岩崎千明の最近のブログ記事

岩崎先生が書かれている。
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高価な高級品ほどよく鳴らすのがむずかしいものである。わが家には昔作られた、昔の価格で1000ドル級の海外製高級システムから、今日3000ドルもする超大型システムまで、いくつもの大型スピーカーシステムがある。こうした大型システムは中々いい音で鳴ってくれない。トーンコントロールをあれこれ動かしたり、スピーカーの位置を変えたり。ところが、不思議なのは本当に優れた良いアンプで鳴らすと、ぴたりと良くなる。この良いアンプの筆頭がパイオニアのM4だ。このアンプをつなぐと本当に生まれかわったように深々とした落ちつきと風格のある音で、どんなスピーカーも鳴ってくれる。その違いは、高級スピーカーほど著しくどうにも鳴らなかったのが俄然すばらしく鳴る。昔の管球式であるものは、こうした良いアンプだが、現代の製品で求めるとしたらM4だ。A級アンプがなぜ良いか判らないが、M4だけは確かにずばぬけて良い。
     *
同じ経験は、私もあるし、他の方もお持ちであろう。
良いパワーアンプで鳴らしてみると、それまではスピーカーのせい、セッティングのせいにしていたことが、
パワーアンプがスピーカーを十全にドライブしていなかったことに起因していたことがはっきりとする。

(その11)で書いているが、基本的に井上先生も同じことを言われている。

QUADのESLが、パワーアンプの進化とともに、その評価を増していったことを思い出してほしい。
「矛盾した性格の持ち主だった。彼は名誉心があり嫉妬心も強く、高尚でみえっぱり、
卑怯者で英雄、強くて弱くて、子供であり博識の男、
また非常にドイツ的であり、一方で世界人でもあった」のは、
ウィルヘルム・フルトヴェングラーのことである。

フルトヴェングラーのもとでベルリン・フィルの首席チェロ奏者をつとめたことのある
グレゴール・ピアティゴルスキーが、「チェロとわたし」(白水社刊)のなかで語っている。

同じ書き出しで、1992年、ピーター・ガブリエルのことを書いた。
「ろくでなし」のことにふれた。

人の裡には、さまざまな「ろくでなし」がある。
嫉妬、みえ、弱さ、未熟さ、偏狭さ、愚かさ、狡さ......。

それらから目を逸らしても、音は、だまって語る。
音の未熟さは、畢竟、己に未熟さにほかならない。

音が語っていることに気がつくことが、誰にでもあるはずだ。
そのとき、対決せずにやりすごしてしまうこともできるだろう。

そうやって、ごまかしを増やしていけば、
「ろくでなし」はいいわけをかさね、耳を知らず知らずのうちに塞いでいっている。

この「複雑な幼稚性」から解放されるには、対決していくしかない。

ピアティゴルスキーは、つけ加えている。

「音楽においてのみ、彼(フルトヴェングラー)は首尾一貫し円満で調和がとれ、非凡であった」
5年前だったはずだが、菅野先生に、「敵は己の裡(なか)にある。忘れるな」と、言われた。
胸に握りこぶしを当てながら、力強い口調で言われた。

この、もっともなことを、人はつい忘れてしまう。

この菅野先生の言葉を思い出したのは、岩崎先生がなぜ「対決」されていたのか、
なに(だれ)と対決されていたのか、について考えていたからだ。

「自分の耳が違った音(サウンド)を求めたら、さらに対決するのだ!」──

岩崎先生の、この言葉にある「違った音(サウンド)」を求めるということは、どういうことなのか。

「複雑な幼稚性」(その3)で、「人は音なり」と書き、悪循環に陥ってしまうこともあると書いた。

悪循環というぬるま湯はつかっていると、案外気持ちよいものかもしれない。
けれど、人はなにかのきっかけで、そのぬるま湯が濁っていることに気がつく。
そのときが、岩崎先生の言われる「違った音(サウンド)」を求めるときである。
「ステレオは飾りモノじゃないんだよ」といって、
岩崎先生は、JBLのコントロールアンプ、SG520の汚れを落とそうとはされなかった、ときいている。

中野で開かれていたジャズ喫茶でも使われていたことと、リスニングルームで喫煙されていたことで、
フロントパネルは、かなり汚れていたにもかかわらず、内部は新品同様にきれいにされていた、ともきいている。

アンプ内部にほこりがたまり、トランジスターや抵抗、コンデンサーのリード線にヤニがついたりしていては、
本来の性能(音)は発揮できない。そんな状態では、対決するなんてできない。

大音量は、そして、皮膚感覚を呼び起こすためでもあったように思う。

音を聴くのは耳だけだが、音を感じるのは耳だけではなく、からだ全体である。
五感をとぎすますためにも、皮膚感覚にうったえるだけの音量が必要だったのかもしれない。
「音に対決する」といったような息づまる聴き方──、
サウンド誌No.7に、岩崎先生は、こう書かれている。

ここにも「対決」ということばが出てくる。

この項の(その1)に引用した
「自分の耳が違った音(サウンド)を求めたら、さらに対決するのだ!」という岩崎先生のことばがある。

対決するにあたって、岩崎先生にとってどうしても必要だったのは、
雑念を浮かべることさえ不可能な大音量であったと思う。

対決に邪魔なのは、いうまでもなく雑念である。
雑念まじりで対決しようものなら、あっけなく負ける。
そういう聴き方を岩崎先生は、ずっとされてこられたのだろう。

だから対決するような音楽ではない場合には、小さな音で聴かれたのだろう。

それでは、なぜ、岩崎先生は対決されたのか、が残る。
小さな音量で、小さい音をはっきりと聴きとるには、スピーカーに近づけば、いい。
たしか、そんなことを以前、どこかに書かれていたことがある。

ということは、岩崎先生にとって大音量は、
小さい音(細かいところ)まではっきりと聴きたいためだけではないことがわかる。

なんのための大音量なのか、を、あらためて考えてみたい。

ステレオサウンド 38号で語られている。

「インストゥルメンタルのときは、確かに普通のひとよりも大きな音量で聴いています。かなり昔からそうです。たとえば、ジャズを聴くのだったら、15インチのスピーカーでなければ絶対にダメだと、ずいぶん昔から思っていた。」

