Mark Levinsonの最近のブログ記事

ここで、マークレビンソンのラインナップに、ML4がなかったことを書いた。

なかったわけでないことが、今日判明した。
さきほど坂野さんから、ステレオサウンドのバックナンバーが、まとまって送られてきた。
そのなかに50号が含まれていて、編集部原稿による「マーク・レビンソンのニューライン完成間近」という記事がある。

ここにML4の試作品の写真と説明が載っている。

ML4は、大幅に値上がりしたML1のローコスト版を望む声がアメリカでは強く、
それに応える形で開発されたもの、らしい。
モジュール構成ではなく、電源部も内蔵されている、とある。

フロントパネルは、ML1と同じように中央にMark Levinsonの、例のロゴがあり、
その左右にツマミが3個ずつ左右対称に配置されている。

電源部内蔵とあって、パネル高もML1よりもはありそうな感じだ。
これがML10の原型か、は、はっきりとしない。

この記事中では、ML10はKEFのModel 105をベースに、
ネットワークと内部配線材(おそらく銀線使用か)を中心にモディファイされたもの、となっている。

さらにML7の型番もあり、これはのちに登場するコントロールアンプのことではなく、
ML5の姉妹機にあたるもので、
ML5がスチューダーのA80のトランスポート採用であるのにたいし、
このときのML7は、ルボックスのB77のトランスポートを使い、
マークレビンソン製の録音・再生アンプを組み込んだもの。

今日届いたステレオサウンドのバックナンバーのおかげで、
書くことを控えていた、いくつかの項目の続きが書けるようになった。
the Review (in the past) の入力に関しても、
そろそろ手もとにあるステレオサウンドのバックナンバーが足りなくなってきたころだっただけに、助かっている。
バッファーアンプ用のモジュールLD2を抜きとれば、バッファーアンプなしの音が聴けるのであれば、
すぐにでも試してみるところだが、残念ながらそうはいかない。
バッファーアンプの有無により、どれだけ音が変化するのは、だから想像で語るしかない。

マークレビンソンのLNP2、JC2の音は、あきらかに硬水をイメージさせる。
ここが、ML7と大きく違うところでもある、と私は思っている。

パッファーアンプ仕様にするということは、LNP2を構成するLD2モジュールのもつ硬水的性格を、
より高めていくことになるのではなかろうか。
その意味では、単に音としての純度ではなく、LNP2としての純度、
マークレビンソンのアンプとしての純度を高めていくことでもあるように感じられる。

硬水をさらに硬水にすることで、細部に浸透させるミネラル分を濃くすることで、
音楽の細部の実体感を増し、音像のクリアネスを高めていくことにつながっていくようにも思う。

世田谷のリスニングルームに移られるまでは、音量を絞って聴くことの多かった瀬川先生にとって、
これらの音の変化は、大切なことであったのかもしれない。
LNP2を構成するモジュールは、信号系に使われているLD2が、片チャンネルあたり3つ、
その他にVUメーター駆動用のモジュールの、両チャンネルで8つである。

モジュールが取付けられているプリント基板には、あと2つスペースがあり、
ここにコンデンサーマイクロフォン用のファントム電源用モジュールか、
LD2を、バッファーアンプとして、もう1組追加することができる。

瀬川先生は、何度か書かれたり語られているように、バッファーアンプつきのLNP2Lを愛用されていた。
理由は、音がいい、からである。

バッファーアンプを加えた場合、カートリッジからの信号は、計4つのLD2を通って出力されるわけだ。
信号経路を単純化して、音の純度を追求する方向とはいわば正反対の使い方にも関わらず、
瀬川先生は、このほうが、音楽の表現力の幅と深さが増してくる、と言われている。

ステレオサウンドに常備してあったLNP2Lも、このバッファーアンプ搭載仕様だった。
カートリッジが、レコード盤から音を拾ってくる。
機械的な音溝を、電気的な信号に変換する。
優秀なプレーヤーシステムを、見事に調整していれば、驚くほどの音を拾いあげる。

その拾いあげられた音を、
つまり音溝という形で眠っていた音を、完全に目覚めさせるのはコントロールアンプの役割なのかもしれない。

感覚的な表現でいえば、寝起きの乾いた体に新鮮な水を飲むのと同じように、
水を浸透させ目覚めさせるといった具合に。

コントロールアンプによっては、その水の量が足りないものがある。
水そのものが澱んでいるものもある。
細部まで水が浸透しないものもある。

軟水もあれば硬水もある。

マークレビンソンのLNP2やJC2は、硬水を音の細部にまで浸透させ、音が目覚める。
水にも、いろいろある。含有される各種ミネラル成分のバランス、量によって、
まず大きく分けて、軟水と硬水とがあり、口に含んだときの感じ方はずいぶん違う。

近い硬度の水でも、ミネラル成分の割合いによって、味は異り、
同じ水でも、温度が違えば味わいは変わってくる。

水のおいしさは、利き酒ならぬ利き水をするのもいいが、
そのまま飲んだときよりも、珈琲、紅茶、アルコールに使ったときのほうが、
違いがはっきりとわかることがある。味わう前に、香りの違いに気がつくはずだ。

料理もそうだ。
いつも口にしている料理、たとえば味噌汁を、ふだん水道水そのままでつくっているのであれば、
軟水のナチュラルミネラルウォーターでつくってみれば、何も知らずに出され口にした人は、
いつもとなにかが違うと感じるはず。

2345、つまりツウー、スリー、フォー、ファイブ、というカッコいい型番を与えられているホーンを読者はご存知だろうか。23ナンバーで始まる四ケタ番号は、JBL・プロ用の中高音ホーンだ。そのあらゆるホーンの中で2345という名は、決して偶然につけられたものではなかろう。このナンバーのもつ響きの良さ、語呂のスムーズさは、それだけでも商品としての魅力を持ってしまうに違いない。名前が良くて得をするのはなにも人間だけではない。オーディオファンがJBLにあこがれ、プロフェッショナル・シリーズに目をつけ、そのあげく2345という型番、名前のホーンに魅せられるのは少しも変なところはあるまい。マランツ7と並べるべくして、マッキントッシュのMR77というチューナーを買ってみたり、さらにその横にルボックスのA77を置くのを夢みるマニアだっているのだ(実はこれは僕自身なのだが)。理由はその呼び名の快さだけだが、道楽というのは、そうした遊びが入りやすい。

     ※

「ベスト・サウンドを求めて」で、こんなことを書かれている岩崎先生は、

真空管時代からトランジスターの初期の時代のマランツのモデルナンバーに、

#11と#17が欠けているのを、とても気にされていた、と沼田さんがレコパルに書いている。


#13も欠番なのだが、欧米では凶数だから、なくて当然だろう。


私が気になるのは、マークレビンソンのMLナンバーの欠番である。


レヴィンソンは、型番を順番通りにつけている。

LNP2にしても、その前に4台しかつくられなかったLNP1というモデルが存在しているし、

MLシリーズにしても、JC2からモデルチェンジしたML1からはじまり、ML2、ML3......とつづき、

ML12までラインナップされているが、ML4、ML8が欠番になっている??、

そう思い込んでいただけで、ML8は存在している。


ML8は、Brüel & Kjaerの測定用マイクロフォン・カプセル、4133/2619用につくられたプリアンプである。

ML5の資料に書いてあった。


日本ではあまり知られていないようだが、ML5は、

スチューダーのオープンリールテープレコーダーA80のエレクトロニクス部を、マークレビンソンでつくりかえたもの。


このML5には、ML5Aという改良モデルがあったようで、これに搭載されているアンプが、L1カードである。


L1カードは、ML7のラインアンプでもある。とうぜん設計者は、トム・コランジェロ。


ただML5の設計者がコランジェロかどうかははっきりとしない。


ジョン・カールの可能性も捨てきれない。

ジョン・カールは、マークレビンソンのアンプを設計する以前は、アンペックスのエンジニアだった。

テープレコーダーの設計にも携わっていた。


だからジョン・カールがML5を設計し、ML5Aに採用されたL1はコランジェロということなのかもしれない。


ML4が存在していたのか、それともほんとうに欠番だったのかは、まだはっきりとしない。

日本が大きな市場だったマークレビンソンにとって、4は日本では嫌われているのを知っていて、避けたのか。

MLシリーズが12で終ってしまったのは、やはり13が凶数だからなのか。


この他にR1というモデルが存在していたこともわかった。

マランツ#10Bやセクエラのmodel1の設計者と知られるリチャード・セクエラによる

リボン型トゥイーターT1の、マークレビンソンによるモディファイ版である。


HQDシステムに採用されたデッカのリボン型トゥイーターは7kHzからの使用なのに対し、

磁気回路もリボン・ダイアフラムもひとまわり近く大きいT1(R1)は、5kHzから、となっている。

(その5)に書いた4343の組合せのトーンアームに、フィデリティ・リサーチのFR64がある。
これはFR64Sのほうではなく、アルミニウム製のFR64を選ばれている。
こちらを瀬川先生は高く評価されていた。

一般に評価の高いステンレス製のFR64Sについては、「私の試聴したものは多少カン高い傾向の音だった。
その後改良されて音のニュアンスが変っているという話を聞いたが、現時点(1977年)では64のほうを推す次第。」
とステレオサウンド 43号に書かれている。

もう1本のほう、オルトフォンのRMG309については、こう書かれている。
「SPU(GおよびA)タイプのカートリッジを、最もオルトフォンらしく鳴らしたければ、
やはりRMG309を第一に奨めたい。個人的には不必要に長いアームは嫌いなのだが、
プレーヤーボードをできるだけ堅固に、共振をおさえて組み上げれば、しっかりと根を張ったようなに安定な、
重量感と厚みのある渋い音質が満喫できる。こういう充実感のある音を、
国産のアームで聴くことができないのは何ともすしぎなことだ。」

この時期、オルトフォンのRMG212が再発売されている。
かなり以前に製造中止になっていたのだが、
瀬川先生が、1975年に来日したオルトフォンの担当者に要請したのが、再生産のきっかけである。

こうやって読んでいくと、瀬川先生がアナログプレーヤーに求められていたものが、
すこしずつはっきりしてくるような気がする。
EMTとプロ用機器のメーカー、トーレンスはコンシューマー用機器のメーカー、
トーレンスのプレーヤー(TD125)をプロ用機器として仕上げたのがEMTの928であり、
トーレンス同様、コイルスプリングによるサスペンション機構を備えているし、
三相シンクロナスモーターを使用していところは、930stも928も同じだが、
928は発振器とアンプによる駆動方式を採用することで、電源周波数の50Hz、60Hzに関係なく使用できる。

ただストロボスコープに関しては、切替スイッチがついている。

930stと928は、アイドラーかベルトかという違い以上に、
細部を見ればみるほどコンセプトそのものの違いがわかってきておもしろい。

930stとトーレンスの101 Limitedにも、ちいさな違いがある。

すべてのロットがそうなっていたのかまでは不明だが、少なくとも私が使っていた、ごく初期のモノは、
出力端子の裏側に抵抗がハンダ付けしてある。

930stの回路図には、この抵抗は存在しない。

101 Limited (930st) の出力端子は、1a、1bが右チャンネルの+と−、4a、4bが左チャンネルの+と−で、
この抵抗は1aと1b、4aと4bを結ぶように取りつけられている。
出力に対し並列に入っているわけで、インピーダンス整合のためのものであることは、はっきりしている。

930stはプロ用機器でプロが使うモノとして、この抵抗は取りつけられていない。
930stが使われる現場では、必要のないものだし、使う人もインピーダンス整合のことは理解しているからだ。

その930stをコンシューマー機器として出すときにあたっての、これは、トーレンスの配慮であろう。

101 Limitedが使われるであろう、一般家庭にあるコントロールアンプで
600Ω(もしくは200Ω)の入力をもつモノは、まず存在しないからだ。

トーレンス101 Limitedは、930stの色を塗り替えただけのモノではない。
たった抵抗2本のことにすぎないが、ここにメーカーの良心を感じる。
LNP2のフォノアンプには、このようなキメ細かい対応は用意されていない。
両機種のブロックダイアグラムやこれらのこと、
さらにLNP2は信号系のモジュールはすべて共通だが、
JC2はフォノアンプとラインアンプのモジュールは回路構成からして異なることなどを
比較してはっきりしてくるのは、
JC2はアナログディスク再生に、LNP2はライン入力に主眼がおかれていることだ。

JC2の、この構成は、のちにディネッセンのJC80を生むことにつながっていく。
そしてJC2のもつ可能性が本領発揮となるには、ML6までの時間を必要とした。
JC2は未完の大器的色あいが濃い。

このことは別項「Mark Levinsonというブランドの特異性」で書く予定だが、
もう少し先、というかかなり先になりそう。

実は、この項は2回で終るつもりだったのが書いているうちに(その12)になってしまった。
ML6のことも書き始めると、かなり長くなりそうな気がする......。
LNP2のモジュールの数は通常で、VU駆動用のものを含めて8つ、オプションのパッファーを加えると10。

JC2とはいうと、フォノアンプ、ラインアンプのモジュールがそれぞれ2つずつ、
それにフォノアンプ・モジュール用の専用の電源モジュールの計5つ。
オプションとして、ヘッドアンプのJC1のモジュールタイプ(JC1SM)を、
フォノアンプ・モジュールの間に組み込めるようになっている。

フォノアンプ・モジュールはフロントパネル寄りにあり、モジュールとリアパネルのあいだに、
RIAAイコライザー用のカードが挿さっている。
コンデンサー、抵抗から構成されている。このカードが、フォノアンプのNFB素子となる。
このカードを交換することで、JC2のフォノアンプは、A3、D5、D6システムへとなる。

2148以前のJC2はどうなっていたかというと、ABCDEFの6つのシステムが用意されていた。

JC2のINSTRUCTION MANUAL には、こうある。


A System

Two UP-1A  cards are normally supplied with the JC-2 unless otherwise specified. This system accepts Input impedance: 47kOhms.


B System

The UP-1B system offers lower sensitivity but increased headroom for the highest output magnetic phono cartridges.


C System

This set provides exact equalization for the Brüel & Kjaer series of cartridge measurement records. Information on request.


D System

This system includes two UP-1D cards and a JC-1SM module. It offers DIRECT moving coil cartridge input.


E System

Provides equalization and DC current source for certain gauge cartridges. Information on request.


F System

Flat response amplification. Specify application and requirements.

レヴィンソンがスイスに渡ったときに、トーレンスのベルトドライブ機をベースにしたEMTの928の存在を知ったのか、
それ以前に知っていたのか、どうかは判断しようがないが、
ほとんどなんの根拠もない推測(妄想にちかい)だが、928を使っていたのではないかと思えてくる。

927Dst、930stのイメージと若き日のレヴィンソン自身のイメージがうまく結びつかないのと、
928ならば、なんとなくレヴィンソンが使っていても不思議ではないという気がするというだけなのだが......。

もしそうだとしたら、JC2のREMOTE PHONOの説明がつく。

電源がPLS150への変更による強化、入出力端子がRCA端子からCAMAC規格のLEMO端子になったときに、
シリアルナンバー2148番からのJC2(日本での型番はJC2L)にはREMOTE PHONO端子はない。
かわりにPHONO入力が2系統に増えている。

さらに内部も変更が加えられ、フォノカードに、A3、D5、D6の3種類が用意されるようになった。

A3が、いわゆる通常のフォノ入力で、MM型カートリッジもしくは昇圧トランス、ヘッドアンプ用。
D5、D6はMC型カートリッジ用で、D5カードの説明には、
System D5 offers 54 and 60dB gain positions. 54dB is recommended as the optimum for the EMT cartridge. The gain setting will yield an incredible signal to noise ratio without overloading for EMT.
と記されている。

D5カードがゲインを54、60dBに切り換えられるように、A3カードも、30、40dBと切換え可能だ。
こちらの説明は次のとおり。
Certain high output moving coil cartridges such as the EMT, the Supex 901, the Satin, and the Ultimo, may be used in more efficient systems with the 40dB gain implemented.

少なくともEMTのカートリッジは使っていたのだろう。
1972年に、「インドに行き古典音楽についての勉強を
アリ・アクバール・カーンの示した道に沿ってすすめたい」と考え、
旅券と飛行機の切符まで手にしていたマーク・レヴィンソンは、
録音器材を入手するために、わざわざスイスに立ち寄っている。

なにもスイスまで行かなくてもアメリカでも手に入るものだろうと思うのだが、
レヴィンソンはステラヴォックスを訪ねている。

ここでステラヴォックスの社主のジョルジュ・クエレに相談にのってもらい、演奏家の道を断念し、
オーディオ・エレクトロニクスへ向かう道を選択している。

クエレとの対話の中で、エレクトロニクスの道に進みながらでも、
「音楽に対するひとつの精神的な基盤を維持することは可能なのだという確信」を得たからである。

その基盤とは「沢山の人々がレコードをきくことに対して抱いている欲求、それを満たすために、
テクノロジーを音楽および音楽家に奉仕するものとして使うことの必然性をはっきりと認識すること」と、
ステレオサウンド 45号に掲載されている特別インタビューで語っている。

70年代当時、アメリカでEMTがどういう位置づけにあったのか、輸入されていたのかは、はっきりしない。

ステラヴォックスを買いに、わざわざスイスまで行くということは、意外にも輸入されていなかったのかもしれない。
そうだとしたらEMTも輸入されていたどうかは微妙なところだろう。

それとも輸入されてはいたけれど、旅費を使ってでもスイスで買ったほうが安かったのかもしれない。
まだ会社を興す前の話である。

スイスには、トーレンスがある。
LNP2Lは、フォノ入力から出力まで計3つのモジュールを、信号は通っていく。
だから、フォノアンプを使わないでも、3分の2は使っていることになるし、
瀬川先生のLNP2Lはバッファー搭載だったはずだから、4分の3の使用となる。

とはいえ瀬川先生はまったくLNP2Lのフォノアンプを使われなかったかというと、そうでもないだろう。

ステレオサウンド 38号の瀬川先生のリスニングルームには、
930stの他にラックスのPD121にオーディオクラフトのAC300MCの組合せがあり、
写真をよく見ると、EMTのXSD15が取りつけてある。930stにはTSD15の旧型がついている。

「コンポーネントステレオの世界 '78」でも、
「自分自身では、そういいながら、トランスと組合せて単体でよく使いますけど、
これはEMTの癖を十分に知っているんでやっていることで、ふつうの方にはあまりおすすめできません」と。

これはLNP2Lのフォノアンプに接がっていたのだろう。

ところでLNP2にはなかった入力端子が、JC2にはついていた。
REMOTE PHONOという端子で、これはAUXと同じライン入力。
つまり、イコライザーアンプ内蔵のプレーヤーを接続するための端子なのだろう。

JC2が登場した1974年、イコライザーアンプ内蔵のプレーヤーシステムは、EMT以外に何があったのだろうか。
私が知る限り、少なくとも日本に輸入されていたモノには、ない。

マーク・レヴィンソンは、自宅ではLNP2よりもJC2を常用している、とインタビューで答えている。
ということは、レヴィンソンはEMTのプレーヤーを、この時期、使っていたのだろうか。
1977年には、国産のプレーヤーシステムは、ほぼすべてダイレクトドライブになっていた。
ワウ・フラッターは、930st、401よりも一桁以上少ない優秀さで、
401のように、ある程度の重量のあるそしてがっしりしたキャビネットに、取付け方法も工夫しないと、
ゴロが出るようなモノは皆無だった。

使いやすく性能も優れているにも関わらず、大事な音を再現してくれる良さから、瀬川先生は、
あえて旧式の930stや401を選択されるとともに、
「このところ少しDD(ダイレクトドライブ)不信」みたいなところに陥っているとも発言されている。

401を中心としたプレーヤーは、EMTではなくオルトフォンとエラックのカートリッジの組合せで構成されている。
これは、EMTのTSD15を単体で使ってほしくないという、気持の現われからだろう。

