きちんとした形で僕の手元にあるもっとも古い海外オーディオ・カタログ集は、一九五六年版米国のそれだ。
 そのカタログの500種ほど掲載された製品中で、もっとも高価なのがパトリシアンIVである。
  アルテックのA級10ワット出力段つきの管球式プリメイン・アンプに始まるこのカタログは、ステレオ直前の五六年発行のため、むろんひとつとしてステレオ製品のないのは当然だが、一般化する直前のそのハイファイ興隆期の終りを示すにふさわしく、超豪華、高価格製品がずらりと並び、あとになってもっともポピュラーなアンプ・メーカーになるフィッシャーですら、まだプリアンプとパワーアンプのみを出している。スピーカーもすでに注目を浴びつつあるJBLハーツフィールドが、310ドルという価格の箱、415ドルの中味のユニットとが、それぞれ別々に示されている。エレクトロ・ボイス社は、当時すでに戦後のもっとも躍進したハイファイ・メーカーとして存在し、それまでのベストの座にあったジェンセンと勢力伯仲という様相が、カタログのスペースからも感じられるし、英国のかつての数々の名器達が堂々と並んでいる。
 パトリシアンは、むろんエレクトロ・ボイス社の看板商品として五五年あるいはその前年にデビューした当時でも珍らしい4ウェイ・システムで、それ故にパトリシアンIVという名を与えられている。よく誤解されるが、決してI、IIがあり、IIIがあってのIVではない。だからこの本にあるパトリシアンこそが、この20年来の僕の脳裏にあるパトリシアンであった。それはオリジナルとしての豪華かつ西欧的古典的な風貌だ。 ずっとあとになって、そう多分それから7、8年ほどして日比谷にあったアメリカ文化センターが赤坂に移ったときに、その新しいホールでパドリシアンを見たとき、すでに新しいカタログによって知っていたこのコンテンポラリー・スタイルと呼ぶべきはずの風格は、オリジナルの持つクラシックに比してはフレッシュで現代風であったし、コンテンポラリーと素直に受け入れ難かったように思う。だが、その音は雄大に豊かに響いた。むろん二度と忘れられるものではない。エレクトロ・ボイスというスピーカー・メーカーの音楽の中の低音の重要性を十分に理解し、それを製品にかくも反映している良識に打たれた。
 ずっとあとになってエレクトロ・ボイスの小型(?)フロア型というべきエアリーズが出たとき、日本でのデビューの発表会でそれを再び強烈に感じた。エアリーズはそれ以来今もなお身近かで鳴っている。
 そしてパトリシアンIVだ。でも、この超豪華システムを手に入れる夢をまともに考えたことなんてあるわけがなかった。なぜかって? 五七年現在、805ドルの米国内製品は、日本にくれば80万は超える。当時僕の給料は3万円だった。それでもはたからみればずっとましだったのだ。27ヵ月分の給料を積み立てて、やっと一本手にはいるはずのシステムだ。今、そのベースで換算したら、おそらく200万は超えよう。昔の幻想がリアルな形となって3ヵ月、まだ僕の手元のパトリシアンIVは蘇ってはいない。かすかに、ほんとに僕が、音を出しているだけだ。でも、建国200年の7月末までには20年前のことパトリシアン息を吹きかえさせてやろう。 (一九七六年)