使いこなしの最近のブログ記事

いま書店に「微差力」というタイトルの本が並んでいる。
手にとっていないから、どんな内容なのかは知らないが、
タイトルの「微差力」はオーディオの使いこなしを、見事に言い表していると思う。

微差力の積み重ねで、音は磨かれていく。
ひとつひとつの差は、まさしく微差にしかすぎないが、それが、オーディオに関しては、
それこそいくつもある。10や100ではきかない。経験を積み、真剣に取り組んでいけばいくほど、
いくつもの微差力を生じるところが見えてくるようになるはずだ。

どれだけの微差力を見出しているのかが、その人のキャリアを表しているともいえる。

ケーブルを交換したり、アクセサリーを購入するのもいい。なにもそのことを否定はしない。
ただ、その前に、何も買わずに変えられるところを、すべて変えてみて、その音の変化を確認してからでも、
ケーブルやアクセサリーの購入は遅くはないはずだ。

たとえばACの極性による音の違いからはじまって、CDプレーヤーであれば、
ライン入力すべての端子に接ぎかえて、その音を確認していく。REC OUTに接続するという手もある。
もっとも'70年代の国産のコントロールアンプの中には、REC OUTにバッファーアンプをもうけているものもあるので、
そういうアンプでは使えない手だが、使えるものならば試してみてほしい。

使いこなしは、そうやって微差力を鍛えていくしかない、ともいえる。
もう一度、コントロールアンプ、パワーアンプとも左チャンネルを使った音を聴く。
そしてスピーカーを、右チャンネルに接ぎかえる。

同じ音で鳴ることは、稀である。ここでも、聴こえ方は違ってくる。

ホワイトノイズを聴くのが嫌な人は、音楽を聴いて試してみてほしい。
マルゴリスがいうように、聴きなれたディスクをモノーラルにして聴くのがいいと思う。

コントロールアンプとパワーアンプのあいだに、
グラフィックイコライザーやパラメトリックイコライザーを挿入している場合には、
もちろんそれらの機器の左右チャンネルの音を個別に聴いておく。

そうやってさまざまな組合せの音を聴いて、左右の音の違いが最も少なくなる組合せを選択するだけで、
音場感の再現性に磨きがかかる。

ひとつひとつ接ぎかえて、その音をきちんとメモして、ということをくり返すのに、お金はいらない。
ただひとつ行動するだけである。

音は、確実に変る。これも「使いこなし」である。なにも特別なテクニックは必要としない。
丹念に音を聴いて判断していくだけ、である。

ただ、必ずしも音がよくなるわけではないことも最後につけ加えておく。
左右チャンネルを指定通りに接続している状態がいいということも、当然あるからだ。
音は、どこをいじっても、変化しないということは絶対にありえない。
必ず、なにがしかの変化をしている。
その変化が聴きとれるか聴きとれないかは、聴き手次第であって、
聴きとれないからといって、変化が起っていないわけではない。

つまり、チューニングのテクニック、という特別なものは、じつのところない、ともいえる。

そのことがC氏には、わかっていなかったのだ。
だからB氏のことを、オーディオ評論家よりもチューニングのテクニックを持っている、と私に言った。
この言葉が、C氏の「使いこなし」に関する未熟な面、というよりも、
本質を理解していないことを、間接的に伝えている、ともいえよう。

使いこなし、チューニング、ということで、井上先生のことを思い浮かべる人も少なくないだろう。
早瀬さんも私も、井上先生からは、多くの大切なことを学んだ。

井上先生のチューニングは、なにも特別なことをされるわけではない。
しかも、アクセサリーの類を、特に使われるわけでもない。

あくまでも、そこにあるものを使い、なにもなければ、変えられるところを変えてゆき、
音を仕上げられていく。だから、呆気にとられる人もいよう、
井上マジック、と呼ぶ人もいる。でも井上先生は、マジックを使われているわけではない。
B氏の調整による「音」を私は聴いていないから、確実なことはいえないにしても、
その音を聴いた人の話では、音楽がかなり歪な感じで鳴っていた、ということは伝わってきた。

瀬川先生が書かれている。
     *
スピーカーから出る「音」は、多くの場合「音楽」だ。その音楽の鳴り方の変化を聴き分ける、ということは、屁理屈を言うようだが「音」そのものの鳴り方の聴き分けではなくその音で構成されている「音楽」の鳴り方がどう変化したか、を聴き分けることだ。
(「マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ──あなたはマルチアンプに向くか向かないか──」より)
     *
C氏によると、B氏はチューニングのテクニックを、そのへんのオーディオ評論家よりも持っている、ということだが、
そのテクニックは、ほんとうに「音楽」の鳴り方を調整していくためのものなのだろうか。
B氏は、「音楽」の鳴り方の変化を聴き分けていたのだろうか、
それとも「音」の変化を聴き分けていただけだろうか。

さらに瀬川先生は、「マルチスピーカー・マルチアンプのすすめ」でこうも書かれている。
     *
音楽ジャンルを問わず、音楽の心を掴んで調整し込まれた再生装置なら、必ずその音は万人を説得できるほどの普遍性を帯びるに至る。
     *
B氏は、音楽の心を掴んで調整されていたのか。そしてC氏の耳は、何を聴いていたのか、と問いたくなる。
このノイズの出方も、注意ぶかく聴くと、左右チャンネルで微妙に違うことがわかるはずだ。

フォノイコライザーがあればそれを接いでノイズを出せばいいが、
CDのみの場合であれば、チェック用CDにホワイトノイズがはいっているものがあるから、それを使えばいい。
ただし音量には気をつけること。

