レコードはすべて、針が外周から内周に進むにつれて音質の劣化をきたすことは理論的に明らかだ。理由は、一つはトラッキング・エラーであり、他はトレースのスピードによる。LPはつねに331/3で回転するが、外周をなぞる速度は内周のそれより早い。直径が徐々に短くなるのだから当然円周は小となり、つまりトレースの速度は弛緩する理屈だ。交響曲の終楽章など、しばしばクレッシェンドしたりフォルテで終るのに、歪んだ音で、だからぼくらは聴かねばならない。まあ交響曲ならやむをえないが、スタンダードナンバーのポピュラー音楽など、片面に何曲もはいっている。それが外周より内周のバンドに移るにつれ、音質が劣化するのでは、考えれば不公平だ。
そこで、各曲が同一条件――内周で同じ歪みをもたせるようにカッティングすべきではないか、というのが前回紹介したロンドン郊外に住むカッティング屋さんの意見で、彼はあの溝の渦巻き状を荒くし、溝と溝の中間に他の曲を刻むという特殊なカッティング法を考案したという。これなら、数曲をほぼ同じ条件で聴くことになる。
前回紹介した�T競馬レコード�Uはいわばそんな特殊カッティングを遊びに応用したものだが――競馬の賭けでわかるとおり、どの曲に針をおろすかに手間どる欠点はあるが――内周で歪みを分かち合う利点のほかに、これなら小さな円周でトレースのスピードが落ちる欠点をも補えるわけだ。
聞くところによると、この利点に目をつけた日本の某レコード会社社長は、わざわざロンドン郊外に出向いてつぶさに彼のカッティング技術を目撃し、カッティングマシーンの設備の見事さ、その技術水準の高さに驚嘆したそうである。個人経営の小さな工房だのに一流レコード会社に匹敵する機械を備えてあったそうだ。
カッティング技術のことなど、われわれには専門外でわからないが、即座に社長は原盤の製作を依頼したという。どんな曲のレコードかはききもらしたが、今年(一九七八)末ごろ、針のおろし具合で曲の違う不思議なレコードが日本の店頭にでるかも知れない。