レコードプレイヤーの構成
プレイヤーは、みたところ非常に単純です。レコードを乗せて一定の速度で回転するターンテーブルと、回転しているレコードの音溝をたどってゆくピックアップの二つのパーツが、まず目につきます。構造は一見単純ですが、実は意外に厄介な問題が隠れているのです。
まずターンテーブルですが、決められた速度(毎分33 1/3回転と45回転)で正確に、何時間でも回転しなくてはなりません。回転が早くなれば音楽のピッチ(音程)が上がってしまいます。また、回転のなめらかさ、というのも大切な条件です。これには二つの問題があります。第一には回転ムラのできるだけ少ないこと。第二には回転に伴う振動ができるかぎり少ないこと。これらの条件をほんとうに厳しくつきつめてゆくと、最近話題のダイレクトドライブ・ターンテーブルのように、これだけでも十数万円もする高度な製品が必要になってくるわけです。
ピックアップの方は、もっと大変です。髪の毛のような細い一本の溝を針先がたどってゆくだけで、大オーケストラも人の声も、あるいは自動車や汽車の音までも、細かな複雑な、微妙な溝のうねりを正確に電流の強弱に変換しようというのですから、大変という以上に不思議といった方がよいくらいのもの。ですから、高級なコンポーネントのプレイヤーでは、ピックアップの先端の針先(スタイラス=Stylus)からそれを電流に直すメカニズムまでの心臓部を、特にピックアップ・カートリッジ(ふつうは単にカートリッジ=Cartridge
という。カートリッジには《弾丸》の意味もある)と、ピックアップ・アーム(またはトーンアーム。ピックアップ=Pickup は《拾い上げる》の意。アーム=Arm
は《腕》とに分けて、それぞれが精密に設計され、組み合わされるわけです。(図2−1参照)
実際のレコードプレイヤーには、このほかに、モーターの回転数を33 1/3と45に切り替えるスイッチや、機種によっては回転数を正確に合わせる微調整ツマミや、ピックアップを静かにレコードに乗せるアームリフターや、その操作を自動的に行うオートマチックの操作機能のついたものなどがいろいろあります。
ターンテーブルと回転の正しさ
指定の回転数より速くレコードが回れば、音楽のピッチが上がることはさっきも書きました。従って、良いターンテーブルは、毎分33 1/3回転及び45回転という、レコードに決められた回転数で正確に回転を続けてくれなくてはなりません。ところが実際にはなかなかこれがうまくゆきません。その原因はいろいろあります。
第一に、たとえば時計のような精密機械でさえ、進み、遅れの誤差があることを考えれば容易にわかることですが、機械というものは、いかに精密に設計し製作しても、動作中に必ず誤差を生じます。誤差のない機械など絶対に存在しません。
回転数が正しくないと、次の二つの欠点が出ます。ひとつは繰り返しになりますが音楽のピッチが変わってしまうこと。もうひとつはレコードの演奏時間が変わってしまうこと。この時間の誤差は、放送局などではことに厳密に考えます。たとえば30分の番組の中でたった0・1%の遅れが出ても1・8秒の遅れになります。レコードには演奏時間を明記したものがありますが、あれはあくまでも正確に回転させた場合の話です。音程が変わるというのは、絶対音感をもった人にとっては相当に大きな問題です。ピッチに対して訓練を積んだ良い耳の持ち主なら1/8音ぐらいまでの変化を容易に聴きとれると言われています。決められた回転数に対して、約1・5%の偏差があると、1/8音のズレが出ます。3%で1/4音、6%で半音になります。
規格の回転数に対しての偏差を、フォノモーターの速度偏差といいます。ある専門誌で、単体で2万円以上のコンポーネント用プレイヤーについて実測したデータによると、偏差の大きいもので、33
1/3回転に対して2・4%あまりも速度の速いプレイヤーが市販されていました。しかしたいていの製品は1・5%以内に調整されていて、平均すると0・6%程度の偏差に納まっているので、この点はまあまあというところ。しかし、セパレート型のセットについているプレイヤー、モジュラータイプや卓上型のプレイヤーでは、これよりもずっと悪いものもあるはずですから注意が必要です。
こういう点が問題として取り上げられたころから、さきにもふれたダイレクトドライブ型のターンテーブルが各社から発表されはじめました。ターンテーブルの構造や得失は次項で述べますが、このいわゆるDDタイプの特長のひとつに、いま述べた速度偏差が従来のタイプに比べて非常に少ない、ということがあげられます。放送局のプレイヤーでは0・1%が問題、と書きましたが、DDタイプの高級機では、これよりももう一ケタ良いところまで行っているようです。こうなると、ピッチの違いはまあ無視できるといえるでしょう。
ところが、問題はまだあるのです。ひとつは、何時間もモーターを回していると、発熱やその他の原因で、回転数がわずかずつ変化する、いわゆるドリフトを生じるということ。もうひとつは、ターンテーブルにレコードを乗せ、ピックアップがそれをたどるとき、針と溝とのマサツ抵抗で、回転にブレーキをかける形になり、しかもこの力はレコードの外周と内周とで変化するとともに、溝に刻まれた波形の大小や複雑さによっても刻々と変化するので、回転力(トルク)の弱いモーターの場合には、それによっても速度偏差を生じることがあるのです。
