どういうものか音楽家は――それも超一流のアーティストほど――癇癪もちで、せっかちらしい。ベートーヴェンの激越な言動はあまりに有名だが、指揮者フルトヴェングラーが大のスピード狂だったのも、当時だれ知らぬものはなかったそうで、フルトヴェングラーがポツダムに住んでいたころ、ベルリンとの間をフォルクスワーゲンで往復するのを見て「こんどこそ博士の車をふんづかまえてやる」とポツダム街道の交番係り巡査は意気ごんだという。ものすごいスピードで吹っとばすのが常だったのだ。
 でも、エリザベト未亡人の思い出話によると、そんな運転中も、しばしば、楽趣がわくとフルトヴェングラーはハンドルから手をはなし、タララランラと指揮の手ぶりをするので、同乗者は恐怖に胸がつぶれたという。つまりスピードを出していることにはまるで本人は頓着なかったのだ。けだし先天的スピード狂である。もっとも、車にかぎらない。日常生活においては、何でもすぐ欲しがる子供のようなところがあって、朝食であれ、電話の呼び出し、駅の切符の購入にせよ、すべて直ぐでないと承知しない短気な人だったと夫人は述懐している。
 これはグスタフ・マーラーにもあてはまる。マーラーが練習のとき、ちょっとでも楽団員にミスがあると血相変えて激怒……癇癪を破裂させて、「いったいきみはどこに耳をつけているんだ」とまるで荒鷲みたいに楽団員へ突っかかっていったと、弟子のブルーノ・ワルターは回想しているが、マーラーの妻アルマの思い出によると、無能な奏者、思いあがった歌手へのマーラーの音楽的怒りは、純粋さを通り越して、いっそう凄絶なものだった。ためにウィーンで、ハンブルク歌劇場で、楽団員らに憎まれ、音楽監督たるおのが立場を不利にして、ついには辞表を出さざるをえぬ仕儀になるのだが、これまた、辞表を出すことに本人はちっとも頓着しなかった。
 せっかちであった点でもマーラーとフルトヴェングラーは似ている。
 妻アルマの回想によると、マーラーが帰宅して玄関のベルを鳴らすと同時に、五階の居間のテーブルにはスープが用意されていなければならず、入口のドアはすべて開け放して、いつやって来ても、待たずにすむようにしておかねばならない。マーラーは、部屋という部屋を猛烈ないきおいで通り抜け、邪魔だてするドアがもしあれば、旋風のように吹っとばしたという。マーラーの時代にはまだ自家用車は一般化されていなかったが、さしづめ、彼もスピード狂の素質十分というところだ。
 こうした音楽家(指揮者)の性急さは、つねに指揮者は実際の音響より半拍ぐらい早くタクトを振る必要があり、なぜなら音響が十分なハーモニーを有ってホールに響くには、少し時間を要するからで、「正確に拍子をとる」にはアインザッツ(出だし)をいつも音に先行させねばならない――そんな習性に、彼らの性急さは由来するのだろうと教えてくれた友人がいた。
 なるほどそうかも知れないが、それだけではないように私は思う。先んじているのは単に拍ではなく音楽そのものではないかと。
 ――何にせよ、余暇をみてはレコードを聴く一方で、近ごろは好きな作曲家・ソリストの書簡集や伝記を愛読しているが、じつにおもしろい。逸話にはおおむねこじつけが多いし、そもそも偉大な人物に逸話はつきものだが、無形の音楽に結びつくと豁然とその芸術家魂といったものが露き出しになることがあり、いっそう曲趣は増す。伝記から音楽作品に入ってゆくのは邪道だし私は好まないが、十分、曲を聴きこんでから何故その曲にこちらは魅了されたかを、伝記や挿話で思い当たるのは味わい深い。
 私自身が解明されているからである。
 人なみ以上に、私も短気者で癇癪持ちである。
 自ら省みて、改めねばと思わんではないがマーラーやフルトヴェングラーのようすを知って大安心した。子どものようなガムシャラなところ、稚気愛すべき性格は、他の芸術家にも見いだされる。マーラーの師であったブルックナーなど、夏のある日、部屋のドアを叩く者があるので「どうぞ」とこたえてドアを開けた。顔見知りの婦人(生徒の母親)だったので、「やあ貴女でしたか」と握手を求めたら、婦人はキャッと叫んで逃げ出した。
 ブルックナーは浴室から素っ裸でとび出していたのである。ところが彼は「いったい彼女どうしたというんだ?」と長いあいだ首をかしげていたそうだ。
 実話である。いかにもマーラーの先生らしい話だが、こんなのなら芸術家の身辺にゴマンとあるだろう。こちらも少々粗忽者であるが、こんなのを読むと、むしょうに嬉しくなる。
 ――とまれ、好きな音楽家の伝記を繙くのは楽しいものだ。