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技術的知識は「有機的に体系化」できなければ、
害をもたらすことが多いということを肝に銘じてほしい。
オーディオの技術的知識について問われれば、
中途半端なレベルであれば、むしろ持っていないほうがいいように思っている。

もちろんオーディオ機器を正しく接続するための知識は必要なのは言うまでもないことだが、
それ以上の技術的知識となると、人によるとわかっていても、
知識を吸収している段階の、ある時期は、真摯に音を聴くときの害になる。
中途半端な技術的知識が、耳を騙す。

「だから素晴らしい」と語った人は、私の目にはそう映ってしまう。

耳が騙された人は、本人も気づかぬうちに、だれかを騙すことになる。

あるサイトの謳い文句に騙された人も、同じだ。
悪気は無くても、同じ謳い文句を口にしては誰かを騙している。

そういう人のあいだから発生してきた、まともそうにきこえても、じつはデタラメなことがらが流布してしまう。
それに6dB/oct.以外のネットワークでは、並列にはいるコンデンサーなりコイルの存在があり、
信号系のループの問題が発生してくる。

ネットワークはフィルターであり、そのフィルターの動作をできるだけ理想に近づけるためには、
アース(マイナス)線を分離していくことが要求される。

スピーカーのネットワークは、基本的にコンデンサーとコイルで構成される、さほど複雑なものではないのに、
スロープ特性だけをとりあげても、けっこう端折った書き方で、これだけある。

なのに、この項の(その11)でふれた人のように、「だから素晴らしい」と断言する人が、現実にはいる。

なぜ、その程度の知識で断言できるか、そのことについて考えていくと、ある種の怖さが見えてくる気がする。
カットオフ周波数以下(もしくは以上)の帯域こそ、すみやかに、そしてきれいに減衰させたいわけだから、
むしろこの帯域こそダンピング能力が、求められるのではないだろうか。

なぜ、マルチウェイのスピーカーシステムで、その周波数より上(もしくは下)をカットするのか、を考えれば、
ごく低い周波数近辺だけでの高い値のダンピングファクターは、ほぼ無意味であるといっても言い過ぎではないし、
この点からのみネットワークを判断すれば、12dB/oct.、24dB/oct.といった偶数次のものが有利である。

ただ偶数次の場合、たとえば2ウェイならばトゥイーターの極性を、3ウェイならばスコーカーの極性を反転させなければ、
フラットな振幅特性は得られない。
しかも、この部分で安易にスピーカーユニットの極性を、他のユニットと反対にしてしまえば、
音場感の再現力に関しては、大きなマイナスになってしまう面ももつ。

それに位相特性を重視すれば、6dB/oct.しかないともいえる。
にもかかわらず、ダンピングファクターの、単に表面的な数値のみにとらわれて、
このパワーアンプはダンピング能力が高い、と誇張表現しているサイトが、どことは名指しはしないが、ある。

いまどき、こんな陳腐な宣伝文句にだまされる人はいないと思っていたら、
意外にそうでもないようなので、書いておく。

ダンピングファクターは、ある周波数における値のみではなく、
注目してほしいのは、ダンピングファクターの周波数特性である。
つまり、そのパワーアンプの出力インピーダンスの周波数特性である。
何Hzまでフラットなのか、その値がどの程度なのかに注意を向けるのであれば、まだしも、
単に数値だけにとらわれていては、そこには何の意味もない。

ダンピングファクターから読み取れるのは、そのパワーアンプの、NFBをかける前の、
いわゆる裸の周波数特性である。

それにどんなに可聴帯域において、高い値のダンピングファクターを維持しているパワーアンプだとしても、
奇数次のネットワークが採用されたスピーカーシステムであれば、
カットオフ周波数以下(もしくは以上)の帯域では、ダンピングファクターが低下する。
ダンピングファクターによってのみ、スピーカーのダンピングが決まるわけでもないし、
必ずしもダンピングファクターの値が高い(つまり出力インピーダンスが低い)パワーアンプが、
低い値のパワーアンプよりもダンピングにおいて優れているかというと、そんなことはない。