さらに「コンポーネントステレオの世界 '78」では次のように語られている。

「このプレーヤー(930st)にはイコライザーアンプが内蔵されていますから、
LNP2Lというコントロールアンプをなぜ使うのかと、疑問をもたれるかもしれません。
事実その点について、他の場所でもいろいろな方から訪ねられます。
念のためにいえば、930stのいわゆるライン出力をアッテネーターを通してパワーアンプに入れれば、
スピーカーから音が出てくるわけですね。それなのになぜ、コントロールアンプを使うのか。
 これは自分の装置で長時間かけて確かめたことですが、プレーヤーのライン出力を
アッテネーターだけを通して直接パワーアンプにいれるよりも、このマークレビンソンのコントロールアンプで、
しかもイコライザーを使わないで、AUXからプリアウトまでの回路を通した音のほうが、いいんです。
つまりLNP2Lの半分しか使わないことになるんだけれど、そうやってスピーカーを鳴らしたほうが、
音楽の表権力や空間的なひろがりや音楽のニュアンスなどが、ひときわ鮮やかに出てくるんですね。
このことは、技術的にいえばおかしいのかもしれません。しかし現実問題としては、
私の耳にはそういう形にした場合のほうが音がよく聴こえるわけです。」
DBシステムズのアンプは、マッキントッシュの製品と比較すると、およそ製品とは呼べない面をもつ、
ある種、尖鋭的なところが、音にもつくりにも感じられる。

コントロールアンプのDB1は、ガラスエポキシのプリント基板に入出力のRCA端子、
電源端子を取りつけたものを、そのままリアパネルとしている。
いちおう絶縁のためラッカーで覆ってあるものの、いわば剥き出しに近い状態である。

マッキントッシュでは絶対にやらないことを、デビュー作で堂々とやっている。

フロントパネルもそっけない仕上げで、ツマミもおそらく市販されているものをそのまま流用している感じ。
とにかく、設計者が余計と判断したところには、まったくお金や手間をかけない。
設計者の信じるところの、実質本位なつくりを徹底している。

回路構成も、1970年代のアンプとは思えないもので、差動回路も上下対称のコンプリメンタリー回路も使っていない。

他がやっているから、といったことはまったく気にしていない。

そんなアンプなのだが、とにかく切れ込みの鋭い、繊細で尖った音を聴かせてくれた。
とっつきにくい音と受けとめられる人も少ないないかもしれないが、
それでも存在価値(いい意味でも悪い意味でも)充分なところを気にいる人も、また少なからずいたであろう。

朝沼予史宏さんが、一時期、使われていた。
まだステレオサウンドに書き始められる前、朝沼という名前を使われる前、
フリーのライターとして編集に携わられていたころだから、
私には、朝沼さんではなく、本名の「沼田さん」だった。

沼田さんがまだ独身で、西新宿のマンション住まいだったころ、
スピーカーはQUADのESLにそっくりのダルキストのDQ1と
B&Oのスピーカーを使われていた時期、アンプはDBシステムズだった。

沼田さんがいちばん尖っていたころの話だ。

DB1の尖りぐあいは、ある種のエネルギッシュな印象にもなっていた。

そんなアンプを、瀬川先生は選びながら、プレーヤーはガラードの401を選ばれたのは、
930stと同じ理由から、である。
前年までと違い、「コンポーネントステレオの世界 '78」では、それぞれ2組の組合せをつくられている。

瀬川先生の4343の、もうひとつの組合せは次のとおり。

スピーカーシステム:JBL 4343(¥680,000×2)
コントロールアンプ:DBシステムズ DB1 + DB2(電源部)(¥212,500)
パワーアンプ:ラックス 5M21(¥240,000)
トーンコントロールユニット:ラックス 5F70(¥86,000)
プリメインアンプ:トリオ KA7300D(¥78,000)
フォノモーター:ガラード 401(¥49,000)
トーンアーム:オルトフォン RMG309(¥43,000)
       フィデリティ・リサーチ FR64(¥50,000)
プレーヤーキャビネット:レッドコンソール LAB-II(¥67,000)
カートリッジ:オルトフォン SPU-G/E(¥34,000)
              MC20(¥33,000)
       エレクトロ・アクースティック STS455E(¥29,900)
昇圧トランス:オルトフォン STA384(¥27,000)

組合せ合計:¥2,226,400(DBシステムズ + ラックスの場合)
      ¥1,765,900(トリオの場合)

ここでもプレーヤーには、930stと同じアイドラードライブの401を使われている。
アンプには新しいモノを使われているにも関わらず、である。

ちなみにエレクトロ・アクースティックとはエラック(ELAC)のこと。

これは瀬川先生からきいた話によると、エラックの輸入元(もしくは輸入しようとしていた会社)が、
なぜかエラックを自分の商標として登録してしまったばかりか、
エラックの輸入元が他の会社になってもそのままで、
さらに商標登録の期間がきれたら更新して、という嫌がらせとしか思えないことを続けていたため、
やむなくエレクトロ・アクースティックを使っていたとのこと。

「こんなことは許されないことだ」と、怒りのこもった口調だった。
昨日、偶然にも入手出来た「コンポーネントステレオの世界 '78」で、瀬川先生は、
4343に惚れ込まれた読者のために、最高に鳴らすための組合せとして、
EMT 930stとマークレビンソンLNP2Lを使われている。

組合せのラインナップの次のとおり。

スピーカーシステム:JBL 4343(¥680,000×2)
コントロールアンプ:マークレビンソン LNP2L(¥1,180,000)
パワーアンプ:SAE Mark 2600(¥755,000)
プレーヤーシステム:EMT 930st(¥1,150,000)
インシュレーター:EMT 930-900(¥280,000)

組合せ合計:¥4,725,000

4341と4343の違い、Mark 2500とMark 2600の違いはあるが、
瀬川先生が、当時常用されていたシステムそのままといえる組合せである。

4343について「JBLというメーカーは、時代感覚をひじょうに敏感に受け取って、
その時代時代の半歩前ぐらいの音を見事に製品化した」もので、
「ベストに鳴らすためには、プレーヤーからアンプまで、
やはり現代の最先端にある製品をもってくる必要がある」と言いながら、930st、である。
「幻のEMT管球式イコライザーアンプを現代につくる」、
この長いタイトルを考えたのも記事の担当者も私で、
初回のカラーページで紹介したEMT純正の139、139stはどちらも完動品で、
155stとの比較試聴もやっている。

使ったプレーヤーは私が直前に購入したトーレンスの101 Limitedで、155stは内蔵した状態で、
139と139stは外付けで外部電源と接続し、いわゆる単体イコライザーアンプとして使った。
モノーラルの139は2台用意していたので、試聴はもちろんステレオで行なっている。

電源の違いも考慮にいれなくてはならないし、もう25年ほど前のことだから、かなり曖昧だが、
意外と管球式の2機種は古さを感じさせなかった。
むしろトランジスター式の155stに、どちらもいえば古さを感じた。
とはいえまとまりのよさは見事で、いわばアクの強いTSD15をうまく補正し活かしている感じは、
155stに分が合ったように記憶している。

瀬川先生は、ステレオサウンド別冊の「コンポーネントステレオの世界」の80年度版か81年版だったかで、
928を組合せで使われたときに、内蔵イコライザーアンプについて、
928内蔵のモノの方が設計が新しいので、155stよりも現代的な音になっている、といったことを発言されている。

ということは、アンプ単体として見てたときは、瀬川先生も、155stには、やや古さを感じられていたのだろう。

それでも自宅では、155stを通して使われていたはずだ。
やはり930stを愛用されていた五味先生は、どちらだったのか。
930stの内蔵アンプなのか、それともマッキントッシュのC22のフォノイコライザーアンプなのか。

「オーディオ愛好家の五条件」で真空管を愛すること、とあげられている。
「倍音の美しさや余韻というものががSG520──というよりトランジスター・アンプそのものに、ない。」とある。

しかし、別項で引用したように、930stの、すべて込みの音を高く評価されている。
ステレオサウンドにいたときに確認したところ、やはり内蔵の155stを通した音を日ごろ聴かれていたそうだ。

五味先生の930stは、オルトフォン製のトーンアーム、RMA229が搭載されている。
ちなみにモノーラル時代の930のそれはRF229である。

930が登場したのが、1956年。モノーラル時代であり、内蔵イコライザーアンプは、管球式の139である。

シリアルナンバーでいえば3589番からステレオ仕様の930stになる。
これにはステレオ仕様の管球式の139stが搭載されている。

そしてシリアルナンバー10750番から、トランジスター式の155stとなり、
14725番電源回路が変更になり、17822番からトーンアームがEMT製929に変更となる。

ただ155stが登場したのが、いつなのかは正確には、まだ知らない。

ただ929が登場したのが1969年で、
155stの兄弟機153stとほぼ同じ回路構成のフォノイコライザーアンプを搭載した928(ベルトドライブ)は、
1968年に登場していることから、おそらく60年代なかばには930stに搭載されていただろう。

155stは、片チャンネルあたりトランジスター8石を使ったディスクリート構成で、
入出力にトランスを備えている。
153stは、LM1303M、μA741C、μA748Cと3種のオペアンプを使い、
出力のみトランジスター4石からなるバッファーをもつ。
もちろん入出力にトランスをもつが、155stと同じかというとそうでもない。
出力トランスは1次側に巻き線を2つもち、そのうちの1つがNFB用に使われている。

電源も155stは+側のみだが、153stは正負2電源という違いもある。

回路図を見る限り、155stと153stの開発年代の隔たりは、2、3年とは思えない。

となると155stは、60年代前半のアンプなのかもしれない。
LNP2よりも、10年か、それ以上前のアンプということになる。
中野区白鷺のマンションに住まわれていたとき、瀬川先生は、EMTの930StとマークレビンソンのLNP2を使われていた。

説明は不要だろうが、どちらにもフォノイコライザーアンプがある。

瀬川先生は、どちらのフォノイコライザーアンプを使われていたのか。

ステレオサウンド 43号では、
「ずいぶん誤解されているらしいので愛用者のひとりとしてぜひとも弁護したいが、
だいたいTSD15というのは、EMYのスタジオプレーヤー930または928stのパーツの一部、みたいな存在で、
本当は、プレーヤー内蔵のヘッドアンプを通したライン送りの音になったものを評価すべきものなのだ。」、
「TSDでさえ、勝手なアダプターを作って適当なアームやトランスと組み合わせて
かえって誤解をまき散らしているというのに、SMEと互換性を持たせたXSDなど作るものだから、
心ない人の非難をいっそう浴びる結果になってしまった。EMTに惚れ込んだ一人として、
こうした見当外れの誤解はとても残念だ。」と、
TSD15、XSD15のコメントに、それぞれ書かれている。

55号でのプレーヤーの試聴記でも、内蔵イコライザーアンプの155stを通さない使い方を、
「異例の使い方」「特殊な試聴」とも書かれている。

これらの記事を読むと、おそらく930stの内蔵イコライザーアンプを使われているんだろうと思える。

その一方で、LNP2のイコライザーアンプを使わないというのも、なんとももったいない、と思う。

それに155stの設計は古い。1970年代においてすら、最新のアンプとはいえない。
LNP2のほうが新しい。そう考えると、どっちだったのかと迷う。
A740のXLR端子がバランス入力ではないわけだから、
コンシューマー用パワーアンプで、最初にバランス入力を装備したのは、マークレビンソンのML2Lだろう。

すくなくとも日本で販売されたアンプということに限れば、ML2Lで間違いないはず。
次は、ジェームズ・ボンジョルノ主宰のSUMOのThe PowerとThe Goldだろう。

ML2LはXLR端子、SUMOの2機種はフォーンジャックを採用していた。

SUMOのアンプは、バランス入力のインピーダンスは10kΩと一般的な値なのに、
アンバランス入力は1MΩと、100倍も高くなっている。
正しくいえば、バランス入力の10kΩは、片側だけの入力(+側だけ、−側だけ)だと、
その半分の5kΩだから、200倍高い値である。

マーク・レヴィンソンが、CelloのEncore Preampのライン入力を1MΩにしたのは、1989年だから、
ボンジョルノは9年前に高入力インピーダンスをとり入れていたわけだ。
そのことを謳うかそうでないかは、ふたりの性格の違いからくるものだろう。

SUMOの前に設立したGASでのデビュー作、Ampzillaの入力インピーダンスは、
ごく初期のものは、記憶に間違いがなければ、7.5kΩだった。

1974年の、そのころのパワーアンプの入力インピーダンスは、50k〜100kΩだったから、
かなり低い値だったわけで、ペアとなるコントロールアンプのティアドラが、
8Ωのスピーカーを、3WまではA級動作で鳴らすことができるほどの、
小出力のパワーアンプ並のラインアンプだから、可能な値といえる。

それが6年後のSUMOでは、200倍ちかい1MΩに設定することが、
なんともボンジョルノらしいといえば、そう言えるだろう。

私がSUMOのThe Goldを使っていたころ、ボンジョルノの人柄について、
井上先生がいくつか話してくれた内容からすると、
そうとうにユニークな人であることは誰も否定できないほどだ。
(その19)で、ルボックスのパワーアンプA740にバランス入力が装備されていると書いてしまったが、
たまたまA740と、その元となったスチューダーのパワーアンプA68のサービスマニュアルが
PDFで入手できたので、いったいどこがどう違うのか見比べていたら、間違いだったことに気がついた。

A740にはRCAピンジャックにすぐ下にXLR端子が設けられている。
A68はプロ用ということもあって、XLR端子のみで、もちろんバランス入力。
だからA740もそのままバランス入力を備えているものと思い込んでしまっていた。
A740のXLR端子は、RCA入力に並列に接続されているだけのアンバランス入力である。

A740とA68の内部は、よく似ている。
A740には、A68にはないメーターが装備され、スピーカー切替スイッチもついてる。
短絡的に捉えるなら、そういった装備により、多少音は影響されるように思いがちだが、
瀬川先生は、A68よりもA740の音を高く評価されていた。
性能が向上している、といった書き方だったように記憶している。

だがいったい、どこがどう違うのだろうかと、ずっと知りたかったことがやっとわかった。

A740とA68は、パワーアンプ部と電源の回路は同じだ(細かい定数までは、まだ比較していない)。
ブロックダイアグラムをみると、どちらもパワーアンプの前段にプリアンプとフィルターをもっており、
ここが2機種の相違点である。

A68は、まずRFフィルターを通り(バランス構成で、コイルが直列に挿入されている)、
入力トランス、ゲイン14dBのプリアンプ、その後にハイカットフィルター、
そしてパワーアンプへと信号は渡されていく。

A740にはRFフィルターはなく、レベルコントロールを経て、
ゲイン7dBのプリアンプ(回路構成はA740と同じ、上下対称回路)、
その後のフィルターはハイカットとローカットの2段構成で、
パワーアンプの回路へとつながっている。

プロ用、コンシューマー用と、使用状況に応じての信号処理の使い分けである。
瀬川先生が、病室で飲まれたホワイト&マッケイの話を、
当時オーデックスに勤められていたYさんから聞いたとき、
そして、そのことを「瀬川冬樹氏のこと(その16)」に書いたとき、
この水こそが、瀬川先生にとってのコントロールアンプなのではないか、と思っていた。

長い間寝ていた酒を起こす水の役割──、
レコードやテープに収められている(寝ている)音楽を、すくっと起こす役割を担っているのが、
コントロールアンプの存在意義のように感じはじめていた。
瀬川先生が、ベストバイのマイベスト3に、マークレビンソンのML2Lを選ばれていないことについては、
「思い出した疑問」にも書いている。

ML2Lの音は、それまでのA級動作のアンプの音が、やわらかく素直で透明な音というイメージを覆してしまった。
それほどスピーカーとの結合が密になった感じで、全体的な音の形は、贅肉をまったく感じさせないスリムさで、
スピーカーに起因するユルさまでもタイトに締め上げているような、強烈な印象を持っている。

線が細く、スリムでタイト。なめからで透明であることを徹底して追求し、
音が下品にふくらむことを拒否したところは、そのまま瀬川先生の音の好みともいえるし、
4350や4343をML2Lを6台用意して、低域をブリッジ接続にしてバイアンプで鳴らした音が、
まさにそうであろう。

なのにML2Lを選ばれていないのは、なぜなのか。

瀬川先生がML2Lを導入される前に使われていたパワーアンプは、SAEのMark2500である。
そのときのアナログプレーヤーは、EMTの930st。

どちらも低域の豊かさは、他の機種からはなかなか得られないよさであり、
ピラミッド型の、安定した音のバランスは、聴き手をくるみ込む。

ステレオサウンド 55号のアナログプレーヤーの試聴記事で、
瀬川先生は、930stの低音を「いくぶんしまり不足」と表現されている。

55号のマイベスト3に挙げられているパイオニア/エクスクルーシヴP3についても、
「ひとつひとつの音にほどよい肉付き感じられ、弾力的で、素晴らしく豊かな気分を与える」と、
930stとともに高く評価されている。

パワーアンプのマイベスト3は、ルボックスのA740、マイケルソン&オースチンのTVA1、
アキュフェーズのP400で、
ML2Lの、タイトで無駄な肉付きのない音は反対の、
エクスクルーシヴP3に通じる、美しい響きをもつモノを選ばれている。
現行製品で、MC型カートリッジを、数kΩ以上の高い入力インピーダンスで受けられるモノのひとつに、
コード(CHORD)のフォノイコライザーアンプ、Symphonicがある。

Symphonicの入力インピーダンスは、アンバランス入力が33、100、270、4.7k、47kΩの5段階、
さらにバランス入力も備えており、こちらはアンバランス時の2倍、66、200、540、9.4k、94kΩとなる。

フォノ入力でバランスということは、MC型カートリッジ用ということであり、
94kΩは、現在市販されているアンプの中では、もっとも高い値だ。

ところでML7LのL3Aカードの入力インピーダンスは、825Ωという、中途半端な数字なのだろうか。
MC型カートリッジをハイインピーダンスで受けることは理に適っている。
ならば切りのいい数字で1kΩでもいいわけだし、さらに高い10kΩ、100kΩでもいいだろうし、
プリント基板上にDIPスイッチを設けて、インピーダンスを切り替えることもできたはず。

にも関わらず825Ωだけである。

マーク・レヴィンソンは、ある特定のカートリッジで、この値を選んだのだろうか......。
つまりMC型カートリッジをヘッドアンプで受ける場合、入力抵抗による減衰量を極力なくすためには、
カートリッジの内部インピーダンスに対し、数100倍から1000倍程度の入力インピーダンスということになる。

実は、このことは目新しいことではなく、かなり以前から指摘されていたことである。

1969年に出版された「レコードプレーヤ」(山本武夫氏、日本放送出版協会)には、
「ムービングコイル形カートリッジ使用上の注意」として、次のように書かれている。
     ※
ヘッドアンプを用いる場合には、カートリッジの電気インピーダンスにくらべてアンプの入力インピーダンスがかなり高く、カートリッジが無負荷状態で動作できるものが必要です。ヘッドアンプを使う場合には、インピーダンス関係より、カートリッジの出力電圧が大きくなった場合のひずみに注意すべきです。
     ※
いまから40年以上前、ML7Lが825Ωを採用する10年以上前に、
すでにMC型カートリッジは、かなり高いインピーダンスで受けるものだと、山本氏は指摘されていた。

入力抵抗でのロスを極力なくすだけでも、ヘッドアンプのSN比は向上する。
微小レベルの信号を扱うヘッドアンプで、何も入力のところで信号を減衰させていい道理はひとつもない。

そういえば、日本では、無線と実験の筆者である金田明彦氏が、やはりMC型カートリッジ、
金田氏の場合は、デンオンのDL103を、560kΩで受けられている。
MM型カートリッジでは負荷抵抗を変化させても、全帯域のレベル、
つまり出力電圧は、ほとんど変化しない。

MC型カートリッジでは(DL103S)では、6dB近く出力が増えている。

6dBといえば、電圧比で2倍。つまり推奨負荷インピーダンスの1000倍程度の高い値で受けたとき、
カートリッジ側から見れば、ほぼ無負荷に近い状態では、出力電圧が増す。