そして38号の訪問記事のなかには、こうある。
     *
大音量で鳴らされるジャズに、しばらく耳を傾ける。いや、その音は、耳を傾けるなどという趣きではなく、ただひたすら聴いているほかにはいかなるてだてもないほどだ。しかし、雑念を浮かべることさえ不可能なその大音量ぶりは、官能的といいたいような快感をよびおこしてくれたのである。
黒田先生が、岩崎先生のリスニングルームを、ステレオサウンド 38号の取材で訪ねられたときに、
最初に鳴ったのは、リー・ワイリーの「バック・ホーム・アゲイン」だったと書いてある。

黒田先生がやや不審げな表情をされたぐらい、かなり小さな音量だったともある。

2曲目は、デイヴ・マッケンナ・クワルテットのレコードで、これは、そうとうな大音量で鳴らされたとある。

音楽の内容によって、ボリュウム設定は、かなり大きく変えられているということだ。

「演奏ができるだけ眼前にあるような感じがほしい」のと「小さい音もよく聴きたいという意識」から、
音量があがってきししまうと発言されているが、それでもヴォーカルのレコードは、
大音量で聴くとおかしなことになるという理由で、むしろ一般的な音量よりも小さめで聴くことが多い、とある。

ヴォーカルのレコードに含まれている「小さな音」も十分に聴きとりたいと思われていたであろう。
それでも、控えめな音量で聴かれている。
ステレオサウンド 43号に、「とてもセンシティブで心優しい感じだった」と、
岩崎先生のことを、岡先生は書かれている。

岩崎先生は、 QUADのESLを所有されていた。いつからなのかははっきりしないが、
ステレオサウンド 38号で、「かなりライヴな部屋で、しかも固い壁を背にして置くというイメージが強い」ESLを、
「6畳の和室で鳴らしてみる。そういう実験というか冒険をやってみたい」と語られているから、
1976年以前に購入されたのだろう。

QUADのESLと岩崎千明が、なかなか結びつかない人もいるだろう。
岩崎先生の愛用された、数多くのオーディオ機器のなかで、ESLは、
どちらかといえば、ちょっと浮いた存在として写るかもしれないが、
岩崎先生が大音量で聴かれる理由のひとつは、ローレベルのリニアリティに対して、
きびしく追い求められていたことを思い起こせば、納得のいく選択である。

岩崎千明=大音量再生というイメージが語られすぎているようにも思う。
たしかに大音量で、よく聴かれていた、ときいている。

だが、いつでも、どんな曲でも、大音量で聴かれていたわけでは、決してない。
岩崎先生といえば、「大音量」という言葉が、つねにいっしょに語られるが、
むしろ大事なのは、重要なのは「対決」のほうである。
ハーツフィールドをどう鳴らされていたのか、ほんとうのところはもうはっきりとしないことだろう。
それにしても、なんと岩崎先生のエネルギッシュなことだろう。

カートリッジの試聴テスト(ステレオサウンド 39号)は、1976年。
ハーツフィールドやパトリシアンIVを購入された年でもある。

この情熱と行動力は、そのまま見倣いたい、と思っているが、とおく及ばない。

井上先生が、岩崎先生への追悼文に、「プロ意識そのもの」と表現されている。
まさしくその通りなのだが、なぜ、ここまでも、とも思う。

このことは、大音量で聴かれていたことと、なんとなくではあるが、結びついているのではないか、
そう思えるようになってきた。

ステレオサウンド 38号で、黒田先生が、岩崎先生のリスニングルームを訪ねられたあと、
岩崎先生宛の手紙という形で、感想を書かれている。

タイトルは、アレグロ・コン・ブリオ。

そこに書かれている。
「大きな音で、しかも親しい方と一緒にきくことが多いといわれるのをきいて、岩崎さんのさびしがりやとしての横顔を見たように思いました。しかし、さびしがりやというと、どうしてもジメジメしがちですが、そうはならずに、人恋しさをさわやかに表明しているところが、岩崎さんのすてきなところです。きかせていただいた音に、そういう岩崎さんが、感じられました。さあ、ぼくと一緒に音楽をきこうよ──と、岩崎さんがならしてくださった音は、よびかけているように、きこえました。むろんそれは、さびしがりやの音といっただけでは不充分な、さびしさや人恋しさを知らん顔して背負った、大変に男らしい音と、ぼくには思えました。」

さびしさや人恋しさを知らん顔して背負った、大変に男らしい音──、
ここにも孤独があり、孤独を、岩崎先生は、ある意味、楽しまれていたのでは、と思えてくる。

そう思うのは、私のひとりよがりなのかもしれないが、
それでも、私の中では、一条の光とアレグロ・コン・ブリオ(輝きをもって速く)が、結びつく。
とはいうものの、少なくともステレオサウンドの39号でのカートリッジの試聴テストでは、
ハーツフィールドもステレオで鳴らされている。

ステレオの初期録音盤を、ハーツフィールドの、セカンドシステムでも聴かれているわけだから。

となると、あくまでも私の推測でしかないが、片方のハーツフィールドにはマッキントッシュのMC30を、
もう一方のハーツフィールドにはマランツの#2という、
不規則な鳴らし方を試されていた可能性があっても不思議ではないような気もする。

他の人ではあり得ないことも、岩崎先生なら、「実は......」という感じでやられていたのでは、と思えてくる。
レコパルの記事には、エレクトロボイスのパトリシアンIVとJBLのハーツフィールドのところに、
「モノラル仕様」と書いてある。
マランツの#2のところにも、そう書いてある。
念のため書いておくが、岩崎先生は、#2は2台所有されていた。

他のスピーカー(パラゴンやESL、ハークネス、エアリーズなど)のところには、そんなことは書いてない。

いまとなっては確認しようがないけれど、パトリシアンIVは、一本だけ入手されたのだろうか。

ハーツフィールドは2本、手に入れられているが、残念なことは、同程度のコンディションのものではなかったようだ。
     ※
一対になっていても、ステレオ以前の製品らしく左右の仕上げ外観はむろんのこと、なんと内部構造の一部さえ違うものだった。一方はあとから心ない者の手によって原型とはほど遠い塗装を加えられてしまっていたのが残念であるが、少なくとも同じ五〇年代でも四ないし五年ほど後から作られたとみられる。一方はまったくオリジナルのままの外観であった。正面右下端の小さな金属プレートの文字、JBL-Signature のくすみかたにも、いかにも年代の経過を感じさせた。同じJBLの数年前のクラシック調の「ヴェロナ」にもこうしたブロンズ調のマークがついていたが、ハーツフィールドの方はいかにも本物であった。
 おそらく五六年か五七年製、つまり二〇年前の製品だろうし、もう一方はひどい仕上げで塗り直してあるがもっと古い型であるのは、内部ユニットやタイプで打った銘板ならぬ紙をはったネットワークでそれが判断されたし、組立て用のいくつもあけ直してずれたネジ穴が物語る。
     ※
ハーツフィールドは、そういう状況だっただけに、最終的には、モノーラルで、
程度のよい片方だけを鳴らされていたのかもしれない。
これら5枚のレコードのなかで、SPのリカット盤やステレオ初期の録音盤などは、
アルテック620Aのシステムでは、好ましい結果が得られなくても、
セカンドシステムでは、逆転し、「好ましい結果が得ることが常であった」らしい。

