2009年6月アーカイブ

Acoustat Xは、おそらく実際に使う場合に、10〜20 cm程度の高さの台が必要となるはずだ。
Model 3は、ステップアップトランスなどが収納された台座にあたる部分があり、
その上にコンデンサーパネルが取り付けられているので、よほどのことでもなければ、台は不必要だ。

信号経路からトランスをなくしたAcoustat Xは製品としてのコンセプトは意欲的だが、
製品ではなく商品としてみたとき、パワーアンプが自由に選択できるおもしろさもある、
設置に関しても台を必要としない、など、完成度はModel 3のほうが上といえよう。

サウンドコニサーの試聴では、最初、輸入元ファンガティの推奨アンプ、
オーディオリサーチのSP8(コントロールアンプ)とD79B(パワーアンプ)の組合せで鳴らした。
いうまでもなく、オーディオリサーチのアンプは管球式である。

管球式といっても、ラックスとは、かなり性格の異るものではあるが......。
Model 3に、アクースタット社が当時、サーボチャージアンプと呼んでいたモノは内蔵されていない。
外観も、Acoustat Xのほうが、まだカッコよかったと思うくらい、単なる板になっていた。
Acoustat Xからの5年間、アクースタットは何をやっていたんたろうと思ってしまうほど、
音が鳴っていないときのModel 3は、そっけない雰囲気のスピーカーだった。

試聴のあと、しばらくしてわかったことだが、Model 3のステップアップトランスは、
QUADや他社製のコンデンサー型スピーカーがひとつなのに対し、
アクースタットでは大小ふたつのトランスを使用している。

大きいほうは低域用、小さい方は高域用で、低域用のトランスと電極の間には抵抗が、
高域用トランスと電極の間にはコンデンサーが設けられ、
それぞれ高域カット、低域カットをしたうえで、合成した電圧を、固定電極へ加えている。

ステップアップトランスの、2ウェイ化である。
アクースタットでは、この方式をマグネ・キネティック・インターフェイスと名づけていた。

フルレンジ型のスピーカーユニットをつくるのと同じような難しさが、トランスにもある。

良好な低域の特性を得ようと、インダクタンスを増やすためにコア・ボリュウムを増すと、高域特性が劣化しやすい。

トランスの巻線にの浮遊容量による高域の劣化を減らすために、小さなコアを使えば、
巻線の長さも短くなり、線間容量も同時に減るが、インダクタンスの確保が難しい。

つねにシーソーのような相関関係にある。

アクースタットは、Acoustat Xで、トランスレスを実現することで、
トランス介在による問題点をはっきりと把握していたのだろう。
Acoustat Xが存在していたからこそ、生れてきた発想であり、
答えがマグネ・キネティック・インターフェイスなのだろう。
Acoustat Xに搭載されている専用アンプは、電圧増幅部がトランジスターで構成され、
出力段のみ真空管というハイブリッド型で、
ステレオサウンド 43号に載っている小さな写真をみるかぎり、トランスはひとつだけである。
電源トランスだけだ。真空管アンプにつきものの出力トランスはない。
コンデンサー型スピーカーに必要なステップアップトランスもない。
信号経路からトランスが取りのぞかれている。

なんてステキなスピーカーなんだろう──、そう思っていた。

でも聴く機会は訪れなかった。

ステレオサウンドの誌面でも、その後、ほとんど取りあげられなかったと記憶している。

それだけにアクースタットのスピーカーへの秘かな想い入れはつのっていた。

だからModel 3と、ステレオサウンドの試聴室で対面したときは、お気に入りの女性ヴォーカルを、
なんとしてでも聴く、そのことだけを考えていた、といってもいいぐらいの精神状態だった。
サウンドコニサーの取材時のアクースタットの輸入元は、神戸のファンガティだったが、
その前に取り扱っていたのはバブコ(いまのエレクトリ)で、Model 3登場の5年前、
Acoustat Xが、ステレオサウンド 43号の新製品紹介の記事中で取りあげられている。