CDプレーヤーの左チャンネル(別に右チャンネルでもいい)から出力を取り出し、
コントロールアンプの左チャンネル、パワーアンプの左チャンネルにいれて、
スピーカーも左チャンネルのみを使い、ノイズの鳴り方を確かめる。

次にコントロールアンプまではそのままで、パワーアンプのみ右チャンネルに信号をいれ、
スピーカーはもちろん左チャンネルで、またノイズを聴く。

パワーアンプによっては、この差はわずかかもしれないし、かなり違った鳴り方をするものもある。
少なくとも、左チャンネルのときと、まったく同一であることは、まずない。

今度はパワーアンプは左チャンネルに戻し、コントロールアンプのみ右チャンネルを使用して、
また同じことをくり返す。やはりノイズの出方は違うはずだ。

さらにコントロールアンプ、パワーアンプとも右チャンネルにする。

これで、4つの組合せの、ノイズの出方をチェックしたことになるわけだ。
モノーラルの状態で音を確認することは、昔ながらの方法なのだが、
いまではすっかり忘れさられているような気がする。

アンプには、入力端子、出力端子にL、Rの指定がある。
とはいえ、なにもこの通りに接続しなければならないわけでは、決してない。
左チャンネルの信号が、最終的に左チャンネルのスピーカーに届けばいいわけで、
そこまでの系路は、どこを通ってもいい。

最新のアンプは、フォノイコライザーを搭載していなかったり、測定上のSN比が向上しているため、
ボリュウムを目いっぱいあげても、スピーカーからノイズがはっきりと聴こえることはほとんどない。
けれど、アナログディスク全盛時代は、入力セレクターをPHONOにして、ボリュウムを最大にすると、
けっこうなノイズがスピーカーから聴こえてきた。

このノイズのおかげで、プログラムソースが何もなくても、それにアース電位を測るテスターがなくても、
AC極性をあわせることが可能だった。

ACの極性をかえると、このノイズの質、量の出方が変化するからで、
とうぜんノイズの質がザラつかず、レベルの低い方が、正しいAC極性というわけだ。
優れたオーディオ機器ほど、誤った使いこなしを積み重ねていくと、
泥濘は広く深くなり、ひどい音で鳴るだけでなく、音楽を変質させてしまう。

2007年のA社の音は、まさにそうだったのではないか。

誰が調整したのかははっきりとしない。
だが、少なくとも責任者であるB氏は、その音にOKを出したことは間違いないだろう。
自社のブースの音を、開場前に確認しない責任者はいないはずだし、
もし、満足できるだけの音がでていなければ、B氏が調整される(された)はずだ。

少なくともC氏の話では、使いこなしに関しては、B氏は積極的に取り組まれている人なのだから。

私は、少なくとも2007年の音は、B氏が調整されたのだと思っている。

昨年、B氏が調整された音(本人の装置ではなく、別の人の装置ではあるが)を、
耳の信用できる人(C氏ではない)が聴いて、その感想をきかせてくれた。
その音の印象が、2007年のときの印象に通じるものがあるから、そう判断したわけだ。
スピーカーのセッティングをいいかげんにしたまでは、幸運がいくつも重ならないかぎりは、
そうそういい響きを、そのスピーカーから抽き出すことはできない。

けれど、聴き馴染んでいるベートーヴェンの音楽が、誰の曲なのか、一瞬わからなくなるほど、
音楽を歪めてしまうような鳴り方には、ならない。

いいかげんなセッティングによるひどい音は、そういう類の音ではない。

2007年に聴いた、あのひどい音は、あきらかに「調整後」の音であったはずだ。
この項の(その7)に書いたことに、話を戻そう。

じつは、このブースの音は、2007年だけではない、他の年も、ひどい音を出していた。
その6)や(その7)を書いてしばらくして、「A社って、○○でしょ」と、友人から言われた。
その通りだったから、隠しもしなかったが、
私だけでなく、A社のブースの音をひどいと感じていた人はいたわけで、それはなにも彼一人だけでなく、
私のまわりには、少なからず、同じように感じている人がいる。

それが、2009年では、それまでのひどすぎる音が嘘のようになくなり、
細かいことを言えば、もちろん不満点はあるものの、音楽が歪められることなく、まともな音が鳴っていた。

ある人からの情報によれば、昨年は、スピーカーの位置出しに、かなり時間をかけて行なっていた、ときいた。
ということは、一昨年までとは、かなり適当に、こんなところでいいよ、という感じでやっていたことになる。

ふざけた話だ、と怒る前に、もう一度、2007年の、
コリン・デイヴィスの「コリオラン序曲」の鳴りかたの変質ぶりを思い出してみると、
あの音のひどさは、スピーカーのセッティングのいいかげんさが原因ではないはずだ。
SUMOのThe Gold、The Powerのマニュアルには「ELECTROSTATIC SPEAKERS」の項目がある。

While both amplifiers (The Power and The Gold) are fully capable of driving electrostatic speaker, we feel that the Gold is more suited to this kind of application. Also, please be aware that "The Power" may have far too much output VOLTAGE potential under certain circumstances with most electrostatic devices. Such would be the case for example, in attempting to drive the QUAD electrostatics. Under NO CIRCUMSTANCES would you ever attempt to use either of these amplifiers to drive the QUADs as virtual destruction is assured for the speaker. We feel that due to its restricted output voltage capabilities, the forthcoming "NINE" 70 watt Class A amplifier will be ideally suited for driving the QUAD.