このセカンドシステム
は、スピーカーはJBLのハーツフィールド、アンプはプリアンプはマランツの#7、
パワーアンプは、マランツの#二とマッキントッシュのMC30だ。

パワーアンプが2機種ある。当初、パワーアンプは交互につなぎかえて鳴らされたのだろうか、と思っていたが、
そうなると計4つのシステムで、123機種のカートリッジの試聴をやられたことになる。

それともハーツフィールドを、バイアンプで鳴られされたのだろうか、とも考えた。
けれど、マッキントッシュとマランツの管球式パワーアンプで、
どちらを低域に、高域に使うにしても、考えにくい使い方でしかない。

レコパルの、沼田さんの記事を読んでいて、もしかして、と、気がついたことがある。
ステレオサウンド 39号のカートリッジの試聴に、
井上先生はダイレクトカッティング盤を中心に選ばれている。
岡先生は、とうぜんのことながら、クラシックのみで、ポリーニによるシェーベルクのピアノ作品集、
アルゲリッチのショパン、カラヤンの「オテロ」、ブレンデルとハイティンクによるブラームスのピアノ協奏曲など7枚。
その他にいくつかのカートリッジでは、さらに別なレコードも使われている。

井上先生も岡先生も、1976年当時の、比較的新しいレコードを中心に使われているが、
岩崎先生は違う。

まずジャズ、ロックを中心で、しかもジャズは、新しいものとステレオ初期とモノーラルの50年代初期もの、
さらに40年代以前の古いものと、録音年代で4種類を試聴レコードとして選ばれている。

レコードについて、次のように語られている。
     ※
最新録音盤は、周波数特性とかスペクトラム的な判断に価値があったとしても、ステレオ感となるとかえって作為的で,良さの判断にはつながらず、苦労の種でしかない。ステレオ初期のレコードはこの点正直だ。50年代のジャズレコードのもつ特色は、そのまま「ジャズサウンドは、いかにあるべきか」を端的に示して、再生音楽におけるジャズ的視点を定めるのに好適といえる。古い録音のナローバンドのSN比の悪いSPリカット盤は、音楽以外の雑音や歪がどれだけ抑えられ、音楽を楽しむのに邪魔されずにすむか、を確かめるのに役立つ。現代的な意味で音の良いカートリッジが必ずしも雑音を抑えてくれるとは限らず歪も目立つ。
     ※
試聴レコードは以下のとおり。

●「ワン・フォー・ザ・デューク」
 エリントン/レイ・ブラウン
 パブロ(英国盤)
●「ヴィレッジヴァンガードのソニー・ロリンズ」
 ブルーノート(アメリカ盤)
●「イン・コンサート」
 クリフォード・ブラウン/マックス・ローチ
 マーキュリー(アメリカ盤)
●「ソロ・フライト」
 チャーリー・クリスチャン
 アメリカ・コロムビア盤
●「ブルー&グレー」
 ローリング・ストーンズ

2345、つまりツウー、スリー、フォー、ファイブ、というカッコいい型番を与えられているホーンを読者はご存知だろうか。23ナンバーで始まる四ケタ番号は、JBL・プロ用の中高音ホーンだ。そのあらゆるホーンの中で2345という名は、決して偶然につけられたものではなかろう。このナンバーのもつ響きの良さ、語呂のスムーズさは、それだけでも商品としての魅力を持ってしまうに違いない。名前が良くて得をするのはなにも人間だけではない。オーディオファンがJBLにあこがれ、プロフェッショナル・シリーズに目をつけ、そのあげく2345という型番、名前のホーンに魅せられるのは少しも変なところはあるまい。マランツ7と並べるべくして、マッキントッシュのMR77というチューナーを買ってみたり、さらにその横にルボックスのA77を置くのを夢みるマニアだっているのだ(実はこれは僕自身なのだが)。理由はその呼び名の快さだけだが、道楽というのは、そうした遊びが入りやすい。