現代アンプに不可欠なNFBを大量にかけると、出力インピーダンスは、けっこう下がるものである。

NFBを大量にかけるために、NFBをかける前のゲイン(オープンループゲイン)を高くとっているアンプは、
ひじょうに低い周波数から高域特性が低下していく。

良心的なメーカであれば、ダンピングファクターの値のあとに、(20Hz)とか(1kHz)と表示している。
つまり、そのダンピングファクターの値は、括弧内の周波数におけるものであることを表わしている。

ダンピングファクターの値が、200とか、それ以上の極端な高いパワーアンプだと、
たいていは数10Hzあたりの値であり、それより上の周波数では低下していくだけである。

つまりごく狭い周波数においてのみの、高いダンピングファクターのものがあるということだ。
スコーカー、トゥイーターのローカットについても、同じことがいえる。

6dB/oct.だと、コンデンサーがひとつ直列にはいる。
コンデンサーは、高域になるにしたがってインピーダンスが下がるということは、
いうまでもないことだが、低い周波数になればなるほどインピーダンスは高くなる。

12dB/oct.だと、コイルが並列にはいる。コイルは低域になるにしたがってインピーダンスは低くなる。
パワーアンプの出力インピーダンス+コンデンサーとコイルのインピーダンスの並列値が、
スコーカー、トゥイーターにとっても、駆動源のインピーダンスとなる。

カットオフ周波数よりも、ローカットフィルターならば低い周波数、ハイカットフィルターならば高い周波数は、
できるだけきれいに減衰させたいわけだが、その部分で駆動源のインピーダンスが上昇するとなると、
ダンピングファクターは低下する。

ダンピングファクターは、スピーカーのインピーダンスを、
駆動源(パワーアンプ)の出力インピーダンスで割った値である。
ウーファーのハイカットフィルターは、6dB/oct.だとコイルが直列にひとつはいる。
この場合、ウーファーユニットにとってのパワーアンプ(駆動源)の出力インピーダンスは、
パワーアンプの出力インピーダンス+コイルのインピーダンスとなる。

コイルは、高域になるにしたがってインピーダンスが上昇する。
この性質を利用してネットワークが構成されているわけだが、
つまりカットオフ周波数あたりから上の出力インピーダンスは、意外にも高い値となっていく。

これが12dB/oct.だとコイルのあとにコンデンサーが並列に入るわけだから、
パワーアンプの出力インピーダンス+コイルのインピーダンスとコンデンサーの並列値となる。
コンデンサーは、コイルと正反対に、周波数が高くなるとインピーダンスは低くなる。

つまり6dB/oct.と12dB/oct.のネットワークの出力インピーダンスを比較してみると、
そうとうに違うカーブを描く。

18dB/oct.だと、さらにコイルが直列にはいるし、24dB/oct.だとコンデンサーがさらに並列にはいる。

6dB/oct.、18dB/oct.の奇数次と、12dB/oct.、24dB/oct.の偶数次のネットワークでは、
出力インピーダンスが異り、これはスピーカーユニットに対するダンピングにも影響する。
目の前にオーディオのシステムがある。
パワーアンプは? ときかれれば、「これ」と指さすわけだが、
スピーカーシステムから見たパワーアンプは、そのスピーカーシステムの入力端子に接がっているモノである。

つまりパワーアンプとともに、スピーカーケーブルまで含まれることになる。

そしてスピーカーユニットから見たパワーアンプは? ということになると、どうなるか。

スピーカーユニットにとってのパワーアンプとは、信号源、駆動源であるわけだし、
スピーカーユニットの入力端子に接がっているモノということになる。

つまりスピーカーユニットにとっての駆動源(パワーアンプ)は、
パワーアンプだけでなく、ネットワークまで含まれた系ということになる。

ということは、パワーアンプの出力インピーダンスに、
ネットワークの出力インピーダンスが関係してくることになる。

このネットワークの出力インピーダンスということになると、6dB/oct.カーブのネットワークよりも、
12dB/oct.仕様の方が有利となる。
この項の(その11)で書いたスピーカーシステムは、
6dB/oct.のネットワークとスピーカーユニットに音響負荷をかけることで、
トータル12dB/oct.の減衰特性を得ているわけだが、
これまでの説明からおわかりのように伝達関数:1ではない。
スピーカーシステムとしての出力の合成は、位相特性は急激に変化するポイントがある。