SUMOのラインナップは、The Powerとその半分の出力のThe Half、
The Goldとその半分の出力のThe Nineがあり、
QUADのESLを鳴らすのであれば、70Wの出力のA級アンプのNINEを使え、ということだ。
他の3機種ではESLを壊してしまう、という注意書きだが、
QUADのESLを、The Goldで、私は鳴らしていた。

The Goldだったから、あんなに狭い部屋でもESLが鳴った。
よけいな苦労を背負い込まなくてすんだ。
岩崎先生が書かれている。
     *
高価な高級品ほどよく鳴らすのがむずかしいものである。わが家には昔作られた、昔の価格で1000ドル級の海外製高級システムから、今日3000ドルもする超大型システムまで、いくつもの大型スピーカーシステムがある。こうした大型システムは中々いい音で鳴ってくれない。トーンコントロールをあれこれ動かしたり、スピーカーの位置を変えたり。ところが、不思議なのは本当に優れた良いアンプで鳴らすと、ぴたりと良くなる。この良いアンプの筆頭がパイオニアのM4だ。このアンプをつなぐと本当に生まれかわったように深々とした落ちつきと風格のある音で、どんなスピーカーも鳴ってくれる。その違いは、高級スピーカーほど著しくどうにも鳴らなかったのが俄然すばらしく鳴る。昔の管球式であるものは、こうした良いアンプだが、現代の製品で求めるとしたらM4だ。A級アンプがなぜ良いか判らないが、M4だけは確かにずばぬけて良い。
     *
同じ経験は、私もあるし、他の方もお持ちであろう。
良いパワーアンプで鳴らしてみると、それまではスピーカーのせい、セッティングのせいにしていたことが、
パワーアンプがスピーカーを十全にドライブしていなかったことに起因していたことがはっきりとする。

(その11)で書いているが、基本的に井上先生も同じことを言われている。

QUADのESLが、パワーアンプの進化とともに、その評価を増していったことを思い出してほしい。
欲しいと想い続けてきたスピーカーを手に入れて、すぐに音を出したくなる気持は、私にだってある。

だが、手に入れるまでに、なんらかの苦労があったスピーカーであればあるほど、
できるだけ最初の音出しから、いい環境で、と思う。

少なくとも基本的な素性のいいもの、スピーカーの品格と同等とまでいかなくても、
最低限、このくらいはあってほしいと思えるだけの品格をもっているもので鳴らしたい。

他人が鳴らしたスピーカーは、鳴らしていた人の癖が残っているのと同じように、
優れたスピーカーであれば、粗雑なアンプやプレーヤーで鳴らしていた日が長ければ長いだけ、
悪い癖が残ってしまうようなところが、確実にある。

それに破鍋に綴蓋的な使いこなしの癖が、鳴らしている本人にも滲みついてしまう......。

誰しも、最初から理想的な組合せを用意できるわけではない。
だからこそ、スピーカーが最低限求めているクォリティを有したアンプなりプレーヤーを用意できないのであれば、
しばらくがまんすることも必要ではないのだろうか。

がまんしていた時間は無駄にはならない。
むしろ使いこなしに関しては、正しい選択だと思う。
いざマイクロのRX5000+RY5500に取り付けてみると、そんなに悪くないことに気づく。
砲金製のターンテーブルは金色、ベースは黒。武骨で素っ気無い雰囲気が、
3012-R Specialの品格を引き立ててくれる感じもする。

信頼できる、とまでいかなくても信用できる音の入口を確保できたという手ごたえはあった。
これがハタチの時である。無理はしていたが、これでロジャースのPM510を鳴らすスタートに立てた。

この時の組合せは、コントロールアンプはJBLのSG520、パワーアンプはEL34プッシュプルのオルソン型。

惚れ込んでいたスピーカーだから、ハタチの若造だったけれど、ここまでのシステムを揃えることができたし、
ここまで揃えるまではPM510を鳴らそうとは思わなかった。

ずっと手に入れたかったスピーカーを、苦労して自分のものにした時、とにもかくにも音を出してみたい、
早くその音を聴きたい、という強い衝動をあえて抑えて、
少なくともその惚れ込んだスピーカーにふさわしい環境を用意できるまでは鳴らさないということが、
スピーカーと良好な関係を作ってくれることになることもある。

あきらかにそのスピーカーの水準に遠く及ばないアンプやプレーヤーを接いで、
最初の出てきた音に失望するくらいなら、私はがまんする、がまんできる。
アイクマンがテクニクスのSP10を使っているのを見て、ふっきれたところがある。
3012-R Specialを取り付けたターンテーブルは、マイクロのRX5000+RY5500だった。

ヘッドシェルのことも、じつはあった。
3012-R Specialにっもともよく似合うのは、やはりオリジナルの、あの穴あきのモノ。
オルトフォンのGシェルと基本的に同じ形のこのS2シェルは、音がいいヘッドシェルとはいえない。
ヘッドシェルは、オーディオクラフトのAS4PLを使っていたし、これをそのまま使うつもりでいたけれど、
デザイン的なことでいえば、3012-R Specialにお似合いなわけではない。
だからといって、S2シェルは......。

SPU-Gシリーズを使えば解決なのだが、ユニバーサルトーンアームといえる3012-R Specialでは、
いくつかのカートリッジを交換していきたいと思っていた。

3012-R Specialとのデザイン的な組合せを細部まで追求しようとすることに、
当時は無理を感じてもいた。

だからマイクロでいこう、と決めた。
渡辺氏は、EMT・930stについて、音が鮮明でクリアーであること、そして全体に音がしっかりしていて、
ことに低音が、ブラインドフォールドテストした7機種のなかで、いちばんしっかりしていて、
大太鼓の音がいかにも大太鼓らしく鳴っていた、と語られている。

