ステレオというのは、今さら言うまでもないことですが、右チャンネルと左チャンネルのペア一組のことです。“なぜか?”って、人間には耳が二つあるから……という説明にはじまる理由がオーディオの入門書には必ず載っているから、それを読んでもらうとして。
実は、ステレオの夜明け時代(今から二十年ほど前)は、たとえば、スピーカーユニットのペア一組を造ることは大変だったわけです。同じ性能、同じ音質、音の再現性を求めて、オーディオ・エンジニア達の、それこそクラフトマンシップが、アメリカ、ヨーロッパ、そして日本でも競い合い、今日に至ったということになるわけです。
さて、今回の音・ものがたりは、ペア一組のスピーカーが時を経て、何らかの事情で別れざるをえないということが起こり、……そして……というものがたりなのです。別れ別れになったスピーカーは、再び、お互いを求め、呼び合う……!? 小生自身、一度ならず二度も体験したのですから。
A氏(オーディオマニア、あるオーディオメーカーのスタッフ。オーディオ歴三十年)その人と小生が仕事で、ある関西の著名なオーディオ評論家を訪ね、そして、帰り際、「実はこんなスピーカーユニットを手に入れたのだが。」と、持ち出してきたのは、それはもう、ブッコワレタひどく古いユニット。A氏、見るや否や、目は血走り、ことばもあせりがちに、「これは、ひょっとするとあの英国、W社の名器、フルレンジ(全帯域用スピーカー)では!。」評論家の先生、「そうなんですよ、よろしかったら、ドウゾ」。ということになり、A氏は、帰りの東京まで新幹線、そのメチャメチャブッコワレのユニットをなめまわすがごとく、目を細め、サスリ、そして講義という次第です。小田原あたりで、小生の質問。「ステレオにするには、もう一つ必要ですが……アノ…ドウサレル…?」A氏、突然、毅然と、きっぱり「こいつが、呼んでくれるんだ」ナッ、ナニッ!! 一瞬、血の気が引いたものの、スピーカーがスピーカーを呼ぶ…………マ・サ・カ・?
それから、十日もたたないうちなのです。A氏は秋葉原で、またしてもメチャクチャにこわれたかの同タイプのユニット(それはあの相棒としか言えないほどユニットのは損状態もソックリ)を発見、手にすることになったのです。A氏はもうまったく死人同様のこの一組のユニットを、手厚く、コイルを巻き直し、コーン紙をはり換え、一ヶ月余りで、ものの見事に生き返らせたのですそして、小生がこのユニットを使ったスピーカーボックスのデザインをして、ユニットは再びペアを組んで鳴り出したのです。そのときの状況は今でもあまりにもアザヤカなのです。それからが二回目の体験となるのです。
一回目の体験以来、秋葉原に出かけるステレオ時代初期のスピーカーユニットを捜すクセが小生についていたのです。そして発見したのが、AR社のフライドエッグ(目玉焼きに似た中高音用ユニット)と呼ばれた名器のブッコワレたやつ。もち論ひとつだけです。“さあ、お前の相棒を呼んでくれ。”
グエッ!! 三日後、たまたま出張で出かけた大阪は、日本橋の電器店街のオールドパーツ屋の店先であの目玉焼きユニットが、小生を立ちつくすがままにさせ、小生は、全身鳥肌立つとともに、血の気が凍ったのです。
ゾォーーーッ!
スピーカーが、スピーカー相棒を呼んだのです。
ステレオとは、オーディオとは、音づくりにかけたエンジニア達のクラフトマンシップは、ステレオのペアの機器をこれほどまでに切っても切れない仲にしているのですゾ。
レコードのステレオ化が一九五八年。六十年代にはカセットも生まれ、あれから二十年。オーディオは、今やまさにT青春期U。小生はといえば、只今、電源プラグの左右の差し換えで音がキワダツ…!(交流なのに、本当です)このマジカル・ミステリーに取りつかれ、今は亡き、ローリングストーンズのブライアン・ジョーズの置き形見、「インマジカル・モロッコ」(ジャシュカ)にひたり、電源プラグを差し換えるのです。
Tスピーカーがスピーカーを呼ぶUこのオーディオ・マジカル・ミステリー。出来すぎたはなしと言う前に、ひとつ試してみては?。そお、この音・ものがたりを信じるあなたには、オーディオ・マジカル・ミステリーのおめぐみがありますように……。
ジャシュカ・ジャシュカ 合掌。
(流行通信 1980年7月号 No.198)