアの熱心なオーディオ・ファンで、本職は精密模型を作る工場の経営者でした。だから精密機械工作はお手の物。そういう彼の目からみて、十数年前までのアームは理想とはほど遠い雑なしろものだったに違いありません。そこでエイクマンは思い立って、自分ひとりの楽しみのために、世界でいちばん優秀なアームを作り上げようと、プライベート・タイムを利用して長い年月をかけていろいろなアームを試作したらしい。その辺の細かいことはよく分かっていないのですが、しかし、現在のSMEが市販されるまでに、いまのものとは全然違う形をしたアームの写真が、イギリスのレコード雑誌「グラモフォン」の片すみの小さな広告ページに何回か載っていました。おそらく現在の形のプロトタイプが完成するまでに、エイクマンは何十種類ものアームを、自分の工場の精密旋盤で削りだしていたのに違いないのです。
 当時エイクマンが、それほどまでしてアームを作って使いたかったカートリッジは、デンマーク・オルトフォンのSPU−G/Т型で、だからエイクマンはオルトフォンのプラグイン・コネクターをそっくりイミテーションしました。これは想像ではなく、実際に、最初に市販されたSMEのアームには、オルトフォン製のプラスチック・ヘッドシェルが(マークのところだけSMEに貼り替えて)ついていたのです。おそらくエイクマンはそのときまでは、各社のカートリッジを自在に交換することよりも、オルトフォンのヘッドシェルを最高に生かすことを最優先に考えていたのでしょう。けれど結果的に、この交換方式は実に合理的だった。
 右の想像を裏づけるように、一九七二年秋にSMEが久々に発表したニューモデル(改良型)の「シリーズIIインプルーブド」では、カートリッジ交換のできないタイプが標準型になっています。そして従来どおりの交換式のものは、ユーザーの希望によって使えるというニュアンスで発表しています。日本ではカートリッジ交換のできない高級アームは普及しないので、交換型の方が主に入ってくるようですが、おそらくエイクマンは、カートリッジをしょっちゅう交換することなんかあまり考えてないらしい。その証拠に、彼は数年前にアメリカの高級カートリッジ・メーカー「シュア Shure」と提携して、それ以来、アメリカでのSMEの発売元はシュアになって、アメリカでは「Shure =SME」のブランドで売られています。エイクマンはそのころを境にオルトフォンをやめてシェアを愛用しはじめたらしい。
 実はここまでは、筆者自身の全く個人的な研究の結果から推測していたことです。ところが一九七四年の秋に、SMEの工場を訪問する機会にめぐまれて、社長のエイクマンに上記の疑問を問いただしたところ、彼が「全くそのとおりだ。どうしてお前はそんなことを知っているのか?」と、びっくりしていました。
 本来、SMEのアームはその構造や発想からみても、不特定多数のカートリッジを瞬時に自在に交換するユニバーサル・タイプではなくて、特定の、自分の気に入ったカートリッジのたった一つに対して細かく調整をして最良の動作点を探し出すという目的で作られていました。そのことは、数年前に月刊専門誌に連載した「SMEの徹底研究」で私が明らかにしましたが、ニューモデルが、カートリッジ交換という考えを捨てて、一個のカートリッジに徹底的に最良点を合わせこむ、という考え方を広告の文章にもはっきり打ち出したことと、その後、前記のようにエイクマンに会って話を聞いた結果などからも、私の解釈があやまっていなかったことに確信を持ちました。
 話が脱線したように思えるかもしれませんが、つまりアームとカートリッジとは、ただ単純に組み合わせればよいというものでなく、それくらい難しい関係があるのだというひとつの極端な例としてこの話をしたのです。
 ピックアップのカートリッジは音質を支配する重要な部分ですが、それを支えるトーンアーム(音の腕。昔の蓄音機はアームが音の通り道になっていたのでこの名がついて、現在でもそのまま使われますが、最近ではピックアップ・アームと呼ぶ例が増えてきました)の性能も、決しておろそかにできないことをSMEを例にとって述べました。
 何度も繰り返したように、レコードの細い一本の音溝に、あのすばらしい音楽が刻みこまれています。カートリッジ先端の細い針先がいかにそれを正確にたどることができるかは、半分はカートリッジ自体の良否によりますが、残り半分の責任はアームにあります。アームも音の良否をきめる大切な部分です。プレイヤーのそばで飛びはねたり乱暴に歩いたりすると針が飛びます。しかしよいアームほど針飛びしにくい。音溝に針先が吸い付いたようにトレースさせるのがアームの理想です。しかし現実にはなかなかそうはいかない。

