音楽は、よく言われるように、民族と国語を異にする人たちにも感情伝達の可能な(翻訳の必要のない)人類に共通のことばである。単に感情にとどまらず、それは思想、自然観照、宗教的崇厳感、哲理さえ聴く者に感じとらせる。この意味ではベートーヴェンも言うように、音楽こそはいかなる哲学書よりも高遠な啓示に富む書物であり、あらゆる人が音楽を通じて、神性に近づくことができる。
でも、何事もそうだが、漠然と聴いているよりは、ある程度の予備知識のあったほうが音楽を鑑賞する楽しみ、その理解は深まる。野球を見るのにルールを知っていたほうが興味のふかいのと同じである。
もちろん、音楽を楽しむのに、一定の法則などない。漫然と聴いていて心が和み、あるいは浮き浮きと手拍子をとりたくなるのが音楽であり、だからこそ人は、音楽を聴くことに理屈ぬきの慰藉を見いだす。
ただ、西洋音楽――とりわけクラシックに限っていえば、日本人の大方はまだまだ馴染む機会が少ないし、したがって名曲を聴いても(野球でいうルールを知らないから)鑑賞の仕方が浅くなる。時には退屈するだけで、ちっともおもしろくない。だが、いわゆるクラシック音楽は、こう言っていいなら人類の集積し、いまや誰もが所有権をもつ大きな一つの宝庫である。退屈するのは、せっかく宝の山に入っても、そこに在るのが宝石なのに気づかない人で、惜しいはなしだ。
私は、そんな人たちに、それがただの石コロではなくダイヤであることを、知らせる案内人の役目をこの文章でしてみようとおもう。宝の山へはいる道は、いまでは録音・再生ともすぐれたレコード音楽というものがあり、家庭で、ステレオ装置さえあれば、演奏会場に出かけなくとも宝庫はあなたのものになるのだから。
まず、バッハである。西洋古典音楽の父=巨匠ともいわれるヨハン・セバスチアン・バッハ(一六八五―一七五〇)には、W・シュミーダーのしらべた作品の数だけでも一〇八〇曲あり、その大半は、近世音楽発達の基となった偉大なものだが、よほどの人でないかぎり、専門の音楽家でさえそのすべてを知っているわけではない。(音楽家のなかには、その全作品を暗譜でおぼえていた人もいるが。)ましてわれわれ素人(ことにキリスト教徒でない)が聴くのは、その厖大な作品のなかでも限られたものであり、また、それでいいのだと私は思っている。他の音楽家においても同様だが、およそ一人の芸術家が創りあげる作品の質は(量ではない)その生涯を通じてそう変わるものではない。
偉大な芸術家ほど、様式は変わっても作品の奥からきこえてくる声はつねに一つであり、生涯をかけて、その作家独自の声で(魂で)何かをもとめつづけ、描きつづけ、うたいつづけながら死んでいる。幾つかの作品に共通な、その独自の声を聴きとることができれば、一応、その作者――つまり彼の〈芸術〉を理解したといえるだろう。
バッハの場合もこれは変わらない。一千を超えるおびただしい作品群も、注意して聴いてみれば同じ発声と、様式と、語法で――つまり発想で出来上がっている。使用される楽器はちがってもバッハの芸境はひとつだ。
たいへん深遠で、偉大なそれは境地だから、ちょっと聴いたぐらいではうかがい知れないし、この点、聴く人には耳の訓練と音楽的教養ともいうべきものが、ある程度は必要になる。でもその教養は、教師や教科書が必要なわけではなく、くり返し聴いてさえいればおのずと身につくもので、事実バッハほどになると、はじめは少々退屈でも何度か聴いているうちに、えも言えぬしらべの美しさ、澄みとおった心境、宗教的感動、敬虔な祈りに参加するに似た喜びを感じとれるし、さらには力づよく正しく生きようという意欲がわいてくる。バッハの偉大なゆえんだろうとおもう。
そんなバッハ音楽の精髄をうかがえる作品の主要なものを初心者向きに挙げるとなると、まず、バッハの最高傑作の一つである「マタイ受難曲」に指を屈するだろう。
