CDが世に出たころ

 CDが誕生した1982年ころ、この新しいメディアに対して識者はどんな感想を持っただろうか、当時を振り返えってみると、見通しの的確だった人、曖昧な人、否定的な人など様々で、予測の難しさがよくわかって面白い。予測の的中しなかった人は、いままでのメディアに強い愛着があること、初めて体験したプレーヤーが未成熟で印象を悪くしたこと、誤った技術的先入観などが災いしたようだ。正しい予測をした人は、今は不完全だが、改良改善の可能性を予見している。ラジオ技術1982年の12月号と、83年1月号のアンケート記事から一部を要約してみよう。
長岡鉄男氏(オーディオ評論家) 最初に聴いた印象は、fレンジ、Dレンジともなんて狭いのだろう、なんと情報量が少ないだろう、なんて大味でそっけないことだろうといったことだった。この狭さ・悪さはCDの方式そのものに原因があるのか、録音法が悪いのかすぐには判断がつきかねた。要するに現行CDプレーヤーは、優れたアナログより下で、よくないアナログより上だ。
 CDの出現は革命であり、ADは徐々に追放されていくと思う。ADがCC(コンパクト・カセット)に食われたように、CDもやがてCCに食われてしまうのは明らかだ。将来はADの新譜はなくなるだろう。公害を出さないCDプレーヤーを出してほしい。
江川三郎氏(オーディオ評論家) CDは総合的に大衆マーケット向きのもの。クオリティー指向のマニアに対して同意を得ようとする政策ではなく、カーステレオをふくめた実用性を高める努力をすべきだ。アナログ・プレーヤーはCDへの対抗からモーター、構造、アーム、カートリッジの順に急速に改善されてゆく。アナログレコードの新譜は、将来メージャーの努力が減るに従ってマイナーレーベルが浮かび上がってくるだろう。
菅野沖彦氏(オーディオ評論家) 革命的なものだが音質に関しては納得のいくものではなかった。音が生きていない。空間の表現も不十分だ。推進したメーカーは、音の文化の担い手でもあるから、これで十分という考え方を持たないでほしい。将来のディジタルの可能性は大きいし、希望することも多い。このフォーマットはソフトのノウハウの蓄積で音のよくなる可能性を残しているとは思うが、これが究極のものとはなり得ないだろう。
若林駿介氏(オーディオ評論家) CDは、優れたプログラム・ソースを使った場合、低音域の音がしっかりとしていて厚みがあり、チャンネル・セパレーションが優れているせいか、音像定位がしっかりしている。SN比がよいこと、ゴーストは皆無だ。4チャンネルやLカセットと違って、大変将来性があるが、今すぐアナログ・プレーヤーと入れ替えるだけのものではない。完成度が上がり、プログラム・ソースが一応揃ってから徐々に入れ替えが始まる。普及率が50%になるまでには早くて5年、おそいばあいは10年くらい先になるだろう。CDがすべてではない。アナログにはアナログのよさがある。アナログは長く存在することだろう。CDは、ハイクオリティーの方向と、普及製品の2つの方向が考えられるが、ハイクオリティーはアナログで、普及製品はディジタルで、というようなことにならないことを祈る。
長島達夫氏(オーディオ評論家) 1ミクロンにも満たない信号ピットをよくもあそこまで正確にトレースできるものだ。まだ聴いた時間もわずかだし、ソースにも問題が残っていると思うが、ディジタルという信号伝達手段に欠陥があるとは思えない。DAコンバーター以後のアナログ回路だけでなく、ディジタル部分や回転系にも改良する点があると思う。10年くらいの間に50%台に達するだろう。現在のアナログファンが充分満足できる品質になるなら、新譜は次第にCD化していく。
高橋三郎氏(当時オーディオ協会理事長) 「諸君脱帽したまえ、天才が現れた」とショパンを紹介したシューマンの話を引用した*高城重躬さん。「ついに沈黙の世界を……長い旅であった」と書かれた*池田圭さん、このご両人の感想にCDのすべてが言い尽くされている。CDとアナログは共存し、アナログの新譜は、減ることはあっても10年後でもなくならないだろう。ギレリスのピアノ、パバロッティの声、「幻想」の第3楽章のピアニッシモ、オーケストラのフォルテシモの迫力などすばらしいものがたくさんあるが、音がつまるもの、きついもの、雑音の多いものなど問題をかかえたものもある。新しいソフト側ハードの開発が急務だ。
穴沢健明氏(日本コロムビア) 数年前から小型で安価の割に、簡単に音楽を楽しめる機器が出現し、オーディオを簡単に楽しむ傾向が出て来たが、オーディオ本来の楽しみ方も、本格的なCD時代を迎えて、復活のきざしを見せてきている。CDは、今年のオーディオフェアで、若い人たちに関心をもたれる媒体であることが立証された。当初の予測を越えた速度で普及し、数年後には一般化するだろう。
花村圭晟氏(当時オーディオクラフト社長) CDは奥行き感がなく平面的になるものが多い。これはハード側の責任かどうか比較物がないので、いちがいに断ぜられないが、1〜2年もたてば良いソースが、いまのアナログ・ディスクのように選べるようになるだろう。オイルショック以来アナログ・レコードの厚さが薄くなり、反りが多く、ウーファーがあおられて、不快な低音ノイズにモジられている現代のアナログ・ディスクは情けない。CDの登場でアナログ・ディスクの在り方の警鐘になるなら、大きな成果であろう。今後、双方に大きな期待が持てる。
春日二郎(アキュフェーズ) 完成度の高いものもあるが、無機質で硬質なものが多く、雰囲気を持ったソースは少ない。歴史に磨きぬかれたアナログディスクのレベルの高さを感じた。
 CDソースの質とタイトル数が充実してくるのは5年。10年後にはアナログディスクの新譜はなくなるだろう。CDプレーヤーはDA変換部を含めてアナログ部分がある以上、メーカーによる音の差はなくならない。CDの出現で、アンプ、スピーカーなどの低域やディテールの表現力などが見直される。アナログプレーヤーやアナログディスクの衰退は歴史的必然だが、一部のマニアには長く愛好されるだろう。

