Digital Integrationの最近のブログ記事

工場でプレスされたCDは、輸送されることで、われわれの手もとに届く。
日本の輸送の99%はトラックによるものだ。

CDの輸送につかわれているパーセンテージまではわからないが、
仮にCDやDVDなどのパッケージメディアが、いっさい作られなくなり、デジタル配信のみになったとしたら、
稼働するトラックの台数は確実に減ることだろう。

トラックの稼働台数が減るということは、二酸化炭素の排出量は減る、排気ガスも減る、化石燃料の消費量も減る、
そして交通事故も減るはずだ。
騒音も、ぐっと減るだろう。
デジタル配信に関しては、全面的に支持したい。

CD、DVD、SACDなどのパッケージメディアはなくなるだろう、というよりも、
なくなるべき、なくすべきだとも考えている。

もう「趣味の世界のものだから」といういいわけは、使うべきではない。

パッケージメディアには生産と輸送、そして廃棄がつきまとう。

CDにつかわれているポリカーボネイトは、内分泌撹乱物質(環境ホルモン)のビスフェノールAと無縁ではない。

これまでは灰色とされてきたビスフェノールAも、
数ヵ月前に、胎児、幼児にとっては、あきらかに害だという記事を読んだ。

このことに、もう目をつむるわけにはいかない。
人が受け取る情報の量は、確実に増していると、といわれている。

増えているといえば、増えているといえなくもない今日だが、
黒田先生の「情報もどき」という言葉を思い出すと、
情報の量のなかには、情報・量と情報もどき・量があるわけで、
前者の量が増えているかどうかは、はなはだあやしいものかもしれぬ。

となると、ふたつの量をまとめたものは、情報量よりもデータ量といったところか。

データ(data)にも情報の意味が含まれているのはわかっているが、
情報は、information のほうがしっくりくる。

こんなことを考えていたら、川崎先生の「デジタルなパサージュ」のなかに、
「情報内容=データ性より、むしろ情報形式=メディア性が、
現代では情報の質に対して意味をもつことになることがある」
と書かれてあるのを、思い出した。

データ量とデータ性、データ性とメディア性──、
あたまのなかでくり返していたら、デジタル配信とパッケージメディアの違いは、
マスタリングの違いにおよぶように思えてきた。
Digital Integration ということばに賛同してくださる方は、少ないだろう。
おそらく誰もどこも、Digital Integration は使わないであろう、と、そう思いながらも、
このことばを考えたのは、結局は、己のためである。

オーディオとコンピューターの融合について考えるときに、
ただ漠然と考えるのではなく、道を示してくれるようなことばがあると、思考のしかたが変わってくる。

デジタル・コントロールアンプ、デジタル・コントロールセンターよりも、
私にとっては、デジタル・インテグレーションセンターのほうが、イメージがわきやすい。

言葉にすれば、はっきりと見えてくるものが、かならずある、と信じている。
整流コンデンサー、チョークトランスは、些細なことであろう。

読者が知りたいのは、その製品の音であって、
技術内容の些細な間違いはどうでもいい、という声がきこえてきそうだが、
なぜ、こんな間違った表記をしたのかを勘ぐれば、おそらく渡された資料にそう書いてあり、
そのまま彼は、自らの知識と照らし合わせることなく、ただ書き写したからであろう。

そして編集者も、何の疑問もいだかず、おそらく間違いに気づきもせず、そのまま印刷所にまわしたのだろう。

それが、その本づくりの編集方針であるのなら、部外者の私が口を挿むことではない。
それでもひとつだけ言っておきたい。

些細なところから、綻びははじまり、ひろがっていく。
コンデンサーの種類には、電解コンデンサー、フィルムコンデンサー、セラミックコンデンサー、
タンタルコンデンサーなどがあり、
使用用途では、平滑コンデンサー、デカップリングコンデンサー、カップリングコンデンサー、
バイパスコンデンサーなどと呼ぶ。