     ※

「ベスト・サウンドを求めて」で、こんなことを書かれている岩崎先生は、

真空管時代からトランジスターの初期の時代のマランツのモデルナンバーに、

#11と#17が欠けているのを、とても気にされていた、と沼田さんがレコパルに書いている。


#13も欠番なのだが、欧米では凶数だから、なくて当然だろう。


私が気になるのは、マークレビンソンのMLナンバーの欠番である。


レヴィンソンは、型番を順番通りにつけている。

LNP2にしても、その前に4台しかつくられなかったLNP1というモデルが存在しているし、

MLシリーズにしても、JC2からモデルチェンジしたML1からはじまり、ML2、ML3......とつづき、

ML12までラインナップされているが、ML4、ML8が欠番になっている??、

そう思い込んでいただけで、ML8は存在している。


ML8は、Brüel & Kjaerの測定用マイクロフォン・カプセル、4133/2619用につくられたプリアンプである。

ML5の資料に書いてあった。


日本ではあまり知られていないようだが、ML5は、

スチューダーのオープンリールテープレコーダーA80のエレクトロニクス部を、マークレビンソンでつくりかえたもの。


このML5には、ML5Aという改良モデルがあったようで、これに搭載されているアンプが、L1カードである。


L1カードは、ML7のラインアンプでもある。とうぜん設計者は、トム・コランジェロ。


ただML5の設計者がコランジェロかどうかははっきりとしない。


ジョン・カールの可能性も捨てきれない。

ジョン・カールは、マークレビンソンのアンプを設計する以前は、アンペックスのエンジニアだった。

テープレコーダーの設計にも携わっていた。


だからジョン・カールがML5を設計し、ML5Aに採用されたL1はコランジェロということなのかもしれない。


ML4が存在していたのか、それともほんとうに欠番だったのかは、まだはっきりとしない。

日本が大きな市場だったマークレビンソンにとって、4は日本では嫌われているのを知っていて、避けたのか。

MLシリーズが12で終ってしまったのは、やはり13が凶数だからなのか。


この他にR1というモデルが存在していたこともわかった。

マランツ#10Bやセクエラのmodel1の設計者と知られるリチャード・セクエラによる

リボン型トゥイーターT1の、マークレビンソンによるモディファイ版である。


HQDシステムに採用されたデッカのリボン型トゥイーターは7kHzからの使用なのに対し、

磁気回路もリボン・ダイアフラムもひとまわり近く大きいT1(R1)は、5kHzから、となっている。

岩崎先生は、またパラゴンのことを、「プライベートなスピーカー」とも語られている(ステレオサウンド 38号)。

パラゴンは使いこなしが難しいスピーカーだと思われている方には、意外だろうが、
「大きな音はもちろん、キュートな小さい音」も鳴らせるパラゴンは融通性があり、
アンプによる音の変化も他のスピーカーよりも小さく「たいへん使いやすいスピーカー」であるとまで言われている。

ただ「レコードの音の違いを細密に聴き比べたいといった使い方には、やや不向き」だと思われていたためだろう、
39号のカートリッジ123機種の聴き比べでは、アルテックの620Aを試聴用のメインスピーカーとして使われている。

39号では、岡俊雄、井上卓也、岩崎千明、3氏によるカートリッジの試聴テストが特集で、
井上先生だけステレオサウンドの試聴室で、岡先生と岩崎先生は、それぞれの自宅で試聴されている。

岩崎先生は620AをクワドエイトLM6200Rとマランツの510の組合せで鳴らされ、
さらにステレオ音像のチェック用として、アルテックの12cm口径のフルレンジ405Aを、
自作のエンクロージュアに収められ、至近距離1mほどのところに設置するという
ヘッドフォン的な使い方もされている。

これらのシステムは音をチェックするためのシステムであり、
「もっと総合的に、音楽を確かめる」ためにセカンドシステムでの試聴も行われている。

くり返すが、123機種のカートリッジを2つのシステム計3つのスピーカーで聴かれているわけだ。

まずカートリッジの取りつけをチェックしたうえで、トーンアームに試聴カートリッジを着装し、
ゼロバランスをとり適性針圧をかける。それからインサイドフォースキャンセラーも確かめ、
場合によってはラテラルバランスの再調整も必要となる。
そしてトーンアームの高さの調整。最低でも、これだけのことをカートリッジごとに適確に行なっていかなければ、
カートリッジの試聴は、まずできない。
岩崎先生は、パラゴンをどう捉えられていたのか。
ステレオサウンド 41号が参考になる。
パラゴンの使い手としての文章でもある。
     ※
 家の中に持ち込んでみてわかったのは、この「パラゴン」ひとつで部屋の中の雰囲気が、まるで変ってしまうということだった。なにせ「幅2m強、高さ1m弱」という大きさからいっても、家具としてこれだけの大きさのものは、少なくとも日本の家具店の中には見当らない見事な仕上げの木製であるとて、この異様とも受けとめられる風貌だ。日本人の感覚の正直さから予備知識がなかったら、それが音を出すための物であると果してどれだけの人が見破るだろうか。何の用途か不明な巨大物体が、でんと室内正面にそなえられていては、雰囲気もすっかり変ってしまうに違いなかろう。「異様」と形容した、この外観のかもし出す雰囲気はしかし、それまでにこの部屋でまったく知るはずもなかった「豪華さ」があふれていて、未知の世界を創り出し新鮮な高級感そのものであることにやがて気づくに違いない。パラゴンのもつもっとも大きな満足感はこうして本番の音に対する期待を、聴く前に胸の破裂するぎりぎりいっばいまでふくらませてくれる点にある。そして音の出たときのスリリングな緊張感。この張りつめた、一触即発の昂ぶりにも、十分応えてくれるだけの充実した音をパラゴンが秘めているのは、ホーンシステムだからだろう。ホーン型システムを手掛けることからスタートした、ジェイムズ・B・ランシングの、その名をいただくシステムにおいて、正式の完全なオールホーンを探すと、現在入手できるのはこのパラゴンのみだ。だから単純に「JBLホーンシステム」ということだけで、もはや他には絶対に得られるべくもない、これ限りのオリジナルシステムたる価値を高らかに謳うことができる。このシステムの外観的特徴ともいえる、左右にぽっかりとあく大きな開口が見るからにホーンシステム然たる見栄えとなっている。むろんその堂々たる低音の響きの豊かさが、ホーン型以外何ものでもないものを示しているが、ただ低音ホーン型システムを使ったことのない平均的ユーザーのブックシェルフ型と大差ない使い方では、その真価を発揮してくれそうもない。パラゴンが、その響きがふてぶてしいとか、ホーン臭くて低い音で鳴らないとかいわれたり、そう思われたりするのも、その鳴らし方の難しさのためであり、また若い音楽ファン達の集る公共の場にあるパラゴンの多くは、確かに良い音とはほど遠いのが通例である。しかしこれは、決して本来のパラゴンの音ではないことを、この場を借り弁解しておこう。優れたスピーカーほどその音を出すのが難しいのはよく言われるところで、パラゴンはその意味で、今日存在するもっとも難しいシステムといっておこう。パラゴンの真価は、オールホーン型のみのもつべき高い水準にある。
 パラゴンは、米国高級スピーカーとしておそらく他に例のないステレオ用である。正面のゆるく湾曲した反射板に、左右の中音ホーンから音楽の主要中音域すべてをぶつけて反射拡散することによりきわめて積極的に優れたステレオ音場を創成する。この技術は、これだけでもう未来指向の、いや理想ともいえるステレオテクニックであろう。常に眼前中央にステージをほうふつとさせるひとつの方法をはっきり示している。
ジャズオーディオにおけるハークネスは、ネットワークはLX5だった、と友人のKさんが教えてくれた。

通常ハークネスのユニット構成は、001と呼ばれるものが、130Aウーファー、175DLHで、ネットワークはN1200。
ウーファーにD130、トゥイーターに075、ネットワークはN2600またはN2400のものが030と呼ばれていた。