正しく言えば、ロスがほぼ無くなり、その分、出力電圧が増したようなことになる。

DL103Sの出力電圧は、0.42mV。オルトフォンのSPU-A/Eは0.2mV、MC30は0.07mV。
いずれも1kHzの値である。

レコードは、RIAA録音カーブで周波数補正がなされているため、
30Hzでは−18.59dB、20Hzでは約20dBほどレベルが低下する。
−20dBは、10分の1だから、それぞれのカートリッジの出力電圧は、1kHzの値の10分の1にまでなってしまう。
MC30では0.007mVになってしまう計算だ。
さらにピアニッシモではさらに低い値となる。

MC型カートリッジの出力は、ひじょうにローレベルの信号にもかかわらず、
ヘッドアンプで、負荷抵抗をカートリッジのインピーダンスと同じ値に設定してしまうと、
さらに2分の1にまで低下してしまうことになる。

カートリッジはかならず内部インピーダンスをもつ。
つまりカートリッジ側からみれば、自身の内部インピーダンスが直列、
それに対しヘッドアンプの入力抵抗が並列に存在していることになり、
このふたつが抵抗減衰回路を形成してしまう。

カートリッジの内部インピーダンスとヘッドアンプの入力抵抗が同じ値だと、ちょうど6dBの減衰となる。
入力抵抗を上げていくと、この減衰量が減っていくことになる。
入力抵抗をなくした状態で、減衰量はほぼ0dBになる。
0dBにならないのは、アンプそのものの入力インピーダンス(FET入力だと数MΩ)が存在するため、
ごくごくわずかな減衰は生じるためである。
MM型カートリッジで負荷抵抗(アンプの入力インピーダンス)を高くしていくと、
高域のピークの周波数が高くなるとともに、ピークの山そのものも高くなることは、以前書いたとおりだ。

MC型カートリッジでも、この点に関しては同じであり、ヘッドアンプで受ける場合は、
入力インピーダンスを高くしていけば、高域にピークが生じる。
ヘッドアンプの入力インピーダンスを実質的に決める、アンプの入力に並行に接続されている抵抗は、
カートリッジの高域共振をダンプするためのものだと考えられているため、
カートリッジのインピーダンスに合わせるとされている。

実際に測定した場合、MC型カートリッジの周波数特性がどのように変化するのか。

手もとにデンオンのDL103Sの測定データが載っている本がある。
無線と実験別冊の「プレーヤー・システムとその活きた使い方」(井上敏也氏・監修)だ。

余談だが、この本は、岩崎先生がお読みになっていたものを、ご家族から譲り受けたもの。
私のところにある、数冊のステレオサウンド──
38、39、41、42号、コンポーネントステレオの世界 '77、世界のオーディオ・サンスイも、
岩崎先生がお読みになっていたそのものである。

DL103Sのデータは、39Ω、33kΩ、100kΩ負荷時の周波数特性だ。
DL103Sの負荷インピーダンスは、40Ωと発表されている。

デンオンから同時期に発売されていたヘッドアンプ、HA500、HA1000の入力インピーダンスは、
どちらも100Ωで固定。ゲインのみ切替え可能。

実測データでは、39Ωでも高域にピークが生じている。
33k、100kという、推奨負荷インピーダンスからすると、ひじょうに高い値で受けた場合も、
やはりピークは発生している。
ピークが、39Ω負荷時よりも大きいかというと、ほとんど変わらない。
多少大きいかな、という程度の違いでしかない。

それよりも注目すべきことは、全帯域のレベルの変化である。
H-Z1の音は、たしかによく出来た音だった。整然と音を出してくれるが、蛇口全開の音ではなかった。
勢いが前面にたつ印象ではなく、むしろひっそりと鳴る面が、
C-Z1、M-Z1と同じラインナップということが頭にあるため、
よけいにつよく感じられた、そんなふうに記憶している。

ヘッドアンプに抱いている、スタティックな印象が拭い去れているのかと、H-Z1には期待していた。

H-Z1も入力インピーダンスの切替えが可能で、10、47、100、470Ωの4段階。
試聴に使ったカートリッジは、オルトフォンのMC20MKIIだった。
ローインピーダンスだから、10Ωでも問題ないが、それでもインピーダンスを高いほうに切り替えていくと、
わずかとはいえ、スタティックに音に活気が加わってくる。
それにともない、音楽の表情のコントラストも、すこしずつ明瞭になっていく。

どんなに微細な音まで鳴らしてくれるアンプでも、表情のコントラストが乏しければ、
暗くスタティックな音になってしまう。

470Ωのときの音が、故紫雲的にはいちばん好ましかったし、
もっとインピーダンスをあげていけばどうなるのか、825Ωにしたら、どうなるのか、と思ってもいた。

マークレビンソンのML7Lは、H-Z1の1年前に登場している。
ML7Lの825Ωをのぞければ、470Ωも高い負荷抵抗といえる。

それにML7L以降、記憶をたどりすこし調べてみると、クレルのPAM3(1984年登場)も、
内部のDIPスイッチの切替えで、5Ωから1kΩまで9段階で設定できる。
825Ωが、設定値の中に含まれているのかは忘れてしまったが、
すくなくともML7Lの825Ωの採用が、ヘッドアンプの入力インピーダンスを、
それまでよりも高くしたといえるだろう。
自作トランスの音の、私なりに一言で表せば、「ロスレスの音」。

もちろんロスがまったくないわけではない。そんなことは、十分わかっている。
周波数レンジ的にも、STA6600はどちらかといえばナローなだけに、
それだけですでにロスがあるといえるわけだが、
それでも、そんなふうに感じさせるだけの音の勢いがある。
フォルティシモで、音が頭打ちを感じさせずに、伸びていく。
ネガティヴな意味でのスタティックな印象は、かけらもなかった。

菅野先生が、パイオニアの無帰還アンプC-Z1、M-Z1に使われた「蛇口全開の音」、
この表現もぴったりくる。

C-Z1、M-Z1にも、すこし遅れてH-Z1が登場した。
型番が示すようにヘッドアンプで、もちろん無帰還アンプで、
パイオニア独自のSLC(Super Linear Circuit)を採用していた。

SLCといっても、C-Z1、M-Z1がトランジスターによる構成に対し、H-Z1はFETによる。
H-Z1はひじょうに凝った内容のヘッドアンプで、
シャーシー内部には電波吸収材を採用、電源トランスにも使っていたと記憶している。
さらに電解コンデンサーの、通常は金属製の筒を、渦電流の発生を抑えるためガラス製にしたり、
プリント基板の銅箔も、通常数倍の厚みにした無酸素銅を採用、と
いま同じことをやろうとしたら、いったいどのくらいの価格になるのだろう、と思いたくなるほど、
細部にわたって技術者のこだわりが実現されていた。

それだけのモノだけに、筐体もヘッドアンプとしてはかなり大型で、
価格も、当時のヘッドアンプとしてはもっとも高価だった(たしか20万円越えていた)。

H-Z1の音には、じつは期待していた。
H-Z1の音を聴いたのは、ステレオサウンドの試聴室で、C-Z1、M-Z1に通じる「蛇口全開の音」、
それを内部のこだわりのように、もっと洗練された音で鳴ってくれるのでは、とそんなふうに期待していた。
お手製のトランスを持ち込んだころ、早瀬さんは、マイクロのSX8000IIに、トーンアームはSMEのSeries V、
カートリッジはオルトフォンの、たしかSPU-Goldだったと記憶している。

昇圧手段は、ヘッドアンプではなくトランスで、あえてブランド、型番は記さないが、
当時、かなり高価なモノで、それに見合うだけの評価も受けていた。
私も、すこし気になっていたトランスだった。

STA6600をベースにしているとはいえ、そこそこ、いい音で鳴ってくれるだろうな、とは予想していた。

自分で作ったモノを正しく評価するには、本音で語り合える友人のところで聴くと言うのもやってみたほうがいい。

重量も価格も、私の自作トランスに較べてずっと重く高い既製品を聴いた後での音出し。

自慢話をしたいわけではない。

STA6600は、早瀬さんも以前使っていたことがあり、その時の環境では鳴らしていないものの、
ある程度は、STA6600の音の輪郭は掴んでられてたから、鳴ってきた音に驚かれた。

私も、正直、すこし驚いていた。ここまで変わるとは !
伊藤先生の言葉を思い出していた。

自作トランスはそのまま早瀬さんのリスニングルームにいることになった。

後日、ステレオサウンドのMさんが来られたときに、何の説明もなしに聴かせたら、
「すごく驚いていましたよ」という話も、
それから井上先生の評価も、早瀬さんから聞いている。

トランスそのものには何の細工もしていない。
何度も書いているが、取りつけ方、配線、アースの処理、インピーダンス整合に気を使って、
組み上げたものだから、トランスの基本に立ち返ってもらえれば、
私がどんなことをやったのかは、すぐにお解りになると思う。特殊なことは何もやっていないから。

私が言いたいのは、トランスは使い方ひとつで、大きく音が変化する。
電源を必要としない、プリミティブな素子だけに、生き物と表現された伊藤先生の気持が、
このトランスをつくったことで、多少なりとも理解できたし、そのことを知っていただきたい。

トランスの、らしさを活かし、臭さをできるだけ抑えることはできたといえる。
夕方に、Kさんから電話があり、瀬川先生もトーンアームの高さ調整には、ずいぶん神経を使われていたことを聞いた。

やはり瀬川先生も、レコードの厚みがかわることで、
カートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルが変ってしまうことを指摘されており、
その都度調整されていたとのこと。

さらにレコードには、実効垂直録音角がある。

意外に思われるかもしれないが、1960年代まで、レコード会社によって、実効垂直録音角はまちまちだったらしい。

実効垂直録音角とは、ラッカー盤にカッティングする際、
カッター針の動きそのままの溝が、最終的に刻まれるわけではない。

もちろんカッター針で刻んだ直後は、針の動きそのままだが、
ラッカー盤の弾性によって、すこし元に戻ってしまう。いわば溝が変形してしまうわけだ。

この現象は、CBSが発見している。

これにより、垂直録音角がずれてしまう。
どの程度のズレが生じるかというと、ウェストレックスのカッターヘッド3Dだと、垂直録音角は約23度。
それが0度から1度程度になってしまう。この値が実効垂直録音角となる。
つまり22度ほど戻ることになる。

ヨーロッパのレコード会社で使われていたノイマンのカッターヘッドの垂直録音角は0度で、
実効垂直録音角は約−10度だと言われていた。

これだけまちまちだと、カッターヘッドの実効垂直録音角と
カートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルが一致せず、
垂直信号に第2次高調波歪、混変調歪が発生、
左右チャンネル間での周波数変調歪、クロストークが発生するといわれ、
正確なピックアップは望みようもないため、
RIAAとIECによって、実効垂直録音角を15度に統一するように勧告が出された。

シュアーのV15の型番は、このヴァーティカルトラッキングアングルが15度であることを謳っているわけだ。

このようにレコードの実効垂直録音角は、ほぼ15度に統一されたわけだが、
レコード会社によって、じつはわずかに異る。
といっても以前のようにバラバラではなく、15度から大きくても20度までにおさまっていると聞いている。

だから厳密には、レコードのレーベルが違えば、厚みは同じでもトーンアームの高さ調整、
つまりカートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルを調整すべきである。

Kさんの話では、瀬川先生は、お気に入りのレコードでは、最適と思われる角度(高さ)を見つけ出されて、
1枚1枚ごとにメモされていた、とのことだった。

最良のヴァーティカルトラッキングアングルを見つけるにはどうしたらいいかというと、
レコードの最内周での音で決める。

レコード内周ではトラッキングが不安定になり、音像定位も不確かになってくる。
だから最外周と同じような音像定位の明確さと、フォルティシモでのトレースの安定度、
ビリツキのなさ、混濁感の少なさに耳の焦点を合わせれば、
馴れもあるけれど、最良の高さにするのは、それほど難しいことでもない。

そういえば、瀬川先生がデザインに関われていたというオーディオクラフトのAC3000 (4000) シリーズは、
高さ調整を容易にするために、目盛りがふってあったはずだ。
オルトフォンのSPUシリーズ用として、STA6600という昇圧トランスがあった。

同じデンマークのトランス・メーカー、Jorgen Sou(JS)社のトランスを、ケースに収めたもので、
どちらかといえば安価な製品だったが、いま中古市場では、ときにかなり高価な値付けがされているらしい。

STA6600の、当時の評価は、それほど高いものではなかったし、
その後のMC型カートリッジブーム時に登場してきたトランスに比べると、
あきらかにナローレンジで、トランスらしい、というよりも、トランス臭さといった、
ネガティヴな印象のほうを強く感じさせてしまう。

実は、STA6600を持っていた。使っていたというよりも、格安で売られていたのを見つけたので、
とりあえず買っておいていた、という感じだった。

STA6600のつくり、内部配線を見ると、これでは、トランスがもったいない、と思う。
それで、たまたま引抜き材の、手頃な大きさのアルミのシャーシーが入手できたのをきっかけに、
STA6600のトランスを取り出し、こうすればいいのに、と思っていたことを実行してみたことがある。

このトランスの製作にかかった費用は、STA6600を別にすると、1万円もかかっていない。
加工や配線も、ほぼ1日で仕上げられた。

たやすく作ったように思われるだろうが、トランスの取りつけ方、アースの配線、配線の引き回し、
インピーダンス整合など、市販の製品がこうやっているから、という常識にとらわれることなく、
自分で納得のいくやり方を通した。

そして、このトランスを、早瀬さんのところに持ち込んでた。1989年だった。
この項の(その34)で、すこし触れているマーク・レヴィンソンが録音・制作し、
MLAシリーズとして発売されていたアナログディスク。

レヴィンソン自身が言う、「音楽のイベントを正確に捉える」こととは、いったいどうものなのかを知る上で、
これらが録音されて30年以上経っているが、それでも、いま一度聴いておきたい。

そう思っていても、1枚7000円していたMLAのレコードを、いったいどれだけの方が購入されただろうか。
ごくごくわずかだろう。
それらが中古レコードとして出回ることは少ないだろうし、ばったり出会すことも稀なのはわかっているが、
そう思うと、よけいに聴きたくなるものである。

ふと、もしかして、と思い立って、Red Rose Musicのサイトを見たところ、
MLAシリーズのレコードすべてではないが、いくつかは、SACDで、いまでも入手できる。

当時、45回転LPで4枚組、つまり7000円×4で、28000円した、
チャールズ・クリグハウムのオルガンによるバッハのフーガの技法が、いまでは10ドルで購入できる。

レヴィンソンは、ステレオサウンド 45号のインタビューで、ソース・マテリアルという言葉を使っている。

日本では、プログラムソースという表現は使われるが、
原料・材料、資料・データの意味の material を使うことは、まずない。

この言葉に、レヴィンソンの考えがはっきりとあらわれている、と言えるだろう。
それとも、アメリカでは、ソース・マテリアルは一般的なのだろうか。

スチューダーのA80をベースにしたマスターレコーダーを20台用意して、
マスターテープを20本、同時に製作し販売することを考えていたレヴィンソンだから、
アナログディスクへの思い入れよりも、よりよい状態での提供を第一としていたのだろうから、
聴き手であるわれわれも、ソース・マテリアルとして、MLAのSACDを捉えたほうがいいのかもしれない。
伊藤喜多男先生は「トランスは生き物だ」と言われていた。

同じトランスが、ケーシングの違い、アースの取り方をふくめた配線の仕方、
インピーダンス整合をどうとるか、取りつけ方などによって、驚くほど音は変化していく。

電源を必要とせず、インピーダンス変換を行なったり、アンバランス/バランスの変換、
昇圧などをこなしてくれる。

MC型カートリッジの昇圧手段として、ヘッドアンプか昇圧トランスか、は度々語られてきた。
どちらを採るかは、人それぞれだろうし、同じ人でも、使うカートリッジや、
聴きたいレコードによって、使いわけもされているだろう。

どちらが優れているかは、実際に市販されている製品を比較するわけだから、
方式の優劣よりも、製品の完成度を比較しているにすぎない。

断言こそできないが、それでもオルトフォンのようなローインピーダンスのモノには、
トランスに分があるように感じている。
MC型カートリッジをヘッドアンプで使うとき、必ずしも、
カートリッジのインピーダンスとヘッドアンプの入力インピーダンスを一致させる必要はどこにもないし、
すこし極端なことを言えば、ハイインピーダンスのMC型カートリッジをローインピーダンスで受けても、
カートリッジ本来の特性は活かしきれないものの、ヘッドアンプやカートリッジがこわれたりはしない。

ヘッドアンプの入力インピーダンスを切り替えてみると、わりとハイインピーダンスで受けたほうが、
伸びやかさが増す傾向にある、と言えるだろう。

特にローインピーダンスのカートリッジを、そのままローインピーダンスで受けると、
ヘッドアンプの場合、どこか頭を押さえつけられているかのような印象がつきまといがちだ。

良質のトランスと組み合わせた時の、フォルティシモでの音の伸びの気持ちよさが、
すっと伸び切らずに、スタティックな表情にやや傾く。

そういうところを、レヴィンソンは嫌ったのだろうか。

最初は3Ωあたりから聴きはじめ、10Ω、20Ω、100Ω......と聴き続けていき、825Ωという値にたどりついたのか。

1kΩでも良さそうなものなのに、とも思う。
けれど825Ωに、レヴィンソンがこだわるのは、ある特定のカートリッジで、
音を追い込んでいき、決めた値なのだろうか......。

しかし、この825Ωという値は、マーク・レヴィンソンがいなくなった後のアンプ、
No.26L、No.28Lにも受け継がれている。
そしてスレッショルドのXP15も採用しているということは、
汎用性、普遍性のある値なのかもしれない、とも思ってしまう。
マークレビンソン・ブランドのカートリッジ MLC1以前に、
マーク・レヴィンソンが使っていたカートリッジが何だったのかというと、
いくつかのブランドのMC型カートリッジを使っていたなかで、
スペックスのカートリッジを常用している、ということを聞いたことがある。

当時スペックスといえば、「日産21個」という広告が印象に残っているが、
ステレオサウンドで取りあげられる機会もそれほど多くはなく、
地味なブランドのように受けとめている人も少ないだろうが、
アメリカでの人気は非常に高かったときいている。

1970年代後半から、アメリカでMC型カートリッジがもてはやされるようになったのは、
スペックスのSD909が、先鞭をつけたからである、とも言われている。

レヴィンソンが使っていたとしても、不思議ではないし、MLC1もスペックスのOEMだという話も聞いている。

スペックスは、一貫してオルトフォン・タイプのMC型カートリッジをつくってきていて、
SD909のコイルの巻枠にはパーマロイ系の材質を使用し、形状は四角形で、
井桁状に左右チャンネルのコイルが巻かれている。
コイルの巻数はオルトフォンのSPUよりも多いようで、SPUが負荷インピーダンス2Ωに対し3.5Ω、
出力電圧もSPUの0.2mV (5cm/sec)よりもすこし増え、0.28mVとなっている。

MLC1は写真でしか見たことがなく、スペックも知らない。
出力電圧、インピーダンス、針圧などがどれだけなのかはわからないが、
もしスペックスのOEMが本当の話だとしたら、SD909をベースにしたものであるだろうし、
基本特性はほぼ同じであろう。

つまりSPUタイプのローインピーダンスのMC型カートリッジの負荷インピーダンスとして、
レヴィンソンは825Ωを選択した、と考えても、そう間違ってはいないと思う。
1980年に登場したML7Lは、パネルフェイスはML1L、JC2と同じでも、
内部はまるっきり一新されていた。

JC2やLNP2で採用された、マッチ箱大のモジュールユニットは、メイン基板の上に、
それぞれのアンプ部が構成された、いわゆるドーターカード式に変更されるとともに、
回路を構成する部品点数も大幅に増え、カードの大きさも、かなり大きくなっている。

フォノカードがL3、ラインアンプのカードがL2で、さらにフォノカードは、
MC型カートリッジが直接接続できるL3Aカードも用意されていた。

このL3Aカードの入力インピーダンスが、825Ωだったのだ。

それまでMCが多カートリッジ用ヘッドアンプの入力インピーダンスといえば、
低いもので10Ω、高いもので100Ω程度で、カートリッジのインピーダンスによって切り替えるようになっていた。