つまり6dB/oct.ネットワーク採用の技術的なメリットは、ほぼないといえよう。

もちろん12dB/oct.のネットワークを使用するのとくらべると、ネットワークのパーツは減る。

ウーファーのハイカットフィルターであれば、通常の12dB/oct.では、
直列にはいるコイルと並列に入るコンデンサーが必要になるのが、コイルひとつで済むわけだ。

パーツによる音の違い、そして素子が増えることによる、互いの干渉を考えると、
6dB/oct.のネットワークで、12dB/oct.のカーブが、スピーカーシステム・トータルとして実現できるのは意味がある。

けれど、事はそう単純でもない。
チャンネルデバイダーを例にとって話をしたが、スピーカーのネットワークでも同じで、
ネットワークの負荷に、負荷インピーダンスがつねに一定にするために、
スピーカーユニットではなく、8Ωなり4Ωの抵抗をとりつけて、その出力を合成すれば、
6dB/oct.のカーブのネットワークならば、振幅特性、位相特性ともにフラットである。

他のカーブでは、伝達関数:1は実現できない。

ただし6dB/oct.のカーブのネットワークでも、実際にはスピーカーユニットが負荷であり、
周波数によってインピーダンスが変動するために、決して理論通りのきれいにカーブになることはなく、
実際のスピーカーシステムの出力が、伝達関数:1になることは、まずありえない。

ただインピーダンスが完全にフラットで、まったく変化しないスピーカーユニットがあったとしよう。

それでも、現実には、スピーカーシステムの出力で伝達関数:1はありえない。
スピーカーユニットの周波数特性も関係してくるからである。

ひとつひとつのスピーカーユニットの周波数帯域が十分に広く、しかもそのスピーカーユニットを、
ごく狭い帯域でのみ使用するのであれば、かなり伝達関数:1の状態に近づけることはできるが、
実際にはそこまで周波数帯域の広いユニットなく、
ネットワークの減衰特性とスピーカーユニットの周波数特性と合成された特性が、
6dB/oct.のカーブではなくなってしまう。
最近のオーディオ誌では、ほとんど伝達関数という言葉は登場しなくなったが、
私がオーディオに興味をもち始めた1976年ごろは、まだときどき誌面に登場していた。

チャンネルデバイダーがある。
入力はひとつで、2ウェイ仕様なら出力は2つ、3ウェイ仕様なら3つあるわけで、
通常なら、それぞれの出力はパワーアンプへ接続される。

このチャンネルデバイダーからの出力を合成したとしよう。
当然、入力信号と振幅特性、位相特性とも同じになるのが理想だが、
これができるは、遮断特性が6dB/oct.だけである。つまり伝達関数:1である。

12dB/octのカーブでは振幅特性にディップが生じ、位相特性も急激に変化する。
18dB/oct.のカーブでは振幅特性はほぼフラットでも、位相特性はなだらかにシフトする、といったぐあいに、
6dB/oct.カーブ以外、入力と合成された出力が同じになることは、アナログフィルターを使うかぎり、ありえない。
「思いこみ」のもつ力を否定しているわけではない。
思いこみ力が、いい方向に作用することだってあるのは、わかっている。

ただ「思いこみ」で、だれかにオーディオの技術や方式について、
そのことを音に結びつけて、オーディオ、オーディオ機器について説明するのは、
絶対にやってはいけないことだ。

