拙宅のベーゼンドルファーは買って二十年になる。いまでも堅実でいかにもベーゼンドルファーらしい、燻銀の音色を聴かせてくれているが、オーディオでいう音の立ち上がりが少しにぶくなったようなので、ベーゼンドルファーでは調律の第一人者K氏にみてもらったら、フェルトが摩滅し、低弦の鋼線にも錆がついて、フェルトを張り替え、鋼線はハンブルク本社から新品を取り寄せねばならない。その修理費九十万円を覚悟してくださいという。九十万あれば国産のいいアップライトが買えるだろうが、国産では燻銀の妙音は望めまい。仕方がない。修理を頼むことにした。
いい音とは、そんなものだ。ふつうピアノの寿命は七十年だそうで、弾きこまず放っておいても三十年目くらいには、修理しないとうまく鳴らないそうだ。N女史のようにリストの弾いたピアノを購入したって、とても演奏会で使いものにはならないわけだ。
オーディオだけが例外なわけはない。管球式アンプなら真空管を取り替えれば十分使いものになる。カートリッジは針を交換すればすむが、スピーカーが難物。拙宅のエンクロージャーは英国から取り寄せて満十四年で、やっぱりエッジなど弾力を失い、低音がふくらみすぎるのでパワーアンプに苦労する。とくにダンピングファクターを適性に保たねばならない。他人様は、楽器の定位・その臨場感の迫真力・あるいは弦のユニゾンのえもいえぬ美しさを褒めてくださるが、いい音を保持するにはそれなりの、他人様には明かせぬ苦労をしているわけだ。
私だけにかぎるまい。音は、アンプやスピーカーのブランドをそろえれば済むものじゃない。高級部品になればなるほど、かえってうまく鳴らすのは難しいものだ。音楽を家庭で楽しむには、だからオーディオ誌の推奨するような無茶苦茶に高価なパーツなど、そろえることはない。国産のアップライトだってモーツァルトやベートーヴェンを弾くには何ら不足ないのと同じだ。いつも言っていることだが、大切なのは少しでも多く、いい音楽を聴くこと。いい部品をそろえることじゃない。