そういう時代に、825Ωという値を採用したマークレビンソンのML7L。
その利用は、聴感を重視した結果ということを、ステレオサウンドのインタビューで、
マーク・レヴィンソンが答えていたはずだ。

技術的な理由は、一切語っていなかった、と記憶している。

当時、マークレビンソンからは、MC型カートリッジ、MLC1も登場していた。
プレーヤーのキャビネットの上に、指で弾くと、ガチャガチャと安っぽい雑共振の音がするもの、
たとえばカセットテープのケースやCDのプラスチックケースなどを置いてみる。

きちんと調整がなされているアナログプレーヤーであれば、
置いた途端に、音の品位が損なわれるのが、はっきりとわかる。

プレーヤーのキャビネット、ベース上に、便利だからといって、針先のクリーナーや針圧計、
その他、アクセサリー類を置きっぱなしにしているのであれば、まずそれを片付けてみる。
つまり別のところに移動する。

これだけで、すっきりと、細部まで、ローレベルまで、見通しのいい音になる。

トーンアームは共振物である。

すこし以前のモノだが、ラックスのPD444、トーレスンのTD226やリファレンスなどは、
トーンアームを複数取りつけが可能だ。

これらのプレーヤーで試してみると、トーンアームが1本余分についていることが、
どれだけ音を濁しているのか、はっきりとわかる。

気にいっているカートリッジを、すこしでもよい状態で鳴らすために、
専用のトーンアームを、それぞれに用意したことが、結果として影響を与えてしまう。

それでもトーンアームを2本使いたいとき、つまりカートリッジを交換しながらも、
できるかぎり調整して追い込んだ音で聴きたいときには、どうすればいいのか。

プレーヤーを2台用意できれば、それに越したことはないが、
そう簡単にできることでもない。

あとはオーディオクラフトのAC3000 (4000) MCのように、アームパイプが複数用意され、
カートリッジのコンプライアンスによって交換できるモノを使う手もある。

もうひとつ、トーンアーム1本の時の音を聴かないことだ。

一度でも聴いてしまうと、耳が憶えてしまい、求めてしまう。
だから、あえて聴かない。

聴かないことも、時には、重要となることがある。
当時、オーディオクラフト、サエクからは、
MM型カートリッジ用は低容量のシールド線、MC型カートリッジ用は低抵抗のシールド線という具合に、
トーンアームの出力ケーブルがそれぞれ用意されていた。

シールド線の構造上、低抵抗を実現するために芯線を太くすると、シールド線との間隔が狭まり、
結果として線間容量は増す。
線間容量を減らすには、芯線とシールド線との間隔を広げることで、こんどは芯線が細くなり、抵抗値が増す。

もちろん芯線を太くして低抵抗を実現しながら、シールド線との間隔を広げれば、低容量も両立できる。
ただし線径はかなり太くなってしまい、ケーブルの取り回しが面倒になる。
それにコネクター部の処理もたいへんなことになる。

それからフローティングプレーヤーを使用していると、フローティング機能そのものの妨げにもなる。

ケーブルの太さにも限度がある以上、低抵抗と低容量を実現するのは、なかなか難しい。

このことは、つまり一本のトーンアームで、カートリッジをMC型、MM型と頻繁に交換するうえでの問題点とも言える。

どんなに針圧、トーンアームの高さやその他の調整を、カートリッジ交換のたびにまめに調整したとしても、
トーンアームの出力ケーブルが、どちらかのタイプがついたままならば、
すべての苦労が無駄になる、とは言わないまでも、詰めの甘さが残ることとなる。

もっともカートリッジのコンプライアンスを考慮すると、トーンアームの実効質量とのマッチングも必要となるため、
事実上は、一本のトーンアームでMC型、MM型のカートリッジを混用するのは避けるべきだ。

となると1台のプレーヤーに2本以上のトーンアームを取りつけて、
それぞれMC型、MM型用にするという手も、もちろんあるけれど、これはこれで別の問題が生じてくる。
「825Ωの復活か」──
エレクトリのサイトで公開されている
パス・ラボラトリーのフォノ・イコライザーアンプXP15の入力端子の拡大写真を見ていて、そんなことを思った。

1970年代、プログラムソースといえばアナログディスク(LP)だった時代、
コントロールアンプだけでなくプリメインアンプにも、フォノ入力の負荷抵抗を切替え機能が装備されていた。

MM型カートリッジの、メーカー推奨負荷抵抗値は、47kか50kΩ。
アンプ側も、標準の入力抵抗は47kか50kΩだが、この他に68k、75k、100kΩのポジションも用意されていた。
たいていは値が大きくなるだけだが、一部、25k、10kΩのポジションを持つアンプもあった。

標準の50k(47k)Ωよりも負荷抵抗値を上げていくと、カートリッジの高域特性のピークがより持ち上がる。
負荷抵抗を下げていくと、なだらかに高域が減衰していく。

また負荷容量を変えていくと、やはり高域特性に変化が見られる。
負荷抵抗を50kΩに固定して、負荷容量を増やしていくと、やはり高域のピークが大きくなるとともに、
ピークの中心周波数がわずかに低くなる。

トーンコントロール的な変化に近いが、たとえ同じような周波数特性になったとしても、
トーンコントロールで高域を上昇させた音と、
負荷抵抗を標準値よりも高くした音は、表面的な効果は似ていても、
カートリッジのピークは振動系のものだけに、音楽の細かな表情は,ずいぶんと違いが生じる。

だから負荷抵抗をあげて負荷容量も増すという使い方もあれば、
負荷抵抗だけを下げて、ということも試しながら、トーンコントロールとも併用してみる。

70年代のアンプでは、そういう使い方ができた。

さらに負荷容量に関しては、トーンアームの出力ケーブルがもつ線間容量も、負荷容量にプラスされる。
この部分のケーブルが長くなると、それだけ負荷容量は増していく。
1mのケーブルと2mのケーブルでは、同じ品種ならば、後者の線間容量は2倍の値になる。
マーク・レヴィンソンは、書いている。

「日本文化のひとつの側面は、禅の教えです。瀬川さんのおっしゃる言葉には、禅の教えのように、心を打つものがありました。もちろん、おっしゃったことが正しかったからですが、それよりも私が非常に重要だと思うことは、氏のおっしゃり方、言われた人に伝わるそのお気持」にあるとしている。

レヴィンソンは、瀬川先生の一言で、「もっと内なる真実」を見つめることになる。
1982年には、さらにローコスト化を図ったML11LとML12Lが出てきた。
コントロールアンプのML12Lは、電源部を持たず、ML11Lから供給を受けるようになっていて、
それぞれ72万円という価格がつけられ、個別に売られているものの、基本的には組合せで使うものとなっていた。
これが、MLナンバーのついた、最後のアンプというのは、さびしいし、かなしい。

瀬川先生は、ML11LとML12Lはもちろん、ML9LとML10Lの存在もご存じないだろう。

1981年8月6日、ステレオサウンド創刊20周年記念号の取材中に倒れられ、翌7日に再入院されている。
亡くなられたのは、ちょうど3ヶ月後の11月7日の、午前8時34分。

レヴィンソンは、瀬川先生に、これらのアンプの存在を知られたくなかったのではないのか。
私は勝手にそう思っている。間違いないと思っている。

そしてこのころ、LNP2Lにも変化があった。
インプットアンプのゲイン切替えが、初期のモデルと同じ、0、+10、+20dBの3段階に戻されている。
別項の「Mark Levinsonというブランドの特異性」で書いていたが、
使い難さを指摘されながらも、+30、+40dBの5段階にしていたのは、
レヴィンソンにとっての、求める音のためであったのだろうし、
それを使いやすさのためだけに(私はそう思う)、音の冴えが損なわれるポジションのみとなったこと──、
すでにマークレビンソンというブランドは、レヴィンソンの手を確実に離れつつあった。
1981年の秋には、マークレビンソンから、ML9LとML10Lが発売された。
当時の価格は、どちらも85万円。普及価格帯の製品ではないが、
マークレビンソンとしては、初の価格を意識したアンプである。

このペアが、ステレオサウンドの誌面に登場したときは、まだ読者だった。
正直、落胆した記憶がある。マークレビンソンらしくないアンプだと感じたからだ。

ML9LとML10Lは、マドリガル体制になってからの、初のアンプでもある。
ただ、このことを知ったのは、数年後だった。

アンプの開発には、それなりの時間が必要だから、ML9LとML10Lを企画したのは、
事業経営に忙殺されていたレヴィンソンだったのか、マドリガルの首脳陣だったのかは、はっきりしない。

私にとって、マークレビンソンのアンプは、こちら側から近づいていく存在であり、
価格を抑えることで、向こうからこちらにすり寄ってきてほしくはない。

ステレオサウンドに入ったころは、傅さんが、ML7Lの購入を決意されていた頃でもある。
傅さんが、どれほどML7Lに惚れ込まれていたのかを、みて知っている。

頭金をつくるために、愛着のある、手もとに置いておきたいオーディオ機器の処分を決意され、
どれを手放さなければならないのか、リストアップされていたのを知っている。
支払いの計算も、用意できる頭金の額によって、いくつも計算されていた。

お金のなる木をもっている人ならば、ポーンと即金で買えるだろう。

だが、そんなものは、世の中にはない。傅さんも持っていなかったし、私も持っていない。

だから、MLナンバーがつく、マークレビンソンのアンプを購入するということは、苦労が伴う。

そうしてでも手に入れる価値あるアンプだと、私は思っていたから、
言葉にしなかったが、傅さんには共感していた。心強く思ってもいた。

念願のML7Lを手に入れられた傅さんは、輸入元による付属のウッドケースが気にいらず、
オリジナルの、白木のウッドケースを取り寄せられている。

だから、ML9L、ML10Lが登場したとき、瀬川先生はなんとおっしゃるのか、それがとにかくも知りたかった......。
マーク・レヴィンソンは、このとき、瀬川先生のお宅の「壁ぎわに、古い小さなピアノがあるのに気がつき」、
10分間ほど、仕上げたばかりの自作の曲を弾いている。

弾き終ったレヴィンソンに、
「演奏中は、お顔の表情がまったく違っていましたよ。大変おくつろぎのご様子で、本当に幸せそうでした」と
瀬川先生はおっしゃったそうだ。

この瀬川先生の言葉を、レヴィンソンは「忘れることができないであろう一言」と、表している。

この瞬間(とき)、レヴィンソンは、「私の人生には音楽しかなく、会社経営とか技術という分野は元来、
自分の領域ではない、という私にとって動かしがたい真実」を、悟ったと書いている。
「真に幸せであるためには、いかなる変化が要求されようとも、私が生きていくためには、
音楽のためにより多くの時間と、空間を創り出すことが絶対に必要であること」も思い出している。

LNP2やJC2、ML2が高い評価を受けるとともに、会社も急激に大きくなり、
レヴィンソンの「心は事業経営に忙殺され」、音楽に費やす時間が、反比例して減っていく。

成功とともに失ったものに気づき、「音楽に再び帰るべきこと」を、
レヴィンソンは、瀬川先生の「思いやりのある言い方」で決心したのだろう。

瀬川先生は、「茶目っ気たっぷりの目をクリクリさせながら」言われたそうだ。
暗中模索が続き、アンプは次第に姿を変えて、ついにUX45のシングルになって落着いた。NF(負饋還)アンプ全盛の時代に、電源には定電圧放電管という古めかしいアンブを作ったのだから、やれ時代錯誤だの懐古趣味だのと、おせっかいな人たちからはさんざんにけなされたが、あんなに柔らかで繊細で、ふっくらと澄明なAXIOM80の音を、わたしは他に知らない。この頃の音はいまでも友人達の語り草になっている。あれがAXIOM80の、ほんとうの音だと、わたしは信じている。
 誤解しないで項きたいが、AXIOM80はUX45のシングルで鳴らすのが最高だなどと言おうとしているのではない。偶然持っていた古い真空管を使って組み立てたアンプが、たまたま良い音で鳴ったというだけの話である。しかしわたくし自身はこの体験を通じて、アンプというもののありかたを自分なりに理解できたつもりであり、また同時に、無責任な「技術の進歩」などという言葉をたやすくは信じなくなった。
     ※
ステレオサウンドの7号(1968年)に、瀬川先生が書かれた文章である。

瀬川先生が理解された「アンプのありかた」、AXIOM80が啓示した「アンプのありかた」──、
これらのことが、瀬川先生とLNP2との出合いにつながっていく。
ステレオサウンドで働きはじめたばかりのころ、先輩編集者のSさんが、あるレコードを聴かせてくれた。

ポール・ブレイの「バラッズ」だ。
マーク・レヴィンソンがベーシストとして、2曲参加している。

録音は1967年だから、レヴィンソンは17か18歳だ。

レヴィンソンがミュージシャンとして、短い期間だが活動していたことは知っていたが、
こんなに若いときとは思いもしなかった。

Sさんは「レヴィンソンのアンプっぽい演奏だよ」と言っていた。
「ハメをはずすことのない、どこか神経質な感じを漂わせる演奏」というSさんの言葉が、
先にあったためか、たしかにジャズに詳しくない私の耳にも、そんなふうに聴こえていた。

マーク・レヴィンソンについて書いていたら、ふとこのレコードのことを思い出し、
検索してみたら、2000年にユニバーサルミュージックからCDが発売されていた。
CDのディスク番号は、UCCE3003。

すでに廃盤のようだが、Amazonで新品が入手できた。
それほど入手は難しくないようだ。
ただAmazonでは、新品が定価で買えるのに、中古盤が、ほぼ4倍の価格で出品されてたりもする。

今日届いたCDの帯には、「世界初CD化」とある。
おそらく日本盤しかないのだろう。

「これだ、これ。あの時聴いたレコードだ」と、27年前のことを、聴いていたら、けっこう鮮明に思い出せた。
ステレオサウンドで働いてなかったら、聴く機会はなかったであろうディスクだ。

レヴィンソンが参加しているレコードは、他にもあるらしい。
このころから、レヴィンソン自身が目指している音のベクトルと、
瀬川先生が求められている音の性格が、すこしずつ離れてはじめてきたようにも感じられる。

瀬川先生がLNP2をはじめて聴かれたときからML2L登場までの数年間は、それはぴったり重なっていたように、
読者だった私は、そんなふうに受けとっていた。

それがHQDシステムについて書かれた記事、ML3Lについての文章、
そして1981年6月にステレオサウンド別冊として出たセパレートアンプ特集号の巻頭の文章と読んでいくうちに、
すこしずつ確信を深めていくようになった。

あきらかにレヴィンソンと瀬川先生の求めている世界が変わりはじめていることを。
(レヴィンソン自身だけでなくブランドも含めて)Mark Levinsonにとって、
1977年は、パワーアンプのML2LによりHQDシステムを完成させただけでなく、
前述したようにレコード制作にも、いままで以上に積極的に取り組むなど、ひとつのピークを言えるだろう。

MLAのレコードが日本に正式に輸入されるようになったのは77年からだが、その約2年前に、
ピアノ・ソロのMLA2は録音され、レコードになっていたらしい。

このレコードにつかわれているピアノは、マーク・アレン・コンサートグランドという、
はじめて聞くものだ。
70年代半ばごろに、アメリカでつくられはじめたカスタムメイドのピアノということで、
ベヒシュタインのメカニズムの流れを汲んでいるとか。

話を戻そう。

ステレオサウンド45号のインタビューによると、77年までに1ダース以上のHQDシステムを組み上げたとある。
最低でもML2Lを6台必要とし、コントロールアンプもLNP2LかML1L、それにLNC2も必要となる。
当時ML2Lの日本での価格は、1台80万円だった。これが6台......。
計算すると、1000万円では、まったく足りない。

ウーファーのハートレーをML2Lのブリッジ接続で駆動して、
QUADのESL1台に1台のML2Lをあてがっていくと、10台のML2Lが必要となる。

ここまでやって人がいるのかわからないが、HQDシステムにはそういう余地も残されている。

HQDシステムが、どういう音で鳴るのか──、
レヴィンソンは「HQDシステムが適切にセットアップされると実に面白い事が起こるのです。
誰もがオーディオについてもう語るのを止め、音楽にじっと耳を傾け出すのです」とインタヒューで答えている。

ステレオサウンドには、瀬川先生が書かれている。
ホテルの広間を借りて、レヴィンソン自身の調整によるHQDシステムに音について書かれている。
手もとに、その号がないため正確に引用できないが、これだけのシステムとなると、
聴き手の調整次第でどうにでも変化する。
そうことわられたうえで、その時鳴っていたHQDシステムの音には、
自分だったら、こうするのに、といったことを書かれていたように記憶している。
MLAのレコードは、ビクターが開発したUHQR(Ultra High-Quality Record)となる。

MLAのレコードに限らず、キングのスーパーアナログディスクなどの高音質を謳ったものは、
重量盤が大半で、厚みも通常のレコードの平均値と比して、けっこうな厚みである。

そのことに価値を見いだす人が多いからなのだろうが、個人的には重量盤、
正確に言えば厚みのあるレコードは、それほど好きとは言えない。

理由は、レコードの厚みが変われば、カートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルが変わってしまうからだ。

アナログプレーヤーの調整の基本として、レコード盤面にカートリッジの針を降ろした状態で、
トーンアームのパイプが水平にするようになっている。
実際に音を聴きながらトーンアームの高さを調整していくと、水平状態よりも、
ほんの気持分、トーンアームの支点(軸受け)側のほうが持ち上がっているほうが、
トレースも安定するようだし、音を聴いても納得できる。
長島先生も、すこし高めにしたほうがいい、としきりに言われていた。

完全な水平がいいのか、すこし高めにしたほうがいいのか、
どちらがいいのかは措いとくとしても、トーンアームの高さ調整が、
トレース能力、音に関係していることを否定される方はいないはず。

だから真剣にアナログディスク再生に取り組むのであれば、トーンアームの高さ調整は、
調整が進めば進むほど、ほんのわずかな差でもはっきりと聴き取れる差となってくる。

そうやって位置決めをしても、厚みのあるレコードをかけるならば、
その度にレコードの厚みによって調整をしなければならない。
そして、また平均的な厚みのレコードのときには、元に戻さなければならない。

正直、これはめんどうな作業でしかない。

いい音で鳴らすための調整ならば、いいポジションが決まるまで根気よく音を聴き、調整し、
という行為を飽きることなくくり返せるが、すくなくとも一度決めてしまったものを、
レコードをかけ替えるたびに、またいじるのは、ごめん蒙りたい。

トーンアームの高さ、つまりカートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルに無頓着で、
「このレコード、重量盤だから音がいいんだよ」という言葉に、説得力はない。

同じことはターンテーブルシートにもいえる。
ターンテーブルシートの聴き比べを行なうのなら、トーンアームの高さを、
シートの厚みに合わせて一枚一枚調整していくのが基本である。
マーク・レヴィンソンは、アンプづくりだけでなく、レコードづくりのほうにも積極的に関わっていく。

MLAシリーズのレコードの発売後、MLA(Mark Levinson Acoustic Recording)社として、
録音部門を独立させている。

ステレオサウンドの45号のインタビューでは、スチューダーのA80のトランスポートを20台入手すると語っている。
これに自社製のエレクトロニクスをのせ、20台のマスターレコーダーをつくり、
録音時に同時に使い、いちどに20本のマスターテープを作るというものだ。

もちろん、20本のマスターテープは、特別価格で販売される(実際に発売されたのかはわからない)。
もし売り出していたとしたら、1本いくらしたのだろうか。

レコード制作に関しても、ハーフスピード・カッティングに優れた面を見いだしていたようで、
そのための器材の開発も行なっている、と語っている。
ただしインタビュー時点では、まだハーフスピード・カッティングは行なっていない。

レヴィンソンがハーフスピード・カッティングに目をつけた理由は、
カッティングヘッドそのもののスルーレートにあり、
これがカッティングに関して根本的な制約になっている考えからである。
1977年、当時のマークレビンソンの輸入元であった
R.F.エンタープライゼスが輸入していたMLAシリーズのレコードは,次のとおり。