針圧のかけ方
 レコードの溝の中に針先がある重さでおしつけられる。その重さを針圧(しんあつ)といいます。昔のSPレコード(78回転のあの落として割れる旧式レコード)のころは、針圧が200グラムなんていうのがあった。ゆびの上に針を乗せたら、孔があいてしまいそう。しかし現在では2グラムから3グラムというのが標準的。アームのうしろの方についているオモリで、必要な針圧に調整しているのです。
 ところで図2−22をみてください。Aが一般的なアームで、回転軸から針先までの長さ(l)が22センチから25センチぐらいの一般のピックアップで、だいたい50グラムから100グラム近辺のオモリを積んでいます。
 ところでBのようなアームがもし可能だとしたら……? ll'がイコールなら、アームのうしろのオモリは不要。カートリッジより2グラム軽くすれば、こちら側にはその分だけ針圧がかかる勘定になります。しかし誰だってこんなバカげたアームを考えません。なぜか? それはあたりまえ、アームのお尻が長くなるから……? それはあたりまえ、実はもっと大きな理由があります。
 回転しているレコードを、真横からじっと観察すれば、レコードが決して平らでなく、非常にでこぼこしたものであることがわかるはず。それにともなってピックアップも上下に揺れながらトレースします。図2−22のAとBでそういう状態を想像してみてください。同じ2グラムの針圧とはいうものの、Aはふつうにトレースしますが、Bはレコードのそりに振りまわされて、針先がポンとはね上げられたら、おりてくるまでにしばらく空中滑走してしまいます。慣性がつきすぎるからです。このことからも、アームの後部を短く作る意味がわかるでしょう。前項で述べたSMEの改良型は、旧型にくらべると、オモリが短く、回転部に寄った形になっています。当然の改良で、これでレコードのそりに対するトレース能力が向上しました。
 レコードのそりに振りまわされながら、あのデリケートな音溝に2グラム前後の軽い針圧を一定に保ってタッチするというのは、これだけでも容易でないことがわかると思います。この条件を満たすには、アーム全体ができるだけ軽量で敏感に動かなくてはなりません。アームの中で最も重いのは後部のオモリで、それを軽くするためには先端部のカートリッジの重さを減らすのが最良です。最近の高級カートリッジがみな超小型化、軽量化してきたのは、こういう理由からなのです。
 アーム後部のオモリは、必要最小限の重さで、できるかぎり回転部に近よった形で適性針圧の得られる構造がよい。少なくとも前記のトレーシングの安定さからは、これが必要な条件です。しかしそれがすべてでなく、むしろ逆の要求が生じる場合もあります……。

トラッキングエラーとオフセット角
 レコードに音溝を刻み込む機械をカッターといって、ピックアップの親玉のような大型のカッターヘッドと、その先端の硬いダイヤモンドの刃で溝を切り刻んでゆきますが、その際、図2−23Aのように、レコードの回転にともなってヘッドは外周からレコードの中心部に向かってレールの上を水平に移動して溝を切りこみます。これを拡大すると図2−24Aのようになり、音溝は、常にレコードの中心と直角の線上で刻まれています。
 ところがそれを再生するピックアップは、一端を固定させた腕が円弧状に動くのですから、図2−23Bのように、拡大すれば図2−24Bのようになって、刻まれた音溝を正しくたどることができなくなります。これをトラッキングエラー(追跡誤差)といいます。
 たとえば図2−25Aのようなピックアップではこのエラーがはなはだしいので、BまたはCのように先端に適当な角度(オフセット角、またはトラッキングエラー修整角という)を持たせ、それを図2−26のような関係位置にとりつけると、全体として誤差角を大きく減らすことができます。図2−26からわかるように、アーム先端がつねにレコード中心と直角または直角にごく近くなるのです。しかしわずかの誤差は避けられず、これをトラッキングエラーと呼んでいるわけです。

トラッキングエラーの影響
 トラッキングエラーがどのような害を及ぼすのかといえば、ひと言でいえば歪(ひずみ=音のよごれ、にごり、または音の割れやびりつき等)の増加です。録音の際にカッターの刻んだ音の溝を正しくトレースできない(ミストラッキング)のですから、当然歪が生じます。ことにレコードの外周よりも中心に近づくにつれて、その影響が大きくなります。
 図2−27をみてください。
 一定時間内に針がトレースする溝の長さは、外周でAの距離が内周ではBになってしまう。音楽の同じ部分を刻もうとしても、内側の方がよけいにつめ込まれることになります。外周に比べると、内周の方が溝の形が複雑になります。したがってミストラッキングの影響が大きく出やすいのです。