他の6機種については、音がうすい、弦楽器がやや安手の音になる鮮明度に欠ける、
といった言葉が、共通して並んでいた。

この記事の2年前に、五味先生の「五味オーディオ教室」をくり返し読んでいた私にとって、
ここでの結果は、やっぱりそうなんだな、ということを確認することになった。

ステレオサウンド 48号には、
「プレーヤーシステムにおけるメカニズムとコンストラクションの重要性について」という、
井上先生と長島先生の対談記事も載っている。

この対談を読むと、ダイレクトドライブ型に対する不信感は、確実に増す。

48号を読んで、少なくともダイレクトドライブ型に関しては、これから先よくなっていくのであろうが、
少なくとも、この時点ではダイレクトドライブ型以外のプレーヤーに、
いわゆる音がよいとされるモノが集中している、そう受けとっていた。
指揮者の渡辺氏が、ステレオサウンド 48号のブラインドフォールドテストで、
試聴されたプレーヤーシステムは7機種。

①テクニクス/SP10MK2+EPA100+SH10B3(¥280,000)
②EMT/930st(¥1,150,000)
③ヤマハ/PX1(¥480,000)
④デンオン/DP7700(¥198,000)
⑤パイオニア/XL-A800(¥79,800)
⑥ビクター/TT101+UA7045+CL-P1D(¥198,000)
⑦ソニー/PS-X9(¥380,000)

価格は何れも1978年当時のもので、EMTの930st以外はすべてダイレクトドライブ型である。

試聴レコードは、コリン・デイヴィス指揮ボストン交響楽団によるシベリウスの交響曲第1番(フィリップス)と、
ポリーニによるショパンの前奏曲集(グラモフォン)の2枚。

渡辺氏は、どちらのレコードでも、②と⑦、つまりEMTの930stとソニーのPS-X9を、
好ましい音として選ばれた上で、
群を抜いている感じが②、930stにはあると語られている。
私もそうだが、ブラインドテスト、と、つい言ったり書いたりしてしまう。

けれど、ステレオサウンド 48号の目次をみると、
「特集=ブラインドテストで探る〝音の良いプレーヤーシステム〟」という題と同時に、
レギュラー筆者による試聴記事には、
「プレーヤーシステムの音の良しあしをブラインドフォールドテストで聴く」という副題がついている。

ブラインドテストとブラインドフォールドテスト──。
この号の試聴に参加されているのは、井上卓也、岡俊雄、黒田恭一、瀬川冬樹の4氏で、
テスト後記で、ブラインドフォールドテストと書かれているのは岡先生だけで、
他の方はブラインドテスト、となっている。

ブラインドフォールド(blindfold)とブラインド(blind)は、
前者は目隠しをする、目をおおう、後者は盲目の、という意味であるから、
テストの内容からいって、ブラインドフォールドテストというべきである。
ステレオサウンド 43号が出たのは1977年6月。
この年の暮に出たステレオサウンド別冊の「コンポーネントステレオの世界 '78」で、
瀬川先生はJBLの4343の組合せ2例のなかで、ひとつはEMTの930st、
もうひつの、トータル価格を意識した組合せでは、ガラードの401を使われている。

記事の中で語られているのは、ダイレクトドライブ型では、
音楽の余韻を感じさせるニュアンスが薄らいでいる印象であること、
そして、少しダイレクトドライブ型不信みたいなところに陥っている、ことである。

こうやって、いくつか記事を読むにつれて、
少しずつ、ダイレクトドライブ型には、回転精度とは別の問題があるように思いはじめていた。

1978年9月発売の48合で、ステレオサウンドは、プレーヤーシステムのブラインドテストを行なっている。

オーディオ評論家によるブラインドテストだけでなく、
指揮者の渡辺暁雄氏によるブランドテストの記事も載っていた。
ガラード・401について、瀬川先生は、
「このモーターは音がいい。悠然とかまえて、しかも音の輪郭の明瞭で余韻が美しい」と書かれている。

さらにトーレンスのTD125MKIIBについては、こう書かれている。
「素晴らしく安定感のある音。艶のある余韻の美しさ。
音楽の表情を実によく生かすクリアーな音質。残念ながら国産DDでこういう音はまだ聴けない」

まず、このふたつの文章を読み、物理特性では圧倒的に優れているダイレクトドライブ型よりも、
音のよい、旧式のターンテーブルがあるという事実、
プレーヤーといえど性能だけでは語れない、ということを、それが文字の上だけのことで、
実体験が伴っていないにしても、オーディオに関心をもちはじめて、ごく早い時期に知ることとなった。

だからといって、ダイレクトドライブ型を完全に否定していたわけではなく、
方式としては、多くのメリットを持つわけだから、製品の完成度が高くなれば、
旧式のプレーヤーでは聴くことがかなわない、
優れた物理特性に裏づけられた音のよさを実現してくれるものだとも信じていた。
なぜダイレクトドライブ型のターンテーブルを信頼していない、その理由のひとつは、
まずはステレオサウンドの影響である。

私より上の世代のオーディオ好きの方たちが最初に手にされたプレーヤーシステムは、
ベルトドライブかアイドラードライブ。
それらにくらべて、1970年代にはいり登場したダイレクトドライブ型は、
ワウ・フラッターがほとんどない正確な回転精度、
それにアイドラー型では問題になっていたゴロも発生しない静粛性などの優位性をほこり、
多くのマニアの方たちが、ダイレクトドライブ方に買い替えられた(飛びつかれた人も多かったときいている)。
ところが、実際に自宅で使ってみると、それまでのベルトドライブ、アイドラードライブといった、
旧式のプレーヤーシステムの方が、音がよかったのではないか、という声があがりはじめ、
オーディオ誌においても、メーカーにおいても、ダイレクトドライブ型の再検討が行われはじめていた時期と、
ちょうどオーディオに関心をもちはじめた時期とが重なっていたことが、
ステレオサウンドの影響を大きくしたといえるかもしれない。