バッハには二百曲を超える「教会カンタータ」と「世俗カンタータ」のほかに、数曲の「モテト」と「ミサ曲」があり、教会オルガニストとして出発したバッハの、これらはいずれも重要な作品に相違ないが、代表作となればカンタータやミサ曲、モテト、さらには管弦楽的手法を十二分に駆使し、かつ集大成した受難曲ということになる。世間には「復活祭オラトリオ」あるいは「ロ短調ミサ」を代表作とする人もいるかも知れない。しかし「ロ短調ミサ」は、いいのは第一部で、第二部はやや質的に落ちるし、「復活祭オラトリオ」はクリスチャンでない人には処々、冗漫に感じられるだろう。が「マタイ受難曲」にはそれがない。
全篇、間然するところないまでにバッハ音楽の凝集したまことに見事な作品である。キリスト教には何の興味もない人でも、そのコラールの敬虔さ、合唱の迫力、美しさに感動せずにいられないだろう。
前に述べたように、バッハは一度きいて、すぐ好きになれる性質の音楽ではないかも知れないが、くり返し聴いているうちには、かならず、本当にいい音楽とはどういうものかを、あなたにうなずかせてくれるに違いない。厖大なバッハの作品中からただ一曲をえらぶとなれば、やはりこの「マタイ受難曲」だろうと私は思う。
ほかにも、バッハの作品で、紹介することのできる幾つかの名曲がある。紙数の都合で解説は省略するが、これらのどれかにかならずあなたの心をとらえる音楽を見いだすにちがいない。
1 オルガンによる「前奏曲(もしくは幻想曲・トッカータ)とフーガ」三十曲余の中のどれか。(私の好みを言えば「トッカータとフーガ」ニ短調。)
2 「平均律クラヴィーア」第一部(第一曲)
3 「ブランデンブルク協奏曲」
4 「無伴奏チェロ・ソナタ」
5 「フーガの技法」
6 「インベンション」
バッハの次にはヘンデルがいる。
ヘンデル(一六八五―一七五九)にも幾つかのすぐれた作品、たとえば「オルガン協奏曲」や「水上の音楽」があるが、ただ一つを挙げるとなれば「救世主」である。ヘンデルは失意のどん底にあるとき、すべての俗事をなげうってこの作曲に没頭したが、自分でも感動のあまり涙に泣きぬれて筆をすすめたと伝えられ、とりわけ「第二部」に入ってからの、キリストの受難と贖罪をあつかった劇的緊張感と感動のふかさは、まことに人類がもつ最高のオラトリオと言ってもいい。ヘンデルは、この「救世主」を聴けば十分である。
生まれたのがバッハやヘンデルより十年早いアントニオ・ヴィバルディの、いわゆるバロック音楽史上に果たした役割(とくにバッハへの影響)は無視するわけにはゆかない。が、その作品となればまず「四季」だろう。
近ごろ、多少なりともクラシックに関心を寄せる音楽愛好家なら、この「四季」を一度は聴いていると思う。これは実はヴァイオリンと管弦楽のための十二曲(「和声法とインベンションの試み」)のなかの第一―四曲で春、夏、秋、冬と標題したもので、ヴィバルディを知るには比較的わかりやすい典雅な曲である。そしてこの「四季」と、「竪琴」と名づけられた同じく十二曲からなるヴァイオリン協奏曲が、私の好みだが短調の「ヴィオラ協奏曲」(ヴィオラ・ダモーレ)を聴けば、ヴィバルディの声はわかる。
ハイドン(一七三二―一八〇九)もバッハにおとらず沢山の作品がある。ことに交響曲と弦楽四重奏曲はモーツァルト、ベートーヴェンなどに多くの教化を与えたもので、秀作も多い。だが、初心者には交響曲を聴くことをすすめる。一般には「軍隊」や「時計」「驚愕」「玩具」など標題つきのものが知られているが、もし私が、百五曲のハイドンの交響曲で何をえらぶかと問われれば、躊躇なく「情熱」(交響曲四九番)と第九五番のシンフォニー(ハ短調)を挙げるだろう。この二曲には、ハイドンの長所がすべて出ているからで、初心者にも分りやすい。
「ハイドンは朝きく音楽だ」
と言った人があるほど、出勤前などの、爽快な朝の気分にまことにふさわしい音楽である。そしてあえて言えば、ハイドンは男性の聴く音楽である。
つぎにくるのは、クラシック音楽の双璧ともいうべきモーツァルトとベートーヴェンである。