ネットワークのNの後につづく数字はクロスオーバー周波数を表している。
N1200は1.2kHz、N2600は2.6kHzというように。

LX5も、LE85、HL91は1960年に登場し、D50S7-1 Olympusに、ウーファー LE15との組合せで使われている。
クロスオーバー周波数は、5が示しているように500Hzとけっこう低い値だ。

LE85は、アルテックの802を範としていると言われている。
その802と組み合わされるホーンは、811Bもしくは511Bで、
こちらも型番が示すように、802のカットオフ周波数を800Hzとするならば811B、
500Hzまで下げるのであれば、ひとまわり大きい511Bということになる。

511Bは、アルテックの代表的なスピーカーシステムA7-500-8にも使われているホーンである。

同じ500Hzから使えるホーンなのに、JBLのHL91とアルテックの511Bとは、
両者の目指す方向性の違いから、とはいえ、形状も大きさも異なる。

JBLの場合、このころのホーンは、どうしても家庭用ということを念頭においていたためだろう、
大きさの制約があったのではないのか。

アルテックのホーンが、ホーンとして素直な形と大きさとなっているのに対し、
JBLのホーンのいくつかは、途中でホーンを切ってしまったかのような印象すらある。

もっともこのホーンの制約があるからこそ、JBL特有のテンションの高い音が生れてきているのかもしれないのだが。

LE85 + HL91は、500Hzでの使用例があるとはいえ、それはあくまで家庭内での常識的な音量で成り立つことであって、
ジャズオーディオで、岩崎先生が鳴らされていた音量では、
相当にドライバー(ダイアフラム)への負担も大きかっただろう。

でも、そんなことは百も承知で岩崎先生は、あえて500Hzで、使っておられたそうだ。

「JBLのホーンとドライバーのクセを知っているからやれることであり、
そうでない人は勧められない使い方」と言われていた、とKさんから聞いている。

ダイアフラムが、そうなることは承知の上だったのだろう。

ちなみにPAの世界では、ドライバーのダイアフラムが、金属疲労で粉々に散ってしまうことは、割とあることらしい。
でも、ジャズ喫茶とはいえ、日常的な広さの空間で、ダイアフラムを粉々にした人は、
やはり岩崎先生ぐらいだろう、とのことだった。
ステレオサウンド 38号の取材で、井上先生は、
岩崎千明、瀬川冬樹、菅野沖彦、柳沢巧力、上杉佳郎、長島達夫、山中敬三(掲載順)、
以上7氏のリスニングルームを訪ねられ、それぞれのお宅の「再生装置について」、囲み記事を書かれている。

タイトル通り、オーディオ機器の説明を、井上先生の視点でなされている。
音については、全体的にさらっと触れられている程度なのだが、
岩崎先生のところだけは、違う。
     ※
この部屋で聴くパラゴンは、聴き慣れたパラゴンとはまったく異なる音である。エネルギーが強烈であるだけに、使いこなしには苦労する375や075が、まろやかで艶めいて鳴り、洞窟のなかで轟くようにも思われる低音が、質感を明瞭に表現することに驚かされる。2、3種のカートリッジのなかでは、キース・ジャレットの「ケルン・コンサート」のレコードのときの、ノイマンDST62は、感銘の深い緻密な響きであった。パラゴン独得なステレオのエフェクトが、聴取位置が近いために効果的であったことも考えられるが、アンプの選択もかなり重要なファクターと思われる。やはり、このパラゴンの本質的な資質をいち早く感じとり、かつて本誌上でパラゴンを買う、と公表された岩崎氏ならではの見事な使いっぷりである。
     ※
井上先生に、もっと岩崎先生のことを訊いておけばよかった......、といま思っている。
当時、いろんな本に書かれていたことは、スピーカー・エンクロージュアの上に
アナログプレーヤーを置くなんて、以ての外だった。

部屋のどこに置いても、置き方を工夫してもハウリングマージンが十分にとれなかったとしても、
スピーカーの上は置くことは、やってはいけないことだった。

パラゴンは、一般的なスピーカーとは異る形態をしている。
だからというひらめきが岩崎先生にあったのかもしれないが、それでもスゴイことだと思う。

ただ、だからといって、パラゴンの上部中央に置いて、
いかなる場合でも、もっともハウリングが少なくなるかというと、そうでもないはず。

マイクロのDDX1000は、先に書いたように三本脚。
これがもし通常のアナログプレーヤーのように四本脚だったら、うまくいっただろうか。

パラゴンの天板の振動モードのちょうどいいところに、DDX1000の脚がのっかっているのかもしれない。
それにパラゴンの両端には、620Aが乗っている。

カタログ上の重量は、1本62kgある。これがあるとないとでは、
パラゴンの天板の振動モードもずいぶん変わってくるはず。

だから、ただ見様見真似で、パラゴンの上にアナログプレーヤーを乗せても、うまくいく保証はない。
ステレオサウンド 38号取材時の岩崎先生のメインシステムは、
スピーカーがパラゴン、コントロールアンプはクワドエイトのLM6200R、
パワーアンプはパイオニア・エクスクルーシヴM4、
アナログプレーヤーは、マイクロの三本脚のターンテーブルDDX1000に、
やはりマイクロのトーンアームMA505を組み合わせ、
カートリッジはノイマンのDST62とソナスのグリーン・ラベル。

M4はどこに置かれているのか写真ではわからないが、LM6200Rはパラゴンの上に置いてある。
LM6200Rの上には、さらにJBLのSG520が乗っている。
SG520の上には、ジープの模型が置いてある。

この横に、マイクロのプレーヤーが設置されている。パラゴンの上部中央にあるわけだ。

パラゴンの上には、これらの他に、パイプやら置物やらヘッドホンなど、ところ狭しと乗っている。

大音量はの岩崎先生だけに、プレーヤーの置き場所はいろいろと試されたのだろう。
その結果、いちばんハウリングが少なかったのが、パラゴンの上だときいている。

ハウリングはプレーヤーの構造や置き方の工夫によっても多く変わるし、
とうぜん置き場所によっても変化する。床の強度が関係したり、音圧が集まるところは避けたい。

だから部屋によってベストの場所はさまざまだろう。スピーカーの設置場所が変われば、
ハウリングの少ない場所も、また変わる。

試行錯誤して最適の場所をさがすわけだが、岩崎先生以外の人で、
パラゴンの上に試しでもいいから、とプレーヤーを置いてみる人は、まずいないはず。

ハウリングのこと、オーディオのことをまったく知らない人ならば、そこに置く可能性はあるだろう。
でもオーディオの知識がある限り、そこは、試す場所からは、最初から除外される。
ステレオサウンドにいたころ、こんな話もきいたことがある。
Mさんが、むかし岩崎先生の試聴が終った後、ひとりで試聴室にもどり、
まだ試聴がおわったばかりで、アンプの電源も落としてなく、結線もそのままの状態で、
ついさっきまで岩崎先生が鳴らされていたボリュームの位置をおぼえていて、
その位置までボリュームをあげようとしたところ、そのずいぶん手前の位置で、
もうこれ以上は上げられないという感じで飽和してしまったそうだ。