ステレオサウンドを読みはじめて3冊目の43号(ベストバイの特集号)では、
ガラードの401が取り上げられている。
かっこいいターンテーブルであれば、3012-R Specialとマッチするデザインであれば、
なんでもいいというわけではなかった。
当然、満足できる、つまり信頼できるモノでなければならない。

だから、ダイレクトドライブ型は最初から除外していた。

見た目だけで選ぶなら、ラックスのPD121のロングアーム版が出てくれていたら、
しかもそれでベルトドライブであったら、決めてしまっていただろう。

早く決めてしまいたい気持は、強くなる。
そこで思ったのは、SMEのアイクマンが使っているのと同じターンテーブルはどうだろう、ということだった。
調べてみると、テクニクスのSP10だった。

白木の大型のキャビネットに、2台のSP10が取り付けられていて、
その下にコントロールアンプが収められているいる写真が見て、すこしふっきれた。

ちなみにアイクマンの、このときのシステムは、
QUADのESLを4段スタックした上で、コーン型のサブウーファーを、センターに2発設置するという、
非常に大がかりな規模のもので、パワーアンプはラックスのM6000(と思われる)。
SMEの3012-R Specialと組み合わせるターンテーブル選びは、現行製品だけでなく、
ガラードの301やトーレンスのTD124まで範囲を広げてみた。

ちょうど、このころ、BBC仕様というガラードの301が中古市場に現れはじめていた。
塗装がシルバーのハンマートーン仕上げで、心がぐらっときたものの、
301とロングアームを組み合わせると、意外にプレーヤーキャビネットのサイズは大きくなりすぎて、
プロポーション的に、お世辞にもスマートとはいえなくなる。
それに、BBC仕様の301は、当初、相当に高価だった。

トーレンスのTD124に、ロングアーム用のアームベースがあることがわかった。
しかも程度のいいものが、あるところに一台あることもわかった。
譲ってもいい、ということだったけれど、TD124/IIではなく、オリジナルのほうで、
つまりターンテーブルの素材が鉄なのだ。

比較的マグネットが小さいMM型カートリッジであれば問題はないけれど、
内蔵マグネットが大きなMC型カートリッジでは、ターンテーブルに吸いつくため、針圧が増す問題があった。

カートリッジは、EMTのXSD15とオルトフォンのMC20IIが候補だったから、無視できない。

ただ実際にどの程度、針圧が増えるのかは、計測したわけではないのでなんともいえないが、
ただ鉄(磁性体)というのが、なんとなく精神衛生上、ひっかかる。
トーレンスのTD226で、もうひとつ気になっていたのは、トーンアームを2本装着できるサイズが、
私にとっては大きすぎたこと。
ロングアームが使える1本アーム仕様のものが出てくれたら、と思っていたら、
わりとすぐにTD127が発表になった。

そんなに高価なものは購入できないし、TD127を目標に貯金に励もう、と考えていたら、
「TD226に1本だけアームをつけて、反対側のアームベースには、
重量バランスをとるためにちょっとしたウェイトを乗せたほうが、
TD127よりも安定感のある音がして、いいんだよ」とさらりと言われた。
井上先生の、この一言で、ターンテーブル選びは振出しにもどった。

TD226のフローティングベースは、当然1本アームのTD127よりも大きく、
重量もその分増しているため、
それとフローティングベースの重量バランスが、
1本アーム仕様のものよりも優れていることも関係しての音の差であろう。

TD226を1本アームで使うのは、使わないトーンアームの共振による影響をなくすためである。

それからもう一言あった。
「TD226もTD127も、螢光灯は、ノイズの発生源だから消しとくんだぞ」

TD226もTD127もレコード盤面を照らすための螢光灯が、ターンテーブルの奥にある。
この螢光灯を灯けると、聴感上のSN比は、たしかに悪くなる。
3012-Rを手に入れたものの、組み合わせるターンテーブルはない。
しばらく、手持ちのオーディオ機器は、トーンアームだけ、という、
他に、こんなヤツはいないであろう、という状況が続いた。

ステレオサウンドで働くようになるまで続いていたから、
はじめての編集後記に、そのことを書いている。

瀬川先生は、3012-Rの試聴は、マイクロのSX8000で行われている。
たしかに音はいいだろう、でも3012-Rの美しさにしっとり似合うかというと、武骨すぎる。
それに高価すぎた。

3012-Rはロングアームだけに対象となるターンテーブルは、どうしても限られてしまう。
そのころ、トーレンスからロングアームが搭載可能なTD226が出ていた。

じつはこれが第一候補だった。
ただ、実物を見ると、木目の、赤みを帯びた仕上げが個人的に受け入れられなかったのと、
3012-Rの美しさが映えるかというと、無難という感じにとどまる。

それでもサウンドコニサーの表紙は、TD226に、3012-R Goldとの組合せ。
金メッキが施された3012-Rだと、TD226の仕上げも気にならない。

とはいうものの、私がもっているのは通常の3012-Rだから、TD226は、私にとって、つねに次点候補だった。
3012-R Specialの、瀬川先生の記事を読んだ時のことも、はっきりと覚えている。

「これは、絶対に必要なアイテムだ」と確信し、とにかく、これだけは真っ先に手に入れておかねば、と思ったのは、
当時のハーマンインターナショナルの広告には、300本の限定販売と書いてあったからだ。

瀬川先生の文章を何度も読み返せば返すほど、それから先、どんなスピーカーを使うことになろうとも、
このトーンアームは絶対に必要不可欠なものはなるはず、とつよく思っていた。