MAL1 :バッハ/6つのシュブラー・コラールほか
    マートル・リジョー(オルガン)

MAL2 :ラヴェル/高雅にして感傷的な円舞曲
    ハイドン/ピアノ・ソナタ第49番
    ロイス・シャピロ(ピアノ)

MAL3 :ヴィヴァルディ=バッハ、ウェーリング、ヒンデミット、ドビュッシー、アイヴスほか
    ニュー・ヘヴン金管五重奏団(2枚組)

MAL5 :バッハ/フーガの技法(4枚組、45回転盤)
    チャールズ・クリグハイム(オルガン)

価格は1枚7000円、4枚組のフーガの技法は28000円だった。

レコーダーにはスチューダーA80とのこと。
おそらくA80のトランスポートのみ使用し、エレクトロニクス部をつくり換えた、後のML5だと思われる。

マイクロフォンは、マークレビンソン・ブランドの製品のほかに、
一時期、ショップスのマイクロフォン用ヘッドアンプをつくっていたこともあるので、
ショップスか、B&Kの測定用のものだろう。
たぶんワンポイント録音だと思われる。
ノイズリダクション、リミッター、イコライザーの類はいっさい使っていない。

凝り性のレヴィンソンは、当時のアメリカの整盤技術に不満を持っていたため、
フィリップスやグラモフォンのレコードのプレスを行なっていたフランスのCD-S社に依頼している。

しかもそのためにフランスまで、録音したA80そのものをマスターテープとともに運んで、
カッティングとプレスを行なっている。

CD-SにもA80はあったと思われる。それでもA80をわざわざ運んでいるということは、
やはりエレクトロニクスを自社製のものに置き換えたA80なのだろう。
マーク・レヴィンソンは、次のように語っている。
     ※
私がいつも思うのは、いわゆるサウンドシステムというものはオーディオの全体の半分にしかすぎぬものということです。他の半分とは、われわれがそのシステムによって再生しようとするソース・マテリアルです。
今日において、われわれの有するステレオ・コンポーネントの数々は、その再生能力において普通手に入るソース・マテリアルの持つフィデリティーをはるかに凌駕するものがあると思います。実際に、私達の製品の持っている本当の能力を正しく評価するためには、音の差について判断を下すことを可能にするような、特製のレコードやテープを用いることなしには不可能です。
私の目標とするところは、音楽のイベントを再現することで、これは終始変わりません。ステレオ・コンポーネントの性能をどんどん高めてゆくと、非常に多くのレコードが音楽のイベントを正確に捉えていないという事実の認識に至らざるを得ません。そういった今までの多くのレコードをよい音で鳴らそうとすれば、再生機側に歪みや色付けを付け加えなければならないことすらあるのです。
     ※
1977年春に、マーク・レヴィンソンは8枚のレコード、
MLA (Mark Levinson Acoustic Recording Series) を世に出している。
ステレオサウンドの44号、45号は、「フロアー型中心の最新スピーカーシステム」と題し、
61機種のスピーカーシステムをとりあげている。

その中にKEFの105が含まれている(45号に掲載)。

瀬川先生の試聴記を書き写しておく。
     ※
一年以上まえから試作品を耳にしてきたが、さすがに長い時間をかけて練り上げられた製品だけのことはある。どんなプログラムソースに対しても、実に破綻のない、ほとんど完璧といいたいみごとなバランスを保っていて、全音域に亘って出しゃばったり引っこんだりというような気になる部分はほとんど皆無といっていい。いわゆるリニアフェイズ型なので、設置および聴取位置についてはかなり慎重に調整する必要がある。まずできるかぎり左右に大きくひろげる方がいい。少なくとも3メートル以上。スピーカーエンクロージュアは正面を向けたままでも、中音と高音のユニットをリスナーの耳の方に向けることができるユニークな作り方だが、やはりウーファーごとリスナーの方に向ける方がいいと思う。中〜高域ユニットの垂直方向の角度も慎重に調整したい。調整がうまくゆけば、本当のリスニングポジションはは、ピンポイントの一点に決まる。するとたとえば、バルバラのレコードで、バルバラがまさにスピーカーの中央に、そこに手を伸ばせば触れることができるのではないかと錯覚させるほど確かに定位する。かなり真面目な作り方なので、組合せの方で例えばEMTとかマークレビンソン等のように艶や味つけをしてやらないと、おもしろみに欠ける傾向がある。ラフな使い方では真価の聴きとりにくいスピーカーだ。
     ※
そして45号には、マーク・レヴィンソンのインタビュー記事が載っている。
マーク・レヴィンソンは、1982年に、追悼文を書いたと、サプリームの発行日からも、そう思われる。

サプリームの「瀬川冬樹追悼号」を、私はいま読んでいる。そのことを幸運だと思ってもいる。

82年春に読んでいては、レヴィンソンにとって、1981年がどれだけ大変な1年であったのかが、
その時は伝わってこなかった情報によって、わからなかったからだ。

1981年は、瀬川先生の死だけではなく、彼自身の会社(MLAS=Mark Levinson Audio Systems)が、
マドリガル・オーディオ・ラボラトリーズのマネージメント下におかれることになり、
マーク・グレイジャー、フィリップ・ムジオ、サンフォード・バーリンによって、
すべてのエンジニアリングは管理・指揮されるシステムへと変わっていたのだ。

そして1984年、マーク・レヴィンソンは、MLASを離れる。
社名も、マドリガル・オーディオ・ラボラトリーズ・インクとなり、
マークレビンソンはブランド名となってしまう。

なぜ、この年だったのか......。
契約上、決ってきたことなのか、それとも他に理由があるのか。

私は思う──、1983年秋に、LNP2の製造が打ち切られている。
この決定によって、レヴィンソンは、自らつくった会社を離れる決心をしたのだ、と。
レヴィンソンが、瀬川先生と最後にあったのは、ひな祭りのときだとあるから、
1981年3月ごろのことだろう。

レヴィンソンは、この時、MLASの販売部長のリンダ・マリアーノと、
瀬川先生の新築なったばかりの、世田谷に建てられた、瀬川先生のリスニングルームを訪ねている。

「相当の労力が注ぎ込まれたことは明らかであり、設計や建築にあたって、
細心の行きとどいた配慮がなされていること」が一目瞭然の、
その「簡素で優雅なたたずまい」のリスニングルームに、ふたりは感銘を受けている。

さらに「このような品位の高さは、氏自身の資質をそのまま反映したもの」とも言っている。

このリスニングルームで、瀬川先生の音を聴き、いくつかの新旧のオーディオ機器の比較試聴をすることで、
ふたりとも「同じような聴き方をしているように」感じ、
「また録音や機器の評価の観点が、まったく同じであること」に、気づく。

瀬川先生の所見は「正鵠を得たもの」とし、このとき瀬川先生が語られた言葉は
「音楽の再生という仕事──の本質について、
生涯を賭した深い省察と緻密な研究にうらづけられた、真髄を衝いたもの」だったとしている。
「瀬川さんと私のめぐりあいは、私が1975年、日本を初めて訪問したときのことでありました。」

マーク・レヴィンソンは、瀬川先生への追悼文「出合いと啓示」を、こう書き出している。

レヴィンソンは、1949年、カリフォルニア州オークランドで生まれているから、25、26歳だったわけだ。
すでにLNP2を発表していたし、この年、JC2とLNC2を出している。

この時の出合いでは、レヴィンソン自身が若すぎたためと言葉の壁があり、
瀬川先生の本質を十分に理解できなかった、としている。

それでも瀬川先生のことを「優しさと重厚さが稀有な結びつきを示した、おだやかな人柄」と評している。

その後、レヴィンソンは日本を訪れるたびに、瀬川先生と会い、
レヴィンソンにとって、瀬川先生は、
「もっとも鋭敏な感性と豊かな敬虔を兼ね備えたオーディオ界の巨匠の一人として、
当時、この複雑にして精緻な世界に、ほとんど経験もなく、ただ理想に燃えて足を踏み入れた
若輩の私に多くの啓示を与えてくれた」人であった。

瀬川先生が亡くなられる6年の間、「お互いが同じ言葉が話せたら、もっとたくさんのことを、
オーディオ以外の人の世の様々なことを、語り合うことができるのに」という瀬川先生の想いを、
レヴィンソンは、いつも気づいていた。

残念なのは、瀬川先生とレヴィンソンが、オーディオ以外のことで、
お互いが心を触れ合うようになったのは、最後に訪ねたときだった......。
ご存じの方も多いだろうが、
ジョン・カールのローノイズ化の手法は、増幅素子(トランジスターなりFET)を、
複数並列にして使用するものである。

ひとつひとつの増幅素子から発生するノイズは、時間的にランダムな周波数特性とレベルなため、
2個の増幅素子の並列接続では、それぞれの僧服素子から発生するノイズ同士が打ち消し合い、
1個使用時に比べて約3dB、ノイズレベルが低下する。
さらに3個、4個と並列する数を増やしていけば、少しずつノイズレベルは低下していく。

この方式を最初に採用したヘッドアンプが、マークレビンソンのJC1だと言われている。

瀬川先生は、JC1と同時期のオルトフォンのヘッドアンプMCA76、
このふたつの優秀なヘッドアンプの登場が、
1970年代後半からのMC型カートリッジのブームを支えていた、と言われたことがあった。

これらのヘッドアンプと出現のタイミングがぴったりのオルトフォンのMC20は、
いっそう得をした、とも言われていた。

MCA76は、おそらく測定器メーカーB&Kの協力もあっただろうと推測できる。

JC1は、増幅素子の並列接続だけが特徴ではなく、じつは反転アンプとなっている。
自作される方ならば、ピンと来られるだろう。
JC1には入力抵抗が省かれている。
つまりI/V変換アンプであり、カートリッジの内部抵抗が入力抵抗になるため、
カートリッジによってゲインが変化する。
冗長性について、すこしだけ触れたことがある。

使い手が関与できない所でつけ加わるもの、
聴き手が、己の音を求める過程で、意図してか無意識かによってつけ足される音、
アンプなりスピーカーを開発する者によって、やはり意図してか無意識かでつけ足される音、
これらを冗長性と捉えていいのではないかと、最近考えるようになった。

これらの冗長性が、組合せや使いこなしによって相乗的に作用することもあれば、
互いにそっぽを向いてしまうこともあるだろう。

そして、ひとそれぞれ、どの程度冗長性を必要とするのか、
そしてどのような冗長性を求めているのかは違っていよう。

技術が不完全なままで、そこに人が介在する以上、なにかしらの冗長性は必ず発生しよう。

LNP2L、JC2、ML2Lに共通する、過剰、過激、過敏は冗長性ではないだろうか。
マスターテープにも、そしてわれわれリスナーの手に渡るレコードにも、
演奏者が発した音があます所なくすべて含まれていることは、ない。

まずマイクロフォンがすべての音を拾える位置に置かれるわけではない(そういう位置が存在するのかも疑問だが)。
さらにマイクロフォンがすべて空気振動を捉えて電気信号に変換できているわけでもないし、
マイクロフォンからミキサーまでの伝送経路でも音のロスは若干とは言え生じているし......、
こんなふうにひとつひとつを見ていくと、われわれの手もとにあるレコードになるまで、
いったいどれだけの音が失われ、また色づけや雑音と呼ばれる附加される音もある。

世の中に十全なレコードは存在しない。
しかし、その不完全な記録にも関わらず、そこにおさめられている音楽に感応し、
ワクワクドキドキすることもあれば、感動で涙することもある。

録音のプロセスで失われる音、つけ加えられる音があるということは、そのまま再生のプロセスにもあてはまる。
なにかがなくなり、なにかがつけ足される。

しかも録音の空間と再生の空間は、まったくの別空間であり、時間差もある。
最新録音でも数ヵ月から1年ほどだろうか、古い録音となると、生まれる前の時代の音を聴いている。

それでも、そこで奏でられている音楽を身近に感じたことは、
だれしも、オーディオを真剣にやっていれば、必ずあるはずだ。

同じ場で同じ音を聴いて、ある人は身近に感じ、別のひとは遠くに感じる。
なぜ、そんなことが起きるのか。
マークレビンソンのアンプ、LNP2LにしろML2Lにしろ、共通しているのは、
全体に贅肉を感じさせることのない、硬質に磨き上げられた美が、
過敏なまでに音楽の微妙な表情までも、くっきりと浮き立たせることだ。

さらにML2Lが特に顕著といえるが、低域はソリッドに引き締り、音の緻密さにおいて、
当時マークレビンソンのアンプに匹敵するアンプは、まず見あたらなかった。

マーク・レヴィンソンの繊細な神経によって、過剰なまでに磨き上げられた音を聴いた後では、
他のアンプだと、それがいいことは悪いことは別として、なにかものたりなさを感じてしまう。

だからこそ、マークレビンソンのアンプに対する好き嫌いは、はっきりしていた。
瀬川先生のように惚れ込まれる人もいれば、
黒田先生はナルシシズムを、そこに感じておられたようだし、
神経質過ぎると敬遠する人も少なくない。

LNP2L、ML2L、JC2は、やはり過激なアンプだ。
だから、惚れ込む者は、どこかしら青臭いところが残っているのかもしれない。
別項でマークレビンソンのアンプについて書いているうちに、
ふとシーメンスのスピーカーと、LNP2LとML2Lを組み合わせたら、どんなに音になるんだろう、と思った。

シーメンスのスピーカーは、オイロダインもコアキシャルも、硬質に磨き上げられた音。
周波数レンジこそ広くはないが、帯域内の密度は高く浸透力がある。
聴いていると、音楽がはっきりと記憶に残る。

シーメンスのスピーカーを聴く機会があったら、聴き終った後に、ぜひふり返ってほしい。
はじめて聴いた音楽がもしあれば、他のスピーカーで聴くよりも、つよく記憶に残っていることに気づかれるはずだ。

聴いている時は「なんだかいい音だなぁ」と思っていても、いざ聴き終ってみると、
さきほどまで聴いていた音楽のことが、ほとんど心に残っていない。
そんな音が、最近増えてきてないだろうか。

どういう聴き方をしようと、どういう音を好もうと、それは個人個人の自由だ。
それでも、あえて言いたい。
折角聴くのであれば、やはり心に音楽が刻まれる音で聴きたいではないか。
それがオーディオの醍醐味であり、大袈裟な、と受けとられるだろうが、真髄のような気もする。

マークレビンソンで鳴らすシーメンスの音は、ある種強烈な音だろう。
最初は、聴くに耐えない音になるかもしれない。
それでも神経細やかに調整を施せば、絶対にピントが合うと確信している。

オイロダインとはいわない、コアキシャル1本で十分だ。
和室で正座して聴く。できうることなら茶室で聴きたい。

音楽と真剣に向かう合うことがどういうことなのかを想い起こさせてくれるはずだ。
私がステレオサウンドを読みはじめたのは、1976年12月に出た41号と、
別冊の「コンポーネントの世界 '77」だ。

どちらを読んでも、LNP2の評価は、特に瀬川先生の評価は高かった。
41号では、JC2と比較して、
「音楽の表現力の幅と深さでLNPはやはり価格が倍だけのことはあると思う」と書かれている。

「コンポーネントの世界 '77」でも、瀬川先生の組合せにLNP2は登場しているが、JC2の出番はなし。

くり返し、この2冊に読み耽っていた中学2年の私は、
マーク・レヴィンソンが自家用として使っているのは、LNP2だと思い込んでいた。

ところが数号後のステレオサウンドには、JC2(ML1L)をメインとして使っている、と出ていた。
頭が混乱したのを憶えている。

「えっ、なぜ? レヴィンソンは社長だから、いちばんいいモノを使っているはず。
だからLNP2でしょ? なぜJC2なのだろう......」

このときは、まだLNP2もJC2も、まだ聴いていなかった。
だからステレオサウンドの記事だけが頼りだった。

JC2はML1Lになり、純度を高めてML6L(シルバーパネル)へと到る。
たしかに、レヴィンソンが使っていたのはJC2(ML1L)だったのだろう。

だとすれば、レヴィンソン自身にとって、LNP2の存在はなんだったのか、と考え込む......。
過剰さということならば、チャンネルデバイダーのLNC2も忘れてはならない。

1976年当時、 LNP2は108万円、JC2は58万円、LNC2も58万円していた。

しかもLNC2は2ウェイ専用モデルであり、3ウェイ化にはもう1台、4ウェイだとさらにもう1台追加である。

3ウェイの場合、1台で、いちおう使えるようになっていたと記憶しているが、
あくまでも本気で取り組むのであれば、追加が必要になる。

このころの感覚では、同じメーカーのコントロールアンプとチャンネルデバイダーが同じ価格ということは、
ほとんど例がなかった。

しかもLNC2のレベルコントロールは、
10回転タイプで、0.1dB刻みの目盛りがついているだけでなく、ストップレパーまである。

マーク・レヴィンソンは、マルチアンプで聴いている、と瀬川先生が書かれていた。
レヴィンソンは、マルチアンプのレベルコントロールを、0.1dBまで追い込んでいたのだろうか。
彼がどういう音楽の聴き方をしていたのかが、LNC2の構成から、一面だけとはいえ伺えるよう。
ML3Lの音は、穏やかである。

LNP2のところで書いているが、JC2、 LNP2L、ML2Lに共通する過剰さが感じられない。
LNP2だけでなく、JC2にもML2Lにも、ある種の過剰さがある。

その過剰さが過激さにつながっている、と書いた。

JC2のように、音質向上のため、トーンコントロールを省き、モードスイッチの簡略化などを行い、
多少の使い難さも、音のために我慢して当然というスタイルは、
いまでこそあたりまえのことになり、抵抗もなく受けとめられているが、
JC2が登場した1974年当時では、過激ですらあった。

マーク・レヴィンソンは、アメリカのオーディオ関係の人間から、
JC2の使い難さを指摘されて、すこし不機嫌になりながら、
「これ(JC2)は、車に例えるならフェラーリだから」と答えたという。

しかも外部電源にすることで、1Uサイズという薄型を実現したことも、
その後に続くアンプへの影響は、そうとうに大きかった。

ML2Lもそうだ。
片チャンネルあたり400Wの消費電力ながら、出力はわずか25W。
しかも
それまでどのアンプも実現できなかった、2Ωまでの計算通りに倍々で増えていくパワーを可能にしている。
しかも2台ブリッジ接続にすることで、A級動作では大出力といえる100Wも可能としている。

これらのアンプに見られるマーク・レヴィンソンの徹底的なこだわりは過剰であり、過激であり、
そのことが、神経質なまでの、音の過敏さを生み出している。

この過敏さが、ML3Lにない。少なくとも、私は感じとれなかった。
通常のボリュームは、絞れば絞るほど、回路に直列に入る抵抗値が高くなる。
このこともあってか、ボリュームは絞って使うと、音が悪くなると言われることがあるが、
果たしてそのとおりなのだろうか、とも思う。

以前は、確かにそう思っていた。
でも現実には、良質のボリュームであれば、絞って使ったほうがいいと感じることもある。

そのことに対する理屈は、人によってはどうでも良いことなんだろうが、
私はやっぱり気になる。何か、少なくとも納得のいく理由がひとつくらいはあってもいいはずだ。

LNP2でいえば、インプットアンプの入力端子から見れば、信号源の出力インピーダンスは、
直前に設けられているインプットレベルコントロールも含めてのものである。

ラインレベルの信号受け渡しは、ローインピーダンス出しの、ハイインピーダンス受けのため、
それほどインピーダンスについて語られることはないが、
内蔵のフォノイコライザーアンプにしろ、
ライン入力に接続されるチューナーやCDプレーヤーの出力インピーダンスの、周波数特性はどうなっているだろうか。

NFBがかけられている半導体アンプで考えてみる。

NFBを、ある一定量、掛けるアンプのオープンループ(NFBをかける前の裸特性)の周波数特性は、
それほど広いものではない。可聴帯域のかなり低い周波数からゲインは落ちていく。
つまり周波数によって、NFB量は同じではない、ということだ。

低域ほどNFB量は多く、20kHzでは少なくなっているため、
出力インピーダンスも、NFB量によって改善度が異り、低域ではかなり低い値でも、
1kHz、20kHzと周波数があがれば、少なからず出力インピーダンスも上昇していると見ていい。

