メンタルの思春期を経た彼女の歌は ポジティヴで解放されている。 多彩な声が編み出す物語は ドラマティックでありながら 穏やかで安らぎがある。

 ジョディ・フォスターは、一番誇りに思うことは? という問いに「以前に人に何を覚えておいてほしいかって訊かれたことがあって、必死になって考えたの。オスカーをとったことかしら、それとも中絶を立法化するために運動したこと? そのとき気がついたわ。ばかみたいに思われるかもしれないけど、わたしはすごく上手にビネグレットソースを作れることや、ほんとうにマイルス・ディヴィスのトランペットが好きだったことを覚えていてほしいと思っている。わたしが遺す遺産は、何か特別なものではなく、ごく普通に生活の中にばらまかれているものにしたい。わたしは1週間パジャマを着たまま家でゆっくりして、持っているレコードをすべて聴いて、みんなのために料理をして、どうしようもないテレビ番組を見て、めちゃくちゃに笑っていたい。そういう時間が好きなのよ」と答えている。
 1985年のインタビューで「私は普通の女よ。宣伝で書かれる様な、良家の子女でもなければ現実離れした妖精でも魔女でもない。私は特別に淫らだとは思わないけれど、セックスが好きだし、お酒もよく飲むし、タバコも吸うわ。ベジタリアンでもないし、ジャンク・フードが好きで、『ダラス』みたいなくだらないTV番組を見てる単なる普通の生活をした女なのよ」と答えているケイト・ブッシュは、音楽家になるか医者のどちらに進むかで、ずいぶん迷ったという話を聞いたことがある。
 4年前の『センシュアル・ワールド』に収められている『THE FOG』で、彼女は父親に「足を下に降ろしてごらん もう大人だろう」と、彼女自身に向かって語らせ、そしてクレジットに Dr. Bush と表記している。医者である父親に、「もう大人だろう」と語らせた彼女は、当時30歳。
 1958年7月30日生まれの彼女は、『センシュアル・ワールド』を発表したとき31歳。おそらくその制作には1年ほどかかっているはずだから、29歳から30歳にかけての作品ということになる。ケイト・ブッシュは「28歳から32歳くらいまでの時期ってとっても大切なものだと思うわ。人生における大きな転機が何かしらの形で訪れるはずだからね。聞いた話では肉体的な意味での思春期は十代に訪れるけど、メンタルな面での思春期は28から32の間に訪れるそうなのよね。そういうことなのよ。30になったらいい加減に大人にならないと。だから、私自身、ものの感じ方にしろ変わったと思えるところがあるし。それに、この何年間かを生き抜いてきたこと自体、私にはすごくポジシティブナものとして感じられるのよ」と語っている。
 メンタルの思春期のまっただなかでつくられた『センシュアル・ワールド』、そして思春期を経たばかりのときにつくられた今回の『レッドシューズ』……。
 ケイト・ブッシュのニューアルバムが出ると噂された1991年の夏。それが92年の春に延期になったという知らせに続いて入ってきたのが、彼女の母親の死。1992年2月14日(と記憶している)に亡くなっている。はからずも彼女の言葉通り「人生における大きな転機」が訪れたことになる。
 イギリスのケイト・ブッシュのファンクラブの会報誌『ホームグラウンド』に、その時掲載された一枚の写真。彼女の4枚目のアルバム『ドリーミング』のプロモーション・ビデオ撮影のあいまのスナップで、彼女が母親に抱きついている、母親に抱かれている……。2台のマルチトラックレコーダーをシンクロさせ、72トラックを駆使してつくられた『ドリーミング』、そこに費やされたエネルギーと反比例した売り上げ、彼女は精神病院に入っているという心ない噂……。この写真に記録されているケイト・ブッシュは、ふつうの女性というよりも女の子であり、母親の愛情を欲している子供の姿である。
「78年にデビューアルバム『キック・インサイド(邦題・天使と小悪魔)』を作った以上に、今回のほうがファーストアルバムをつくったという実感があるの。すごく新鮮で、これまでよりもオープンに、そして冒険的になって、新しい領域に足を1歩踏み入れたという感じ」で、「一人の人間としてとても穏やか(ソフン)になれた気がする」『センシュアル・ワールド』から、傲慢さではなく安らぎを感じてほしいと願っているケイト・ブッシュは、音楽を「ダンスフロアーに導くための道具なんかじゃない。人々に何かを感じさせたり、人と人を触れ合わせたりする。人の心を慰め、傷を癒す力を持っている。とてもポジシティヴなもの」として捉えている。彼女が父親に語らせた メJust put your feet down childユ Coz youユre all grow-up noモ(もう大人だろう)という言葉は、ここにかかってくるように思う。新しい領域に一歩足を踏み入れた『センシュアル・ワールド』で、彼女は音楽を通しての医療行為(大袈裟な言葉だけれども)の手ごたえを感じとれたのではないだろうか。だからこそ、Robert Bush ではなく、Dr. Bush と表記したのだろう。
「二つの極端なこと(たとえば幸せと哀しみ)を同時に伝えることが、人の心を動かすの。音楽にも同じパワーがあるわ。人を元気づけるかと思えば、今度は落ち込ませたりする。その二つのバランスが大切なのね」と語るケイト・ブッシュは、自分のバランスをとれるようになって、彼女自身の自然な環境をつくりだせるようになった気がする。
『レッド・シューズ』にも安らぎがある。『ドリーミング』に見られた取り憑かれたような感じはない。ほんとうにさまざまなものがまざりあった、ケイト・ブッシュならではの穏やかな環境をつくりだしている。そのなかにいるといつのまにか時間がたっている。そんな印象を受ける。彼女の言葉通り、『レッド・シューズ』もポジティヴである。そして聴けばきくほど、小さな発見がいくつもある。
 タイトルのレッド・シューズはグリム童話の『赤い靴』からとったものだという。デビューアルバムで、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』をモチーフにした彼女はその後も、『A Book of Dreams』からヒントを得て『クラウドバスティング』、そして『センシュアル・ワールド』はジェイムス・ジョイスの『ユリシーズ』をとりあげ、モリー・ブルームの台詞を最後に入れている(ただし原作そのままの言葉の引用は遺族からの許可が得られず、彼女自身の言葉に書き換えられている)。だからというわけでもないが、彼女の歌は物語性に満ちている。ドラマチックだ。彼女の声そのものが、高い声と低い声で表情をがらりと変え、曲に多彩な表情をもたらしている。ただいままでと違うのは、彼女が、一般に言われているような女王として君臨しなくなったこと。『センシュアル・ワールド』を境にあきらかに変わってきている。ジャケットにも、今回は彼女の顔が写っていない。
「私は、人の仕事というのは――それが芸術家ならば芸術というのは――自分を学ぶための手段だと思うの。人生が人前に立ちはだかっていて、それを通したすべてのものと接するのよ。」この言葉の3年後に母の死を迎えた彼女、一時期、変人の代名詞のように言われた彼女がこれから残していくものは、何か特別なものではなく、ごく普通に生活の中に存在する価値あるものに変わっていくような気もする。

[参考文献] ●サウンド&レコーディング・マガジン 89年12月号 ●フールズ・メイト 85年12月号 ●ロッキング・オン 90年1月号 ●ポップギア 89年12月号 ●マリ・クレール 89年12月号 ●カット 92年5月号

(1993年夏 掲載誌・サウンドステージ)