43号のころ(1977年)は、中学生。クラシックばかり聴いていたわけではなく、
やはり「女性ヴォーカル」に夢中になっていた時期でもある。

となると、43号に岡先生はQUADのESLを「弦とヴォーカルのよさは類のないものである」と紹介されている。

やっぱり、女性ヴォーカルを最良の音で聴くには、コンデンサー型なんだなぁ、
と中学3年だった私は、そう思い込むのが、また楽しかった。

さらに「30〜50WのAクラス・アンプでドライヴしたときはとくに素晴らしい」とも書かれている。

ということはパワーアンプはパイオニアのエクスクルーシヴM4になるのか、と妄想組合せをつくっていた。
でも、30Wぐらいの出力でもよければ、真空管アンプという選択肢もある。

やはり43号に、瀬川先生は、ラックスのSQ38FD/IIについて
「弦やヴォーカルのいかにも息づくような暖かさ、血の通った滑らかさ」と紹介されている。

QUADのESLをSQ38FD/IIで鳴らしたら、いったいどんなに素晴らしい女性ヴォーカルが聴けるんだろう......、
まだ、とちらも音も聴いたことがなかったからこそ、実際に出てくるであろう音を、
少ない経験、少ない知識しか持っていなかった、だから自由に(勝手に)に想像でき、それが楽しかった。
コンデンサー型スピーカーには、ダイアフラムに成極電圧をかけるために、
アンプからの信号は、スピーカー内部に設けられているステップアップトランスを通ることになる。

真空管のパワーアンプも、出力にトランスが必要で、ここではステップダウンされている。

真空管アンプ内でステップダウンされた信号が、コンデンサー型スピーカー内でステップアップされる。
こんな無駄なことはないだろう、と中学3年の知識でもわかる。

コンデンサー型スピーカー専用の真空管式パワーアンプなら、出力トランスもスピーカー内部のトランスも、
ふたつともなくすことが可能であるはずだ。

そんなことを考えていたからこそ、ステレオサウンド 43号で紹介されていたAcoustat Xは、
このときの私にとって、ひとつの理想的なスピーカーといえた。

Acoustat Xは、フルレンジ型パネルを3枚組みこんだもので、
のちのModel 3と、スピーカー部分の構成は同じといっていい。

ただAcoustat Xは専用アンプを内蔵している。
試聴・取材が終了したあとは、次の日の試聴の準備でとりかかる。

まだ編集部で働きはじめて4ヵ月目ぐらいだったころだから、
片付ける前に「これを聴かせてください」とはなかなか言いにくい。

だから午前中の試聴が終り、午後の、アクースタットの試聴を準備をしてすぐに食事に行き、
これまたすぐに試聴室に戻ってきて、
「黒田先生たちが戻ってこられるのは、もう少しかかるだろう......」、
ならば聴きたいレコードを一枚だけなら聴くだけの時間は十分にある......、
そう判断して、アクースタット(というよりもフルレンジユニットのコンデンサー型スピーカー)で、
そのころ、とにかくいちどは聴いてみたかったシルビア・シャシュのレコードをかけたのだった。
一方、バーンスタインのベートーヴェン全集だが、ライヴ録音だから、といって、
1テークのみの録音ということではなく、
すべて曲が2回ないしは3回コンサートで演奏され、録音されているなかで、最終的な編集が行なわれている。
さらにコンサートの直後に、聴衆がまだいる上京での追加録音も行なっているとのことだから、
一発勝負、ぶっつけ本番こそライヴレコーディングだと言われる方からすれば、
バーンスタインのそれは純粋なライヴ録音ではないということになるだろう。