この両者を抜きにして、極言すれば洋楽は語れない。(少なくともわれわれレコード音楽愛好家には。)でも両者のおびただしい傑作のすべてに触れることはここでは不可能なので、これからクラシックを聴こうという人に、その代表作を挙げるにとどめよう。
モーツァルト(一七五六―一七九一)ではオペラである。「魔笛」と「フィガロの結婚」である。大胆な言い方をゆるされるなら、この二曲と、死の直前に書かれた「レクイエム」(モーツァルトの自筆としては未完だが)それに「交響曲第四〇番」(ト短調)を聴けば、モーツァルトの天才のすべてがわかる。三十五で死ぬまで神童だったモーツァルト、涙の追いつかぬ悲しみを生きていたモーツァルト、天馬空を征く早さでつぎつぎと傑作を(こともなげに)書いたモーツァルトのその天才と、かなしみが、言いつくせぬ美しさでこれらの歌劇や、鎮魂曲、交響曲には出ている。
むろん深くなじめば、モーツァルトに限ってはもうその作品のどれもが、ひとしなみな傑作に思えてくるもので、どれを代表に挙げようか迷うのだが、私自身の初心のころをかえりみて、「アイネ・クライネ」や「トルコ行進曲」程度でしかモーツァルトを聴いていない人に、以上の四曲をすすめる。まことに「比類のない美しさ」「涙の追いつけぬ悲しみ」、そして「青春」といった言葉は、これらの作品のために用意されたと思えるくらいだ。
聴いてほしい、ぜひともモーツァルトのこれらの傑作を、一度でいいから、聴いてほしい。
ベートーヴェンの場合も、モーツァルト同様、どれを推称していいか迷う。が、さいわいなことに、モーツァルト以上にベートーヴェンの傑作は、クラシックを聴きなれぬ人にもその名を知られたものが多い。曰く「運命」、曰く「田園」、曰く「皇帝」、曰く「月光の曲」、曰く「第九(合唱)交響曲」、それに曰く後期弦楽四重奏曲――。
これらのすべてが、偉大な音楽家ベートーヴェンの名を冠するにふさわしい名曲であることに異存はないし、ラジオやテレビ、あるいは映画で、これらの曲の一節でも耳にしたことのない人はいないだろう。いまさら、「第九」を傑作だとすすめるほうがおかしいぐらいである。だからここでは、案外知られていないベートーヴェンのピアノ奏鳴曲の三曲について、書いておこうと思う。
作品一〇六「ハンマークラヴィア」、作品一〇九(イ短調)、作品一一一(ハ短調)の三曲がそれで、ピアノでつづられた新約聖書とよばれるほど、これらは古今無双の名品だ。ことに作品一〇六の第三楽章アダージョ(ベートーヴェンは友人リーユへ送った手紙で、この作品を手がけているときの経済事情を述べ、「パンのために書くのはつらい」と言っているが、おそらく、ピアノという楽器の限界を超えると思えるほどの幽玄の境地を、彼は空腹に耐えながら、この第三楽章につづっているのだ)、作品一〇九の同じく第三楽章(ベートーヴェンはここの楽譜に、ドイツ語で「歌うように、心の底からの感動をもって」と記している)、さらに作品一一一の同じく第二楽章アダージョ(かつて来日した世界的ピアニストのケンプは言っている。「ベートーヴェンが音楽に新境地を打ち立てたのはアダージョにおいてです。ベートーヴェン以前のいかなる音楽家も、アダージョで彼ほどの深淵に達する音楽を書いてはいません」)――私は、ぜひ、この三つのピアノ・ソナタでベートーヴェンのアダージョを聴いてほしいと思うのだ。
もともとベートーヴェンはピアニストとして楽壇に出た。その性格は激しく、時にまったく無制御でゲーテを辟易させたし、社交も下手だった。あのデスマスクでわかるように醜男であるにもかかわらず、よく恋をした。(ロマン・ローランは言っている「獅子が恋をしたのだ」。)そして周知のようにつんぼになり、独善家で、癇癪持ちで、あまり知られていないが大酒のみで(「坐ると飲んだ」と知人は言っている)、病床で南京虫にかまれながら貧しく死んでいった。
そういう現世上の種々な非運や人間的欠陥をおぎなって余りある実に偉大な仕事をしたことも誰でもいまでは知っているが、耳が聞こえなくて、木製の棒の一端をピアノの箱の上にのせ、他の一端を自分の歯でくわえて音を聴きながら作曲したといわれる。涙の出るようなその姿を彷彿させてくれるものが、これらのアダージョにはある。