 このほか様々な人が意見が述べられているが、それぞれの人が重要な点を指摘した。それは、メーカーが普及品開発に重点をおき趣味のオーディオを忘れてしまうのではないかという危惧で、長岡氏や若林氏のような意見も生まれた。事実、CDはオーディオの大衆化を大いに促進したが、その一方、初期のものとは比較にならないほど良い音になり、ハイエンド・オーディオにも応えられるクオリティーを持つに至った。いまでも少数だがCDを嫌う人があるが、最近の優れたソフトを、最近のハードでじっくり聴いてみてほしい。
 花村氏はカートリッジやトーンアームメーカーの社長だったが、当時のLPが大衆指向になってペナペナになり、ウーファーをフカフカさせ、音を濁らせていることを嘆き、CDの出現でアナログレコードの在り方に反省が起こることを期待した。事実、数量は少ないが、アナログレコードは厚手のスーパーアナログとしてわずかに生き残った。

スーパーCDへの歩み
 1982年、CDの出現した当初に菅野沖彦氏は一次元高いフォーマットを期待されのはさすがである。
 1990年1月号の『JASジャーナル』(日本オーディオ協会誌)の新年座談会で、当時、松下電器のオーディオ部門の責任者だった石井伸一郎氏は未来のオーディオとして
 「テレビのハイビジョンのような飛躍をオーディオでも考えるべきではないか」と発言しており、
 1991年4月号の、『10年後のオーディオ』特集号で、当時、神奈川工科大学の教授だった吉川昭吉部氏は
 「現在のディジタル録音に対するハイエンドのオーディオファンの不満は、いわれのないことではないと考える。2つのことを望みたい。その一つは、最高のアナログ録音に比肩し得る高品質ディジタル録音の実現。もう一つは、ユーザーによって選択・制御が可能な付加情報(音場情報など)を含んだ新しい録音方式の開発である。再生のための必要条件についての研究と、慎重なフォーマットの検討が必要だ」と高品位オーディオのための新フォーマットの出現を期待されている。
 同じ号で、パイオニアの山本武夫氏は、圧縮録音の固体メモリー時代が来るときを想定して、次のようなことを述べている。
 「半導体メモリーからの音楽に比べて、メカで回転させるCDは格段にすぐれた音質の音楽を提供するものでなければ存在価値がなくなるという状況が想像される。スーパーCDとはサンプリング周波数60kHz、量子化ステップ20ビットはほしい」
 数値は今となれば低い値だが、存在価値に関しては極めて重要な発言であった。
 わたしも同じ号で戦後の技術革新を振り返って、
 「過去40年のオーディオ史に見られるように、蒔かれた種は10年ほどで実を結ぶ。80年代の末から90年代のはじめにどんな種が蒔かれたがが10年後のオーディオを考える鍵となる。それは、狭い帯域で大量の伝送をする高能率符号化(圧縮)ディジタル技術であり、高画質技術だ。また、純粋オーディオはますます高度な臨場感が追求され、新CDフォーマットが生まれるかもしれない」と書いた。これは、圧縮ソフトによる大衆オーディオと、高度フォーマットによるハイエンドオーディオに市場が2分されると思ったからだ。
 その他にも目に付かなかった多くの声があったと思う。