整流管、整流ダイオードはあっても、整流コンデンサーは、世の中に存在しない。
コンデンサーに整流作用があったら、ノイズの発生はないわけだから、整流回路にぜひとも使いたいのだが、
実際には、そんなことはできない。

電源回路に使うコンデンサーにできるのは平滑作用であって、整流作用ではない。

なのに、数年前、あるアンプの新製品紹介記事に、整流コンデンサーと書いている人がいた。
この人は、チョークのことを、チョークトランスと、さもこちらが正式名称のようにも書く。

説明するまでもないことだが、チョークは、チョークコイルであって、トランスではない。
たしかに実際に製品のなかには、コイルがふたつあるものがある。
とはいって、トランスのように、1次側、2次側ではなく、直列にするか並列にするか、
チョークを流れる電流の大小によって使い分けるためのものである。

チョークコイルは、あくまでもコイルであってトランスではない。
チョークと書けば済むことなのに、わざわざチョークトランスと、誤ったことを書く人がいるのを、
読者はどう受けとっているのだろうか。編集者は気にしないのだろうか。
ジローさんのコメントにあるように、Macオーディオと書いたところで、
ほとんどの方には、伝わらないだろう。

だから、PCオーディオ、と表記したくなる気持も分からないでもないが、
それでもMacのみを使い続けてきた人ならば、表現のしかたを考えてほしかったと思う。

PCオーディオにかわることばを、自分で考えるのもいいし、
考えつくまでのあいだは、たとえば「Macを使ったCD再生」、
「コンピューターによる音楽再生」と、いろいろ表現できる。
わかりにくさは、まったくないはずだ。

ジローさんとは面識があるが、このブログを読んでくださっている、ほとんどの方とは面識がない。
ここでは、私が文字にしていることば以外の要素はない。
あえて写真もグラフ、図柄もいれていない。
そこにおいて、ことばをおろそかに扱うということは、読み手への態度として、
書き手が気づかぬうちにあらわれ、読み手はそれを敏感に感じとる。

仲間内で、ある了解のもとに、Macユーザー同士がPCオーディオ、と使うのまで、
あれこれ言うのではない。

基本的に文字だけがコミュニケーションの手段である本やネットにおいて、
みんなが使っているからと安易に流されたり、おろそかに「ことば」を扱うことを、
書き手であるのならば、真剣に考えるのは当然のことである。

だから、以前書いたことだが、安易に略すことも、どうかと思っている。

とくにいままでにない、新しいことばをつかうのなら、より慎重であるべきだ。
EMTのCDプレーヤーにはハードディスクが搭載されたり、イーサネット端子が設けられたりしている。

デジタル・コントロールセンターの「かたち」が、なにも定まっていない、
いまはオーディオとコンピューターの融合に関しては過渡期であるがために、
放送局の要望により登場した形態なのだろうと思っているが、
本来CDプレーヤーに、これらの機能は搭載されるべきものなのだろうか。

D/Aコンバーターが多機能化してゆけば、
デジタル・コントロールセンターへと自然となっていくのだろうか。

パワーアンプがアナログ入力のみであれば、そうなっていくのかもしれないが、
デジタルスピーカーの登場、D級パワーアンプの進化は、
まったく新しいデジタル・コントロールセンターのかたちを促していくはずだ。

デジタルといっても、PCM信号もあれば、DSD信号もある。圧縮音源も、いくつもフォーマットがある。
デジタル伝送の規格もひとつだけではない。

デジタル・コントロールセンターに求められる機能を考えていくと、
コントロールという言葉ではカバーできなくなるくらい、範囲のひろいものとなっていくだろう。

そう考えたとき、デジタル・コントロールセンターにかわることばとして思いついたのが、
Digital Integration(デジタル・インテグレーション)である。
1993年ごろか、マランツから「UNIX」と名づけられた製品が登場した。
コンピューターのUNIXとの商標の関係から、AX1000、と型番が変更されている。

