菅野沖彦の最近のブログ記事

5年前だったはずだが、菅野先生に、「敵は己の裡(なか)にある。忘れるな」と、言われた。
胸に握りこぶしを当てながら、力強い口調で言われた。

この、もっともなことを、人はつい忘れてしまう。

この菅野先生の言葉を思い出したのは、岩崎先生がなぜ「対決」されていたのか、
なに(だれ)と対決されていたのか、について考えていたからだ。

「自分の耳が違った音(サウンド)を求めたら、さらに対決するのだ!」──

岩崎先生の、この言葉にある「違った音(サウンド)」を求めるということは、どういうことなのか。

「複雑な幼稚性」(その3)で、「人は音なり」と書き、悪循環に陥ってしまうこともあると書いた。

悪循環というぬるま湯はつかっていると、案外気持ちよいものかもしれない。
けれど、人はなにかのきっかけで、そのぬるま湯が濁っていることに気がつく。
そのときが、岩崎先生の言われる「違った音(サウンド)」を求めるときである。
この比較試聴のとき、私が坐っていたところは、かなり後ろのほうで、しかも左寄りの席。
スピーカーの姿は、前にいる人たちの頭にかくれて、ほとんど見えない。

そういう状況においても、どちらがどの振動板かはふせたまま音出しがはじまったとたんに、
「あっ、聴きなれたアルミニウムの音だ、こっちがダイアモンド振動板のトゥイーターだ」
そう、あっけなくわかるほどの、このふたつ振動板の差の大きさだった。

ピストニックモーションということに関しては、アルミニウム振動板よりも、
ダイヤモンド振動板の方がはるかに理想に近い、そんな感じさえ受けるほどだ。

XRT20が登場した1981年に、ダイアモンド振動板のトゥイーターは存在してなかったが、
もしすでに存在していたら、XRT20を、20年かけて開発したマッキントッシュ社長のゴードン・ガウは、
はたして採用していたかというと、それでもソフトドーム型を選んだはずだ。

いまでもダイアモンド振動板のトゥイーターは、かなり高価なものだから、
片チャンネル当り24個もユニットを使うXRT20では、コスト的に採用は無理だろう、という人もいるだろう。

20年もかけてスピーカーを開発しつづけた男が、コストの問題から、
理想に近いユニットを使わないなんてことはあり得ない。

ゴードン・ガウにとって、XRT20にとって理想のトゥイーターは、ソフトドーム型だったはずであろう。

というよりも、XRT20という理想のスピーカーを実現するには、
ソフトドーム型でなければ適わなかったと、言いかえたほうが、より正しいように思う。
トゥイーターにかぎらず、ウーファーにしてもスコーカーにしても、
同一帯域を受け持つユニットを複数使用したスピーカーに対して、
「ぴったり特性が揃っていて、ぴったり同じ動きをしているわけないでしょう。
ウーファーを低いところまでの使用だったら、ダブルにするメリットが大きいけれど、
周波数が高くなるにつれて、複数使用のメリットよりもデメリットの方が大きくなる」
といった意見が、いまでもついてまわる。

スピーカーの絶対解がピストニックモーションの追求、完全なる実現だけだとしたら、
たしかにそうなのかもしれない。

この考えでいけば、XRT20のトゥイーターコラムに使用するユニットは、
ソフトドーム型よりハードドーム型のほうが向いていることになる。

さらにハードドーム型のなかでも、アルミニウムの振動板よりもより内部音速が速く、
高域の共振周波数が可聴帯域外にあるダイヤモンド振動板のドーム型トゥイーターが、
現時点では最良の選択となるだろう。

一昨年のインターナショナルオーディオショウのマランツのブースで、
B&Wの小型2ウェイ・スピーカーの805のトゥイーターを、
ダイヤモンド振動板のものに交換した特別仕様とアルミニウム振動板の通常仕様との比較が行われていた。
複数のユニットを使う場合、できるだけ同条件で等しくすべてのユニットを動かそうとしたら、
すべてのユニットの並列接続ということになる。

しかも細かいことを言えば、ネットワークからトゥイーターにいくケーブルの長さも、
すべて同じになるようにすると考えがちなのが、マニアの性(さが)だろう。

24個のトゥイーターを並列にして8Ωにするには、ひとつのユニットのインピーダンスを、
8×24で、192Ωにすればいいわけだ。

真空管式のOTLアンプがさかんに実験されていたときには、
数100Ωのインピーダンスのスピーカーユニットがあったそうだが、
200Ω近いインピーダンスのユニットは現実的ではない。

