書籍にTツンドクUというのがある。全集もののように、申し込めばいやでも届けられるのではなく、ふらりと入った書店で読んでみようと買った本を、そのまま、読まず積んでおく謂だが、私くらいの歳になると、買ったレコードも帰宅後すぐ聴かず、レコード棚に置いたまま忘れることがある。まさかTツンレコUともいうまいが、似たようなものだ。最近、そういうレコードが二十枚ちかくあるのに気がつき、あらためて聴いてみて無性に腹の立ったのが、ポリーニのベートーヴェンのソナタ(作品一一一)だった。
ポリーニは売れっ子のショパン弾きで、ショパンはまずまずだったし、来日リサイタルで彼の弾いたベートーヴェンをどこかの新聞批評で褒めていたのを読んだ記憶があり、それで買ったものらしいが、聴いて怒髪天を衝くイキドオリを覚えたねえ。近ごろこんなに腹の立った演奏はない。作品一一一は、いうまでもなくベートーヴェン最後のピアノ・ソナタで、もうピアノで語るべきことは語りつくした。ベートーヴェンはそういわんばかりに以後、バガテルのような小品や変奏曲しか書いていない。作品一〇六からこの一一一にいたるソナタ四曲を、バッハの平均律クラヴィーア曲が旧約聖書なら、これはまさに新約聖書だと絶賛した人がいるほどの名品。それをポリーニはまことに気障っぽく、いやらしいソナタにしている。たいがい下手くそな日本人ピアニストの作品一一一も私は聴いてきたが、このポリーニほど精神の堕落した演奏には出合ったことがない。ショパンをいかに無難に弾きこなそうと、断言する、ベートーヴェンをこんなに汚してしまうようではマウリッツォ・ポリーニは、駄目だ。こんなベートーヴェンを褒める批評家がよくいたものだ。
読者諸賢も経験があると思うが、演奏にかぎらず、オーディオに関してはすべて、アンプ、デッキ、スピーカー、他人の褒め言葉をうのみにせぬことである。自分の耳で確かめるまで、絶対、信用せぬほうが賢明ですぞ。