マランツは、このAX1000(UNIX)をオーディオコンピューターと定義していたように記憶している。
AX1000は、アナログ、デジタル入出力を備え、
リスニングルームの音響特性の測定から補整までを、一台でこなす。価格は200万円弱だったはず。

それからほぼ10年後の2003年、ゴールドムンドから、ユニバーサルプリアンプとして、
MINESIS24と30が登場した。

内部にDSPを搭載しており、入力にはアナログ端子も設けられているが、出力はデジタルのみという、
いわばデジタル・コントロールアンプである。

マランツもゴールドムンドも、意欲的な製品だと思っているが、そのわりには話題にならない。

デジタル・コントロールアンプ、というよりも、デジタル・コントロールセンターと呼ぶべきだろうが、
これから先、どういう形態が求められていくのか、
このことについて技術者をまじえての議論がなされて然るべきだと思う。
CDを買ってきて、ハードディスクにリッピングして、バックアップもしっかりしているから、
とCDを売って手放してしまう人もいる、ときく。
こうなると、CDは、音楽を聴くメディアではなくなり、データの移動するための手段でしかないわけだ。

いわばアナログ的なデータ配信といえなくもない。

CDに、モノとしての価値を見いださない人が、今後ふえてくるのだろうか。

こんな状況も頭に浮かべながら、PCオーディオにかわることばを、いくつか考えていた。
そんなときに、デジタルスピーカーを聴いた。

聴いて、考えついたことばは、どれもPCオーディオやデジタルファイル・ミュージックと同じように、
プログラムソースに関連するものでしかないことに気がついた。

狭い範囲だけを示している。
どれも、システム全体をあらわす意味を含んでいない。
qualityを、クオリティではなく、クォリティと、
enclosuerを、エンクロージャではなく、エンクロージュアと書くのは、
ステレオサウンドの表記になれているから、である。

だから、ステレオサウンドが、オーディオとコンピューターの融合を、うまくあらわすことばを提案してくれれば、
それに従うことに抵抗はないのだけれど、「デジタルファイル・ミュージック」に関しては、
安直につけられた印象があるし、ことばとして正確なのか、とも思うところがある。

コンピューターが扱うファイルは、まずデジタルである。
だからわざわざデジタルファイルという必要はない、ということ。
それからファイルは、データがひとつのかたまりとしてまとまっているものを指し示す言葉のはずだ。

ハードディスクに記憶されているデータの集合体はファイルであるが、
配信されるものを、リアルタイムで再生しているとき、そのデータは、ファイルと呼べるものだろうか。
いちど全データをハードディスクにダウンロードして再生するのであれば、ファイルの再生であるが、
ライヴで生中継されているデータは、ファイルとは呼べない。

データミュージックというのなら、わかる。
けれど、デジタルファイル・ミュージックには、抵抗感がある。
ここで、オーディオとコンピューターの融合について書いた。16年前のことだ。

ここ数年、PCオーディオという単語を、ネットでもオーディオ誌でも見かけるようになった。
ネットでは、PCオーディオが一般的だが、オーディオ誌となると、
各誌で、意味するところはほぼ同じでも、ステレオサウンドは「デジタルファイル・ミュージック」、
オーディオベーシックは「PCオーディオ」、無線と実験は「ネットオーディオ」と、ばらばらである。

デジタルファイル・ミュージックも、首をかしげたくなるところがあるし、PCオーディオも、
PCという単語自体がウインドウズマシーンを指し示すものだと、Macユーザーの私は思っているから、
口にすることも書くことにも抵抗がある。

ウインドウズでやられている人がPCオーディオと表記しているのを見ても、まったく気にならないが、
Macユーザーだといいながら、「PC」と言ってしまう人には、
なぜ、この人は、MacのことをPCといえるのだろうか、と、ものすごい異和感を感じる。
なんと、安易に言葉を使う人だろうと思ってしまう。
そんな人の書くことは、まったく信用していない。私はそういう人間である。
スピーカー単体での高効率化が、いまのところ不可能と思えるほど困難であるならば、
アンプも含めたシステム全体での高効率化を実現できるよう、
研究・開発を進めていくのは、技術のあり方のひとつとして、正しいことである。

