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少なくとも国産アンプからは、磁性体は排除される方向で進んでいくと思われたが、
1991年、ビクターのモノーラルパワーアンプ、ME1000は、鋳鉄製のベース(重量33kg)に、
電源トランス、電解コンデンサー、ヒートシンクといった、
パワーアンプ内で振動源となりやすい部品をしっかり固定することで、
いわゆるメカニカルアース化(振動モードの一元化)をはかっていた。

ME1000、1台の重量は83kgである。

今年、今度はTADから、鋳鉄製ベースを採用したパワーアンプが登場した。M600だ。
M600の鋳鉄ベースも重量はほぼ30kgで、トータル重量は90kgと、ME1000と、ほぼ同じ規模である。

M600も、鋳鉄ベースに、電源トランス、電解コンデンサー、ヒートシンクをしっかりと固定している。

ME1000もM600も、一台のアンプに使われる鉄の量としては、過去最大ではなかろうか。

なぜ、あえて鉄を選んだのだろうか。
たとえば上杉アンプのコントロールアンプ、U・BROS1は、信号系の配線材の一部に鉄線が使われていることは、
設計者の上杉先生がなんどか記事に書かれているから、ご存じの方も多いだろう。

上杉先生は、鉄線を使ったことについて、スイカにかける塩を例えに出される。
スイカの甘味をきわだたせるために、ほんのすこし塩をふりかけるのと同じことで、
ある箇所にほんのわずか鉄線を用いることで、音がきわだってくる、とのことだ。

刺激的な音が出てくることを、もっともきらわれる上杉先生だけに、
確信犯的な、鉄線の使い方だ。

むやみやたらに鉄線を使ったら、音が濁って、がさつくだけだろう。
どこにどれだけ使うかは、それまでアンプを数多く造ってこられた経験則によるものであることは、容易に想像できる。

アンプに関しては、1980年ごろ登場したサンスイのプリメインアンプ、AU-D907Limitedが、
銅メッキをシャーシーだけでなくネジ一本一本にまで施すことで、
磁性体に起因する歪を排除すのを目指したころから、磁性体の排除が活発になってきた。

たしかに磁性体の排除は効果があった。
鉄は磁性体である。
だから、スピーカーやカートリッジなどの磁気回路、電源トランスや信号系のトランスの鉄芯、
そういった動作に必要なもの以外の磁性体をなくす方向できている。

シャーシーはもちろんネジの一本まで徹底して磁性体を排除する人にとっては、
スピーカーユニットのフレームといえど、なにもわざわざ鉄を使うこともなかろうに、と思われることだろう。

信号系からひとつずつ磁性体を排除していくことを否定しはしないが、たとえば真空管のピン、
トランジスターやFETのリード線なども、意外と磁性体が使われているものだ。

すべての部品を特註でもしないかぎり、磁性体を信号系から完全に排除することは無理であろう。

ならば鉄には鉄ならではのよさがあるはずで、それを積極的に利用しようという考えも、
一方にあってもいいはずだ。
2404に採用されたTH4003については、「音像の前後移動のない大型ホーン」と、井上先生は書かれている。

見た感じはほとんど同じに見えるTH4001とTH4003だが、音像の前後移動があるかないかは、
比較的近い距離で聴くときには、大きな違いとなってくる。

音像の前後移動といってもホーン内部のことであり、それ以上にひろがるわけではないので、
スピーカーとの距離が数メートル以上とれる場合には、近距離で聴くときほどは気にならない。

つまりスピーカーとの距離が近くなればなるほど、音像移動の問題は気になってくるものであり、
TH4003を搭載した2404は、家庭内で聴くことも前提とした設計であり、
このことがスタジオでの使用を前提しているであろう2402との違いでもある。

そしてウーファーに関しては、「鋳鉄フレームの禁を犯したウーファー設計は、
確信犯的な技術成果で、少し硬質だがビシッと決まる低音はスリリングでもある」と、ステレオサウンド 133号にある。
1983年に、パイオニアはTADのユニットを搭載したExclusive Model2401TwinとExclusive Model2402を発表している。