 また、内周に刻まれるのは音楽のエンディングの部分ですから、たとえばシンフォニーなどの場合、大きなフォルテの盛り上がりで終わることが多い。レコードを手にとって光にかざしてみれば、たいていのレコードの内周あたりの音溝は粗く大きくなっています。こういう部分では、ことにトラッキングエラーによる歪が出やすいのです。
 もちろん、レコードのフォルテの部分は、外周・内周の別なく、またトラッキングエラー以外の原因によっても、音のびりつきやにごりを生じやすいのですが、トラッキングエラーの面からみれば、レコード内周のフォルテは大変具合が悪いのです。
 前項の図2−26からも想像がつくように、ピックアップが外周から内周までトレースしてゆく途中で、トラッキングエラーの量は刻々と変化します。多くの場合、30センチ・レコードの最外周では+3度ぐらいの角度誤差を生じ、そこから内周に向かう途中でトラッキングエラーがゼロになる点が一カ所あって、さらに進むとこんどはマイナスの誤差を生じ、再び戻ってもういちどエラーがゼロになる、というようなパターンになります。それを図であらわすと図2−28の実線のようになります。
 いま市販されているコンポーネント・セットのアームの標準的な値は、回転中心軸から針先までの長さが225ミリから245ミリぐらいまで。国産の単体売りアームでは240ミリ付近が最も多い。そしてオフセット角(トラッキングエラー修整角度)が20度から24度ぐらい。それを12ミリから15ミリぐらいのオーバーハングを持たせて取り付けると(以上の詳細は前項参照)、トラッキングエラーの傾向がいま述べた図2−28の実線のようになるのです。そしてこういう傾向に調整するには、アームの取り付け位置で2〜3ミリ以内の正確さを守らなくてはなりません。
 はじめの説明からご理解いただけるように、トラッキングエラーが避けがたいものであるなら、その影響が大きいレコード内周で、エラーがゼロに近くなるように取り付けるのが正しい取り付け方です。ところが、中にはこのことを理解しないで、カタログ上のエラー量の平均値を小さくするために、よくない取り付け方をしたり、そう指定している製品があります。
 図2−28の実線と点線を比べてください。実線は、レコード内周で誤差角の減る正しい取り付け方なのですが、こうすると、トラッキングエラー最大の部分(レコード最外周)でプラス3度のエラーを生じます。実際の話、外周で3度というのは音質上ほとんど悪影響のない値なのですが、もしも仮に図2−28の点線のように調整すれば、外周で1・5度と誤差が半分に減って、カタログ上ではいかにも優秀なアームみたいに書けます。実はこれは実線と同じアームの取り付け位置を5ミリほど変えただけでこうなるのです。するとエラー角最大誤差が3度から半分の1・5度に減る。しかしその代わり、最内周でもその中間でも、プラス・マイナス1・5度の誤差を生じて、最内周で誤差を減らしたいという要求からは具合の悪いことになるのです。しかしカタログにはそんなことは書かない。片方は「最大+3度」と書くよりも「±1・5度」と書くほうが性能が良いようにみえます。こんなところにも、カタログ・データ作成上のトリックがあるのです。
 トラッキングエラーを無くしたいという要求から、ピックアップ・アームをカッターと同じように平行移動させるタイプのプレイヤーやアームがいくつか市販されています。B&OやLABCO(ともに外国製品)が最近では有名です(95ページ写真参照)。わが国でも数年前に、テクニクス100Pというプレイヤーがありました。これらのタイプは原理的にはトラッキングエラーがゼロまたはほとんどゼロに近い。しかし、トラッキングエラーを減らすだけがプレイヤーの性能すべてではありませんから、ひとつの要素を改善すれば必ず他のどこかに弱点が出てきます。だからこれらトラッキングエラーレス型のプレイヤーがなかなか主流にはなりえないのです。

トラッキングエラーの影響を少なくする調整法
 前項図2−27でも説明したように、トラッキングエラーはレコードの内周に近づくにつれて影響が大きくなります。だからレコードの最内周でエラーが最も少なくなるようにアームを取り付けたり調整したりすることが望ましい。これを別な形でみれば図2−29のように、レコードの最内周のところでレコードの中心とカートリッジの軸方向とを針先で結んだ線の交点が正確に90度になるような関係位置を選べばよいことがわかります。
 そうは言っても、ターンテーブルもアームも立体的で複雑な形をしていますから、図2−29のような関係を求めるのはなかなか難しい。