だから、まだアルバイトも始めてなかった学生時代に、9万円弱のトーンアームを、12回払いで買った。
ステレオサウンド 58号を読んだのが1981年の3月。
一カ月後に手にしていたわけだ。

結局、3012-Rは、限定販売でおわることなく、継続して販売されることになったから、
無理して買うこともなかったのだが、
これを抱えて、電車で帰宅するまでのあいだ、すこしの衝撃も与えなくないて、
両手で抱きしめるように持って帰ったものだ。
正確に記憶しているわけではないが、
1980年代のシーメンスのコアキシャルの広告に、伊藤先生の達筆で、こんなふうなことが書かれていた。

「ひどいアンプで鳴らされる良質のスピーカーほど、惨めなものはない」

まったくそのとおりだと、その時、思ったことを覚えている。
まだまだま経験の少なかった頃だったが、それでもグレードアップを図っていく順序は、
音の入口からだ、と感じていた。

スピーカーが優秀であればあるほど、アンプやプレーヤー、それに使いこなしの不備をあからさまにすることは、
少し考えれば、すぐに理解できることでもある。

音入口のクォリティはそれほど重要であり、
だから、音の入口にあたるところは、つねに重視してきた。

東京に出て来た時に、実家で使っていた装置はそのまま置いてきた。
そして、東京で、とにかく、これだけは手に入れておかねば、と思い、
相当無理して買ったのは、SMEの3012-R Specialだった。
かなり以前の大型で、高能率のスピーカーは、当時から、うまく鳴らすのが難しい、と言われ続けている。

これに対し、井上先生は、疑問を投げかけられていた。

たしかに、当時は、なかなか、その手のスピーカーはうまく鳴らなかったのは事実だけれど、
それはスピーカーそのものの持つ性格が鳴らしにくいものではなく、
パワーアンプ以前の、装置の不備や、使いこなしの未熟さを、
スピーカーが、なまじ高感度ゆえに、そのままストレートに出していたのではないか、と、
私は、井上先生の言葉を、そう解釈している。

物理的なSN比の高さは、もちろん高能率スピーカーを鳴らす上では重要だが、
聴感上の高SN比も求められる。
このSN比が悪いアンプ(とくにパワーアンプ)をつなごうものなら、それは聴くに堪えぬ音になるだろう。

当時の高能率スピーカーが、いま新品同様のコンディションで存在していたとして、
現代のアンプで、現代のプログラムソースを鳴らしたら、
当時の苦労の多くは、もとより存在しなかったものだったのかもしれない。

あくまでの仮定の話であって、確かめる術は、誰にもないけれど、
それでも、スピーカー以外のオーディオ機器の基本性能が高くなれば、
それだけスタート地点が変ってくることは、確実にいえる。

だから、QUADのESLは、発売された当初よりも、アンプをはじめとする周辺機器の進歩と音質向上にともない、
その評価は確実に高くなっているのは、ESLの真価が、発揮できる環境が整ってきたからである。

くりかえしになるが、これはESLに関していえるのではなく、
ESLと同時代の、当時高い評価を得ていたスピーカーならば、同じことが言えて、当然であろう。
The Goldを手にいれたのは、QUADのESLの前のスピーカー、セレッションのSL600を使っていたときなので、
ESLは最初からThe Goldで鳴らしていたわけだ。

このときは気がつかなかったが、好奇心から他のパワーアンプで鳴らしてみたことがあった。
そのとき、この狭い部屋で壁に押しつけるような置き方にもかかわらず、
ESLが、こんなにうまく鳴ってくれていたのは、パワーアンプのおかげ、
つまりThe Goldのおかげ──もちろんそれだけではないのだけれど──が大きかったのだと確認できた。

使いこなしの難しさの要因は、実はパワーアンプにもあるように、そのときから思いはじめている。

ほんとうに優れたパワーアンプを用意できれば、それだけでずいぶんとスタート地点が変わる。
難しさのいくつかが軽減される。これははっきりと言えることだ。

そしてスピーカーに対して、不充分なパワーアンプ(価格的に、という意味ではない)しか用意できなかったときは、
使いこなしの難しさは、ただ増すばかりともいえよう。
たとえばコンデンサー型スピーカー。

一般には、後面からも音を放射しているため、できるだけ後面の壁からは距離を取り、というふうに言われてきている。

QUADのESLを、約5.5畳ていどの狭い部屋で聴いた経験から言えば、必ずしもそうでもないよ、と言いたい。

瀬川先生の影響もあって、まずスピーカーは、部屋の長辺の壁側に置く。
できるだけ左右のスピーカーの間隔を広げたいためでもあり、
私の経験でも、そんなに多くの部屋で鳴らしているわけではないが、
やはり部屋を横長に使ったほうが、低音の鳴り方の自然さ、伸びやかさを含め、好結果が得られる。

だから、ESLも、そのように置いた。だからESLの内側の縁は、
ほとんど壁にくっつくかどうかのところまで、近づけて置くしかなかった。

このときの音を実際に聴いていない人は、この置き方をみただけで、ひどい音がするんだろうな、と判断するだろう。

でも、くり返しになるが、スピーカーの置き方に定石はない。

ESLは、実に伸びやかな音を鳴らしてくれた。

このとき使っていたパワーアンプはSUMOのThe GOLDである。
インターナショナルオーディオショウのブースは、音響処理が施されているわけでもないし、
あれだけ広い施設だから、電源事情もあまりよくないと言われている。

しかもショウの前日に器材やらを搬入してセッティングして、というように時間の余裕はそれほどない。
だからいい音なんか出せるわけない、とは、少なくとも、どのブースのスタッフは、口にしないはずだ。
どのブースも、スペースの大小はもちろんあるが、基本的な条件は同じ。
そのなかで、毎年の経験を積み重ねていくことで、それぞれにコツを掴んでいるのだろう、
ショウの期間中、聴き惚れる音を出してくれるところが、いくつか出てきている。