2401Twinは、型番末尾のTwinが示すようにTL1601aをダブル仕様、2404はシングルで、
ドライバーとホーンは、どちらもTD4001とTH4001の組合せ。

鋳鉄フレームのTL1601cを搭載したModel 2404は、外観、形態的には2402と同じに見えるが、
ユニットはすべて一新されている。
ドライバーとホーンは、TD4003とTH4003の組合せ。

2404に関しては、井上先生が、ステレオサウンド 124号に書かれている。

ここで、「大型のホーンでは音像が前後方向に移動する例が多く」とある。
これは、2404の前身2401に採用されたTH4001のことを指している。

2401Twinと2402が登場したころから言われていたことで、
ヴォーカルもの、それも声域の広い歌手の歌を聴くと、声の高さによって、音像定位が前後するのがわかる。

このことに気がつくと、ずっと耳につくようになる。意外と気持悪いものである。
TAD(Technical Audio Devices)のウーファーに関しては、TL1601aとTL1601bは現行製品なのに、
最後に登場した、鋳鉄フレームのTL1601cだけが製造中止になっている。

ところで、TADの呼び方だが、私を含めてほとんどの方が、おそらく〝タッド〟だろう。

1983年ごろ、TADのスピーカーユニットが登場したときから、タッドと呼んでいた。
パイオニアの方も、そう呼んでいたと記憶している。

けれど、先週末の秋葉原で開催された音展でのTADのブースでは、
スタッフの方たちは〝ティエーディ〟と発音されていた。

JBLがジェイビーエルだし、KEFがケーイーエフだから、たしかにTADがティエーディでも不思議ではない。

以前はタッドでよかったのかもしれない。
どこかでティエーディに変ったのかもしれないし、実は最初からティエーディで、
勝手にタッドだと思い込んでいただけかもしれないが、
少なくとも現在の正しい呼び方は、ティエーディ、である。
VC7の、口径13cmのウーファーは、振動板にはカーボンとアラスカ麻を使い、
フレームには、一般的なアルミダイキャスト製ではなく、響きと剛性を重視して、鉄である。

鉄といえば、安もののスピーカーユニットのフレームは鉄板プレスが多いが、
VC7のウーファーは、おそらく鋳鉄であろう。

ユニットを取り外して実際に見たわけではないが、ベーゼンドルファーがピアノメーカーであること、
約20トン前後の張力に耐えるピアノのフレームは、鋳鉄製であるからだ。

ピアノの音を大きく支配すると云われているフレームが鋳鉄なのは、
外側が硬いにも関わらず、内側はある程度の柔らかさをもっているから、だそうだ。

鋳鉄フレームのウーファーといえば、パイオニア/TADのTL1601cもそうである。
パイオニアのExclusive 2404に採用されているウーファーである。

民主主義的なつくられかたをされたスピーカーは、なるほど精確かもしれない。
それはオーディオに対して、音響的な精確さにとどまることも多いようにも思う。

一方、VC7やオートグラフのようなスピーカーは、精確さということでは、
その他多くのスピーカーの方が、ずっと、その点では高く評価されるであろう。

けれど、音楽的な正確さ(精確さ、ではない)ということになると、
必ずしもどちらの側のスピーカーが上とは、断言できないところが、オーディオの難しさと面白さとして存在している。

オーディオの技術の限界は、つねに存在する。
そのなかで、技術を高度に発展させていくことも大事なのはわかったうえで、
洗練させていくことも大事なのではなかろうか、と感覚的にそう思っている。

VC7やオートグラフの語り口に、気品を感じるのは、
どちらのスピーカーの設計者も、もてる技術を洗練させた努力の結果であるからだ。
VC7の音を思い出すと、語り口という言葉が浮んでくる。
VC7は、VC7ならではの、音楽の語り口をもっている。

その語り口に、私は、少なくとも気品を感じているのかもしれない。

スピーカーは、いまのところどこまでいっても、からくりであることには変わりはない。
だからこそ、からくりならではの語り口が、必然的に生れてくるように思っているのだが、
なんだか最近の一部の、ある種素っ気無さをまとっているスピーカーには、語り口を感じることはない。