スーパーディジタルオーディオ研究会
 日本オーディオ協会は、1992年10月、協会理事だったわたしの「スーパーディジタルオーディオ研究会の設立提案」に対して、12月の運営委員会で即時承認された。
 提案の内容は次のようなものである。

『100年つづいたアナログ・ディスクは、わずか10年にして16ビット44.1kHzサンプリングCDに完全に置き換わった。しかし、より高度な質を求める声も多く、現行サンプリング周波数では不十分ではないかとか、16ビットでは不十分という声もある。しかし、この問題は学術的な実証はまだ行われていない。そこで、日本オーディオ協会の研究テーマとして、[スーパー・ディジタル・オーディオの可能性の研究]について協会会員であるハードメーカー、ソフトメーカー、リスナーなどの研究チームによる総合的な研究を行うことを提案する。例えば、96kHz、24ビットというような高度な実験も今ならできないことはない。特に巷間でささやかれている20kHzでは不十分という高域周波数の必要限界については、過去に多くの研究が行われているが、あらためて、スーパー・ディジタル・オーディオという立場から再試験を行い、もやもやとした社会の疑問に明快な回答をあたえたい。(中略)業界はもとより、国際的にも重要なテーマと思うのでここに提案する。1992年10月11日』
 スーパーディジタルオーディオ研究会は、NHK技術研究所の中林克巳氏を委員長に十人ほどのメンバーで活動を開始し、さまざまな研究実験を重ね、1995年7月31日、業界を総動員したADA懇話会(Advanced Digital Audio Conference)に引き継がれるまでつづいたのであった。

ADA懇話会設立前夜の裏話(ラブレター)
 渡辺周専務理事殿
 たびたびラブレターを差し上げる失礼をお許しください。オーディオ業界は日々低迷の一途をたどっていますが、低迷の理由は明白で、CDの普及率が飽和点に達し、もはや入る余地がなくなったところにあります。ご記憶と思いますがアナログが成熟し市場が低迷した1983年ごろと同じ現象です。販売業界はサッサと動きの良いパソコンやその他動きのよいものに乗り換え、低迷に拍車をかけています。もはやキャンペーンなどの刺激では動きは変わらない状態にあります。これは映像業界もカメラ業界もほとんど同じ状況にあります。これに対処して映像業界は、いささか強引と思われるような画面のワイド化(歪度化と皮肉る人もある)で市場を活性化し、カメラ業界は近々次世代フォーマットを発表するとの話もあります。オーディオ業界が今なすべき手は、ニューフォーマットのスーパーCDを一日も早く出すことだと信じます。ステレオサウンド誌の114号ではユーザーの声を集めてスーパーCD(同社原田社長の造語)の大キャンペーンを始めましたがこれは必読に値します。
 渡辺専務理事は、かつて中島平太郎会長をサポートしてDAD懇談会を成功させた人ですが、このたびも中島会長に腰を上げていただき、仮称SCD(スーパーCD)懇話会を設立し、業界の総和を集めてニューフォーマット規格を一刻も早くまとめることはできないものでしょうか。この大きな技術革新は世界のオーディオ業界に大きなインパクトを与えることは明らかで、CDの時と同じように業界は盛り上がってくるものと信じます。
 オーディオ協会はオーディオの本道を深化することがレーゾンデートルを確保し生き続ける道だと信じます。いま始めても数年はかかるでしょう。明日では遅すぎると思います。
 この手紙は中島会長にも是非お読みいただきたいと思います。
   1995年3月18日  春日二郎
 この手紙を投函した数日後に渡辺専務理事より電話がかかり、「中島会長も賛同しました。やりますよ」。それに付け加えて、「昨日、菅野沖彦さんが協会に来られて同じような話をされたが、打ち合わせたのですか」という質問があった。わたしと菅野さんとは全く談合はなく、同じような考えを、ほとんど同時にしていたのだった。
 ADA懇話会は1995年7月31日に設立の運びになった。わたしのラブレターは一つの動機づけになったとは思うが、柿の実は熟しきって、枝から落ちるばかりの時だったのである。