 それを簡単に解決したのがイギリスSMEの方法です。コロンブスの卵的な発想といってもいいでしょう。
 まず図2−30のような型紙を自作します。ハガキまたはケント紙程度の厚みの紙を図の寸法に切って、定規とコンパスで簡単に作図できます。平行線はなるべく正確に、濃くはっきりと書きます。
 この型紙の考え方は実に簡単です。レコードの最内周(レコードによって多少の違いがあり、長い曲をつめこんだものでは中心から60ミリ程度、短いもので65〜70ミリ前後)のところに針を置いて、そのときに図2−29のような関係位置を目でみながら確かめられるのです。
 型紙のターンテーブル軸の部分を切り抜いたら、これを図2−31のようにターンテーブルに乗せて、ピックアップの針先が図2−30の黒点に来るような位置を探して乗せ、アームを真上から眺めます。図2−31A、Bのようにヘッドシェルと平行線を見比べると、直角かそうでないかは意外にたやすく判別できます。人間の目はこういう角度のズレに対して、1度以内の誤差で見分けがつくのです。
 図2−31Aのようになっていれば、それは図2−29のような関係位置が正しく保たれているわけですから、アームは理想的な位置に取り付けられていることになりますが、多くの場合は図2−31Bのようになってしまうでしょう。この場合どうしたらよいか……? カートリッジを前後に動かして、図2−31Aのような関係位置に調整しなおせばよいわけです。(SMEのアームでは、アームのつけ根の部分を前後にスライドさせて修整ができますが、これは例外的です)

針先位置の調整の仕方
 コンポーネント型の多くのプレイヤーの場合は割合に簡単です。図2−32A、Bのように、ピックアップ・ヘッド部分の、カートリッジ取り付けネジをゆるめることによって、カートリッジを前後に数ミリ移動させることができます。
 ただし、カートリッジの位置を動かした場合にひとつだけ注意しなければならないことは、図2−33Bのようにカートリッジがヘッドシェルに対して傾いては困ることで、図2−33Aのように、ヘッドシェルとカートリッジは完全に平行を保っていなくてはなりません。
 たいていは以上の方法で図2−31Aの関係位置がみつかりますが、次のような場合にはどうしたらよいのか。
 @カートリッジの可変範囲では調整がとりきれない。
 Aカートリッジを移動できない構造になっている。(オートプレイヤーやセットものの場合など)。
 ――この場合、次のような確認をします。図2−30の型紙では、ターンテーブルの中心から針先までを仮に65ミリにとっていますが、これはあくまでも平均値の一例で、レコードによって60ミリから70ミリ近辺までの違いがあります。そこで、図2−30の型紙の針先位置を60ミリと70ミリと二種類作って(一枚の型紙の中に60、65、70のポイントを打っておけばよい)、針先を乗せかえて右記のことを再チェックするのです。
 もし60から70ミリのどこかで図2−31Aの関係がみつかるようなら、実用上はレコード最内周でトラッキングエラーがゼロに近いと考えて差し支えありません。
 しかし、それでもなお90度の位置がみつからなかったら……?
 神経質な人だったら、アームの取り付け位置を変えてみる必要があるかもしれません。
 しかし、自作のプレイヤーでなくてはなかなか困難だし、完成品の中には(ことにオートプレイヤーのような場合には)アーム位置を動かすのが不可能な製品があります。その場合は、あっさりとあきらめましょう。
 あきらめる、などというと叱られるかもしれませんが、メーカーが一応きちんと設計したプレイヤーに、実用上さしさわりが出るほどのトラッキングエラーはないと思ってよいのです。私自身、わざと5度以上の誤差を作って聴いてみたことがありますが、5度ぐらいの誤差は、うっかり聴いていると全く聴き分けられないくらいのものです。ただ、内周でよほど複雑な音を録音したレコードの場合に、歪がやや増えることがある、という程度……。
 それなら、なぜこのようなめんどうなチェックと調整が必要なのだ、と思われるでしょう。
 コンポーネントをベスト・コンディションで動作させるには、右のような細かな調整のつみ重ねで、一カ所一カ所をシビアに調整し込んでゆくことによって、総合的な性能の向上がはかれるのです。逆にいえば、一カ所だけにことさら神経質になっても意味がないし、しかしトータルの性能を本の少しでも向上させたければ、そこだけいじってもたいした効果がないと思われるわずかな部分さえ、おろそかにしてはいけない。トラッキングエラーだけではありません。あらゆる部分が、みな以上のような考えから調整されるべきです。