オートグラフにも、オートグラフならではの語り口がはっきりとある。
いまも高い評価を得ているスピーカーは、古い新しいに関係なく、
そのスピーカーならではの語り口を、立派な語り口をもっているからこそ、人を魅了してやまないのではないか。

もちろん、その語り口が気になる人にとっては、スピーカーとして論外ということになるかもしれない。
だからといって、なんら語り口をもたないスピーカーを、私は選ぼうとは、まったく思っていない。
スピーカーシステムの音を判断する項目、たとえば聴感上のSN比、レンジの広さ、
帯域バランスの良さ、歪感の少なさ、等々、思いつく限りこまかく挙げていき、
それぞれの項目をできるだけ良くする方向で音をまとめていく──。

そうやってつくられたスピーカーシステムは、もちろん優れたモノであるだろう。
けれど、そうやってつくられたスピーカーシステムは、なにかを失っているのかもしれない。

たとえば、ヴィルトゥオーゾと呼ばれた、往年の演奏家と、
現代の、優れたテクニックを有している演奏家との違いにも似ているような気がする。

オートグラフ、VC7に共通して、私が感じている良さは、「気品」であろう。


タンノイ・オートグラフも、ベーゼンドルファー(BORDMANN)・VC7も、
ユニットが発する音以外は極力抑えようというスピーカーの在り方とは正反対のところにある。

スピーカーユニットが技術的に完璧なものであって、無共振ということが、ほぼ実現できるであれば、
その在り方のみを純粋に徹底して追求していくのもいいだろうが、
現実には、まだまだスピーカーユニット自体は未完成というよりも、からくりの一種のいえるものであるし、
これから先はわからないが、無共振の素材、つまりいっさいの固有音をもたない素材で、
エンクロージュアに使えるもの、そんなものは、いまのところ、ない。

実験室レベルで、無共振スピーカーシステムをめざしていくのは、それはそれでいい。
けれど、現実のスピーカーシステムとしては、どこかで、からくりであること、
理想の素材は存在しないこと、とうまく折り合いをつけてこそ、
スピーカーでしか味わえない音楽体験が生れてくるのだと思っている。

折り合いのつけ方として、オートグラフやVC7という在り方も、
一方の極のリファレンスとして必要ではないだろうか。
タンノイ・オートグラフの、それぞれの受持ち帯域はどうなっているかというと、
中高域は、デュアルコンセントリック型ユニットのクロスオーバー周波数が1kHzなので、それ以上の帯域、
ウーファーは1kHz以下どこまでかというと、フロントショートホーンの開口部の大きさが関係してくることもあって、
それほど低いところまでは受け持っていないのはたしかだろう。

バックロードホーンが、それより下の帯域を受け持つことになるわけだが、
1960年代のタンノイのカタログには250Hz以下で効果を発揮している、という記述もあるし、
ステレオサウンド別冊「The British Sound」には、350Hzより下、とある。

250Hzなのか350Hzなのかははっきりしないが、300Hz近辺として、
オートグラフでは、300Hzと1kHz、
ベーゼンドルファー(BRODMANN)のVC7は、130Hzと2kHz。
わりとちかい値といえないだろうか。
しかもLCネットワークによるクロスオーバーは、どちらもひとつだけである。

そしてもうひとつ共通点として、オートグラフは同軸型ユニット採用、
VC7は、ウーファー、トゥイーターは別個のユニットではあるものの、
ユニットの放射パターンを考えると、仮想同軸配置といえなくもないわけだ。
200万円の予算があれば、各ブランドのトップモデルか、
トップモデルとまではいかなくても、充実した技術的内容をもつ中堅機が購入できる。

それらのスピーカーとくらべてみると、VC7は、ウーファーの口径は13cm(4発ついているものの)と、小さい。
トゥイーターはソフトドーム型ユニットが2つ。
いわばVC7の価格の大半は、エンクロージュアの代金といってもよいだろう。
この価格の比率は、往年のタンノイ・オートグラフにおけるそれに近いのではないだろうか。