『次世代のディジタルオーディオに対する望ましい条件』
『次世代のディジタルオーディオに対する望ましい条件』
を検討するADA(アドバンスト・ディジタル・オーディオ)懇話会が、社団法人日本オーディオ協会を中心に、NHK放送技術研究所の宮坂栄一氏を議長とし、学識経験者や、ソフト・ハード・メーカーなどで構成された100余名に及ぶワーキング・グループによって、1995年7月から討議されていたが、1996年4月15日、その大綱が合意に達した。わたしもアドバイザリー・グループの一員として協力させていただいた。全文は長いので、個人的な意見も加えて、その要点を取り出して見よう。


  周波数は「直流から100kHz」

 必要周波数の上限については、現状でよいという人、25kHzでよいという人、50kHzで十分とする人など様々な意見があったが、『音の品質』に関する人間の聴感特性や評価には個人差も大きく、研究上も、聴感に関する諸特性を決めるまでには至っていない。このため、「音声波形の忠実な記録、再生」という観点から、従来では考えられなかった100kHzという大きな数字に決定した。この数字が提案された背景には次ぎのようなことがある。
 豊かな音の文化の継承と発展をさらに推し進め、音の感動をユーザーに伝えることができる十分な高品質を持つこと。
 将来、デバイス、マイクロフォン、スピーカー、アンプなどの技術進歩を考慮し、少なくとも15〜20年以上にわたって技術的にも品質的にも十分耐え得るものであること。
 現実の音源や、現在収録されているディジタルマスターには、現行CDのフォーマットを越えた高度なものが存在する。
 ユーザーの好みに応じたフレキシビリティーのある『音の品質』を提供し、オーディオとしての趣味性(楽しみ)を与え得ること。
 現在までに蓄積されてきたアナログやディジタル音源資産(アーカイブ)を最大限に尊重し、継承出来ること。
 個人的意見を加えれば、ディジタル再生の上限周波数はサンプリング周波数の1/2まで可能だが、再生周波数の上限を急峻に遮断しないと、折り返し雑音が可聴帯域に落ちてくるエリアシング現象がある。急峻な遮断特性を持たせると位相特性を悪化させ、音質を悪くする可能性がある。したがって、サンプリング周波数を高くすればフィルター特性を緩やかにすることができ、問題が少なくなる。
 周波数の下限は、マスターテープでは直流まで記録されるが、再生側ではスピーカーに直流を流さないように適宜、切る必要がある。
 このように従来のCDや、アナログを超越したパフォーマンスを持つことは、ユーザーの精神的安心感や信頼感にも寄与する。

  ダイナミックレンジは120デシベル

 アナログレコードのDレンジは65デシベル、現行CDは98デシベル(16ビット理論値)。それにもかかわらずアナログの音を評価する人が少なくない。その理由として、わたしの考えは、ディジタルは低レベルでの分解能に問題があり、耳には聴こえないような低レベルの雑音も、成分によっては心理的に何らかの影響を与えている可能性がある。アナログ雑音は耳にきこえても心地よいといわれるのも、雑音の成分によるという解釈もある。また、収音時にクリップを避けるためレベルを下げたときを考えると、98デシベルでは十分とは言えない。最近は20ビット(120デシベル)で収録して16ビットに落とす手法が多くとられている。
 今回はディジタル領域で24ビット(144デシベル)、アナログ領域では熱雑音などを考慮して、可聴帯域内のダイナミックレンジを120デシベル以上とした。これは現実の演奏に対しても十分な値であり、数年前には考えられなかった驚異的な数値である。