これは害以外の何ものでもない。
けれど「思いこみ」の人は、そのことにまったく気づかず、害を垂れ流しつづけるかもしれない。

「思いこみ」の人のはなしをきいている人が、よくわかっている人ならば、こんな心配はいらないが、
そうでない人のことの場合も、案外多いと思う。

「だから素晴らしい」と語る、その人の仕事の詳細を、私は知らないが、
それでも、オーディオに明るくない人のシステム導入のことをやっているのは、本人からきいている。

彼は、ここでも、思いこみだけの技術的説明を行なっているのだろう、おそらく......。
己の知識から曖昧さを、できるだけなくしていきたい。
誰もが、そう思っているだろうが、罠も待ち受けている。

曖昧さの排除の、いちぱん楽な方法は、思いこみ、だからだ。

思いこんでしまえれば、もうあとは楽である。
この罠に堕ちてしまえば、楽である......。
この「伝達関数:1」ということが、「だから素晴らしい」と力説した人の頭の中にはなかったのだろう。

では、なぜ彼は、6dB/oct.のネットワークがいいと判断したのだろうか。

彼の頭の中にあったのは、
「思いつき」と「思いこみ」によってつくられている技術「的」な知識だけだったように思えてならない。

そこに、考える習慣は、存在していなかったとも思っている。

考え込み、考え抜くクセをつけていれば、あの発言はできない。

いま、彼のような「思いつき」「思いこみ」から発せられた情報擬きが、明らかに増えている。
スピーカー用のLCネットワークの減衰特性には、オクターブあたり6dB、12dB、18dBあたりが一般的である。

最近ではもっと高次のものを使われているが、6dBとそれ以外のもの(12dBや18dBなどのこと)とは、
決定的な違いが、ひとつ存在する。

いまではほとんど言われなくなったようだが、6dB/oct.のネットワークのみ、
伝達関数:1を、理論的には実現できるということだ。
少し前に、あるスピーカーについて、ある人と話していたときに、たまたま6dB/oct.のネットワークの話になった。

そのとき、話題にしていたスピーカーも、「6dBのカーブですよ」と、相手が言った。
たしかにそのスピーカーは6dB/oct.のネットワークを採用しているが、
音響負荷をユニットにかけることで、トータルで12dB/oct.の遮断特性を実現している。
そのことを指摘すると、その人は「だから素晴らしいんですよ」と力説する。

おそらく、この人は、6dB/oct.のネットワークの特長は、
回路構成が、これ以上省略できないというシンプルさにあるものだと考えているように感じられた。

だから6dB/oct.の回路のネットワークで、遮断特性はトータルで12dB。だから素晴らしい、ということらしい。
QUADのESLのほかに、遮断特性(減衰特性)6dB/oct.のカーブのネットワークを採用したスピーカーとして、
井上先生が愛用されたボザークが、まずあげられるし、
菅野先生愛用のマッキントッシュのXRT20も、そうだときいている。

これら以外にもちろんあり、ダイヤトーンの2S305も、トゥイーターのローカットをコンデンサーのみで行なっていて、
ウーファーにはコイルをつかわず、パワーアンプの信号はそのまま入力される構成で、
やはり6dB/oct.である。

このタイプとしては、JBLの4311がすぐに浮ぶし、
1990年ごろ発売されたモダンショートのスピーカーもそうだったと記憶している。

比較的新しい製品では、2000年ごろに発売されていたB&WのNSCM1がある。
NSCM1ときいて、すぐに、どんなスピーカーだったのか、思い浮かべられる方は少ないかもしれない。

Nautilus 805によく似た、このスピーカーのプロポーションは、
Nautilus 805よりも横幅をひろげたため、ややずんぐりした印象をあたえていたこと、
それにホームシアター用に開発されたものということも関係していたのか、
多くの人の目はNautilus 805に向き、
NSCM1に注目する人はほとんどいなかったのだろう、いつのまにか消えてしまったようだが、
井上先生だけは「良く鳴り、良く響きあう音は時間を忘れる思い」(ステレオサウンド137号)と、
Nautilus 805よりも高く評価されていた。
アルテックのA5、A7で使われていたネットワークは、N500、N800で、
12dB/oct.のオーソドックスな回路構成で、とくに凝ったことは何ひとつ行なっていない。