私が聴くことができたのは、スピーカーも小さいし、アンプ部の信号処理もFPGAで行なっているというものだから、
最大出力音圧レベルの点でもまだまだだし、
現在のシステムと拮抗できるだけのクォリティを実現していくわけでもない。

それでも、システム全体としての効率の高さは、きっとクォリティと結びついていくだろうし、
思わぬ変化をとげることもあるだろう。

このことを、デジタルスピーカーを聴いて、まず思った。
そして、フルデジタルシステムについて夢想した。
Digital Integration を思いついた。
デジタルスピーカー・システムの効率は、いまの段階でもかなり高いと思われるし、
これから先、開発がすすんでいけば、さらに高くなっていくことだろう。

スピーカーユニットが、磁気回路、ボイスコイル、振動板という組合せから構成される、
スピーカー誕生のときからの基本構造が、抜本的に変化しないかぎり、
電気信号(入力信号)の音への変換効率は、それほど高くすることは、そうとうに困難なことである。

いま存在しているものよりも、ずっと強力な磁気回路、ずっと軽くて丈夫な振動板といったものが開発されたとしても、
変換効率が、50%をこえることができるだろうか。

スピーカーの変換効率は、想像以上に低い。
いまでは、どちらかといえば高めの出力音圧レベル92dB/W/mのスピーカーで、効率1%である。
99%の電気信号は、熱となって消費されていく。

20Hzから20kHzまでの可聴帯域をほぼカバーしながら、50%は無理としても、
20から30%ていどの変換効率のスピーカーを実現できたら、オーディオは大きく変化していくことだろう。

くり返すが、私がいきているうちには、そんなスピーカーは現われてきそうもない。
ウーファーもドライバーも、ウェスターン・エレクトリックのフィールド型ユニットで、
電源は、それぞれにタンガーバルブ使用のモノを、それぞれのユニット用に同じ数だけ用意するとしたら、
スピーカーの磁気回路のためだけに、どれだけの電力が必要になるのか。

パワーアンプも、小出力とはいえ、
ウェスターン・エレクトリックの、当時の真空管のパワーアンプの消費電力は、そこそこ大きい。

スピーカー、アンプ部をふくめた、システム全体の消費電力は、専用の電源を用意しなければならないほど、
正確にはどれだけになるのか計算したことはないけれど、そうとうに大きい。

スピーカーは高能率だが、それを実現するシステムの効率は、決して高くはない。
能率の高いスピーカーといえば、
シーメンスやウェスターン・エレクトリックの劇場用スピーカーということになろう。

ウェスターン・エレクトリックのフィールド型のスピーカー群は、わすか数Wの出力のパワーアンプでも、
満員の劇場の観客全員を満足させるだけの音を出せる。

出力音圧レベルは、ゆうに100dB/W/mを超えていたであろう。
たしかに能率は、圧倒的に高い。
けれど、この高能率を実現するために消費する電力の大きさは、いったいどれだけになるのか。

フィールド型ユニットだけに、磁気回路に専用の電源を必要とし、
この電源の種類によって、ほんとうは変ってほしくないのだが、誰の耳にも明らかなぐらいに音は、ころころ変る。

記事にはならなかった(もともと記事にするつもりのない実験だったのだが)、
私がステレオサウンドにいた頃、タンガーバルブによる電源を使った音出しを、すでにおこなっていた。