ピックアップの針がレコードにタッチしている部分のいわゆる針圧は、せいぜい2グラムから3グラムという軽いもの。そんなバカなことがあるかと思う方があるでしょうが実際に私が体験しているのです。モーターの能力というものをもっと厳しくみつめなくては、レコードからよい音をとり出す基礎が欠けてしまいます。
ターンテーブルの回転ムラ
1分間に33 1/3回転と決められた回転数が、34回転になったり32回転になったりする、それを速度偏差ということ、そして速度が速くなれば、再生された音楽のピッチ(音程)が上がってしまうということを、前項で説明しました。
しかしターンテーブルの回転は、たとえば1回転という短い時間(ほんの2秒たらず)の中でも、決して滑らかでなく、速くなったり遅くなったり非常に不規則な運動をしているのです。これをターンテーブルの回転ムラ(図2−2<3)といい、さらに専門的には1秒間に6周期以上の速い周期の回転ムラのことをフラッター(Flutter)、1秒間に6周期以下の比較的ゆっくりした回転ムラをワウ(Wow)と区別しています。
たとえばピアノがポーンと長く尾を引くとき、余韻の音程がゆれてポワワワワン……という感じに聴こえるというように、ピッチ(音程)の変化が耳で聴きとれるのはおもにワウの方で、フラッターの方は音程の変化としてよりも、音色のにごりとして聴こえる、とされています。
オートチェンジーや、ローコストのステレオセットやモジュラーセット、卓上型のプレイヤーなどでは、調律の悪いピアノのようにピッチがフワフワと揺れて聴こえるほどのワウのはげしい製品があるので注意が必要ですが、コンポーネント用の中級品以上のターンテーブルでは、最近の製品ならば、ワウによって音程が揺れるというようなひどい製品はめったにありません。
しかし、フラッターの方になるとローコスト製品は大半が問題外。高級なターンテーブルでも、意外にフラッターの多いもの、あるいは買った当初は良くても、半年一年と使ううちに次第にフラッターの増えてくるもの、などがあるので、油断ができません。
このことは、意外なことですが、ごく最近になって改めて注目されてきました。
というのは、ダイレクトドライブ型の高級機が作られるようになって、ワウ、フラッターを極度に減らすことができて、いままで聴き馴れたレコードを再生してみると音がとても澄んで美しく聴こえて驚くことがあり、そういう体験から逆に、従来のターンテーブルで十分だと思われていた回転ムラの量に対して、改めて見直す必要が生じてきたというのが真相といえましょう。
従来は不必要と思われていた高性能を達成してみると、以前の性能ではやはり不十分だったことが逆に分かった。こういうことはターンテーブル以外の部分でも、つねに話題になります。
はるかに細かなオーダーのフラッターが問題になりはじめたのはダイレクトドライブ型の普及以降、つまりほんの最近のことなのです。
ストロボスコープ
ターンテーブルの回転の正確さを知る手がかりに、ストロボスコープが使われます。
最近の高級なDD型ターンテーブルでは、大半がターンテーブルの外縁や内側に縞目や水滴状の模様が刻んであって、これをネオン・ランプまたは蛍光灯で照明して、縞目(または水玉模様)が停止して見えるように速度を調整します(49ページ写真上)。
ターンテーブル自体にストロボを刻んでないものでは、アルミニウムや紙の円盤に縞目を印刷したストロボスコープ(回転計)が付属または別売りされています。
なぜ、ストロボスコープが停止して見えるのでしょうか。それはネオン・ランプまたは蛍光灯の光の性質のためです。懐中電灯や太陽の光で照明したのでは、ストロボの縞目は全然見えません。
実験してみてください。家庭の電灯線は50または60Hzで、つまり1秒間に50または60回の割合で、プラス・マイナスが交代する交流であることはご承知のとおりですが、こういう電源でネオン・ランプまたは蛍光灯を点灯させると、電源と同じく1秒間に50または60回の割合で点滅するのです。むろんこういう早い周期ですから、人間の目にはその点滅は見えません。
たとえば円盤の反面を黒く塗って、残り半分を白く残しておいたとします。
その円盤をぐるぐると回転させ、白い面が手前に来たときだけ、ストロボを照明する光を瞬間的に点灯させ、向こうを向いたときは光は消灯するようにしておけば円盤は永久に停止してみえます。(図2−4)
ストロボスコープもこれと同じ原理で、動いてゆく縞目の白(または黒)が、いつも同じ位置に来たときだけ、電灯(蛍光灯またはネオン)が点灯すれば、縞目は全く停止してみえるわけです。
もしも光源が点灯するよりも縞目の動きがわずかに速ければ、次の縞目はさっきのよりも少し進んだところで点灯するのですからストロボは少しずつ進んでいるように見えるし、その逆ならば縞目は遅れて見える、という理屈で、ターンテーブルの回転数と電源周波数に縞目の数を合わせて刻んでおけば、50Hzでは1/50秒、60Hzでは1/60秒に一目盛りだけ縞目が動いて、縞目は停止して見えるわけです。(図2−5)
縞目の数の計算式は、上記のようになります。