それでも聴衆が同じ空間、同じ時間にいるということで、バーンスタインの演奏がかわってくると、
ドイツ・グラモフォンのA&Rのチーフ(つまり制作部門の最高責任者)のギャンター・ブレーストが、
黒田先生のインタビューに答えている。
     *
(バーンスタインと契約をかわしたときに)──CBSに録音したレコードを聴き直してみたときに、そこには、私が称賛するバーンスタインがいない。これらのレコードを聴くと、そこにはバーンスタインの音楽が持っているあの非常にエキサイティングな要素が失われている。(中略)そういったことがあって、バーンスタインという人の持っている非常にエキサイティングなものを出すためには、どうしても聴衆が必要だ──それにはライヴの方がいいという判断があって、私たちA&Rが彼に、ぜひライヴ・レコーディングするよう頼んだわけです。(中略)
 録音の基本は、実際の演奏会で行なわれたもの、何千人という聴衆の非常に熱いエキサイティングな雰囲気を背景に行なわれた実際の演奏会の録音で、それにいくつかの部分を別録音したもので補う、というやり方をしているのです。こういうやり方をすることよって、バーンスタインの特質、創造の秘密ともいうべき感情の昂揚をテープに記録するごとができたと思います。(ポリドール・季刊GRC 46号)
サウンドコニサーの試聴は、午前中からはじまり、昼食をはさんで夕方遅くまで数日間つづいた。

試聴レコードは3枚。
アバド指揮シカゴ交響楽団によるマーラーの交響曲第1番の第1楽章。
カルロス・クライバー指揮ウィーン・フィルによるブラームスの交響曲第4番、これも第1楽章。
カラヤン指揮ベルリン・フィル、リッチャレルリ、カレーラスらによるプッチーニのトスカから、
「テ・デウム」の合唱にスカルピアが加わり盛り上がる、第1幕の最後。

少ないかと思われるかもしれないが、この3枚を、スピーカーの場合には、アンプを3種類ほど用意して、
アンプの試聴の時には、スピーカーを複数用意して、それぞれの組合せにおいて、
この3枚のレコードをくり返し鳴らされる。

試聴時間は十分にあるように思われるかもしれないが、
実際には、かなりてきぱきと進めていかなければならないほど、時間的余裕はほとんどなかったように記憶している。

だから試聴レコードにないものを聴きたければ、昼休みの時間を利用するしかなかったわけだ。
1982年夏、ステレオサウンドの別冊として「サウンドコニサー(Sound Connoisseur)」が出ている。

アクースタットのコンデンサー型スピーカー、Model 3がはじめて登場した記事が載っている。
黒田恭一先生と草野次郎さんの対談によって、Model 3の音が語られている。

黒田先生が、こんなことを語られている。
     ※
弱りましたね。「ステレオサウンド」編集部の素晴らしいところと怖いところは、どこに落とし穴があるかわからないところなんだ(笑)。編集部の方々もどの人が味方でどの人が敵なのかわからない。
というのも、昼食を食べて試聴室に戻ってきたら、あれはシルビア・シャシュだと思うけれど、彼女の歌っているノルマの「カスタディーバ」が聴こえてきた。昼休みを利用して試聴レコードにないシャシュがかかっていたわけなんですが、この選曲が、このアクースタットのモデル3にとっては抜群の出来だったと思うのです。
(中略)
 もし瀬川さんが入らしたら〝空気感〟というふうなことをおそらくおっしゃったと思うのですが、つまり音を出していない楽器にも、ちゃんとプレイヤーがいるという感じがわかるんです。
     ※
シルビア・シャシュのレコードをかけて聴いていたのは、私である。
別に味方でも敵でもないし、記事をおもしろくしようとか、そんな考えは微塵もなくて、
ただ、このアクースタットで、いちばん聴きたいと思ったレコードを、昼休みに鳴らしていただけだった。
カラヤンのベートーヴェン全集の録音は、もしいまカラヤンが生きていたとしても、
同じことはやらせてもらえないだろうと誰もが思うくらいに、綿密な計画性による贅沢なものである。

