情報量が多いことが「善」だとして、情報量の追求をしていく行為で、
注意してほしいのは、その過程において「あからさま」にしていくことに快感をおぼえてしまうことだ。
「あからさま」な音は、すべての音が主張をしはじめる。
大げさな表現では、すべての音が自己顕示欲をむき出しにしてくる。
そこには慎みも恥らいは、ない。
そんな音に、品位は存在しない。
音と音楽のあきらかな違いが、このへんにありそうな気がする。
このページは、audio sharingが2010年3月 8日 23:59に書いたブログ記事です。
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