それにインプットアンプにたどりつくあいだにケーブルの存在があり、
そのインダクタンスによっても、高域のインピーダンスは、また上昇する。

仮に信号源の出力インピーダンスを、20Hzでは100Ω、20kHzで300Ω、
ボリュームの値が10kΩとして、インプットアンプから見た出力インピーダンスの計算してみてほしい。

ボリュームをそれほど絞らない状態で、直列に入る値が1kΩ、並列に入る値が9kΩ、
絞った状態としての値が、9kΩ、1kΩとしよう。
実際にボリュームをかなり絞った状態では、直列の値はもっと高くなるが、
ここではボリュームの角度による出力インピーダンスの傾向を知ってもらうためなので、
計算しやすい値にしている。

抵抗を並列にした時の合成値は、それぞれの抵抗値を掛け合わせた値を、抵抗値を加算した値で割る。

信号源の出力インピーダンスも直列にはいるわけなので、
(信号源のインピーダンス+直列に入るボリューム値)×並列に入るボリューム値を、
(信号源のインピーダンス+直列に入るボリューム値+並列に入るボリューム値)で割る。

20Hzで、ボリュームをそれほど絞らない場合は、
(100+1000)×9000を100+1000+9000で割るわけだ。

こうやって、4つの場合の値を出してみてほしい。
そして、20Hzと20kHzの値を較べてほしい。

ボリュームを絞った場合とそうでない場合、20Hzと20kHzの値がほぼ同じになるのは、
どちらなのかが、はっきりする。

ボリュームを絞ることにも、メリットがあるといえよう。
SN比に関して言えば、LNP2の場合、インプットアンプのゲインを0dB(増幅率:1)にすれば、
インプット、アウトプットレベルコントロールともに、それほど絞ることなく使えるだけでなく、
インプットアンプそのもののSN比も、ゲインを低くすれば、その分NFB量を増すことになり、
+40dB時のSN比よりも、物理的に改善されるだけに、優位となる。

なのに音を聴くと、インプットアンプのゲインは高めに設定したくなる。

ぜひ、これだけは言っておきたいが、それほど音量を大きめにできない時こそ、
インプットアンプのゲインを高めにして、レベルコントロールを絞りぎみにする。

小音量になるほど、ゲインを高めにしたほうが、音が生きてくるし、冴えてくる。
そのかわり、レベルコントロールの設定は、すこしシビアになってくるけれども。

小音量時に必要とされるゲインからすると、インプットアンプのゲインを+40dBにすることは、
余剰ゲインを増やしていることになる。ますますオーバーゲイン(ゲイン過剰)のアンプになるわけだ。

この過剰さこそ、この時代のマークレビンソンのアンプに共通した特質でもあり、
それは過激さへとつながっている。
これこそ、個人的に、マークレビンソンのアンプ(JC2、LNP2L、ML2L)の、
もっとも魅力的なところだと、私には感じられる。
JC2 (ML1L) の左右独立のレベルコントロール(バランスコントロール)も、
ラインアンプのNFB量を、1dBステップで変化させている。
±5dBの変化幅だから、NFB量は最大で10dB違うわけだ。

だから、どのポジション、つまりNFB量を減らすか増やすかによって、音の出方が変化する。
どのポジションで使うかは、その人次第だが、いずれにしても、
0dBのポジション以外で使うとなると、ツマミが斜めになる。

これが嫌で、JC2を使っていた時、実は+5dBにしていたが、ツマミは垂直になるようにしていた。
他の人からすれば、どうでもいいこだわりなのだが、
中央ふたつのツマミは、垂直になっていたほうが、キチッとした感じがして、見ていて気持ちいい。
最初、0、+10、+20dBだったゲイン切換えに、なぜ+30、+40dBの2ポジションを足したのか。

+30、+40dBのポジションにすれば、使い難さが生じることは、
マーク・レヴィンソン自身、よくわかっていたはずだ。
なのに、あえてつけ加えているのは、+30、+40dBのポジションの音に、
彼自身、良さを感じとっていたからだろう。

インプットアンプのゲイン切換えはNFB量を変えて行なっている。
+20dBと+40dBのポジションでは、NFB量が20dB異る。かなりの違いだ。

つねに細かい改良が加えられているLNP2だから、完全な同一条件での比較は無理だが、
おそらく初期のLNP2の+20dBの音と、+40dBまで増えたLNP2の+20dBの音は、基本的には同じだろう。

モジュールのLD2も外部電源も同じなら、多少外付けパーツに変化があっても、
基本的な素性は同じはずだ。

LNP2の良さ──というよりもJC2を含めた、このころのマークレビンソンの音──は、
倒叙の他のアンプとくらべてみると、
どんな微細な音をあますところなく緻密でクリアーに表現するところにある。
音の冴えが研ぎ澄まされている。

この音の特質を追求した結果、ややオーバーゲインといえるポジションが追加されたと考えていいだろう。

+30、+40dBのポジションを使うと、インプットレベルコントロールをかなり絞ることになる。

従来、ボリュームをあまり絞り過ぎた位置で使うと、音が極端に悪くなるので、
できるだけ減衰量の少ないところを使ったほうがいいとも言われていた。

たしかに質の悪いボリュームだと、絞り気味にすると、
左右の減衰量に差が生じるギャングエラーを起こすものがあった。

こういうボリュームは論外だが、少なくともLNP2が採用しているボリュームでは、
絞ったからといって、音が痩せたり、悪くなったりする印象は感じられなかった。

むしろ、私の個人的な印象だが、インプットアンプのゲインを+40dBまであげて、
インプットレベルコントロールを絞りぎみにしたときの音は、
むしろLNP2の良さが映えてくるとさえ思っている。

さすがにあまり絞り過ぎると、左右独立だけにレベル合わせが面倒になるので、
アウトプットレベルコントロールのほうも、かなり絞りぎみにするというよりも、
どちらのレベルコントロールも、基本的には絞りぎみで使う。

こういう設定でのLNP2 (L) の音を、機会があれば、聴いてみてほしい。
1970年代の後半、4連ボリュームが、国産アンプのいくつかに採用されたことがあった。
通常は2連ボリュームで、ラインアンプの前に置かれるが、
4連ボリュームだと、ラインアンプの前後両方にくる。

20dBの減衰量がほしいとき、2連ボリュームだと、ラインアンプに入る信号を、その分減衰させる。
4連ボリュームだと、ラインアンプの入力で10dB、出力で10dBの減衰量となる。

ラインアンプに入力させる信号レベルが10dB高くなり、その分SN比が向上する。
SN比はいうまでもなく、信号(Signal)と雑音(Noise)の比率だけに、
アンプの雑音が同じなら、信号レベルを高くすればSN比は向上する。

LNP2のインプットレベルコントロールとアウトプットレベルコントロールは、
連動こそしていないが、4連ボリューム的なところもある。

それぞれの減衰量をうまく調整することで、SN比は多少悪くもなるし、良くもなる。
SN比ということだけでみれば、パワーアンプの直前で減衰させるのがいいことになる。

LNP2のインプットアウトプット、ふたつのレベルコントロールを設けた理由のひとつは、
SN比の向上のためだったのだろう。
ならば、なぜLタイプになり、インプットアンプのゲインを40dBにまであげたのだろうか。
CDが登場以前、ラインアンプのゲインは、たいてい20dB前後だった。

LNP2のインプットアンプの最大ゲインは
──このあとにアウトプットアンプがさらにあるのに──40dBというのは、かなり高い。

オーバーゲインかどうかは、組み合わせるパワーアンプのゲイン、スピーカーの能率と関係することなので、
安易に決めつけるわけにはいかないのだが、トータルゲインは過剰気味といえる。

とくにラインレベルの高いCDプレーヤーだと、LNP2のゲイン設定は、使い難い。

ゲイン切換えを絞り気味に使うと、音が、どうも冴えなくなる。
音の冴えを失ったLNP2では、これにこだわる理由が薄れてしまう。

だからオーバーゲインにして、インプットレベルコントロールをかなり絞って使うことになる。

そのためだろう、CDプレーヤーを、AUXなどのライン入力に接続せずに、
テープ入力に接ぎ、テープモニター・スイッチを使えば、
インプットアンプを介さずに、アウトプットレベルコントロールとアウトプットアンプのみを経由する。

LNP2のブロックダイアグラムを見ると、レコードアウト(Record Out)が、
いわゆる一般的なコントロールアンプの出力に近い。

インプットアンプの出力は2つに分岐され、ひとつはアウトプットアンプへ、
もうひとつはレコードアウトになる。

つまりボリュームコントロールを、
左右独立したインプットレベルコントロールで調整するのが苦にならない人、
そしてトーンコントロールは不要だという人は、
レコードアウトをパワーアンプに接げるという手もある。

どちらにしろ、アンプをひとつ通らずにすむので、音の鮮度も高い──
そう考えるのは安易すぎはしないか。

なぜマーク・レヴィンソンは、インプットアンプのゲインを、
Lタイプになったときから、20dBから40dBにアップしたのか。

オーバーゲインで使い難いという声があがるのは、わかっていたはずだ。
なのにあえて、この変更を行なっている。

その理由を考えるべきではないのか。
LNP2のブロックダイアグラムを見ると、
フォノアンプだけでなく、インプットアンプもアウトプットアンプも、
ある程度のゲインの高さが求められていることがわかる。

インプットアンプは、NFB量を変化させることでゲイン切り換えが可能になっており、
Lタイプになってからは、+20dBだったのが+40dBに変更されている。
NFBをある程度かけた状態での40dBのゲインは、中間アンプとしては、かなり高い設定である。

アウトプットアンプは、3バンドのトーンコントロールを備えているため、
トーンコントロールの増減分だけのゲインの余裕は最低でも必要となる。
ここも、ゲインは、それほど低くはない。

つまりLNP2は、かなりの余剰ゲインを持つ(オーバーゲインな)アンプなのだ。
出力段は、JC2と同じFETのソースフォロワーかもしれない。

JC2は2パラレルプッシュプル構成だが、ジョン・カールがインタビューで答えているように、
LNP2のモジュールLD2には消費電力の制限があり、そのためA級動作にはなっていない。
つまり消費電力が増えるパラレルプッシュプルはありえない。
しかもAB級動作のはずだ。

JC2のフォノアンプと、LD2の回路構成は基本的に同じ可能性はあるだろう。
1974年に、そういくつもの回路のヴァリエーションを、ひとりの技術者が生み出すとは思えないからだ。

差動2段構成に、AB級動作のFETのソースフォロワー(もしくはトランジスターのエミッターフォロワー)つき、
これが私が推測するLD2の回路構成である。

LD2の大きさがJC2のフォノアンプモジュールに近いことも、理由のひとつである。

ジョン・カールが消費電力の点で苦労したというのも、うなずける。
差動回路を2段にすることで、使用トランジスターの数は、JC2のラインアンプよりも多くなっている。
それだけ消費電力は増えているわけだ。各段のアイドリング電流を極力抑える必要がある。

ただ、これがローノイズにうまく作用している面もあるだろう。
ジョン・カールの設計思想として、それほどゲインを必要としない場合には、
差動回路を使っても初段のみである。
差動2段回路のJC2のフォノアンプは、ジョン・カール設計のアンプとしてはめずらしい。

JC2のフォノイコライザーはNF型イコライザーである。
RIAAカーブをNFBでつくり出している。そのためNFBループにコンデンサーが2つ使われている。

NFBがかけられているアンプはすべてそうだが、
次段のアンプの入力インピーダンスとともにNFBループ内の素子も負荷となる。
つまりNF型イコライザーアンプの負荷は容量性であり、
当然周波数の上昇とともにインピーダンスは低下していく。
それに対し安定した動作を確保するため、
JC2のフォノアンプの出力段はパラレルプッシュプル仕様となっているのだろう。

差動2段増幅になっているのも、このNF型イコライザーと関係している。

RIAAカーブは、1kHzを基準とすると、20Hzは+20dB、20kHzは−20dBのレベル差がある。
20Hzと20kHzのレベル差は40dBである。

20kHzのゲインを0dBとしても、20Hzでは最低でも40dBのゲイン(増幅率)は必要となる。
まして20kHzでゲイン0dBということはあり得ないから、
NFBをかける前のゲイン(オープンループゲイン)は、ある程度の高さが求められる。
ゲインの余裕がなければ、低域に十分なNFBがかけられなくなる。

十分なゲインを稼ぐための、差動2段増幅と考えていいだろう。
マークレビンソンのLNP2のモジュールLD2の回路構成はどうなっているのか。

ジョン・カールにインタビューした時に聞いておけばよかった、と後悔しているが、
取材の目的はヴェンデッタリサーチについてだったので、仕方なかった。

私が持っているジョン・カールが設計したアンプの回路図は、
マークレビンソンのJC2、JC3、ディネッセンのJC80、
あとは自分で実物をみながら回路図をおこしたヴェンデッタリサーチのSCP1だけである。

このなかで、LNP2の回路を推測する上で、重要なのはJC2以外にないだろう。

LNP2はフォノアンプ、インプットアンプ、アウトプットアンプのすべてに
共通のモジュールLD2が使われているのに対し、
JC2は、フォノアンプとラインアンプは、モジュールの大きさも異るし、当然回路構成も大きく違う。

JC2のラインアンプは、初段のみ差動増幅の上下対称回路(2段増幅)、
JC3の電圧増幅部とほぼ同じといってよい。

フォノアンプは、上下対称回路ではなく、2段差同増幅回路になっている。
初段の差動回路の共通ソースには定電流回路が設けられ、
2段目の差動回路はカレントミラー負荷になっている。

出力段はFETによるプッシュプル回路で、しかもパラレル仕様である。

使用トランジスター数は、ラインアンプが6石(内FET4石)、フォノアンプは11石(内FET7石)となっている。
LNP2とJC2を聴けばわかるが、同じ匂いがするといってもいいし、同じ血が流れている印象がある。
ことわるまでもないが、LNP2は自社製モジュールの搭載の方だ。

ML2LとML3Lはどうだろう。似ているところは、たしかにある。でも、どこか血がすこし異る、
異母兄弟、異父兄弟といったところか、もしくはいとこ同士か。
血縁関係にはあるが、少なくとも同じ父母をもつ兄弟という感じはない。

ML2LもML3Lも、登場した時は、どちらもマーク・レヴィンソンの設計と発表されていた。
正式に発表されたわけではないが、ML3Lはトム・コランジェロの設計だと思う。

ML7Lがコランジェロが、マークレビンソン・ブランドではじめて設計したアンプと、当時は言われていたが、
ML2L、ML3Lをレヴィンソンの設計と発表したぐらいだから、鵜呑みにはできない。

ML2Lは、ジョン・カール設計のJC3をベースに、おそらくコランジェロが改良を施したもの、
ML3Lは、コランジェロがすべてを手がけた、最初のアンプであろう。

2台並べて音を聴いてみると、とても同じ設計者の手によるアンプの音とは思えないことに、
すぐに気がつかれるはずだ。そのくらい、このふたつのパワーアンプの音は、性格が異る。
ML2Lの2年後に、ML3Lが登場する。
200W+200WのAB級のパワーアンプである、このモデルは、ML2L同様、
マーク・レヴィンソンの設計によるものと、当初は発表されていた。

とは言うものの、ML2Lとはずいぶん違う仕上がりだった。
ステレオ構成ということを差し引いても、ML2Lとは違い過ぎる。

LNP2とJC2、コントロールアンプの、この2機種も、構成はずいぶん違うのだが、
イメージには共通するものが流れている。ディテールに対するこだわりは徹底して同じ。

そういう共通するものが、ML2LとML3Lには、ほとんど、というかまったく感じられなかった。

見た目のプロポーションからして、そうだ。
モノーラル構成とステレオ構成という違いがあるのを考慮しても、ML3Lはずんぐりむっくりした感じがつきまとう。

全体に黒を基調として、シャーシー左右にヒートシンク、フロントパネルは電源スイッチのみで、
ハンドルが付けられている。
こう書いていくと、ML2Lと同じことになるのだが、それだけである。ここで止まってしまう。

内部を見ると、さらにML2Lとの印象の違いは濃くなる。
整然と緻密なコンストラクションではなく、各パーツを接ぐ内部配線が雑然とした印象を与える。
平滑用コンデンサーとの位置の絡みがあるとは言え、2つの電源トランスが斜めに配置されているのも、
コンストラクションの詰めが甘い。十分な検討がなされていない、そんな感じをどうしても受けてしまう。
ML2Lには、製造時期によって細部が異るのは、マークレビンソンの製品としては当然のこととして、
ユーザーの多くは受けとめていることなのだろうか。

私の知る限り、電源トランスが2度変更されている。
最初はEIコア型、そのすぐ後にトランスのうなりを抑えるためにエポキシ樹脂で固めたものがあり、
おそらく中期以降、ケース付きのトロイダルコア型になっている。

出力段のパワートランジスターも、最初はモトローラ製の2N5686と2N5684のペアだったが、
後期のロットには、このトランジスターが製造中止になったあおりで、NEC製のペアに変更されている。

つまりトロイダルコアの電源トランスのML2Lには、トランジスターがモトローラ製とNEC製があることになる。

スピーカー端子も変更されているし、天板も、写真で見ただけだが、まったくスリットのないタイプもある。

おそらく内部パーツも、LNP2LやJC2(ML1L)がそうだったように、頻繁に変更されていても不思議ではない。
むしろ、初期のロットから何一つ変更されていないほうが、マークレビンソンだけに不思議であろう。

どのML2Lが、音がいいのかは、どうしても関心のある人の間では話題にのぼる。
私のまわりにいるひとの間では、
圧倒的にエポキシ樹脂で固めたEIコアの電源トランス搭載のもので、一致している。

山中先生は、このタイプのML2Lを、シリアルナンバー続きで6台所有されていた。
ML2Lの定電圧回路は、ディスクリート構成の、JC3のそれと較べるとかなり大がかりである。
±両電源で、20石以上のトランジスターが使われ、直列に入る制御用のパワートランジスターも、
2パラレルになり、出力アップに対応している。

そして、この定電圧回路の出力電圧は、28Vと、JC3から10Vも高くなっている。

JC3は15W+15Wのステレオ仕様、ML2Lは25Wのモノーラル仕様。

想像するしかないが、マーク・レヴィンソンはJC3の音には満足していたのだろう。
ただ15Wという出力は、彼には少な過ぎたのではないだろうか。

この音のクォリティのまま、さらにパワーを求めるために、
1976年1月のCESでのJC3の展示から、ML2Lの発表までの1年以上の期間が必要だったのだろう。

ステレオからモノーラル構成になり、出力トランジスターも2パラレルから4パラレルに、
定電圧回路も、より大がかりで電圧も、当然高くしている。
ほとんど倍の規模になっていると、いってもいいだろう。

電圧増幅段の回路も、JC3そのままではない。
上下対称回路なのは同じだし、初段はFETの差動回路なのも同じだが、
共通ソースには定電流回路がつけくわえられているし、2段目もJC3そのままではない。
細部をブラッシュアップすることで、出力の増加を図りながらも、
クォリティの維持にとどまらず、より良い音のための工夫がこらされている。

そして保護回路も万全になっていると、以前瀬川先生が、週刊FMに書かれていた。
ML2Lは、動作中に水をかけてもスピーカーにダメージを負わせることはないらしい。

JC3に、保護回路があったのかどうかは、わからない。

ML2LがJC3そのままとは言えない。
ただJC3が基本になっていることは、断言できる。
そして、ML2Lのイメージにもなっている、あの外観をつくりだしたのはジョン・カールである。

JC3を、マーク・レヴィンソンの要求をできるだけ満たすようにつくり変えたのが、
おそらくトム・コランジェロ、その人なのだろう。
JC3が、当時の多くのパワーアンプと大きく異る点は、出力段の電源まで定電圧化していることだ。

通常のパワーアンプでは電圧増幅段の電源は定電圧回路から供給することが多いが、
出力段までとなると発熱量の多さ、設計の困難さから、平滑コンデンサーから直接供給される。