第六番は1976年10月のたった一日の録音で終了しているが、
のこりの8曲は、2回もしくは3回の録音が行なわれている。

第一番、二番から録音はスタートしたようで、1975年1月に第一回のテークを行ない、
75年中に六番以外の録音を行なっている。
これらは、全集を完成させるための検討用の録音であり、レコードにするための録音ではない。

これらの録音を終えたあとで、約3ヶ月の冷却期間をおき、
リハーサルをやり直すとともに全9曲を見通しながら、細部にわたる検討を重ね、
いわゆるオリジナル版と呼ばれるレコードに仕上げるための録音を開始している。

第一番、二番は、その後、76年10月から翌77年1月にかけてオリジナル版の録音、
77年3月に部分的な録音がさらに行なわれているとのことだ。

一番から九番までを、ひとつの大曲として捉えるための検討用録音なのだろう。

カラヤンは、ドイツの音楽評論家ヨアヒム・カイザーのインタビューで、以下のようなことを語っている。
     ※
今度の交響曲録音に対し、全く新しいやり方を選んだのです。普通の場合、いくつかのセッション(2時間程度の録音)を積み重ねてロるONし、すぐ同時にすべての悪い細部をなおしていきます。今回は全く別の過程がとられました。3ヶ月のうち、この未加工版ともいうべき第1回録音を、細部に注意しながら聴きました。演奏の行なわれている時にはすべての細かいところまで注意することは不可能です。指導者はいつせ先行して考え、感ずる必要があるからです。今、正確に機器直してみると、まだ充分彫琢されていないと思われる箇所が出てきました。この聴取ののち、我々はまずこの録音について原則的なことを討論しました。この新録音について、ここで響いてくるような具合からして、音響空間はこれでいいのかどうか? 何を改良すべきか? 多くの点において、我々はずっと良くすることができたと思うのです。
音楽通信の取材で、ベートーヴェンの交響曲を一番から九番まで順番に聴くということは、
カラヤンによる全集なのかと思っていたら、バーンスタンのものだという。

この取材がおこなわれた1983年9月25日、と記事にはある。

バーンスタインのベートーヴェンの全集が出たのが1980年前半、
カラヤンのは、ベートーヴェンの没後150年にあたる1977年の発売。

バーンスタインのほうが新しいとはいえ、出たばかりの新譜でもない。
黒田先生はカラヤンを好まれて聴かれていたから、てっきりカラヤンだとばかり思っていた次第だ。

カラヤンのベートーヴェンとバーンスタインのベートーヴェン。
どちらも一流のオーケストラを率いての録音だが、
カラヤンは手兵ベリルン・フィル、バーンスタインは自発性に富むウィーン・フィル。
どちらもドイツ・グラモフォンの録音だが、カラヤンは徹底したスタジオ録音、バーンスタインはライヴ録音である。

カラヤンの録音は、1975年1月から始まり77年3月に終っている。
バーンスタインはというと、1978年11月から79年9月までの、1年足らずで終らせている。
瀬川先生の「いま、いい音のアンプがほしい」の入力も終りに近づいたとき、
ふと気がついた。
     ※
今のままのアンプの作り方を延長してゆけば、やがて各社のアンプの音は、もっと似てしまう。そうなったときに、あえて、このアンプでなくては、と人に選ばせるためには、アンプの音はいかにあるべきか。そう考えてみると、そこに、音で苦労し人生で苦労したヴェテランの鋭い感覚でのみ作り出すことのできる、ある絶妙の味わいこそ、必要なのではないかと思われる。
     ※
このところを入力しているとき、すぐさま頭に浮かんだのは、クレルとパス・ラボのこと、
つまりダニエル・ダゴスティーノとネルソン・パスのふたりのことだった。

