「モーツァルトのピアノ・ソナタは、今日では誤って初心者の練習材料に使用されている」
 と、アインシュタインは指摘していたが、たしかにモーツァルトはTやさしいUソナタなど書きはしなかった。まれに、彼がそういうものを書いたときには――K・五四五の場合のように――「初心者用小ピアノ・ソナタ」と、はっきり断っている。これはリリー・クラウスのリサイタルを鑑賞するうえで(モーツァルトのピアノ曲そのものを聴くうえでと言い換えてもよい)たいへん重要なことだと思う。
 われわれは、ふつう、レコードでリリー・クラウスを聴く。彼女がどういうピアニストかは、オーディオ技術の発達した今日、ほとんどその芸術性や奏法を完璧な状態でレコードに聴き取ることができる。生の演奏に接するのは、この限りでは一種の好奇心にすぎない。
 むろん、録音された音楽は厳密には実演とはちがう。録音ではしばしば演奏ミスは訂正され、別の日に弾かれたものにスリかえられている。実演は多くのピアニスト自身が告白しているように、むしろ奏者と聴衆との合作である。音楽芸術は、明らかに聴衆が反応し、演奏家に働きかけて創り上げるものだろう。
 ――ところが、文化会館におけるリリー・クラウスの演奏会につめかけた聴衆の大部分は、芸大ピアノ科あたりの女子学生であり、初心者に毛のはえた程度の少女であり教育ママであり、そんな初心者にピアノを個人教授しているらしい婦人たちだった。つまり世界的な女流ピアニストから、弾き方を勉強するために大方は集まっている。これは芸術家リリー・クラウスにとって不幸なことである。彼女はピアノの先生としてしか聴かれていない。そんな聴衆を前に、どうして、ステージの彼女が、〈聴衆の昂奮と反響で刺戟され、より高められた演奏〉を実現し得ようか。一つのお手本を弾いてみせる程度でしかこのリサイタルを彼女が持てなかったのは当然だろう。つまりいい演奏ができなかったのは不幸だ! レコードで聴く――主にピアノ協奏曲での彼女の演奏――ほうがはるかにすぐれていたのを知らされたわれわれも不幸だった。
 彼女の来日はこれで三度目だが、はじめに、「きれいなフランソアズ」による変奏曲のあとで、ハ短調(K・四七五)の幻想曲と奏鳴曲(K・四五七)を、しきたりによって続けて弾いた。
 このソナタはモーツァルトの女弟子だったテレーゼ・フォン・トラットネルン夫人に献呈されている。作曲された一七八四年はモーツァルトの生涯でもっとも悲惨な、暗い時代だ。モーツァルトにはめずらしく激越で、昂奮を作品中に爆発させ、ベートーヴェンの「ハ短調(悲愴)」を彷彿させる。「言葉になる前のベートーヴェニズム」と言われる所以だが、むろんベートーヴェンがあとから彼の「悲愴」を創り上げるのに、このハ短調は役立ったにちがいない。ベートーヴェンのハ短調は、彼自身が扉に「悲愴」と標題をつけた。それはあくまで若い日のベートーヴェンらしい悲愴感で、晩年のあの深刻悲劇的なものではない。スコットはこの曲を「ロメオとジュリエット」に比較し、「ベートーヴェンの青春の悲哀感だ」と言った。モーツァルトのは違う。すでに“悪妻”のコンスタンツェと結婚していたし、ベートーヴェンの「悲愴」より十数年も前である。ピアノ曲史上、屈指で、もっとも激越悲愴な作品を、それの代名詞のごとく言われるベートーヴェンより十余年も前に創らねばならなかったモーツァルトはそれだけ、不幸だったといえないだろうか。
 そんなハ短調をリリー・クラウスはわれわれの前で弾いた。生徒のように謙虚で無心な聴衆の前で。名演を期待するほうが無理である。彼女は同じ曲(幻想曲とソナタ)を米ハイドン・ソサエティ盤に入れているが、音は少々わるく古ぼけていても、はるかにレコードの演奏のほうがよい。悲しいかな日本の聴衆はまだ、彼女に、スタジオにおけるレコーディングにまさる感興を与えることはできぬらしい。「きれいなフランソアズ」の変奏曲よりハ短調をはるかに巧者に彼女は弾いたが、拍手は同じだった。
 ハ短調ソナタより、バルトークの「十五のハンガリー農民歌と舞曲」はさらに好演だったが、拍手の音に変化はなかった。いったい何を彼らは聴いているんだろう。そもそも聴衆が、いちばん激しく拍手したのは、二度、三度とアンコールに応えてくれたときだというのでは、まるで一曲でも多く演奏させれば入場料に比してトクをするとでも思っているみたいではないか。アンコールは、名演をきかせてくれた場合に捧げるべきものだ。トクをするのとは違う。
 リリー・クラウスは、前の来日のときすでに、日本の聴衆がその程度なのを知らされていたろう。はじめから、答の出ている数式を文化会館のステージで、彼女はスタインウェイというピアノを使ってていねいに解いてみせたようなものだ。ある意味では、気楽だったかも知れない。
 ハンガリー人を母とし、ブダペストに生まれ、バルトークに学んだ彼女が師の作品を、この日の演奏曲目のなかで最も流暢に弾いていたのもこれで納得がゆく。バルトークの〈舞曲〉は、他の〈十のやさしい曲〉〈初心者のための十八曲〉などと「ミクロコスモス」のなかに含まれているが、「ミクロコスモス」は、わが子ペーテルのピアノ練習曲用にバルトークが作曲したものだった。つまり、この日の聴衆に最もふさわしい曲を彼女は弾いたわけだから。
 ほんとうの、彼女のモーツァルトを味わうには、やはりウィーン・フィルとのピアノ協奏曲を聴くべきだというのが、いつわらぬ私の感想であった。