XRT20の24個のトゥイーターは、直列・並列接続の組合せに、抵抗が加えられている。

こう書くと、ケーブルの長さまで等しくしないと、
それぞれのユニットの動きにズレが生じてしまうと捉える人にとって、
XRT20のトゥイーターコラムは、とんでもないシロモノになってしまうだろう。

ピストニックモーションだけにとらわれて、スピーカーを見れば、短絡的にそう思うだろう。
その1とその2で、菅野先生がお使いの3組のスピーカーに共通するのは、
中高域の拡散と低域の電子的なコントロールにあると書いた。

いまでもそう考えているが、マッキントッシュのXRT20とジャーマンフィジックスのDDDユニットには、
もうひとつ共通するところがあるように、最近思えてきた。

XRT20のトゥイーターコラムは、24個の、2.5cm口径のソフトドーム型トゥイーターから構成されている。

この24個が、どう接続されているのか、XRT20が登場したとき、疑問だった。

たとえば16個、25個だったら、まだわかる。
16個だとしたら、4つずつを直列に接続することで、8Ωのユニットだと32Ωになり、
さらに4つを直列にしたものが4つできるわけで、その4つを並列に接続すれば、8Ωになる。

25個の場合も同じで、5つずつ直列に接ぎ、やはり5つの直列ユニットができ、これを並列にすれば8Ωになる。

24個だと直列・並列接続をどう組み合わせても、うまくいかない。インピーダンス補正用の抵抗が必要となる。

24個も25個も、コスト的にはそう変らないだろうから、なぜ25個という合理的な数にしなかったのか、
納得のいく答えがわからなかった。
菅野先生は、レコパルの掲載された「岩崎千明のサウンド・ワールド」に、
「岩崎千明氏の愛蔵品に思う」という文章を寄せられている。
     ※
岩崎さんという人は、大変な趣味人であったが、氏にとってオーディオとは、趣味であったと同時に仕事であった。氏自身の人生そのものであった。今こうして岩崎さんのコレクションを見ると、なお一層その感にうたれる。
我々のジェネレーションは、オーディオに対して、コレクターとしてより、音そのものに興味を感じるのだが、その岩崎さんが、これだけのものを持っておられたのは、非常な驚きだ。5、6年前の岩崎さんには、あまり製品を集めたいという心情はなかったように思う。
     ※
5、6年前というと1970年ごろのこと。
岩崎先生のリスニングルームが紹介された、ステレオサウンド 38号が出たのは、1976年。
黒田先生はハーレムに例えられているくらい、とりすましたところはまったくない、オーディオ部屋という感じだ。

メインスピーカーのJBLのパラゴンの両側には、アルテックの604-8Gを収めた620Aが乗っている。
ユニットの位置を耳の高さに合わせるためだろう、エンクロージュアは上下逆さまに置いてある。
それでもネットワークは、その状態できちんとなるように向きを変えられている。

しかもパラゴンの両脇には、JBLのC40ハークネスがあり、パラゴンの対面にはJBLのL71ベロナがある。
パワーアンプ、コントロールアンプは山積みになっている。

リスニングルームの広さは、12畳ほどだったらしい。
ここに、信じられないくらいの数のオーディオ機器がいる。

しかももうひと部屋、14畳ほどの広さのリスニングルームもある。
瀬川先生への追悼文の中で、菅野先生は
「僕が高校生、彼は僕より三歳下だから中学生であったはずの頃、
われわれは互いの友人を介して知り会った。いわば幼友達である。」と書かれている。

菅野先生は1932年9月、瀬川先生は1935年1月生まれだから、学年は2つ違う。
ということは、菅野先生が高校2年か1年のときとなる。

けれど、去年の27回忌の集まりの時、菅野先生が、
「瀬川さんと出会ったのは、ぼくが中学生、彼が小学生のときだった」と話された。
みんな驚いていた。私も驚いた。

27回忌の集まりは、二次会、三次会......五次会まで、朝5時まで6人が残っていたが、
「さっき菅野先生の話、びっくりしたけど、そうだったの?」という言葉が、やっぱり出てきた。