もう反射的に頭に浮かび、どちらも、いま早瀬さんが惚れこんでいるアンプでもある。

なぜ、このふたつのブランドなんだろうか、と考えたとき、ある共通項が浮かんだ。

パスもダゴスティーノも、どちらかといえば、コントロールアンプよりもパワーアンプを得意としていること、である。
今日は、ステレオサウンド 42号のプリメインアンプ特集の、瀬川先生の試聴記を入力し終えた。

誌面をスキャンしてOCRソフトで画像情報を文字情報に変換させれば、この入力作業も、
頭で想像する以上に楽になり、スピードも大幅に増す。

じつは2001年ごろ、使ったことがある。読み取りエラーはある。
それもあるパターンがあって、使い馴れてくると、
これは変換がうまくいってないだろうなと思うところの見当はつくし、
校正の時間を含めても、たしかに、手入力なんて比較にならないほど圧倒的にはやい。

しかもいまは、着実に改良されているだろうから、さらに楽なんだろう。

でも、そこには手入力作業にある、ちいさな発見がない。

ちんたら(といっても親指シフトキーボード歴25年なので、そうとうに入力スピードは速い)やっていると、
おっ、そうだったのか、とただ黙読していただけでは、当時(若かったせいもあるだろうが)、
気がつかなかったことが、けっこう出てくる。
それに、こういう聴き方をされていたんだなぁ、とも思えてくるし、
こういう音が鳴ってきたから、試聴記に書かれている判断を下されたのだなぁ、
そういった、ちいさな発見が、いくつも出てきて、しんどい作業ながら、やっているとはまっていく。

だからやるときは、集中して入力作業をやったほうが、このちいさな発見が増えていくような気もする。

書き写してみたら、入力してみたら、とは言わない。
でも、いちど声を出しながら読んでみてはいかがだろうか。
モーストリークラシックの連載は、私の知るかぎり、2度休載されている。
二度目の再開の6月号を手にしたとき、「よかった、また始まって」と思い読んだ。

ストレートな書き方だと感じた。
7月号は、よりストレートに感じた(だから、すこし不安をおぼえていた......)。

「情報」について書かれていた。

いま、情報ではなく、情報擬きが蔓延りはじめている。
釣りで云うところの撒餌のような情報擬きについて、きびしいことを書かれている。

情報とはなんなのか、いま価値ある情報は、残念なことにテレビや雑誌からではなく、
知人・友人からの口伝えによる、と書かれ、
情報を発信する側の人間の心がまえとして、より真剣に、より慎重なる態度が必要であり、
そうでなければ信頼は得られない、と。

読んでいて、なにか強いものを感じていた。
背筋をのばして読むべき文章だった。

いまはテレビや出版関係の人間でなくても、ウェブで簡単に情報を発信できる。

「お金は貰っていないから......」、こんないいわけは、情報を発信している以上、
プロだろうがアマチュアだろうが、決して口にしてはならない言葉だ。

親しい、大事な友人に、そんなことをいいながら、何かを伝えるというのか。

本の編集者、筆者、そしてブログやウェブに書いている人、
とにかく情報を不特定多数の人に向って発信している人は、
モーストリークラシックの7月号の黒田先生の文章は、読むべきである。

何も感じない人はいないと思っている。
「今日は20日だ」とわかっていても、土曜日は、仕事の終了が9時過ぎで、
最寄りの駅についたのが10時半ごろだった。
近くの書店は閉店している。
途中下車すれば、まだ開いているところはあったのだが、食事もまだだったため、そういう気も起きなかったが、
この日は、モーストリークラシックの8月号の発売日だった。

モーストリークラシックの巻頭は、黒田先生の「黒恭の感動道場」だった。
今年の分は、6月号と7月号の掲載だけだった。

もしかしたら、と思い、今日書店で手にしたが、やはり載っていなかった。

おそらくモーストリークラシックの7月号掲載分が、黒田先生の最後の文章だろうか。

黒田先生の文章は、おだやかでやさしい口調で語られていることが多い。
だから、文章だけで黒田先生に接してきた人は、モーストリークラシック6月号と7月号の文章に、
それまでの黒田先生のイメージとは違うものを感じとられた人も少なくないかもしれない。