JC3の電源回路は、15Vの三端子レギュレーターとパワートランジスターによる
リップルフィルターを組み合わせたもので、
三端子レギュレーターとアース間には3.6Vのツェナーダイオードが挿入され、
制御用のパワートランジスターのベース・エミッター間の0.6Vの電圧降下分をいれて、18Vになっている。

ML2Lも、前述したように、出力段の電源まで定電圧化している。
ML2LとJC3のもっとも大きく異る点は、出力の大きさだと思う。

スイングジャーナルのCESの記事に載っているマークレビンソンの試作パワーアンプの出力は15W+15W。

ジョン・カールから手渡されたJC3の回路図が、2種類あることは書いた。
ひとつはネット上で公開されているもので、何かのオーディオ誌に掲載されたもののコピー、
もうひとつはジョン・カールの手書きによるもののコピーで、こちらは電源回路も含まれている。

JC3の基本回路構成は、いわゆる上下対称回路と呼ばれているもので、
初段はFETの差動回路、2段目はトランジスターによる増幅で、ドライバー段、出力段と続く。

ふたつのJC3の違いは、出力段とドライバー段、バイアス回路のトランジスターは同じものが使われているが、
初段FETの+側と2段目のトランジスターが他の品種に置き換えられている。
そのこともあってか、NFBの定数が異る。

もうひとつ異る点で見逃せないのが、出力段の電圧だ。
手書きのJC3の回路図では18V、もうひとつのJC3では20Vになっている。
わずかとはいえ出力アップが図られている。

JC3は、出力段の電源電圧の18Vから推測するに、出力は15Wとして設計されているのだろう。
1976年のCESで、マークレビンソンのブースに展示してあった試作品のパワーアンプは、
まずJC3そのものと考えて間違いないはずだ。
ML2Lを開発する前に、マーク・レヴィンソン自身が使っていたパワーアンプの中には、
パイオニア/エクスクルーシヴM4が含まれていた、と何かの記事で読んだことがある。

M4は50W+50Wの、A級動作のステレオ仕様のパワーアンプだ。
スピーカーははっきりとしないが、QUADのESLを使っていたことは間違いないだろう。
ML2Lと前後して発表されたHQDシステムの中核は、ESLのダブルスタックなのだから。

瀬川先生は、ML2Lは、輸入元(R.F.エンタープライゼス)の測定では、
50W(8Ω負荷)の出力が得られた、と書かれている。
おそらく公称出力の25Wまでが完全なA級動作で、それ以上はB級動作に移行しているだろう。

井上先生は
「ML2Lでオペラのアリアを聴いていると、いい音で、気持ちいいんだよなぁ。
でも曲が盛り上がってきて、合唱が一斉に鳴り出した途端に、音場感がぐしゃと崩れるのがねぇ......。
そうとう能率の高いスピーカーでない限り、25Wの出力は、やっぱりきつい。」と言われていた。

ML2Lがクリップすると言われているのではない。
それまできれいに展開していた音場感が、曲の高揚とともに、それなりの出力を要求される領域になると、
途端に音が変化すると言われている。
25Wまででカバーできているとのの音は素晴らしいけれど、それ以上の出力となると、
おそらくA級動作からはずれるのであろう、その音の違いが如実に現われたのかもしれない。

ESLの能率は低い。25Wでは出力不足を感じることもあっただろう。
だからブリッジ接続による出力増大が必要になったのかもしれない。
ML2Lは、出力段がA級動作のため、消費電力は常時400Wながら、出力は8Ω負荷時で25W。
ただ、同時代の他のパワーアンプと違うのは、スピーカーのインピーダンスが4Ω、2Ωとさがっていくと、
理論通りに50W、100Wの出力を保証している。

4Ω負荷で2倍の出力を得られるものは数は少ないながらもいくつか存在していたが、
2Ωまで保証していたものはなかった。

またML2Lを方チャンネル当り2台必要とするブリッジ接続では、8Ω負荷で、これも理論通りの100Wを実現している。
ブリッジ接続時では4Ω負荷で200Wまで保証している。

このブリッジ接続に関しても、大抵のアンプは2倍までの出力増にとどまっていた。

ブリッジ接続はスピーカーの+側と−側の両方からドライブする。
つまり8Ω負荷の場合、アンプ1台あたりの負荷は半分の4Ωになる。
負荷が4Ωになれば、出力は2倍になる。しかも±両側からのドライブだから、
さらに2倍になり、4倍の出力が得られるわけだ。

ML2LはA級動作ということに加え、出力が理論通りに増加することの実現で、
理想的なアンプ、完璧なアンプという印象を与えようとしていたように、いまは感じなくもない。
ML2Lが登場した時にも、その後にも話題になったことはほとんどないが、
ML2Lはバランス入力を装備している。
1970年代後半のこの時期、バランス入力をもつコンシューマー用パワーアンプは、
すこし前に登場したルボックスのA740ぐらいだった。

当時バランス出力をもつコントロールアンプは、コンシューマー用モデルには存在してなかった。
だから話題にならなくて当然とも言えるのだが、なぜML2Lはバランス入力だったのか。
LNP2LもXLR端子は備えていても、アンバランス出力であり、
少なくともマーク・レヴィンソンが指揮していた時代に、バランス出力のコントロールアンプは登場しなかった。

ML2Lの入力端子は、CAMAC規格のLEMOコネクターによるアンバランス入力が2系統ある。
通常の非反転入力(正相)、反転入力(逆相)、それにバランス対応のXLR端子だ。

アンバランス入力で使用する場合には、使わないアンバランス入力にショートピンを挿しておく。
XLR端子でショートさせても同じことだ。

反転入力の場合、バッファーアンプを経由することになる。

ML2Lのバランス入力はブリッジ接続を可能にするためにつけられたのではないかと、私は見ている。
ジョン・カールは、ML2Lの回路とコンストラクションは、JC3と同じだと言っていた。

だから彼に訊いた。「あのヒートシンクは、特注品なのか、誰のアイデアなのか」と。

私の中では、星形のヒートシンク・イコール・ML2Lとイメージができ上がっているほど、
強烈な印象を与えていたヒートシンクは、実は、一般に市販されていたもので、JC3にも当然使用していた、とのこと。

そういえば1970年代なかごろ、ダイヤトーンのパワーアンプDA-A100は、カバーがかけられているため目立たないが、
ML2Lと同じ型のヒートシンクを使っている。
それにマークレビンソンと同じ時代のアンプ・ブランド、
ダンラップ・クラークのDreadnaught 1000、Dreadnaught 500も、サイズはひとまわり小さいようだが、
やはり同型のヒートシンクを、シャーシーの左右に、むき出しで取りつけている。
Dreadnaught 1000は空冷ファンを使っているため、ヒートシンクは横向きになっている。

たしかに、ジョン・カールが言うように、市販されている、一般的なパーツだったようだ。

なのに、なぜML2Lだけに、星形のヒートシンクのイメージが結びついているのか。
Dreadnaught 500も、真上から見たら、ML2Lと基本的なコンストラクションは同じといえよう。

異るのは、ヒートシンクの数とその大きさ。
ML2Lを真上から見ると、ヒートシンクが3、中央のアンプ部のシャーシーが4くらいの比率で、
ヒートシンクは左右にあるため、半分以上はヒートシンクが占めている。

一方Dreadnaught 500は、ヒートシンクがひとまわり小さい。
それにパネルフェイスの違いもある。

ML2Lは中央下部に電源スイッチがひとつと、ラックハンドルだけのシンプルなつくりなのに対して、
Dreadnaught 500は、2つの大きなメーターのほかに、電源スイッチと4つのツマミがあり、
どうしてもパネルの方に目が行ってしまう。

ML2Lには精悍な印象がある。音だけでなく、見た目にも無駄な贅肉の存在が感じられない。

1976年のCESのマークレビンソンのブースに展示されていたステレオ仕様のパワーアンプが、
ジョン・カールが主張するJC3そのものだとしたら、
ML2Lのイメージは、JC3のイメージそのものであり、
おそらくこのアンプこそ、JC3であった可能性が高い。
ML2Lは、シャーシー両サイドに3基ずつ、計6基のヒートシンクを備えていて、
この星形のヒートシンクが、ML2Lの外観上の大きな特徴にもなっている。

アンプ内部のコンストラクションは、フロントパネルの真裏に電源トランス、
そして平滑用コンデンサー、金属の仕切り板(シールド板)があり、
その向こうにプリント基板が2枚垂直に取りつけられている。
リアパネル側に近いほうが電圧増幅段で、もう1枚が定電圧回路と保護回路となっている。

6基あるヒートシンクは、左右で+側と−側に分かれており、
それぞれフロントパネルの真裏の1基ずつが定電圧回路の制御トランジスターが取りつけてある。

ML2Lは、電圧増幅段だけでなく、ドライバー段、出力段の電源供給をすべて定電圧電源から行なっている。
言うまでもなくML2LはA級動作のパワーアンプである。
この部分の放熱量もかなりのものとなる。

真ん中と後ろ側のヒートシンクが、出力段のためのもので、
それぞれのヒートシンクにパワートランジスターが2つずつ取りつけられている。
真ん中のヒートシンクにはドライバー段も含まれている。

つまりML2Lの出力段は、4パラレル・プッシュプルである。

これらのヒートシンクは、上下の取りつけネジを外せば、容易に取り外せる。
電圧増幅段の基板、定電圧電源・保護回路の基板も、
メイン基板にコネクターで接続されているので、交換は容易だ。

メンテナンス性は高く設計されている。
ヴェンデッタリサーチを興したころのジョン・カールにインタビューした時の話を元に書いている。
その時は不思議に思わなかったけれど、彼は、この時、JC3の回路図のコピーを用意していた。
事前に、マークレビンソン時代のことを訊くことは伝えていなかったし、
マークレビンソンのことが話題になったのも話の流れから、であった。

なのに彼は、JC3の回路図のコピーを2枚渡してくれた。
1枚は手書きのもので、もう1枚はインターネットで公開されているもの。
ほとんど同じだが、一部定数が異る箇所があるくらい。

インタビューは、1987年ごろだった。マーク・レヴィンソンと決裂して10年は経っている。

いま思えば、ジョン・カールは、アンプの技術者としての誇りを、
まわりは、なぜ? そこまでこだわるのか、と思うほど、大切にしていたのだろう。
だからこそ、己が設計(デザイン)したアンプには、JCとつけるのであって、
それを無断で外されること以上の、彼に対する侮辱はないのかもしれない。
JC1、JC2のJCは、ジョン・カール (John Curl) の頭文字である。

ジョン・カールに聞いた話では、当時、彼が住んでいたスイスまで、
マーク・レヴィンソンが訪ねてきて、彼の手もとにあったJC3を回路図と一緒にアメリカに持ち帰った。
それから1年以上が経ち、マークレビンソンからML2Lが発表された。
しかも、そのまえに、JC2がML1Lへと変更されている。

MLはもちろんMark Levinson の頭文字である。

この変更についても、事前にジョン・カールに何の連絡もなかった、ときいている。

このふたつの件で、ジョン・カールとマーク・レヴィンソンの仲は、完全に決裂する。
1976年のスイングジャーナルのオーディオのページに、CESの記事が載っている。
そこに興味深いものが写っている。

マークレビンソン・ブランドのパワーアンプである。
ML2Lの登場は77年であり、モノーラル・パワーアンプで、出力は25W。

写真のパワーアンプにはまだ型番はなく、プロトタイプと思われる。
外観はML2Lそっくりで、独特の星形のヒートシンクが左右に3基ずつある。

ML2Lとの相違点は、ステレオ・パワーアンプということ、そして出力は15W+15W。
しかもフロントパネル中央には、電源スイッチが2つついている。

2つの電源スイッチが、左右独立したものなのか、片方がスタンバイスイッチなのかは、
まったく説明がないのと、写真が不鮮明で小さいため、はっきりとしたことはわからない。

おそらくこれがジョン・カールが言う「JC3」なのだろう。
マーク・レヴィンソン自身はアンプの技術者ではない。
だから、マークレビンソンのアンプには3人の男が関わっている。

ひとりめは、LNP1、LNP2の初期ロットやLNC1(LNC2の前身)に採用されたモジュールの設計者、
リチャード・S・バウエン(ディック・バウエン)だ。

ふたりめはLNP2の自社製モジュールの設計、ヘッドアンプのJC1、
薄型コントロールアンプの流行をつくったJC2を手がけたジョン・カール。

最後のひとりは、ML7Lの設計者として、はじめて名前が明かされたトム・コランジェロ。

マークレビンソン・ブランド初のパワーアンプML2Lの設計者は、当初、マーク・レヴィンソンだと伝えられた。
かなり後になり、ML2Lは、トム・コランジェロを中心としたチームの設計だと訂正された。

だがジョン・カールは「ML2はJC3と呼ぶべきアンプ」だと主張する。
石清水を入力したのに、出てきたのは濁水だった......。
そこまでひどいアンプは、当り前だが存在しない。

でも石清水の味わいが失われて、蒸留水に近くなったり、
蒸留水に、ほんのわずかだが何かが加わって出てくる。
そういう精妙な味わいの変化は、アンプの中で起こっている。

完全な理想のアンプが存在しない以上、
アンプの開発者は、なにかを優先する。

ある開発者は、できるだけアンプ内で失われるものをなくそうとするだろう、
また別の開発者は、不要な色づけをなくそうとするだろう。

もちろん、その両方がひじょうに高いレベルで両立できれば、それで済む。
現実には、特にマーク・レヴィンソンがLNP2に取り組んでいたころは、
失われるものを減らすのか、それとも色づけをなくしていくのか、
どちらを優先するかで、つねに揺れ動いていても不思議ではない。

ふたつのLNP2を聴いて、私が感じていたのは、そのことだった。

バウエン製モジュールのLNP2は、失われるものが増えても、色づけを抑えたい、
マークレビンソン製のモジュールのLNP2Lは、できるだけ失われるものを減らしていく、
そういう方向の違いがあるように感じたのだった。

LNP2Lは失われるものが10あれば、足されるものも10ある。
LNP2は足されるものは5くらいだが、失われるものは15ぐらい、
少し乱暴な例えではあるが、わかりやすく言えば、こうなる。

水の話をしてきたから、ミネラルウォーターに例えると、
LNP2Lは硬水、LNP2はやや軟水か。水の温度も、LNP2Lのほうがやや低い。

これは、どちらのLNP2が、アンプとして優れているかではなく、
オーディオ機器を通して、音楽を聴く、聴き手の姿勢の違いである。

音楽と聴き手の間に、オーディオ機器が存在(介在)する。
その存在を積極的に認めるか、できるだけ音楽の後ろに回ってほしいと願うのか、
そういう違いではないだろうか、どちらのLNP2を採るか、というのは。

そして、LNP2Lを通して足されるものに、黒田先生は、
マーク・レヴィンソンの過剰な自意識を感じとられたのではないのか。

足されるものは、聴き手によって、演出になることもあるし、邪魔なものになる。

瀬川先生は、LNP2Lによって足されるものを、積極的に評価されていたのだろう。
だからこそ、アンプをひとつ余計に通るにも関わらず、バッファーアンプを搭載することに、
積極的な美(魅力)を感じとられた、と思っている。

だからML7Lが登場したとき、
黒田先生は、積極的に認められ導入されている。
瀬川先生は、ML7Lの良さは十分認めながらも、音楽を聴いて感じるワクワクドキドキが薄れている、
そんなことを書かれていたのを思い出す。

JBLの2405とピラミッドのT1Hの試聴記も思い出してほしい。
「人間の死にざま」(新潮社)に所収されている「音と悪妻」で、

このところ実は今迄のマッキントッシュMC275の他に、関西のカンノ製作所の特製になる300B-M管一本を使ったメイン・アンプを併用している。これは出力わずか8ワットという代物である。さすがに低域はマッキンの豊饒さに及ばぬが、だが、何という高音の美しさ、音像の鮮明さ、ハーモニイの味の良さ......昔の愛好家がこの真空管に随喜したのもことわり哉と、私は感懐を新たにし、マッキンよりも近頃は8ワットのカンノ・アンプで聴く機会が多い。

と書かれ、組み合わされているコントロールアンプについて、「ベートーヴェンと雷」のなかで、
マークレビンソンのJC2だとされている。

念のため、関西の、と書かれているが、正しくは、小倉の、である。

カンノ・アンプをお使いだったことは、以前から知っていた。
コントロールアンプはマッキントッシュのC22かマランツの#7のどちらかで、おそらく#7かな、と思っていただけに、
JC2の文字を見た時は、驚きよりもうれしさのほうが大きかった。

実は、私もJC2を使っていたからだ。

1987年だったか、とある輸入商社の方にお願いして、アメリカから取り寄せてもらった。
しかもジョン・カールによってアップグレードされたJC2だった。
しかもJC1が搭載されているものだった(「人間の死にざま」を手に入れたのは2000年ごろ)。

ツマミは、初期の、細くて長いタイプ。
見た目のバランスは、途中から変更になった、径が太くなり、短くなったツマミの方がいいのはわかっているけど、
JC2の、あの時代のアンプの中で、ひときわとんがっていた音にぴったりなのは、やっぱり細いツマミだからだ。

五味先生のJC2がどちらなのかは、写真で見たわけではないのでわからない。
けれど、きっと初期のモノだと、確信している。
岡先生は、バウエン製もジュールのLNP2を購入されたあとに、
マークレビンソン自社製モジュールのLNP2との比較も行なわれたうえで、
バウエン製モジュールのLNP2を、高く評価されていた。

瀬川先生は、バウエン製モジュールのLNP2は聴かれていないはず。
もし聴かれていたとしても、自社製モジュールのLNP2をとられたであろう。

なぜそうなるのか。

おふたりの、オーディオを通しての、音楽の聴き方の違いから、であろう。

70年代のステレオサウンドの別冊で、
岡先生、瀬川先生、黒田先生の鼎談が掲載されている。
読んでいただければわかるが、岡先生と黒田先生の意見に対し、
瀬川先生の意見が、まるっきりかみ合わない。
これはレコード音楽の聴き方の相違から生れてくるもので、
相手を理解していないからでは、決してない。だから、ひじょうに面白い鼎談になっている。

この時期(70年代後半)に、黒田先生が、2つのLNP2を聴かれたら、
おそらく岡先生と同じようにバウエン製モジュールのほうを選ばれたかもしれない。

1980年にML7Lが登場したときに、黒田先生がステレオサウンドに書かれた文章に、興味深いことが出てくる。

ML7L以前のマークレビンソンのアンプには、己の姿を鏡に写して、それに見とれているような、
そんな印象を受けていた。ML7Lには、そういうところがなくなっている。
そんな意味合いのことだった。

黒田先生が言われる、ML7L以前のアンプは、LNP2とJC2 (ML1L) のことであり、
LNP2は、自社製モジュールの搭載のもの。

黒田先生は、世紀末はナルシシズムの時代とも書かれていた。
"straight wire with gain" を目指したアンプは、味も風味もない、素っ気無い音の代名詞のようにいわれた時期があった。
蒸留水のような音、とも言われていた。

この「蒸留水のような」という表現は、あきらかに誤解を生み易い。
たしかに蒸留水は、味気のない水で、ちっともおいしくはない。

けれど、もう一度、"straight wire with gain" をきっちりと捉えなおしてほしい。

もし完璧な "straight wire with gain" といえるアンプが存在していたとしよう。
このアンプに蒸留水を入力すれば、出力には蒸留水のまま、水量だけが変化して出てくる。
清冽な石清水を入れたら、やはり水量だけ変化して石清水が、成分はまったく変化せずに、
濁水ならば、浄水されることなく、そのまま濁水で出てくる。

石清水を入れても濁水でも、出てくるのが蒸留水であるのなら、
それはフィルターを通した水(音)であり、この手のアンプは、断じて "straight wire with gain" ではない。

蒸留水イコール無色透明なわけではない。

これから先、どんなに技術が進歩しようと、少なくとも私が生きている間には、
"straight wire with gain" を実現できるアンプは現われはしないだろう。

