年末になると、毎年、ベートーヴェンの「第九」や「メサイア」の演奏会が催されるが、こういう慣わしをどう思うかと問われたことがある。大変いいことだと私は答えた。すぐれた音楽は、機会あるごとに、くり返し聴くべしというのが私の考えで、いい音楽作品から与えられる慰藉や感銘は、どんな良書を読むより時に有益だと思っている。
言語には、国境の障害がある。フランス語で書かれたものはイタリア人には読めない。どれほど有益な本であっても、読めないならそれはないも同じだろう。
音楽にはそういうことがない。ヘルマン・ヘッセは「画家は幸福だ、画家の用いる色は北極からアフリカまで共通であるのに、文学者の言葉は国境にさえぎられ、ドイツ語はイタリア人には通じない」と嘆いたが、色以上に表現にめぐまれ、しかも万国に通用するのは音楽だ。音楽は、人間の喜びや悲しみや、幸せといった感情も正確に表現できるし、エドモン・ビュシェの説をかりれば、それは「新しい感情」さえ創造してみせることができ、人間が互いに理解し合ううえでの、最も純粋なTことばUとなる。そういう音楽作品のなかでも「メサイア」や「第九」は、人類にいまや残された最も偉大な遺産の一つだろう。
「メサイア」は、いうまでもなくヘンデルの作で、これが英国で初演された際、当時の国王ジョージ二世が「ハレルヤ・コーラス」の部分で感激のあまり起立されたといわれ、以来「メサイア」で「ハレルヤ」の部分になると、聴衆はいっせいに起立する慣わしになった。毎年クリスマスごろには、ロンドンのウエストミンスター・アビ(教会)で、かならず「メサイア」が演奏される。それが世界各国で真似られ、いまや日本にも移ってきたわけだ。けっこうなことだと私は思っている。ヘンデルは経済的にも、精神的にも失意のどん底に沈んでいたときに、アイルランドの慈善音楽団体の依頼でこの「メサイア」を書いた。作曲中、彼はすべての俗事を投げうって仕事に没頭し、われながら、感動のあまり涙に泣きぬれて筆をすすめたと伝えられる。むろんオラトリオだから〈全人類の救世主としての〉キリストをえがいているが、失意と貧困のどん底で年の瀬をむかえる人は多いだろう。そんな人びとに生きる希望をあたえ励ます意味からも、師走にこれが演奏されるのは意義のあることと私は思う。私自身が、無名の文学青年でルンペン同様の流浪時代に、町のレコード店からもれてくる「メサイア」第二部(受難と贖罪)の合唱を聴いて胸をふるわせ、落涙し、再起を己れに誓ったのを忘れえない。
ベートーヴェンの第九交響曲「合唱」については、とくに第四楽章(歓喜の歌)を、いまでは知らぬ人はないだろう。これが初演され、大変な感激を聴衆に捲き起こしたとき、感動のあまり気絶したのは誰でもないベートーヴェン自身だった。「パンのために作曲するのはつらいものだ」と言い、靴の底に穴があいていて外出も意のごとくならなかった、極貧の日のそのベートーヴェンだった。「第九」がぼくらに与えてくれる感動がどんなものかは、この挿話がいちばん雄弁に物語っている。その曲を年末に聴くのだ、わるいわけがないではないか。
なお、FM放送で音楽をたのしむ人には、暮れから大晦日にかけ、NHKFMで「バイロイト音楽祭」の録音テープを放送してくれるのが例年の慣わしになったが、これもワグネリアンにはうれしい行事である。私などは、前後六日間にわたって、毎年、これを自家のテープに収録し、ときどき取り出して聴いている。レコードを何組か別に持ってはいるが、ソリストや指揮者のかわる実況録音には、レコードとはまたちがった興趣、おもしろ味があって、いまでは「バイロイト音楽祭」を収録し終わると、はじめて、今年も終わったなあという気がする。私的なことながら、一年の回顧はこの録音を終わったときに始まるのである。