それからしばらくして菅野先生とお会いしたときに、自然とそのことが話題になった。

やはり最初の出会いは、菅野先生が中学生、瀬川先生が小学生のときである。
共通の友人とは、佐藤信夫氏である。
「レトリックの記号論」「レトリック感覚」「レトリック事典」などの著者で、佐藤氏だ。

佐藤氏の家に菅野先生が遊びに行くと、部屋の片隅に、いつも小学生がちょこんと正座していた。
大村一郎少年だ。いつもだまって、菅野先生と佐藤氏の話をきいていたとのこと。

何度かそういうことがあって、菅野先生が佐藤氏にたずねると、紹介してくれて、
音楽の話をされたそうだ。いきおい表情が活き活きとしてきた大村少年。

けれど3人で集まることはなくなり、菅野先生は高校生に。
ある日、電車に乗っていると、「菅野さんですよね?」と声をかけてきた中学生がいた。
中学生になった大村少年だ。

「ひさしぶり」と挨拶を交わした後、
「今日、時間ありますか。もしよかったら、うちの音、聴きに来られませんか。」と
菅野先生をさそわれた。

当時はモノーラル。アンプもスピーカーも自作が当然の時代だ。
お手製の紙ホーンから鳴ってきた音は、
「あのときからすでに、オームの音だったよ、瀬川冬樹の音だった」。

瀬川冬樹のペンネームを使われる前からつきあいのある方たち、
菅野先生、長島先生、山中先生、井上先生たちは、大村にひっかけて、
オームと、瀬川先生のことを呼ばれる。
瀬川先生自身、ラジオ技術誌の編集者時代、オームのペンネームを使われていた。

菅野先生と瀬川先生の出会い──、
人は出会うべくして出逢う、そういう不思議な縁があきらかに存在する。ほんとうにそう思えてならない。
菅野先生が使われているスピーカーに共通するのは、中高域の拡散ともうひとつ、
低域の電子的なコントロールがあげられる。

マッキントッシュのXRT20は、専用のヴォイシングイコライザーMQ104(調整ポイントは4つ)か
MQ107(調整ポイントは7つ)で、専門のエンジニアによる
部屋のアコースティック環境の補正(ヴォイシング)サービスを行なっていた。
菅野先生はご自身で調整されている。

JBLの375を中心としたシステムウーファーと、
ジャーマン・フィジックスのDDDユニットのシステムの低域は共通で、
JBLのウーファーを、マルチアンプ駆動で使われている。
このウーファーも、もちろんグラフィックイコライザーでコントロールされている。

中高域の拡散と低域の電子的なコントロール──、
このふたつの要素を充たしているスピーカーを、現行製品から見つけ出すと、
B&OのBeolab5が、まさしくそうである。

オシャレなオーディオ機器として扱われがちなB&Oの製品だが、
違う観点からBeolab5を、いちど見てほしい。
数年前から感じていることだが、
ある年齢に達しないと出せない音、世界があきらかにある。
菅野先生の音を聴くたびに、その思いは強くなる。

菅野先生と同じだけのオーディオの才能、センス、耳、 
そして同じオーディオ機器と同じリスニングルーム環境を持った人が、 
もしこの世の中にもうひとりいたとしても、 
菅野先生の今の音を出すためには、 
同じくらいの人生を送ってこなければ無理なのではないか......、 
類稀なセンスや感性、才能を持っていても、 
それだけではどうしても到達できない 音の世界(レベル)がある。 

孔子の論語が頭に浮ぶ。 

子曰く、 
吾れ十有五にして学に志ざす。 
三十にして立つ。 
四十にして惑わず。 
五十にして天命を知る。 
六十にして耳従う。 
七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。 

1932年生れの菅野先生は、今日、76歳になられた。
「七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。 」、
まさにそのとおりである。

「かたち」

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菅野先生がときどき引用される釈迦の言葉、 
最近ではステレオサウンド167号の巻頭言で引用されている──
「心はかたちを求め、かたちは心をすすめる」。 
デザイナーの川崎先生の言葉、 
「いのち、きもち、かたち」。 

このふたつに共通している「かたち」。 
オーディオに限らずいろんなことを考える時に、 
この、ふたりの言葉は、私にとってベースになっているといえる。 

いままでは「いのち、きもち」が「心」で、 
それが「私」だと、なんとなく思ってきた......。
けれど「かたち」が加わって、はじめて「私」なんだということに、 
4年ほど前に気がついた。 