生活の貧困、不遇、つんぼという音楽家にとって決定的な悲劇、そういうものを超越してつよく生きぬいた彼の激しさの裏に、どれほど、やさしい心情が秘められていたかも、これらのピアノ・ソナタはあなたに知らせてくれるだろう。
ベートーヴェンの全作品から、一般向けにただ一つを挙げるなら、「第九交響曲」である。これはもう議論の余地はない。しかし、もし交響曲以外に、ピアノ曲から一つ挙げよと言われれば、ピアノ協奏曲第五番「皇帝」でもピアノ・ソナタ「情熱」でも「悲愴」でもなく、まして「告別」や「テンペスト」や「月光」ではなく、作品一一一(ベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタ)を挙げるだろう。一度聴いたぐらいでは、あるいは私の推称する佳さは分かってもらえないかも知れない。これは仕方がない。「月光」や「エリーゼのために」のように一度聴いて惹きつけられる作品ではないのだから。
でも、これは言っておきたいのだが、いい曲といわれるものには、初めて聴いた時から、こちらの琴線にふれる印象ぶかい好曲と、初めはわけがわからないが、何度か聴いているうちに、素晴らしさがわかって感銘のわいてくるものがある。前者は初めはチャーミングだが、くり返し聴いているとあきてしまう。
これに反して後者は、くり返し聴くたびに新たな感銘を、それまで気づかなかった別の佳さを発見し、感銘をうけるものだ。言うまでもなく、真の名曲とは後者であり、作品一一一(あるいは一〇六、一〇九、一一〇)がまさにそういう名曲である。
もう一つ、このさい言っておきたいのだが、そもそも名曲というのは作曲家がつくるものではなくて聴衆がつくる。わかりやすく言うと、たとえばAという人が、或る曲を聴いて非常な感動をおぼえたとしよう、彼はそれを人に告げず黙っていた。ところがあるとき、Bと偶然、音楽のはなしをしていたら、Bは非常に感動した作品としてAと同じ曲名を言ったのである。Aは驚いた。Bとは性格も、生活状態も日ごろの好みも全然別だったのが、その曲に限って、共通の歓びと感銘を見いだしていたからである。
このAの驚きは当然、Bの驚きでもあるが、そういう驚きを何千、何万の人たちが味わったとき、そこに「名曲」なる呼称がうまれる。つまり文学的に言うなら、名曲は聴衆がつくりあげるものである。いい例がベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」だ。
ブラームス、メンデルスゾーンのものとともに、三大ヴァイオリン協奏曲の一つといわれるベートーヴェンのそれは、今世紀の初め、不世出の名ヴァイオリニストといわれたヨアヒムによって演奏されるまでは、ベートーヴェンの生存中もその死後も、ほとんど演奏されることがなく埋もれていた。演奏されないものを聴衆が知るはずはない。ヨアヒムの弾くまでだから、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は存在しないも同然だった。それが、いまや世界三大ヴァイオリン協奏曲の随一に挙げられている。この曲を名曲にしたのは、だからヨアヒムの演奏に感動した人たちだといえるのである。
こんな、感動を味わうまでは名曲は存在しないことは、個人においても言えそうだ。何年かして、初めてよさがわかったとき、それはあなたにとって名曲となる。けっして他人に教えられたから、名曲なのではないのである。
そういう意味で、私のこれまで挙げてきた作品のいくつかは、あなたにはまだ名曲ではないかも知れない。それはそれでちっともかまわない。ただ、必ずそれらがあなたの内面に、真に名曲としての姿と形をとる日がくることを、私ではなく、音楽史が教えている。私はただ紹介しているにすぎない。重ねていう、名曲をつくるのはあなた自身なのである。