黒田先生の音楽への愛情は真剣だった。
それだけに、愛を感じられない、やっつけ仕事でなされた演奏やレコードに対しては、
ひじょうに辛辣できびしい言葉で語られることもあった。
たとえばコンデンサー型スピーカー。

一般には、後面からも音を放射しているため、できるだけ後面の壁からは距離を取り、というふうに言われてきている。

QUADのESLを、約5.5畳ていどの狭い部屋で聴いた経験から言えば、必ずしもそうでもないよ、と言いたい。

瀬川先生の影響もあって、まずスピーカーは、部屋の長辺の壁側に置く。
できるだけ左右のスピーカーの間隔を広げたいためでもあり、
私の経験でも、そんなに多くの部屋で鳴らしているわけではないが、
やはり部屋を横長に使ったほうが、低音の鳴り方の自然さ、伸びやかさを含め、好結果が得られる。

だから、ESLも、そのように置いた。だからESLの内側の縁は、
ほとんど壁にくっつくかどうかのところまで、近づけて置くしかなかった。

このときの音を実際に聴いていない人は、この置き方をみただけで、ひどい音がするんだろうな、と判断するだろう。

でも、くり返しになるが、スピーカーの置き方に定石はない。

ESLは、実に伸びやかな音を鳴らしてくれた。

このとき使っていたパワーアンプはSUMOのThe GOLDである。
インターナショナルオーディオショウのブースは、音響処理が施されているわけでもないし、
あれだけ広い施設だから、電源事情もあまりよくないと言われている。

しかもショウの前日に器材やらを搬入してセッティングして、というように時間の余裕はそれほどない。
だからいい音なんか出せるわけない、とは、少なくとも、どのブースのスタッフは、口にしないはずだ。
どのブースも、スペースの大小はもちろんあるが、基本的な条件は同じ。
そのなかで、毎年の経験を積み重ねていくことで、それぞれにコツを掴んでいるのだろう、
ショウの期間中、聴き惚れる音を出してくれるところが、いくつか出てきている。

スピーカーが毎年同じモノなら、音出しの苦労もすこしは軽減されるのだろうが、
ショウは新製品のお披露目の場でもあり、ぎりぎり間に合ったというスピーカーもある。

そういうスピーカーでも、ごく短時間のうちにセッティングしなければならない。
セッティングし音出しをしていく過程で、スピーカーの素性を捉えていく作業が要求される。

しかもスピーカーのセッティングに、定石はない。
せいぜい左右のスピーカーの条件をできるだけ揃えることと、ガタつきなくセッティングすることであろう。
そのブースの音に関しては、2007年だけでなく、いままで聴き惚れる音が出ていたためしがない。
だから、ずっと、この会社(仮にA社としておこう)のスタッフには、
きちんとオーディオ機器をセッティングできる人がいないんだろうな、と勝手に決めつけていた。

でも、どうやら違うようなのだ。

A社の社長(Bさんとしよう)は、そのへんの事情に詳しい知人(Cさん)から、つい最近きいた話では、
チューニングのテクニックが豊富な人だということだ。

Cさんは、Bさんのリスニングルームに行き、そのテクニックのいろいろを、その目で見て、
耳ですごさを実感した、と力説してくれた。

Cさんの言葉を疑う理由もないし、おそらくCさんの言うとおりなのだと思う。

ならば、なぜA社のブースの音は、いつになっても、音楽に聴き惚れさせる音を出しえないのか。
そのブースに入ったとき、何の曲が鳴っているのか、正直、すぐにはわからなかった。
しばらくして(といっても10秒もたたないうちにだが)、「もしかしてベートーヴェン?」と思った。