試聴のときと変わった要素といえば、試聴室に入っていた人の数。
人は吸音体と言われているし、服も吸音する。そのせいもあるのかと思ったけど、
それだけの違いでは説明できないくらいの、ボリュームの位置の違いだったとのこと。

Mさんは「不思議なんだよなぁ......」と言っていた。

菅野先生は、岩崎先生の出される音量だと、
「耳の方が飽和した感じで、細かい音の聴き分けは厳しい」と言われていた。
「でも岩崎さんは、ちゃんとあの音量で、実にこまかいところまで聴き分けているんだよ」とも言われ、
「不思議なんだよなぁ」と最後につけ加えられた。

井上先生も岩崎先生の話をされるとき、やはり「不思議なんだ」とよく言われていた。

井上先生は、ステレオサウンド 38号に
「それらは(オーディオ機器のこと)エキゾチックな家具とともどもに、部屋の空間のなかを
自由奔放に遊び回っている子供のように存在しているが、
何とも絶妙なバランスを見せているのは不思議にさえ思われた。」と、
岩崎先生のリスニングルームについて語られている。

ここにも「不思議」が出てくる。

不思議といえば、アナログプレーヤーの置き場所こそ、まさにそうだ。
ジャズオーディオのスピーカーは、もちろんJBL。ここで大音量の逸話がいくつか生れて、
ここから広まっていたともいえよう。
C40ハークネスの上には、LE85+HL91の組合せがセットされていたそうで、
すさまじいばかりの音圧を受けとめていた扉は、終には歪んできた、ときいている。

さらにタフさをほこるJBLのドライバーのダイアフラムが、毎日の長時間の大音量再生による金属疲労で、
文字通りに粉々に散ってしまったのは、単なるうわさ話ではなく、事実である。

たしか山中先生は、そのダイアフラムを実際に見られている。
「いやー、あんなふうになるんだなぁ、最後は」と話してくれことがあった。

沼田さんはレコパルに書かれている。

「数年後、岩崎さんのお宅でハークネスに再会したとき、その上には2397+2440がのっていた。
そして、そこから出てきた音は、あのジャズオーディオで聴いたハークネスよりも、ずっと穏やかで、
感動的な音であった。岩崎サウンドなるいい方が許されるなら、このハークネス+2397+2440こそ、
その中心をなすものかもしれない。」

菅野先生は、こんなふうに書かれている。

「ハークネスは、JBLのキャラクターまるだしの、最も明るく鋭く個性的な、
悪くいえば一種のクセを持った音のスピーカーで、ジャジャ馬的でなみの人には使いこなせないシロモノだ。
が、いかにも氏の好みらしい、また氏だからこそ使いこなせたのだ、と思う。」
レコパルの「岩崎千明のサウンド・ワールド」は扉をふくめて5ページの記事。

岩崎先生が愛用されていたJBLのパラゴン、ハーツフィールド、L71ベロナ、ハークネス、SG520にSE401、
エレクトロボイスのパトリシアンIVとエアリーズ、アルテック620A、ARのAR2、QUADのESL、
アンプではマランツの#7、#2、#16が、
プレーヤー関係は、トーレンスのTD124/II、デュアルの1009、オルトフォンのSPU-AとSPU-BE、
EMTのTSD15(変換アダプターがついている)、デッカのMark IIらが、載っている。

それぞれにコメントがついている。長くはない文章だが、ポイントを的確におさえてあり、
得られる情報は、なかなか貴重だ。

おそらく、このコメントを書かれたのは沼田さんだろう。
レコパルの仕事を、フリーの編集者/ライターとしてやっておられた。

沼田さんは、一時期、岩崎先生の追っかけみたいなこともやられていたときいている。

また中野で岩崎先生がやられていたジャズオーディオというジャズ喫茶にも入り浸っておられたようだ。
1960年代の後半ごろの話だ。
こうやって書いていて、後悔していることがある。

2002年、インターナショナルオーディオショウの会場で、
朝沼さん(というよりも、私にとっては沼田さん)と、すこし立ち話をしたときに、
岩崎先生のことについて、「今度を話をきかせてください」とお願いした。

その時期は、オーディオ関係の仕事をしている人にとっては忙しいだけに、
年末にでも、お互いの都合を合わせて、ということになった。

そろそろ沼田さんに連絡しようかと思っていた12月、たしか雪が降っていたように記憶している。
午前中、菅野先生のところに伺っていた。
そのとき、菅野先生から沼田さんが、未明に亡くなられたことをきいた。

菅野先生もショックをうけられていた。

一部の人たちは、誤解している。

菅野先生が、どれだけ朝沼さんの実力を高く評価されていて、期待されていたのかを、
その人たちは知らないのだろう。

何ひとつ確認もせずに、ただ表面的な事実やウワサだけで、口さがない人たちは、あれこれ言う、
ときにはネット上に、匿名で書いている。

このことは、もういいだろう。

沼田さんと、岩崎先生の話をしたかった、話をききたかった......。
パラゴンを購入されたのは、1975年夏。
パラゴンの導入によって、それまでのメインスピーカーだったハークネスは、
低音のみで使われ、オリジナルの175DLHから、エンクロージュアの上に置かれた
2440と2397の組合せに変わっていく。

ハークネスは1967年に購入されている。

620Aも、パラゴンと同じ年に購入されている。
「オーディオ彷徨」に「永年の夢、まさに二六年もの夢がかなって手元に置いた。
だから604-8Gを聴くときは僕は二六年前のようなマニアになれるのだろう。」とある。

「僕は二六年前のようなマニアになれるのだろう」、
オーディオ機器への想いが、ここにある。

最新のオーディオ機器を手に入れるとき、こういう喜び、想いは味わえない。

翌76年、アメリカ建国200周年の年に、
当時20代だった岩崎先生にとっての憧れのスピーカーだったハーツフィールド、
つづけてエレクトロボイスのパトリシアンIVも入手されている。