  大きさと現行CDとの両立性

 現行CDと同じ大きさの光ディスク「12センチ」片面を基本とし、シングル盤に相当する8センチ盤や、必要により小径のものも認められることとなった。
 こうした驚異的な録音ができるのは、光メディアとして、従来のCDに比べて5倍以上の高密度な記録ができる技術が確立したことによるものである。
 討議の過程では、8センチ盤を基本とすべきだ、という意見もあり、アドバイザリー・グループでの激論もあったが、信頼性や利便性、存在感から、「12センチ盤を基本」にすることに決まった。
 価格については、既存のCDに準じるコストパフォーマンスが考慮される。したがって、あまり高価にはならないだろう。
 再生時間は、現行CDが適当であるとして、同等と決まった。プレーヤーは、既存のCDも再生可能となる。ただし、従来のCDプレーヤーでスーパーCDを再生することは出来ない。その理由は、フォーマットが全く違うためであり、それを可能にするには2層にして2方式の記録をする必要がある。

  2チャンネルを重視し、マルチチャンネルも考えておく

 2チャンネルを重視することになった。
 映像をともなうマルチチャンネルと、純オーディオ再生とは、音源制作方法から、その目的まで全く異なるものである。
 イギリスの研究団体『ARA』から、DVD時代が来てマルチチャンネルが普及することを想定し、「ニューフォーマットはマルチチャンネルで」、という提案もあったが、単に複数チャンネルにしても、サラウンドオーディオの諸問題が解決されていない現状では、安易に導入すれば「1970年初頭の過ちを繰り返す恐れがある」という意見が大勢を占めた。しかし、将来、技術研究が進む可能性もあり、ディスクにはマルチチャンネルを収録できる領域を確保しておくことになった。

  フォーマットはどうなるか

 要求条件に適合するフォーマットがいろいろ提案された。
 大きく分ければ、従来のマルチビット方式と、ΔΣ(デルタ・シグマ)方式の2つになる。
 ΔΣ方式は、2822・4キロヘルツ(64fs)1ビットである。このほかにΔΣで352・8キロヘルツ(8fs)サンプリング8ビットという提案もあった。
 マルチビット方式の提案は、この時点では96キロヘルツ 24ビット(48kHzまで再生)であった。
 新しいフォーマットは、既存のディジタル音源資産が品質劣化なく経済的に変換でき、さまざまなマスターの記録フォーマットに対応しやすく、各種のメディアに変換しやすい拡張性をもつことが重要となる。
 ディジタル圧縮は行わない。圧縮しなくても余裕をもって記録出来るからである。ただし、ロスレス符号化(損失の全くないコーディング)は可とした。
 このように、一つの方式に集約されていない。一本化は公正取引法に抵触する恐れがあるためで、どれを選ぶかはメーカーの自由であり、ユーザーの自由である。
 「64fs、ΔΣ1ビット方式」を提案したのはソニー、フィリップス、シャープ、アキュフェーズで、懇話会の集約段階では提案メーカーの数は最も多かった。
 1999年、ソニー、フィリップスからSACDとして発表され、商品が市場にお目見えしたのである。

 マルチビット方式はADA懇話会で「望ましい条件」が集約されれた後、38社で結成したDVDオーディオ・ワーキンググループによって1998年3月20日、標準化が決定し、2000年、DVDオーディオとして商品化された。ADA懇話会の『次世代オーディオの望ましい条件』は21世紀に向かって大きく花開いたのである。

 最後にぜひ付け加えておきたいことは、30年間寝食をともにした*出原眞澄君もADA懇話会の再生ワーキンググループの委員として活動し、SACDの製品化段階には病身に鞭打って東奔西走されたことを記しておきたい。このことは、『最近のわがシステム』の項にも記した。大変残念なことは、製品化された、この素晴らしい音を聴くことなく1998年、天に還ってしまわれたことである。
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