スピーカーが毎年同じモノなら、音出しの苦労もすこしは軽減されるのだろうが、
ショウは新製品のお披露目の場でもあり、ぎりぎり間に合ったというスピーカーもある。

そういうスピーカーでも、ごく短時間のうちにセッティングしなければならない。
セッティングし音出しをしていく過程で、スピーカーの素性を捉えていく作業が要求される。

しかもスピーカーのセッティングに、定石はない。
せいぜい左右のスピーカーの条件をできるだけ揃えることと、ガタつきなくセッティングすることであろう。
そのブースの音に関しては、2007年だけでなく、いままで聴き惚れる音が出ていたためしがない。
だから、ずっと、この会社(仮にA社としておこう)のスタッフには、
きちんとオーディオ機器をセッティングできる人がいないんだろうな、と勝手に決めつけていた。

でも、どうやら違うようなのだ。

A社の社長(Bさんとしよう)は、そのへんの事情に詳しい知人(Cさん)から、つい最近きいた話では、
チューニングのテクニックが豊富な人だということだ。

Cさんは、Bさんのリスニングルームに行き、そのテクニックのいろいろを、その目で見て、
耳ですごさを実感した、と力説してくれた。

Cさんの言葉を疑う理由もないし、おそらくCさんの言うとおりなのだと思う。

ならば、なぜA社のブースの音は、いつになっても、音楽に聴き惚れさせる音を出しえないのか。
そのブースに入ったとき、何の曲が鳴っているのか、正直、すぐにはわからなかった。
しばらくして(といっても10秒もたたないうちにだが)、「もしかしてベートーヴェン?」と思った。

そういえばコリオランの序曲である。
またしばらくして「これって、コリン・デイヴィスの演奏?」と思った。

そのくらい違う音楽に聴こえた。

つまり音のバランスがとれているとか崩れているとか、そういった音の良し悪しではまったくなく、
ベートーヴェンの音楽が変質してしまっている。
音楽性が歪められている、といってもいいだろう。

なぜ、こんなふうになってしまうのだろうか......、と逆に関心が湧いてくるほどの、変りようだった。
2007年のインターナショナルオーディオショウで、いちばん耳にした曲は、
そのすこし前に、エソテリックから菅野先生のリマスター監修で発売になったばかりの
サー・コリン・デイヴィスのベートーヴェンのコリオラン序曲だった。

この曲が鳴っていると、どこのブースに入っても、「あっ、ベートーヴェンだ、コリオランだ」とすぐにわかる。
すこし聴くと、これまたコリン・デイヴィスの演奏だと気がつく。

このSACDが発売になる前に、菅野先生のリスニングルームで3回聴いている。
コリオランだけでなくエグモントも聴いている。
だから、このディスクに関して菅野先生のリスニングルームでの鳴り方が、
私の中ではリファレンスになっている。

各ブースの音の良し悪し、というよりも、音の特徴、個性が、おかげでよく掴めた。

ここでは、どこのブースの音がこうだったとか、あそこのブースが音がよかった、とか言いたいのではなく、
あるブースで鳴っていた音を聴いて、すこし考えてしまったことを書いていく。
試聴・取材のため国内メーカー、輸入商社からお借りするスピーカーのなかには、
たいていは古い機種の場合だが、鳴らされることなく倉庫で眠っていたモノが届くことがある。

そういうスピーカーも、最低でも1週間、できればもっと時間はかけたいが、
ていねいに鳴らしつづけていれば、本調子に近づいていく。

とはいえ実際にそれほどの時間の余裕は、まずない。

そんなときは、半ば強制的に目覚めさせるしかない。

井上先生に教わった方法がある。
効果はてきめんなのだが、井上先生から、めったに人に教えるな、と釘を刺されているので、
申し訳ないが具体的なことについては書けない。

やりすぎない勘の良さをもっている人にならば、実際に目の前でやってみせることでお伝えできるが、
言葉だけでは、肝心なところが伝わらない危険があり、スピーカーを傷めてしまうことも考えられるからだ。

エッジにはふれる。ただしなでるわけではない。なでるな、とも言われている。
それともうひとつのやり方との組合せで、スピーカーの目覚めを早くする。

長島先生のやり方も、安易にマネをすると、やはりスピーカーを傷める、もしくは飛ばしてしまうので、
これ以上、詳細は書かないが、これらの方法は、取材・試聴という限られた時間内に、
いい音を出すために必要なものであり、個人が家庭内で、瀬川先生が書かれているように、
四季に馴染ませ、じっくりと取り組むうえでは、まったく使うべきことではない。