QUADのESLのネットワークは、というと──かなり以前に回路図を見たことがあるだけで、
多少あやふやなところな記憶であるが──通常のスピーカーと異り、
ボイスコイル(つまりインダクタンス)ではなく、コンデンサーということもあって、
通常のネットワークが、LCネットワークと呼ばれることからもわかるように、
おもなパーツはコイルとコンデンサーから構成されているに対し、
ESLのネットワークは、LCネットワークではなく、RCネットワークと呼ぶべきものである。

低域をカットするためには、LCネットワーク同様、コンデンサーを使っているが、
高域カットはコイルではなく、R、つまり抵抗を使っている。
アンプのハイカットフィルターと同じ構成になっている。

このRCネットワークの遮断特性は、6dB/oct.である。
フェイズリニアが論文として発表されたのは、1936年で、
ベル研究所の研究員だったと思われるジョン・ヘリアーによって、であると、クックはインタビューで答えている。

ウーファーとトゥイーターの音源の位置合わせを行なっていた(行なえる)スピーカーシステムは、
QUADのESL以前にも、だからあった。

有名なところでは、アルテックのA5だ。
1945年10月に、"The Voice of The Theater"のAシリーズ全10機種のひとつとして登場したA5は、
低音部は515とフロントロードホーン・エンクロージュアのH100と15インチ・ウーファーの515の組合せで、
この上に、288ドライバーにH1505(もしくはH1002かH805)ホーンが乗り、
前後位置を調整すれば、音源の位置合わせは、できる。

ほぼ同じ構成のA7は1954年に登場している。

クックは、A5、A7の存在は、1936年のアメリカの論文の存在を知っていたくらいだから、
とうぜん知っていたであろう。

なのに、クックは、ESLを、最初に市販されたフェイズリニアのスピーカーだと言っている。
KEFのレイモンド・E・クックは、最初に市販されたフェイズリニアのスピーカーシステムは、
「1954年、QUADのエレクトロスタティック・スピーカー」だと、
1977年のステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界」のインタビューで、そう答えている。

ただ当時は、位相の測定法が確立されていなかったため、まだモノーラル時代ということもあって、
ESLがフェイズリニアであることに気がついていた人は、ほんのひとにぎりだったといっている。
そして、QUADのピーター・J・ウォーカーに、そのことを最初に伝えたのはクックである、と。

このインタビューで残念なのは、そのとき、ウォーカーがどう答えたのかにまったくふれられていないこと。
KEF社長のクックへのインタビューであるから、しかたのないことだとわかっているけれども、
ウォーカーが、フェイズリニアを、ESLの開発時から意識していたのかどうかだけでも知りたいところではある。
QUADのESLを、はじめて聴いた場所は、オーディオ店の試聴室でもなく、個人のリスニングルームでもなく、
20数年前まで、東京・西新宿に存在していた新宿珈琲屋という喫茶店だった。

当時のサウンドボーイ誌に紹介されていたので、上京する前、まだ高校生の時から、この店の存在は知っていた。
ESLを鳴らすアンプは、QUADの33と50Eの組合せ。記事には場所柄、電源事情がひどいため、
絶縁トランスをかませて対処している、とあった。
CDはまだ登場していない時代だから、LPのみ。
プレーヤーはトーレンスのTD125MKIIBにSMEの3009SII、オルトフォンのカートリッジだったように記憶している。

新宿珈琲屋の入っていた建物は、木造長屋といった表現のぴったりで、2階にあるこの店に行くには、
わりと急な階段で、昇っているとぎしぎし音がする。
L字型のカウンターがあり、その奥には屋根裏に昇る、階段ではなく梯子があって、
そこにはテーブル席も用意されていた。

ESLは客席の後ろに設置されていた。
濃い色の木を使った店内にESLが馴染んでいたのと、パネルヒーター風の形状のためもあってか、
オーディオに関心のない人は、スピーカーだとおわかっていた人は少なかったと、きいている。

