情報・情景・情操(その2)

| コメント(0)
情報量が多いことが「善」だとして、情報量の追求をしていく行為で、
注意してほしいのは、その過程において「あからさま」にしていくことに快感をおぼえてしまうことだ。

「あからさま」な音は、すべての音が主張をしはじめる。
大げさな表現では、すべての音が自己顕示欲をむき出しにしてくる。

そこには慎みも恥らいは、ない。
そんな音に、品位は存在しない。

音と音楽のあきらかな違いが、このへんにありそうな気がする。

コメントする

このブログ記事について

このページは、audio sharingが2010年3月 8日 23:59に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「素朴な音、素朴な組合せ(その4)」です。

次のブログ記事は「続々続・毎日書くということ」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

2010年3月

  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
Powered by Movable Type 5.01
OpenID対応しています OpenIDについて