2台のLNP2(岡先生のLNP2とステレオサウンド常備のLNP2L)は、
内部のモジュールが違い、外部電源の仕様もまったく違う。
そのモジュールも、設計者が同じならばまだしも、かたやリチャード・S・バウエン、
もう片方はジョン・カールと、これもまた違う。
つまりまったく別物のアンプと捉えるべきだ。なのに外観がまったく同じ。
こんな例はおそらくLNP2が初めてだろうし、最後だろう。

どちらのLNP2を良しとするかは、聴き手次第であり、私は、迷うことなくLNP2Lをとる。
1970年代の半ばごろか後半か、アメリカのオーディオジャーナリストのジュリアン・ハーシュが、
理想のアンプの条件として、"straight wire with gain(増幅度をもったワイヤー)" と定義した。

いまではあまり見かけなくなり語られなくなったようだが、一時期はよく引き合いに出されていた。

ジュリアン・ハーシュが、どこからインスピレーションを得て、この言葉を思いついたのかは不明だが、
LNP2や、さらにシンプルな機能のJC2の登場が、多少は関係しているように思われる。

この "straight wire with gain" といっしょに語られていたのが、アンプの理想を蒸留水とした例えである。
別冊FM fanに瀬川先生が、マーク・レヴィンソンは、このまま、どこまでも音の純度を追求していくと、
狂ってしまうのではないか、という主旨のことを書かれていた。
実際には狂うことなく、むしろ経営者として面が強くなっていったようにも、私個人は感じているが......。

LNP2が出たころ、マーク・レヴィンソンはアンプの技術者でもあり、
LNP2の新モジュールは、当初はレヴィンソンの設計によるものだと言われていたし、
ほとんどの人がそう信じていた。もちろん私も信じ切っていた。

1984年にMLAS (Mark Levinson Audio Systems) を離れCelloを興したころ、
レヴィンソン自身が、「アンプの技術者ではなかった」と語っている。

彼がほんとうにアンプの技術者だったら、瀬川先生の心配が現実になったかもしれない。

ときどきバウエン製モジュール(UM201)と
マークレビンソン自社製モジュールLD2の音の違いについて聞かれることがある。

どちらが良いのか、どんな違いなのか......と。

バウエン製モジュールのLNP2は数が極端に少ないため、実際に聴いた人は少ないようだし、
私もステレオサウンドにいたから、幸運にも試聴の機会にめぐまれた。

岡先生所有のLNP2と、ステレオサウンド試聴室で使っていたLNP2Lとの比較である。
LNP2もJC2も外部電源になっている。
言うまでもなく、電源トランスからの漏洩フラックス、振動の影響を避け、SN比をできるかぎり高めるためである。
電源部が外部にあることで、アンプ内部のコンストラクションの自由度も増す。

ただメリットばかりではなく、デメリットもある。
最も問題なのは、電源部とアンプ本体を接ぐケーブルには、必ずインダクタンスが存在すること。

ケーブルが長ければ長いほどインダクタンスも大きくなり、外部電源の出力時には低かったインピーダンスも、
ケーブルを伝わってアンプに供給されるときには、高域のインピーダンスが上昇する。

これを防ぐには、極端にケーブルを短くすればいいが、これでは実用性がない。
もうひとつは、アンプ本体のコネクター部からNFBをかけれる手法だ。

型番がついた外部電源、PLS150ではまだ採用されていなかったが、
次のPLS153からはこの手法により、インピーダンスの上昇を抑えている。
そのためコネクターのピン数が増えている。

つまり外部電源とアンプ本体を接ぐケーブルがNFBループ内に含まれるため、
このケーブルを好き勝手に、他のケーブルと交換するのはやめたほうがいい。
ステレオサウンド 38号に掲載されている山中先生のリスニングルームには、
マランツの#7、ハドレーのModel 621、GASのテァドラがメインのコントロールアンプとして、
クワドエイトのLM6200R、JBLのSG520、マッキントッシュのC22とC28、
マランツの#1 (×2) +#6がサブのコントロールアンプとして、ラックに収められている。

プレーヤーにはEMTの930st、オープンリールデッキにアンペックスのModel 300を使われることからもわかるように、
山中先生は、プロ用機器、コンシューマー機器というカテゴリーにとらわれることなく、
優れた、魅力あるオーディオ機器ならば、コレクションに加えられ、使いこなされていた。

そういう方だから、1974年にシュリロ貿易がサンプルとして入荷したLNP2を、
「プロまがいの作り方で、しかもプロ用に徹しているわけでもない......」と
酷評されたのは、むしろ当然だろう。

どこをそう感じられたのか。

テープ入出力端子とメインの出力端子のRCAジャックと並列に接いだだけのXLR端子がそうだろう。
LM6200が600Ωのバランス対応なのに、
LNP2は、ハイインピーダンス受けのアンバランス入力とローインピーダンスのアンバランス出力、
当時のプロ用機器で常識だったインピーダンス・マッチングには、何の配慮もない。

レヴィンソン自身が、市場に、自身が満足できるクォリティのミキサーが存在しないために作ったというのは、
75年から輸入元になったR.F.エンタープライゼスの謳い文句だが、
LNP2のブロックダイアグラムを見て、ミキサーから生れたコントロールアンプと言えるだろうか。

LNP2の型番からわかるように、LNP1というモデルが存在する。
このLNP1が、レヴィンソンによるミキサーだが、ブロックダイアグラムなどの資料がまったくないため、
詳細は不明。LM6200のようにバランス対応だったのか、それともアンバランスだったかも不明だ。

LNP2のインプットレベルヴォリュームとインプットアンプのゲイン切換えに、
ミキサー的と言えなくもないが、やはり中途半端なままだ。

ライン入力でも、接続する機器によって信号レベルが異る場合がある。
さらにフォノイコライザーアンプの信号レベルは、組み合せるカートリッジ、
それがMC型ならば、ヘッドアンプのゲインや昇圧トランスの昇圧比によって、
ライン入力とかなりレベル差が生じることもある。

プロ用機器として、ミキサーとして、本来開発されたものであるならば、
例えばリアパネルの各入力(フォノ入力は除く)端子に、
それぞれ独立した、しかも左右独立のレベルコントロールを設け、
入力信号を切り換えても、再生レベルが変化することがないように調整できるようにしておくべきだ。
プロの録音現場で使われていたLM6200を、もう一度見てほしい。

もちろん、コンシューマー用コントロールアンプには、こういうことは私だって求めない。
だがプロ用機器となると話は別だ。

それから外部電源という形態もそうだろう。
SN比を高めるための手段とはいえ、それはコンシューマー機器で許されることであって、
プロ用機器では、こんなことは、まずあり得ない。

つけ加えておく。
LNP2に対し厳しいことを書いているけれど、LNP2にずっと憧れてきたし、
いまでも、一度は自分のモノとして使いたい、と心のどこかで思ってもいる。

LNP2とほぼ同時期に、アメリカのQUADEIGHT(クワドエイト)からLM6200Rというコントロールアンプが出ていた。


LM6200は、ポータブル用ミキサーで、6チャンネルの入力、それぞれにレベルコントロールをもつ。

末尾にRのつくモデルは、1、2チャンネルにRIAAイコライザーカードを搭載したモデルである。

LM6200Rだと、ライン入力はのこり4チャンネル、つまり左右で2チャンネル必要だから、ライン入力は2系統となる。


LM6200Rと便宜上呼んでいるが、正確にはミキサー部がLM6200であり、VUメーター部はVU6200で、

独立した筐体をトランクケースにラックマウントしている。

ライン入力がさらに必要な場合には、LM6200を足すことで対応できる。


入出力はXLR端子を使い、プロ用機器という性格上、すべてバランス対応なのは言うまでもない。


質実剛健なつくりのプロ用機器として、LM6200Rは、岩崎先生が愛用されていたし、

山中先生も所有されていた。

LNP2のブロックダイアグラムは、多くのコントロールアンプの構成とは、やや異る。
オプションのバッファーアンプを装備しない標準状態では、
カートリッジの信号は、フォノプリアンプ、インプットアンプ、アウトプットアンプを通る。
AUX、チューナーなどのライン入力は、インプットアンプ、アウトプットアンプを、
テープ関係の信号は、ライン入力と同じだが、
テープセレクタースイッチを使えば、インプットアンプをパスでき、アウトプットアンプのみを通って出力される。

リアパネルには、テープ入出力とメイン出力端子は、XLRコネクターが併設されているが、
パランス入出力ではなく、いずれもアンバランス入出力である。

LNP2はメイン(アウトプット)ヴォリュームの他に、
インプットアンプの前にインプットレベルヴォリュームが左右独立で設けられ、
さらにインプットアンプのNFB量を切り換えることで、この段のゲインを調整できる。

VUメーターに表示されるのは、このインプットアンプの出力レベルである。

ここのゲインとインプットレベルヴォリュームの設定が、
組み合わせるパワーアンプの感度やスピーカーの能率によっては、意外に神経質な面をのぞかせることもある。

初期のLNP2はゲイン切換えが0〜+20dBまでだったのが、末尾にLがつくタイプからは、+40dBとなり、
ゲイン切換えにともなう、つまりNFB量の変化によって音の抑揚や音場感も変ってくる。

メインヴォリュームは、トーンコントロールの役割ももつアウトプットアンプの前にある。
LNP2用のモジュールの設計には、ひとつの大きな制約があった。消費電力である。

LNP2には片チャンネル当り6つの信号用モジュールとVUメーター駆動用モジュールが1つ、
左右両チャンネルで8つのモジュールを搭載している。
さらに、バッファーアンプ用にモジュールを追加できるように、最初からそうなっている。

瀬川先生は、信号が通過するアンプモジュールは増えることになるが、
バッファーアンプを追加したほうが、音の表情の幅と深さが増すと書かれていた。
実際、瀬川先生が愛用されていたLNP2は、バッファー用とモジュールが追加されていたし、
ステレオサウンドに常備されていたLNP2も、そうだった。

1977年に、入出力コネクターが、一般的なRCAジャックからCAMAC規格のLEMOコネクターに変更されたとき、
外付け電源も大きく変更され、電源にもPLS150という型番がつけられるようになった。
それまでは、そんなに立派な仕様ではなく、汎用性といった感じのモノが付いていた。

もともとの付属電源の容量が、実はそれほど余裕があるわけでなく、
しかもLNP2は最大10個のモジュールを搭載する。
OPアンプ中心の回路構成で消費電力も低かったバウエン製モジュールでは、
それでも問題は生じなかった。

けれど、74年に登場した、ジョン・カール設計のJC2搭載のモジュールを、
そのままLNP2には消費電力の面で、搭載は無理だった。

ディスクリート構成のモジュールを、
OPアンプ中心のバウエン製モジュールと変わらぬ消費電力で実現しなければならない。
このことに、苦労させられたと、ジョン・カールは語ってくれた。

そのことを裏づけるかのように、JC2のモジュールには、Class Aという表記がある。
LNP2のモジュールには、そういう表記はない。
1972年に、アメリカでLNP2は誕生している。バウエン製モジュール搭載のLNP2である。

アンプ・モジュールはエポキシ樹脂で固められているので、中身がどうなっているのかは、
回路構成を含めて、当時は一切わからなかった。

ステレオサウンドにいたとき、ジョン・カールにインタビューしたことがある。
80年代にはいりディネッセンのJC80を出し、
その数年後の、ヴェンデッタ・リサーチからSCP1を発表したばかりのころだ。

このときバウエン製モジュールについて、すこしだけ教えてくれた。
回路の中心はOPアンプで、性能向上のため、いくつかのパーツが使われている、とのことだった。
おそらくOPの前段にFETによる差動回路の追加か、
出力にバッファーアンプを設けたのか、もしくはその両方か。

マーク・レヴィンソンは、バウエン製モジュールにOPアンプが使われていることが、大きな不満だったらしい。
そのためだろうか、性能も音質に関しても、完全には満足しておらず、
そのためジョン・カールに、バウエン製モジュールと互換性があり、
より高性能で高音質の、自社製モジュールの設計を依頼した、とのことである。
Mark Levinsonの日本語表記だが、
マークレビンソンとマーク・レヴィンソンと使いわけている。

Mark Levinson個人の表記は、マーク・レヴィンソンにしている。

ブランドのMark Levinsonは、R.F.エンタープライゼス時代には、ブランド表記は、マーク・レビンソンだったが、
現在の輸入元のハーマン・インターナショナルの表記に従い、マークレビンソンとしている。

これから先も何度か登場すると思うMark Levinsonだけに、ことわっておく。
KEFの#105で思い出したことがある。
1979年前後、マークレビンソンが、開発予定の機種を発表した記事が
ステレオサウンドの巻末に、2ページ載っていたことがある。

スチューダーのオープンリールデッキA80のエレクトロニクス部分を
すべてマークレビンソン製に入れ換えたML5のほかに、
マランツ10 (B)の設計、セクエラのチューナーの設計で知られるリチャード・セクエラのブランド、
ピラミッドのリボントゥイターT1をベースに改良したモノや、
JBL 4343に、おもにネットワークに改良を加えたモノのほかに、
KEFの#105をベースにしたモノもあった。

A80、T1(H)、4343といった高級機の中で、価格的には中級の#105が含まれている。
#105だけが浮いている、という見方もあるだろうが、
訝った見方をすれば、むしろ4343が含まれているのは、日本市場を鑑みてのことだろうか。

マークレビンソンからは、これと前後して、HQDシステムを発表している。
QUADのESLのダブルスタックを中心とした、大がかりなシステムだ。
このシステム、そしてマーク・レヴィンソンがチェロを興してから発表したスピーカーの傾向から思うに、
浮いているのは4343かもしれない。

結局、製品化されたのはML5だけで、他のモノは、どこまで開発が進んでいたのかすら、わからない。

なぜマーク・レヴィンソンは、#105に目をつけたのか。
もし完成していたら、どんなふうに変わり、
どれだけマークレビンソンのアンプの音の世界に近づくのか、
いまはもう想像するしかないが、おもしろいスピーカーになっただろうし、
#105の評価も、そうとうに変わってきただろう。

マークレビンソン(Mark Levinson)というブランドが、 

他のオーディオ・ブランドと異なる点は、 

ブランドに、自分の名前をフルネームでつけたことではないだろうか。 


マークレビンソン以前にも、マランツ、マッキントッシュなど 

創立者、中心人物の名前をブランドにしたメーカーはいくつもある。 

けれど、どれもファミリーネームだけで、 

創立者のフルネームをそのままブランドにはしていない。 


フルネームをブランドにしたメーカーは、 

マークレビンソン以外にも、JR、JBLなどがあるが、 

創立者のフルネームのイニシャルどまり。 


最近ではジェフ・ロゥランド・デザイン・グループが、 

創立者のフルネームを使っているが、 

これは最初ローランド・リサーチだった。 

けれど、日本のローランド社からのクレームで、 

日本語表記がロゥランド・リサーチになり、 

それでもまだ紛わしいというクレームのため、 

現在の社名になったわけで、 

マークレビンソン(Mark Levinson)とは異なる。 


バウエン製モジュールのLNP2と 

自社製モジュールのLNP2の音の違いは、 

このことは大きく関係しているように思えてならない。

2005年夏、ある人から、瀬川先生に関する話をきいた。


1981年(亡くなられた年)の春、 

スイングジャーナルの組合せの取材でのこと。 


当時スイングジャーナルの編集部にいたその人が、 

取材前に、瀬川先生に組合せに必要な器材をたずねたところ、 

「スピーカーはアルテックの620Bを用意してほしい、 

アンプはマークレビンソンはもういい、 

マイケルソン&オースチンのTVA1とアキュフェーズのC240がいい、 

プレーヤーはエクスクルーシヴのP3を」ということだったとのこと。 


そして取材当日、620Bのレベルコントロールを、大胆に積極的にいじられたりしながら、

最終的に音をまとめ終わり、満足できる音が出たのか、 

「俺がほんとうに好きな音は、こういう音なのかもなぁ......」と 

ぽつりとつぶやかれた、ときいた。 


そのすこし前に使われていたのは、JBLの4343に、 

マークレビンソンのアンプのペア、 

そしてアナログプレーヤーは、EMTの927DstかマイクロのRX5000+RY5500(それも二連仕様)。 


JBLの組合せとアルテックの組合せの違い、

表面的な違いではなく、本質に関わってくる違いを、どう受けとめるか。

1970年代の後半にオーディオに興味をもち始めた私にとって、 
MLAS(Mark Levinson Audio Systems)を主宰していたマーク・レヴィンソンは、 
ミュージシャンであり、録音エンジニアでもあり、 
そしてすぐれたアンプ・エンジニア──、 
憧れであり、スーパースターのような存在でもあり、 
マーク・レヴィンソンに追いつき、追い越せ、が、じつは目標だった。 

LNP2やJC2をこえるアンプを、自分の手でつくり上げる。 
もっと魅力的なアンプをつくりあげる。 
そのために必要なことはすべて自分でやらなければ、 
マーク・レヴィンソンは越えられない。 
そう、中学生の私は思っていた。

とにかくアンプを設計するためには電子回路の勉強、 
これもはじめたが、一朝一夕にマスターできるものじゃない。 
(中学生の私にも)いますぐカタチになるのは、パネル・フェイスだな、 
かっこいいパネルだったら、なんとかなるんじゃないかと思って、 
夜な夜なアンプのパネルのスケッチを何枚も書いていた時期がある。 

フリーハンドでスケッチ(というよりも落書きにちかい)を描いたり、 
定規とコンパス使って、2分の1サイズに縮小した図を描いたことも。 
横幅19インチのJC2を原寸で描くための紙がなかったもので、 
2分の1サイズで描いていたわけだ。 
(とにかく薄型のかっこいいアンプにしたかった) 

「手本」を用意して、いろいろツマミの形や大きさ、数を変えたりしながら、 
中学生の頭で考えつくことは、とにかくやったつもりになっていた。 

1977〜78年、中学3年の1年間、飽きずにやっていた。 
授業中もノートに片隅に描いてた。
けれども......。 

  ※ 

そんなことをやっていたことは、すっかり忘れていた。 
当時はまじめにやっていたのに、きれいさっぱり忘れていた、このことを、 
ある時、ステージ上のスクリーンに映し出されている写真を見て思い出し、 驚いた。 

このときのことは、ここ 
http://www.audiosharing.com/people/dialogue/2002_07/maegaki/maegaki.htm )で、
すこしふれている。 

1994年の草月ホールでの川崎先生の講演で、 
スクリーンに映し出されたSZ1000を見た時に、 
中学時代の、そのことを思い出した。 

当時、私が「手本」としたアンプのひとつが、そこに映っていたからだ。 

デザインの勉強なんて何もしたことがない中学生が、 
アンプのデザインをしようと思い立っても、なにか手本がないと無理、 
その手本を元にあれこれやれば、きっとかっこよくなるはず、と信じて、 
落書きの域を出ないスケッチを、それこそ何枚と書いていた。 

当時、薄型のコントロールアンプ各社から出ていた。
ヤマハのC2、パイオニアのC21、ラックスのCL32などがあったなかで、 
選んだのはオーレックスのSZ1000、そしてもう一機種、同じくオーレックスのSY77。

SZ1000のパネルの横幅は、比較的小さめだったので、 
まずこれを1U・19インチ・サイズにしたらどうなるか。 
ツマミの位置と大きさを広告の写真から計算して、 
19インチのパネルサイズだと、どの位置になり、どのくらいの径になるのか。 
そんなことから初めて、ツマミの形を変えてみたり、位置をすこしずつずらしてみたり、 
思いつく限りいろんなことをやっても、手本を越えることができない。 

SY77に関しても、同じようなことをやっていた。 
SY77は、オプションのラックハンドルをつけると、 19インチ・サイズになる。
これを薄くすると、どんな感じになるのか、という具合に。 

1年間やっても、カッコよくならない。 
「なぜ? こんなにやっているのに......」と当時は思っていた。 

その答えが、十数年後の、1994年に判明。 
同時に、われながら、中学生にしてはモノを見る目があったな、と 
すこしだけ自惚れるとともに、 
敗北に似たものを感じたため、やめたことも思い出していた。 

あらためて言うまでもSZ1000もSY77も、川崎先生の手によるデザインだ。

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