パトリシアンIVも、発表は1955、56年である。

晩年の数年間は、1950年代のオーディオ機器を憑かれたように集められている。
菅野先生は、レコパルの掲載された「岩崎千明のサウンド・ワールド」に、
「岩崎千明氏の愛蔵品に思う」という文章を寄せられている。
     ※
岩崎さんという人は、大変な趣味人であったが、氏にとってオーディオとは、趣味であったと同時に仕事であった。氏自身の人生そのものであった。今こうして岩崎さんのコレクションを見ると、なお一層その感にうたれる。
我々のジェネレーションは、オーディオに対して、コレクターとしてより、音そのものに興味を感じるのだが、その岩崎さんが、これだけのものを持っておられたのは、非常な驚きだ。5、6年前の岩崎さんには、あまり製品を集めたいという心情はなかったように思う。
     ※
5、6年前というと1970年ごろのこと。
岩崎先生のリスニングルームが紹介された、ステレオサウンド 38号が出たのは、1976年。
黒田先生はハーレムに例えられているくらい、とりすましたところはまったくない、オーディオ部屋という感じだ。

メインスピーカーのJBLのパラゴンの両側には、アルテックの604-8Gを収めた620Aが乗っている。
ユニットの位置を耳の高さに合わせるためだろう、エンクロージュアは上下逆さまに置いてある。
それでもネットワークは、その状態できちんとなるように向きを変えられている。

しかもパラゴンの両脇には、JBLのC40ハークネスがあり、パラゴンの対面にはJBLのL71ベロナがある。
パワーアンプ、コントロールアンプは山積みになっている。

リスニングルームの広さは、12畳ほどだったらしい。
ここに、信じられないくらいの数のオーディオ機器がいる。

しかももうひと部屋、14畳ほどの広さのリスニングルームもある。
エアコンを必要としない、気持のいい、ちょうどいまくらいの季節、
岩崎先生は、よくリスニングルームの窓を全開にして聴かれていた、と井上先生が話されていた。
音量は、だからといって下げられることはなかったそうだ。

「こっちのほうが気持いいんだよね」と言って、窓を開けられたそうだ。

この話をしてくれたときもそううだし、岩崎先生の話をされるときの井上先生の表情は、
すこし羨ましそうな感じだった。

ステレオサウンド 43号に、井上先生は書かれている。
     ※
 前日に、本誌の広告ページの写真を見て、フッと不吉な予感があったが、報らせを聞いて、オーディオの巨大な星が突然に闇にかき消されたよをな思いであった。
 本誌面では、パラゴンを買いたいと記し、部屋毎にスピーカーを選んで複数使い分けるのが理想と発言し、それを現実のものとした情熱と行動力は、プロ意識そのものである。
 郡山での、すさまじい野外ロックコンサートが終って、夜行で帰京したことを報らされず、若い編集者を事故でもなければと深夜までホテルで待っていた彼、VIPAでのジョニーハートマンのコンサートのとき、片隅みで、ひどく物静かにタキシード姿で座っていた彼、五日市街道の横を砂煙りを巻上げて、フェアレディZをブッ飛ばしていた彼、その何れもが鮮烈な印象であり、また、新宿あたりの人混みのなかから、スッとあらわれて、あの独特な声で話しかけられそうな気持である。
     ※
岩崎先生が亡くなられたのは、1977年3月24日、午前9時45分。

井上先生が不吉な予感を受けられた広告は、ステレオサウンド 42号のサンスイのQSD2のものだ。
「自分の耳が違った音(サウンド)を求めたら、さらに対決するのだ!」
岩崎先生の言葉だ。
レコパル(小学館)の創刊号に載っている。

それにしても、カッコいい言葉だ。
 
岩崎千明の名前を最初に見たのは、ステレオサウンド 41号と、
ほぼ同時発売の「コンポーネントステレオの世界 '78」においてだ。
どちらも1976年の12月に出ている。

42号には、記事には登場されていない。
サンスイのQSデコーダーQSD2の広告のみ。

43号には「故 岩崎千明氏を偲んで」が載っていた。

リアルタイムで読んできたわけではない。
岩崎先生の文章をまとめて読んだのは、「オーディオ彷徨」がはじめてだった。

それでも岩崎先生の印象は強烈なものだ。

だからというわけでもないのだが、岩崎先生について、まとめて書く自信がなかった。
いまもあるかといえば、はっきりしないのだが、それでも以前よりは書けそうな気が、すこし出てきた。

そして冒頭の言葉──、
「対決」するための大音量だったのではないかと思えてきた。
MM型カートリッジで負荷抵抗(アンプの入力インピーダンス)を高くしていくと、
高域のピークの周波数が高くなるとともに、ピークの山そのものも高くなることは、以前書いたとおりだ。

MC型カートリッジでも、この点に関しては同じであり、ヘッドアンプで受ける場合は、
入力インピーダンスを高くしていけば、高域にピークが生じる。
ヘッドアンプの入力インピーダンスを実質的に決める、アンプの入力に並行に接続されている抵抗は、
カートリッジの高域共振をダンプするためのものだと考えられているため、
カートリッジのインピーダンスに合わせるとされている。

実際に測定した場合、MC型カートリッジの周波数特性がどのように変化するのか。

手もとにデンオンのDL103Sの測定データが載っている本がある。
無線と実験別冊の「プレーヤー・システムとその活きた使い方」(井上敏也氏・監修)だ。

余談だが、この本は、岩崎先生がお読みになっていたものを、ご家族から譲り受けたもの。
私のところにある、数冊のステレオサウンド──
38、39、41、42号、コンポーネントステレオの世界 '77、世界のオーディオ・サンスイも、
岩崎先生がお読みになっていたそのものである。

DL103Sのデータは、39Ω、33kΩ、100kΩ負荷時の周波数特性だ。
DL103Sの負荷インピーダンスは、40Ωと発表されている。

デンオンから同時期に発売されていたヘッドアンプ、HA500、HA1000の入力インピーダンスは、
どちらも100Ωで固定。ゲインのみ切替え可能。

実測データでは、39Ωでも高域にピークが生じている。
33k、100kという、推奨負荷インピーダンスからすると、ひじょうに高い値で受けた場合も、
やはりピークは発生している。
ピークが、39Ω負荷時よりも大きいかというと、ほとんど変わらない。
多少大きいかな、という程度の違いでしかない。

