さる二十一日(一九七九年十月)夜のNHKシンフォニーホールの時間帯に、急遽予定を変更してカラヤンのベルリン・フィルによるベートーヴェン第九「合唱」が生中継される、と東京の某新聞に紹介記事がでた。驚いた。私はカラヤンは大嫌いだが、FMの生中継は、現在、どんな最高装置でレコードを鳴らしてもかなわぬ音色の生々しさをもっている。単なる録音放送なら、カラヤンくそくらえで、聞く気にもならないが、生中継では、せめて第三楽章と終楽章の合唱はエアチェックせざるをえない。そこで七時二十分ごろ、いまやT幻の名デッキUスチューダーC37(2トラック・38センチ)にスイッチをいれ、チューナー、アンプをONにした。使用テープは英国製スコッチ207。おそらく家庭で望みうる最高のエアチェックシステムだろう。
さて第三楽章から録音を始めたが、すぐ生中継ではないのに気がついた。新聞記事のミスである。でも聴いてやろうとテープを走らせ、予想以上の堕落しきった指揮ぶりについに堪忍袋の緒を切った。低俗といおうか、俗悪と評すべきか、あきれて物も言えぬ気障な指揮である。でもこれは個人的感想で、我慢もしよう。我慢なりかねたのは演奏が終わってからの、聴衆の爆発的拍手喝采ぶり。なんと二十分間ちかくも拍手は鳴りやまず、独唱者たちは五回カーテンコールでステージに引っ張り出され、こんなことはいままで例のない熱狂ぶりですと女性アナウンサーは告げていたが、穴があったら入りたかったね。いかに低俗な指揮による演奏かは、心ある聴衆をまつまでもなくベルリン・フィルの当の楽員たちが知っていたはずだ。ブー、ブー、床を踏み鳴らしてカラヤン帰れ、きさま駄目だと聴衆が怒ってこそ、真に音楽を聴いたことになろう。それを、日本の聴衆は、カラヤンというだけで演奏なんぞ何もわからず喝采をやめない。きっと、心ある楽団員は腹のなかで日本人を軽蔑しきったに違いないのだ。恥ずかしいことだ。そういう日本の聴衆だから、カラヤンめ、やに下がって何度も日本へ来る。
カラヤン帰れ、もう誰かが提唱してもいいんじゃないか。