どちらもエンクロージュアの響きの助けを借りて、
それぞれの、それでしか聴くことのできない低音を創り出している。

VC7は、トゥイーターが2kHz以上、エンクロージュアの両側に2基ずつのウーファーは130Hzまでを、
130Hzより下の帯域は、独自の、プレート・ホーン・レゾネーターが受け持つ。
優秀なモノーラル録音をきちんと再生すれば、かなりのリアリティのある音が得られる。
ただしオーケストラなどの編成の大きいものや、ひとつの楽器でも、ピアノのように大きなものではなく、
人の声、チェロぐらいの大きさの音源のソロというぐあいに限られるとはいえ、
説得力ある表現に、モノーラルでもいいかな、とそのときは思わせてくれる。

ヴァイオリンも楽器のサイズとしては小さいが、倍音成分の再現となると、
ステレオ録音に圧倒的に分がある。
とはいえ、モノーラル録音、つまり真空管全盛の時代の録音のなかには、
再生音ならではの、ヴァイオリンの美があり、これはこれで、捨て難い魅力をもつ。

ステレオ録音は、極端な表現をすれば、音源だけモノーラル録音に、
音場感というステージ(空間)が加わる。音色の美しさに響きの美しさが加わった世界である。

ベーゼンドルファーのスピーカーは、安いものではなかった。かなり高価なスピーカーシステムだった。
BRODMANNのスピーカーも、ほぼ同じ価格だろう。
となるとVC7は、ペアで200万円をこえるであろう。
ヤマハがベーゼンドルファーを買収したというニュースを聞いて、
危惧したのは、スピーカーシステムの製造をやめさせてしまう、ということで、
事実、2008年のインターナショナルオーディオショウのノアのブースには、
ベーゼンドルファーのスピーカーの姿はなかった。

この項の(その1)で、最後のところにちらっと書いているが、
スピーカー部門の主要スタッフは独立している。

去年暮には、BRODMANN Acoustics という会社を興している。
ウェブサイトも、すぐに公開されていたが、いつアクセスしても、
ベーゼンドルファーのスピーカーには似つかわしくない、派手なFLASHによる画面が表示されるだけで、
他のページはまったく作られていなかった。

数ヵ月経ってアクセスしてみても、同じまま。トップページのみのウェブサイトだった。
資金繰りがうまくいかず、消滅してしまうのか......とまで思ってしまうほど、
いつまで経っても、何の動きもなかった。

今日、やはり数ヵ月ぶりにアクセスしてみたら、まだまだ手つかずのページが残っているが、
トップページも変更され、ベーゼンドルファー時代のスピーカーの姿が、そこにあった。
復活していた。
インターナショナルオーディオショウで、個人的に印象に残っているのは、
ベーゼンドルファーの不在である。

去年、聴いたベーゼンドルファーの音を
もういちど聴きたくて会場に足を運んだといってもいいくらいだっただけに、残念である。

今年はじめ、ベーゼンドルファーをヤマハが買収したニュースをきいて、
いちばん心配だったのがスピーカーの製造が終了してしまうことだった。
案の定だ。

ピアノメーカーがつくったスピーカーだけに、ピアノの再生は得意だけど、
ほかのものは......、という印象が強かったようだが、
響きの忠実性は、高いものを持っていたスピーカーだった。

去年のノアのブースでかけられていたカンターテ・ドミノだが、
教会で録音されていることはよく知られているが、
この教会は石造りではなく、木で造られた教会だけに、
一般にイメージされる教会の響きと違い、暖かく柔らかい。
この木の感じを、よく出してくれる。

そして次にかかった、同じ教会でも石造りのところで録音されたCDでは、
そういう響きを見事に響かせてくれる。

いわゆる音場感とは違う、響きの再現性。
なかなかこういうスピーカーはないだけに、ひじょうに残念だが、
ベーゼンドルファーのスピーカーに関する主要スタッフは、ふたりだけらしい。
もしかすると、彼らが独立して、またスピーカーづくりをはじめるかもしれない、
という情報も耳にした。期待している。

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