それよりも注目すべきことは、全帯域のレベルの変化である。

金声堂

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岩崎先生の「オーディオ彷徨」におさめられている「オーディオ歴の根底をなす......」のなかに出てくる、
レコード店の金声堂。

神保町の九段寄りのところにあったとある。
ここに昭和26年から、ウェスターン東洋支社に入社される昭和28年まで働いておられたのが、伊藤先生だ。

「もみくちゃ人生」(ステレオサウンド刊)の「電蓄屋時代」の冒頭に書かれている。
     ※
神田神保町二ノ四、当時の都電の停留場名でいえば専修大学前、
いまはない銀映座という映画館の隣り角にあったレコード店、
そこへ私が転がり込んだのが昭和二十六年の四十歳のときでした。
     ※
このレコード店が、金声堂のはず。

当時レコードだけでなく、アルテックのユニットや、ウェスターンの728Bを取り扱っている店が、
そういくつもあるわけがないから、伊藤先生は店の名前を書かれていないが、まず間違いないだろう。

岩崎先生は、ちょうど、このころ金声堂に行かれている。
     ※
神保町の九段よりのたしか金声堂というちっぽけだが、
おそろしく高価なレコードをちょびちょびと並べてあった店で、
正面レコード・ケースの上にデンと604がのせてあった。
学生時代をやっと通り抜けた分際で、恐いもの知らずも手伝って、
その値段を聴いたら「10万円」とひとこといってぐっと背の低いその老人ににらまれた。
     ※
背の低い老人は、金声堂の主人であり、伊藤先生ではないだろう。

伊藤先生と岩崎先生、もしかしたら金声堂で出会われていたかもしれない。
言葉を交わされていた可能性もあるだろう。

オーディオ評論について考える時、思い出すのが、井上先生が言われたことだ。

──タンノイの社名は、当時、主力製品だったタンタロム (tantalum) と
鉛合金 (alloy of lead) のふたつを組み合わせた造語である──

たとえば、この一文だけを編集者から渡されて、資料は何もなし、そういう時でも、
きちんと面白いものを書けたのが、岩崎さんだ。
もちろん途中から、タンノイとはまったく関係ない話になっていくだろうけど、
それでも読みごたえのあるものを書くからなぁ、岩崎さんは。

井上先生の、この言葉はよく憶えている。
試聴が終った後の雑談の時に、井上先生の口から出た言葉だった。

井上先生は、つけ加えられた。
「それがオーディオ評論なんだよなぁ」と、ぼそっと言われた。

それから、ずっと心にひっかかっている。

岩崎先生は、「オーディオ評論とはなにか」を、以前ステレオサウンドに書かれている。
そのなかで、柳宗悦氏の言葉を引用されている。

「心は物の裏付けがあってますます確かな心となり、物も心の裏付けがあってますます物たるのであって、
これを厳しく二個に分けて考えるのは、自然だといえぬ。
物の中に心を見ぬのは物を見る眼の衰えを物語るに過ぎない」

ふたつの言葉が浮かぶ。

釈迦の「心はかたちを求め、かたちは心をすすめる」と
川崎先生の言葉の「いのち、きもち、かたち」である。
岩崎先生の遺稿集「オーディオ彷徨」。

気温がさがっていくこれからの季節、夜、ひとりで読むにぴったりの本だとあらためて思っている。
友人のAさんも「オーディオ彷徨」に惚れているひとりだ。

彼と私の共通点はそんなにない。
歳が同じこと、オーディオが好きなことぐらいか。
それ以外のことはそうとうに異っているが、そんなことに関係なく、
ふたりとも「オーディオ彷徨」を読むと、ジャズが聴きたくなる衝動にかられる。
ふたりとも、聴く音楽のメインはジャズではないのに、である。

「オーディオ彷徨」はいちど絶版になっている。
それを、当時ステレオサウンド編集部にいたTNさん
(彼はジャズと岩崎先生の書かれるものを読んできた男)が、
情熱で復刊している。彼も衝動に突き動かされたのだろう。

岩崎先生の文章には、人を衝動にかり立てる力がある。
そして衝動が行動を生み、
行動が感動を生むことにつながっていく。

衝動、行動、感動、すべてに「動き」がつく。
動きには、力が伴う。動きには力が必要だ。

岩崎先生の言葉には、力が備わっている。私はそう感じている。
ワイドレンジの話になると、周波数レンジのことばかり語られることが多い。 
けれども、ワイドレンジ再生とは、
周波数レンジとダイナミックレンジの両方をバランスよく広げることだと考える。 
片方の拡大だけでは、ワイドレンジ再生は成り立たない。 

このことを教わったのは、
ステレオサウンド43号の「故岩崎千明氏を偲んで」のなかの瀬川先生の文章。
そのところを引用する。 


岩崎さんは、いまとても高い境地を悟りつつあるのだということが伺われて、一種言いようのない感動におそわれた。たとえば──「僕はトゥイーターは要らない主義だったけれど、アンプのSN比が格段に良くなってくると、いままでよりも小さい音量でも、音質の細かいところが良く聴こえるようになるんですね。そして音量を絞っていったら、トゥイーターの必要性もその良さもわかってきたんですよ」 
 岩崎さんが音楽を聴くときの音量の大きいことが伝説のようになっているが、私は、岩崎さんの聴こうとしていたものの片鱗を覗いたような気がして、あっと思った。
夜更かししながら、岩崎千明氏の「オーディオ彷徨」を読むと、 
ジャズの熱心な聴き手でない私だけど、 
無性にジャズを大音量で聴きたくなる、そんな衝動にわき上がってくる。
深夜まで開いているレコード店があれば、
いま読んでいた岩崎先生の文章に出てきたディスクを買いに走りたくなる。 

近所迷惑なので、そんなことはできないけど、 
そのためだけにJBLのハークネスC40が欲しくなる。

ステレオサウンドのリスニングルームの特集に載っていたデザイナー、
田中一光氏のリスニングルームの写真で、はじめて見たハークネス。
角度をつけずに真っ正面に向けて置かれたふたつのハークネスの間には、
すてきなテーブルと椅子(どちらも北欧製のモノ)が、
誂えたかのようにぴったりと収まっていた。
なんて素敵な部屋だろう、なんて素敵なスピーカーだろう、と、
いつか、こういう部屋に住むと思ったものの......。

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