したがって、33 1/3回転の場合の縞目は、50Hzで180本、60Hzで216本となります。
これに対して、45回転の場合は50Hzで133・3本、60Hzで160本となり、50Hzでは割切れませんので、普通は133本に刻みます。この場合、50Hzでは縞目の停止したところでは、45・11回転と、正規の回転よりも速くなってしまうので、50Hz/45回転のストロボに関しては縞目の停止したところでは正しい回転にならないのです。
このことはやはり計算で表すことができますが、結論だけ言えば、50Hz/45回転の場合は、縞目が少しずつ遅れて1分間に15本の遅れの時に、正確に45回転になります。
このように、縞目の進み・遅れを数えることによって、ターンテーブルの速度偏差を知ることができるわけです。
そこで、ターンテーブルの速度偏差の許容値を±0・1%とすれば、縞目の進み・遅れは、50Hzでは33 1/3回転で1分間に±6本、45回転では−1・5から+13・5本、60Hzでは33
1/3、45回転とも±7本となります。
普通はこの倍、つまり±0・2%程度までは許されると考えてよいので、33 1/3回転の場合、50Hzで1分間に12本(30秒では6本、5秒間では1本の進み・遅れに相当)、60Hzで、同じく14本までの進み・遅れは、無視できるという計算になります。
あるメーカーから聞いた話ですが、DD型ターンテーブルを買ったユーザーが、ストロボを長い時間にらんで、どんなに微調整してを合わせこんでも30分間に1本動いてしまう、とクレームをつけてきたそうです。
これは全くのナンセンス。1分間で3本動いたとしても(速度偏差0・05%)30分では90本動くわけで、実際にはストロボの刻み精度や電源周波数の変動や、発熱その他の原因によるドリフトを考えれば、ストロボが完全に停止してみえるというのは、たいへんな条件だとわかります。
また、前記の話はあくまでも長い時間内での速度偏差のチェックの手段であって、回転ムラはストロボの動きからは全然わかりません。それは、ターンテーブルに刻まれたストロボスコープ自体が、ワウやフラッターを判断できるほど精度を高く作ることが難しいからです。
ターンテーブルの振動
良いターンテーブルとは、単に回転さえ正しければ良いというものではありません。もうひとつ、振動の問題があります。どんなに精巧な機械でも、メカニズムである以上、それか動くことに伴って、多少の振動が生じます。数年前のターンテーブルは、この点、いまからみるとひどく粗末でした。レコードのフチに針をおろすと、まだ音楽が鳴る前に、スピーカーから「ゴロゴロ」(英語ではランブル)という低い唸りが聞こえてくる、というようなターンテーブルが少なくありませんでした。モーターの振動がターンテーブルを通じてれコードに伝わり、針がその振動を拾って音にして再生してしまうのです。レコードのあの細い溝の、肉眼で見えないほどの小さなうねりから、あの微妙な音楽の音色が再生されるのですから、モーターの振動は、いくら小さいといっても無視できないのです。
振動源はターンテーブルを駆動するモーター(動力源)にあるのですから、モーターの振動がターンテーブルに伝わらないようにすればよい……。数年前までのターンテーブルに、ベルトドライブ方式(図2−6参照)が多く採用されたのも、それが大きな理由でした。やわらかいゴムやプラスチックのベルトによって、モーターの振動はシャットアウトされて、回転だけが正確にターンテーブルに伝えられる。これはたいへん合理的な方式なので、むろんいまでも半数以上のターンテーブルには採用されています。
しかし一九七四年から七五年あたりを境にして、高級コンポーネント用のターンテーブルには、ダイレクトドライブ方式が主流を占めるようになってきたことはご承知の通りです。
DD方式は日本が生んだ画期的なターンテーブルで、いまや世界的に高級なターンテーブルの方式として歓迎されています。この構造はいうまでもなく、駆動モーターそのものがターンテーブルの主軸に直結されているわけで(図2−7参照)、ベルトのような伸び・縮みに起因する回転ムラの問題がなく、またモーター自体がサーボコントロール(回転のムラを自動検出して自動的に修整する方法)されているので、ワウ・フラッターの面では理想的とまで言われています。ことにごく高級なタイプでは、水晶発振器で制御したものも出現して、回転の正確さでは飛躍的な特性が出ています。
が、半面、モーターに振動があればそのままターンテーブルに伝わってしまう構造のため、振動の点で不安視する声がないとは言えません。事実、初期の製品や、極端にコストダウンしてまで無理をしてDD化した製品の中には、振動の点ではベルトドライブの高級品に劣るものがありました。
しかし本質的には、DDタイプは、駆動モーターの回転がきわめて遅い(毎分33 1/3または45回転。従来のベルトドライブ型では、モーター自体の回転は毎分1500ないし1800回転というような高速だった)ために、振動の面でも問題にならないほど小さく押さえられています。
高級なDDモーターになると、ターンテーブル自体の振動はきわめて小さいため、レコードの無音溝に刻まれている振動が検出できるほどのものさえあります。