鳴らしていた音楽は、オーナーMさんの考えで、バロックのみ。LPは、たしか20、30枚程度か。
そのなかにグールドのバッハも含まれていた。

この装置を選び、設置したのは、サウンドボーイ編集長のOさん。
Mさんとは古くからの知合いで、相談を受けたとのこと。

新宿に、もう一店舗、こちらはテーブル席も多く、ピカデリー劇場の隣にあった。
ふだんMさんはこちらのほうに顔を出されることが多かったが、
ときどき西新宿の店にも顔を出された。
運がよければ、Mさんの淹れたコーヒーを飲める。

ふだんはH(男性)さん、K(女性)さんのどちらかが淹れてくれる。
Kさんとはよく話した。

よく通った。コーヒーの美味しさを知ったのはこの店だし、
背中で感じるESLの音が心地よかった。

いまはもう存在しない。
火事ですべてなくなってしまった。

その場所の一階に、いまも店はある。名前が2回ほど変っているが、基本的には同じ店だ。
ただMさんはもう店に出ないし、HさんもKさんもいなくなった。

オーディオ機器も、鳴らす音楽も、他店とそう変わらなくなってしまった。
ステレオサウンドの弟分にあたるサウンドボーイ誌の編集長だったO氏は、
QUADのESL63が登場するずいぶん前に、スタックスに、
細長いコンデンサースピーカーのパネルを複数枚、特注したことがあって、
それらを放射状に配置し、外周部を前に、中心部を後ろに、
つまり疑似的なコーン型スピーカーのようにして、
長島先生同様、なんとか球面波に近い音を出せないかと考えての試作品だった、と言っていた。

結果は、まったくダメだったそうだ。
だからO氏も、ESL63の巧みな方法には感心していた。
QUAD・ESLの2段スタックは、1970年代前半、
香港のオーディオショップが特別につくり売っていたことから始まったと言われている。

ステレオサウンドでは、38号で岡俊雄先生が「ベストサウンド求めて」のなかで実験されている。
さらに77年暮に出た別冊「コンポーネントステレオの世界'78」で山中先生が、
2段スタックを中心にした組合せをつくられている。

38号の記事を読むと、マーク・レヴィンソンは75年には、自宅で2段スタックに、
ハートレーの61cm口径ウーファー224MSを100Hz以下で使い、
高域はデッカのリボン・トゥイーターに受け持たせたHQDシステムを使っていたとある。

山中先生が語っておられるが、ESLを2段スタックにすると、
2倍になるというよりも2乗になる、と。

ESLのスタックの極付けは、スイングジャーナルで長島達夫先生がやられた3段スタックである。

中段のESLは垂直に配置し、上段、下段のESLは聴き手を向くように角度がついている。
上段は前傾、下段は後ろに倒れている格好だ。
真横から見ると、コーン型スピーカーの断面のような感じだ。
上段と下段の角度は同じではないので、写真でみても、威容に圧倒される。

この音は、ほんとうに凄かったと聞いている。
山中先生の言葉を借りれば、3段だから3乗になるわけだ。

長島先生に、この時の話を伺ったことがある。

3段スタックにされたのは、ESLを使って、疑似的に球面波を再現したかったからだそうだ。

繊細で品位の高い音だが、どこかスタティックな印象を拭えないESLが、
圧倒的な描写力で、音楽が聴き手に迫ってくる音を聴かせてくれる、らしい。

その音が想像できなくはない。
ESLを、SUMOのThe Goldで鳴らしていたことがあるからだ。

SUMOの取り扱い説明書には、QUADのESLを接続しないでくれ、と注意書きがある。
ESLを鳴らすのならば、The Goldの半分の出力のThe Nineにしてくれ、とも書いてある。