川崎先生の「いのち、きもち、かたち」をはじめてきいたのが、 
2002年6月だから、2年半かかって気がついたことになる。 

正直に言うと、いままで、なぜ「心はかたちを求める」のかが、 
よくわからなかったけど、 
「いのち、きもち、かたち」こそが「私」だとすると、 
「かたちを求める」のところが、自然と納得できる。 

そして、よく口にしておきながら、 
これもなぜそうなのかが、よくわからなかった 
「音は人なり」という言葉も、すーっと納得できる。 

そして「音は『かたち』なり」とも言いたい。
菅野先生がお使いのスピーカーは、 
JBLの375+537-500(蜂の巣)を中心としたシステム、 
マッキントッシュのXRT20、 
そして4年前に導入されたジャーマン・フィジックスのDDDユニットを中心としたシステムの3組である。

中高域以上は、JBLはホーン型、XRT20はドーム型の複数使用、 
ジャーマン・フィジックスはウォルッシュ・ドライバー。 
振動板の素材もまったく異る。
JBLはアルミ、ジャーマン・フィジックスはチタンで、同じ金属と言っても、
ジャーマン・フィジックスのチタンはひじょうに薄い膜であり、
指で軽く触ってみると、プニョプニョした感触で、剛性を高めるための金属の採用ではない。
まったく異なる型式・方式・素材のスピーカーが三組と受けとめられがちだが、
「中高域の拡散」ということでは、三つとも共通していると、私は考えている。

なぜ菅野先生は、375と組み合せるホーンに、蜂の巣を選択されたのか。 
菅野先生のリスニングルームの壁の仕上げ、
JBLのシステムに数年前から導入さてれているリボン・トゥイーターの理由、 
そして音を聴かせていただくと納得できるのが、 
中高域の拡散、ということ。 

なぜ菅野先生は、JBLのトゥイーター075だけでは満足されなかったのか。 
それは高域レンジの問題だけではなく、 
375と蜂の巣の組合せによる中域の拡散と比べると、 
高域の拡散が不十分と感じられたためではないかと思っている。
オーディオに関心をもつきっかけは、 
五味康祐氏の「五味オーディオ教室」で、
多くのマニアの方のように、
どこが素晴らしい音楽(音)に触れたのがきっかけというのではなく、
一冊の本との出会いが、私のオーディオの出発点になっている。 

「五味オーディオ教室」が、私にとって最初のオーディオの本であり、 
この本と最初に出合ったこと、原点となったことは、 
とても幸運だったと、いまでも思っている。 

買ってきたその日から、毎日読んだ。 
学校に持っていては休み時間に読み、 
帰宅してからも、ずーっと読む。 
何回も何回も頭から最後まで読み返して、 
また興味深いところだけを、これまた何回も読み直して、 
何度読んだかは、もうわからないくらい読み返した。 

何度も読みながら、
「オーディオという趣味はなんと奥深いものなんだろう......、 
音楽を聴くという行為の難しさ、素晴らしさ──、これは一生続けられる趣味だ」と思うとともに、 
当時ステレオを持っていなかった私は、この本を読むことで、 
オーディオの本当の音は、こういうものなんだ、 と勝手に想像(妄想)したものである。 

いくつも強烈に印象にのこっている言葉がある。 
そのなかのひとつが、 
「いま、空気が無形のピアノを、ヴァイオリンを、フルートを鳴らす。 
これこそは真にレコード音楽というものであろう」のフレーズ。 

空気が無形のピアノを目の前に形作って、 
そのピアノから音(音楽)が響いてくる──、 
中学二年の私は、それがオーディオの在りかただと思い込む。 

しかし、五味先生は、 
「実際に、空気全体が(キャビネットや、 
ましてスピーカーが、ではない)楽器を鳴らすのを 
私はいまだかつて聴いたことがない」とも書かれている。 
     ※
2005年5月19日、菅野先生のリスニングルーム。 

菅野先生が「第三世代」と呼ばれている 
ジャーマン・フィジックスのDDDユニットを中心としたシステムで、 
プレトニョフのピアノ(シューマンの交響的練習曲)で、 
「五味オーディオ教室」を初めて読んだときから29年、 
「空気が無形のピアノを鳴らす」のを、 はじめて耳にした。 

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