このとき比較用に聴いたのは、トランジスターを使った、ごく一般的な定電圧電源であり、
タンガーバルブ電源使用時の音は、これだけの音がでるのであれば、
家庭用としては、あまりにも大きすぎる規模の電源だけれども、しかたない、というしかないのか。
それほど、同じ音圧なのに、浸透力がまるでちがう。
ラジオ技術に載っていた基板の左半分は、信号処理を行なうFPGA(Field Programable Gate Array)と、
左端に、小さく8つ並んでいるD級アンプが、主だった回路である。

電源回路は、FPGA用に、実験用の外部電源を採用し、D級アンプ部には、単三の乾電池を一本のみ使用。

信号処理のFPGAは、専用のLSIを開発することで、より高性能化するとともに、消費電力もかなり抑えられる。
信号処理部、アンプ部もふくめ、すべて乾電池で動作させることが可能となる。

乾電池で動作といっても、それほど長時間の使用は無理なのでは、と思われる方もおられるだろう。
私もそう思っていたが、話をきくと、アンプ部の単三の乾電池は、ほぼ丸一日音を出しつづけていたにもかかわらず、
へたった様子がまったくなかった。

これで、デジタルスピーカーから出てくる音が、蚊の鳴くような、か細い、小さな音量では話にならないが、
音量の点でも、目の前にあった、見た目は貧弱なスピーカーは、きちんと鳴っていた。
三週間前の3月23日、ある用事で訪ねた事務所の、打合せ用のテーブルの上に、
小口径のフルレンジを収めた、一辺が10cnほどのスピーカーと、
一目でデジタル関係のモノだとわかるプリント基板がむき出して置いてった。

デジタルスピーカーだ、と説明してくれた。

ビクターが約30年前に発表したデジタルスピーカーとは規模が違う。
スピーカーもアンプを含めた信号処理の回路も、手のひらに載るサイズにまでなっている。

すぐさま訊ねたのは、ボイスコイルの数。
答えは「6つ」とのことだった。

6つで足りるのか、と疑問に思っていたら、
Δ−Σ変換して、ミスマッチシェーピングという技術を使っているため、
おそらく、当時、ビクターが解決できなかったであろうノイズも、問題にならないとのこと。

基板が1枚で、スピーカーもひとつのみということで、
モノーラルでの、簡単な音出しとはいえ、はじめて耳にするフルデジタルの音であり、
30年前に、夢の技術だと思ったモノが、目の前で鳴っていた。

このデジタルスピーカーの技術的内容は、いま発売されているラジオ技術 5月号で紹介されている。
54ページに掲載されている基板、私が聴いたのも、これとまったく同じモノである。
1980年あたりのオーディオフェアで、ビクターはデジタルスピーカーを参考出品していた。
当時の電波科学に、ビクターの技儒者による解説記事が載っていて、
高校生で田舎暮らしの私は、実物を見ることはできないわけで、そのぶん、記事はじっくり読んだ記憶がある。

といっても高校生の知識では、デジタルスピーカーの動作原理を完全に理解はできなくて、
内容の大半は忘れてしまったが、
それでも、ひとつのスピーカーユニットに複数のボイスコイルを搭載することだけは記憶に残っていた。

デジタルスピーカーとは、デジタル信号をダイレクトに入力できるスピーカーのことで、
スピーカーユニットそのものがD/Aコンバーター的な役割を担っている、と言ってもいいだろう。

夢の技術だ、と感じていた。

このデジタルスピーカーと前後して、同じビクターからは、
スイッチング電源を搭載したパワーアンプM7070が、すこし前に登場していた。
M7070の技術資料を読むと、理想の電源に近づけるための採用だった。

ソニーからは、オーディオ用アンプとして初のD級パワーアンプTA-N88が出ていたし、
デンオン・レーベルからはPCM録音のアナログディスクが、次々にリリースされていた。

そんな時代に、参考出品とはいえ、出てきたデジタルスピーカーだった。

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうちDigital Integrationカテゴリに属しているものが含まれています。

次のカテゴリはthe Reviewの入力です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

2009年11月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
OpenID対応しています OpenIDについて
Powered by Movable Type 4.261