そんなことは無視して、鳴らしていた。
ESLのウーファーのf0は50Hzよりも少し上だと言われている。
なのに、セレッションのSL6をクレルのKMA200で鳴らした音の同じように、
驚くほど低いところまで伸びていることが感じとれる。
少なくともスタティックな印象はなくなっていた。
ウェスタン・エレクトリックの555ドライバーの設計者のE.C.ウェンテは、1914年に入社し、
3年後の17年にコンデンサー型マイクロフォンの論文を発表している。
555の発表は26年だから、コンデンサー型マイク、スピーカーの歴史はかなり長いものである。

コンデンサー型スピーカーの原理は、1870年よりも前と聞いている。
イギリスのクロムウェル・フリートウッド・ヴァーリィという人が、
コンデンサーから音を出すことができるということで特許を取っているらしい。

このヴァーリィのアイデアを、エジソンは電話の受話器に使えないかと、先頭に立って改良を試みたが、
当時はアンプが存在しなかったため、実用化にはいたらなかったとのこと。

ウェンテのマイクロフォンは、0.025mmのジュラルミン薄膜を使い、
その背面0.0022mmのところに固定電極を置いている。
11年後、改良型の394が出て、これが現在のコンデンサー型マイクロフォンの基礎・基本となっている。

このことを知った時にふと思ったのは、可動電極がジュラルミン、つまり金属ということは、
コンデンサー型スピーカーの振動板(可動電極)にも金属が使えるのではないか、と。

いまのコンデンサー型スピーカーは、フィルムに導電性の物質を塗布しているか、
マーティン・ローガンのCLSのように、導電性のフィルムを使っている。
金属では、振幅が確保できないためだろう。

しなやかな金属の薄膜が実現できれば、コンデンサー型スピーカーに使えるし、
かなりおもしろいモノに仕上がるはず、と思っていた。

だから数年前にジャーマン・フィジックスのDDDユニットを見た時は、
やっと現われた、と思っていた。

DDDユニットに採用されているのはチタンの薄膜。触ってみるとプヨプヨした感触。
これならば、そのままコンデンサー型スピーカーに流用できるはず。

いま手元に要修理のQUADのESL63Proが1ペア、押入れで眠っている。
初期型のものだ。

純正のパネルで修理するのが賢明だろうが、いずれ、かならず、また修理を必要とする日が来る。
ならばいっそチタンの薄膜に置き換えてみるのも、誰もやってないだろうし、楽しいはず。

ただ、あれだけの大きさのチタン薄膜がなかなか見つからない。
QUADの旧型のESLを、ESL63とはっきりと区別するために、ESL57と表記するのを見かける。
ESL63の末尾の「63」は、発売年ではなく、開発・研究が始まった1963年を表している。
なのに、ESL57の「57」は発売年を表しているとのこと。
ESLが発表されたのは1955年である。

なぜ、こう中途半端な数字をつけるのだろうか。

ところで、ESLだが、おそらくこれが仮想同軸配置の最初のスピーカーだと思う。
中央にトゥイーター・パネル、その左右にスコーカー・パネル、両端にウーファー・パネル。
ESLを90度向きを変えると、仮想同軸の配置そのものである。

ESLを使っていたとき、90度向きを変えて、鳴らしたことがある。
スタンドをあれこれ工夫してみたが、安定して立てることができず、
そういう状態での音出しだったので満足できる音ではなかったが、
きちんとフレームを作り直せば、おもしろい結果が得られたかもしれない。
QUADのESL(旧型)を使っていたときに、山中先生にそのことを話したら、
「ESLをぐんと上まで持ちあげてみるとおもしろいぞ。
録音スタジオのモニタースピーカーと同じようなセッティングにする。
前傾させて耳の斜め上から音が来るようにすると、がらっと印象が変るぞ!」
とアドバイスをいただいたことがある。

やってみたいと思ったが、このセッティングをやるための、
壁(もしくは天井)からワイヤーで吊り、脚部を壁からワイヤーで引っ張る方法は、
賃貸の住宅では壁に釘かネジを打ち込むことになるので、試したことはない。

山中先生は、いちどその音を聴かれているとのこと。
そのときの山中先生の口ぶりからすると、ほんとうにいい音が聴けそうな感じだった。

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