そういえばコリオランの序曲である。
またしばらくして「これって、コリン・デイヴィスの演奏?」と思った。

そのくらい違う音楽に聴こえた。

つまり音のバランスがとれているとか崩れているとか、そういった音の良し悪しではまったくなく、
ベートーヴェンの音楽が変質してしまっている。
音楽性が歪められている、といってもいいだろう。

なぜ、こんなふうになってしまうのだろうか......、と逆に関心が湧いてくるほどの、変りようだった。
2007年のインターナショナルオーディオショウで、いちばん耳にした曲は、
そのすこし前に、エソテリックから菅野先生のリマスター監修で発売になったばかりの
サー・コリン・デイヴィスのベートーヴェンのコリオラン序曲だった。

この曲が鳴っていると、どこのブースに入っても、「あっ、ベートーヴェンだ、コリオランだ」とすぐにわかる。
すこし聴くと、これまたコリン・デイヴィスの演奏だと気がつく。

このSACDが発売になる前に、菅野先生のリスニングルームで3回聴いている。
コリオランだけでなくエグモントも聴いている。
だから、このディスクに関して菅野先生のリスニングルームでの鳴り方が、
私の中ではリファレンスになっている。

各ブースの音の良し悪し、というよりも、音の特徴、個性が、おかげでよく掴めた。

ここでは、どこのブースの音がこうだったとか、あそこのブースが音がよかった、とか言いたいのではなく、
あるブースで鳴っていた音を聴いて、すこし考えてしまったことを書いていく。
以前書いたように、早瀬さんとだけでなく、傅さんとも、今年はよく電話で話している。
なのに直接会って話す。かならずしも、そこで出てくる話は新しいことばかりではない。
電話で話したことをくり返す。何度かくり返し話すことがある。

時間の無駄と思う人もいてもいいが、私は、くり返し口から自然と出てくる言葉は、
なにかわけがあって、くり返すことですこしずつはっきりとくっきりと、
輪郭が描かれていくようにも感じている。

くり返しといえば、昨夜の話の中でも「ルーティンワーク」という言葉が出た。
いい意味で使われたわけではない。
けれど、ルーティンワークがそういうふうに受けとられがちなのは、
日常生活の中でくり返すことで、安易に馴れてしまい、悪い意味で要領よくなってしまい、
いつのまにか楽をしたいがために手抜きができるところは、いつのまにか、
ときには無意識のうちにそうしてしまうおそれがある。

「細部に神は宿る」と、よく言われるように、ルーティンワークにおいて決して手を抜くことなく、
細部に、隅々にまで神経を行きとどくようにしていれば、ルーティンワークは必ず何かを生み出していくはずだ。
17日は、傅さん、早瀬さん、友人のAさんとKさんの五人で集まって、食事をしながら、あれこれ話していた。

終電ぎりぎりまでそんなことをやっていたので、帰宅したのは、もう18日に、とっくになっていた。
だから、ひとつ前のブログは、日付こそ、17日になっているけど、実は、これを書く、ほんのすこし前に書いたところ。

早瀬さんは、この集まりのためだけに、わざわざ京都から来られた。

早瀬さんとは、よく電話で話している。
16日も、かなりの時間話していたし、日曜日も長電話だった。
まぁ、とにかくよく話している。それでも、こうやって顔を合わせて、
しかも傅さん、Aさん、Kさんが加わると、よく話すことがあるなと思うくらい、
なんだかんだと話していた。

電話は便利だし、メールはさらに気楽という面も加わり、ついつい使ってしまう。
人と会うためには、移動の時間も必要になる。これを億劫と思う人がいるのも理解できなくはない。

メールで済むのに、電話で済むのに、と思ってしまったら、
その人とのコミュニケーションは、わずかずつではあるが、確実に希薄になっていくだろう。

自分の時間を大切にするということは、心の贅沢なのかもしれない。
けれど言いたい、人のために時間を割くことこそ、心の贅沢だと。
the Review (in the past) のための、この記事の入力をしながら思っていたのは、
この4343の組合せは、瀬川先生が目黒のマンションで、4345を鳴らされていた組合せと基本的に同じだということ。