事実、私も、所有しているスピーカーに、井上先生、長島先生から教わった方法は実践していない。
必要がないからだ。やるべきことではないからだ。

それにしても、いわば、スピーカーを目覚めさせるための方法を、
なぜ「エージング」と言ってしまえるのだろうか。
瀬川先生は書かれている。
     ※
オーディオ機器を、せめて、日本の四季に馴染ませる時間が最低限度、必要じゃないか、と言っているのだ。それをもういちどくりかえす、つまり二年を過ぎたころ、あなたの機器たちは日本の気候、風土にようやく馴染む。それと共に、あなたの好むレパートリーも、二年かかればひととおり鳴らせる。機器たちはあなたの好きな音楽を充分に理解する。それを、あなた好みの音で鳴らそうと努力する。
 ......こういう擬人法的な言い方を、ひどく嫌う人もあるらしいが、別に冗談を言おうとしているのではない。あなたの好きな曲、好きなブランドのレコード、好みの音量、鳴らしかたのクセ、一日のうちに鳴らす時間......そうした個人個人のクセが、機械に充分に刻み込まれるためには、少なくみても一年以上の年月がどうしても必要なのだ。だいいち、あなた自身、四季おりおりに、聴きたい曲や鳴らしかたの好みが少しずつ変化するだろう。だとすれば、そうした四季の変化に対する聴き手の変化は四季を二度以上くりかえさなくては、機械に伝わらない。
 けれど二年のあいだ、どういう調整をし、鳴らし込みをするのか? 何もしなくていい。何の気負いもなくして、いつものように、いま聴きたい曲(レコード)をとり出して、いま聴きたい音量で、自然に鳴らせばいい。そして、ときたま----たとえば二週間から一ヶ月に一度、スピーカーの位置を直してみたりする。レヴェルコントロールを合わせ直してみたりする。どこまでも悠長に、のんびりと、あせらずに......。
     ※
レコード芸術の連載「My Angle いい音とは何か?」からの引用だが、
スピーカーのエージングとは、まさにこういうことだと、私は考えているし、信じている。

好きなレコードを、好みの音量で鳴らしていく。
これは、なにも瀬川先生だけが言われていることではない。

井上先生も長島先生も、同じ考えで、以前流行ったFMチューナーの局間ノイズを長時間、
それもかなりの音量で鳴らしつづけるという方法は、どなたも認めておられない。

いま局間ノイズでエージングを早めよう、という人はいないだろうが、
それでも世の中には、エージングのためのCDとか、スピーカーのエッジをなでることを、
エージングを早める方法と称している人もいる。

はっきり言えば、こんなことでエージングを早められはしない。

エッジをなでると、音は変わる。
とくに長期間鳴らしていないスピーカーほど、その変化量は大きい。
でも、これはエージングによって、音が変わったわけではない。

実は井上先生も、エッジをなでることに似た方法を、ときどき用いられた。

しかし、これはスピーカーを目覚めさせるため、である。
エレクトロボイスのSentry500の素っ気無い仕上げを、家庭での使用を前提に、
木目仕上げのエンクロージュアと、
木製のCD(Constant Directivity=定指向性)ホーンを採用したSentry500SFVが発表されたばかりだったから、
1983年ごろの、ステレオサウンド試聴室でのコトだ。

その日、ステレオサウンド編集部では試聴室を使う予定はなく、
HiViの筆者の方、ふたりで、輸入されたばかりのSentry500SFVの試聴をやられていた。

試聴室隣の倉庫に、工具を取りに降りていったとき、試聴がはじまって1時間くらい経過した頃だったようだ。
試聴室に入らなくても、うまく鳴っているかどうかは、すぐにわかる。
覇気が感じられない音で鳴っているなぁ......、と思いながら、工具を探していたら、
試聴室の中から、「こっちに来て、なんとかしてほしい」という声が掛かった。

ふたりとも、鳴っている音に納得できずに、あれこれ試したものの、たいした変化は得られなかったとのこと。

ざっと見渡すと、いつものセッティングとは違う。
アンプの電源を落とし、スピーカーケーブルやピンケーブルもいったんすべて外し、
ACコードもすべてコンセントから外した。
それから、いつもの試聴のようにセッティングする。

なにもすべて外す必要はないのだが、
やはり一からすべて自分でやったほうが確実だからだ。

スピーカーもアンプもいっさい移動しないので、
またケーブルやその他のモノもいっさい換えないままだったので、時間にして、5分程度だ。

ふたたび電源を入れて、音を出す。

このくらい変わるだろうな、と予測していた音が鳴ってきた。
時間は短いし、何一つ換えなかったとはいえ、ある程度の変化量は予測していた。
井上先生の試聴で、毎回体験していることだからだ。

でも、筆者の方ふたりは、驚かれていた。
そして、チューニングによる音の変化と受けとめられたようだ。

自慢話をしたいわけではない。

ここで、私がやったことはチューニングではなく、あくまでもセッティングであり、
それをやり直しただけだということを理解していただきたい。
オーディオにおいて、使いこなしは重要だと、ずっと以前から言われつづけているにも関わらず、
読者側から見て、系統立てて説明し、あらゆる状況に対して応用がきくヒントを与えてくれる記事を、
音の出ない、写真と文字だけの誌面で伝えることは、頭で想像している以上に難しさがある。

私がステレオサウンドで担当した使いこなしの記事のひとつは、ふたりの読者が参加された井上先生によるものだ。
あのときは、まだ22歳だったから、1985年。この取材で、舘さん(早瀬さん)と出会い、
私がステレオサウンドを辞めたあとも、変らぬ態度で接してくれて、
今年の夏で、まる24年のつきあいになる。

去年だったか、インターネットでのオーディオの掲示板で、ステレオサウンドの記事のなかで、
印象に残っているのはどれか、という内容のもので、
この井上先生の使いこなしの記事をあげておられる方がいた。
さらにmixiでも、この記事を、いまも読み返し参考にしているという文章に出合った。

担当編集者としては嬉しい限りではあるが、1985年の記事である......、という思いもある。

いま読み返しても、おもしろいだろう(手もとにその号がないので読み返せないが)。

けれど、こんなことを言ってもどうにもならないが、
いまならば、同じ取材からでも、違う誌面展開で記事をつくる自信はある。

あのころは、使いこなしという言葉の中に、セッティング、チューニング、エージングが含まれ、
それぞれは違い、しかし、その境界は曖昧であることに気がついていなかったからだ。

このことをきっちりと私が認識していたならば......、と思うのだが、いまさら、である。

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