その1に書いたように、4345を、アンプはアキュフェーズのC240とM100のペア、
アナログプレーヤーは、エクスクルーシヴP3。

4343にエレガントな雰囲気をもたせるための組合せが、そのままスケールアップして、
スピーカーもアンプも、それぞれのブランドの最新のモノになっている。

ステレオサウンドの50号台の後半あたから、瀬川先生の文章の中に、
「聴き惚れていた」ということばが、それまでよりも頻繁に出てくるような感じをもっている。

たとえばステレオサウンド 56号のトーレンス・リファレンスロジャースのPM510の記事。
それぞれに「ただぼかんと聴き惚れていた」「ぼんやり聴きふけってしまった」とるある。

手もとにはないからはっきりとは書けないが、アキュフェーズのM100の記事のなかにも、
同じことを書かれていたはずだ。
the Review (in the past) で公開するために、毎日の入力作業をつづけている。

瀬川先生が、川崎先生のデザインを高く評価されていたことは、
読んでいたときに気がついていたことだが、それでも入力しているときは、なんだか嬉しい。
オーレックスのSY77ST720の項を読んでみてほしい。

今回の入力ではじめて気がついたこともある。
まったく予想していなかった言葉が出てきた。
デンオンのターンテーブルDP7000の、菅野先生のコメントに出てくる「レコード演奏」という言葉だ。
ステレオサウンド 38号で、黒田先生が、岩崎先生のリスニングルームを訪ねられたあと、
岩崎先生宛の手紙という形で、感想を書かれている。

タイトルは、アレグロ・コン・ブリオ。

そこに書かれている。
「大きな音で、しかも親しい方と一緒にきくことが多いといわれるのをきいて、岩崎さんのさびしがりやとしての横顔を見たように思いました。しかし、さびしがりやというと、どうしてもジメジメしがちですが、そうはならずに、人恋しさをさわやかに表明しているところが、岩崎さんのすてきなところです。きかせていただいた音に、そういう岩崎さんが、感じられました。さあ、ぼくと一緒に音楽をきこうよ──と、岩崎さんがならしてくださった音は、よびかけているように、きこえました。むろんそれは、さびしがりやの音といっただけでは不充分な、さびしさや人恋しさを知らん顔して背負った、大変に男らしい音と、ぼくには思えました。」

さびしさや人恋しさを知らん顔して背負った、大変に男らしい音──、
ここにも孤独があり、孤独を、岩崎先生は、ある意味、楽しまれていたのでは、と思えてくる。

そう思うのは、私のひとりよがりなのかもしれないが、
それでも、私の中では、一条の光とアレグロ・コン・ブリオ(輝きをもって速く)が、結びつく。
誰からか聞いたのか、それともなにかで読んだのかもさだかではないが、
瀬川先生はKEFのLS5/1Aを2組(つまり4台)所有されていたことを、ずいぶん前に知っていた。

ただ、瀬川先生が亡くなられたあと、ステレオサウンドで一時的に保管されていたLS5/1Aは1組だった。
そのとき、「あれっ?」と思っていたが、もう1組のことを誰かにきくこともしなかった。

このLS5/1Aがその後、どうなったのかはわかっている。
もう1組はどうなっているのか、そもそもほんとうに2組所有されていたのかも、
はっきりと確認しようもないと思っていた。

ステレオサウンド 38号の、瀬川先生のリスニングルームの写真にも、
写っているのはJBLの4341とLS5/1Aが、1組ずつだ。

けれども世田谷・砧に建てられたリスニングルームの写真を見ると、やはりLS5/1Aは2組写っている。

同じカットでないだけにすこしわかりにくいが、傅さんが1979年にFM fanの企画で、
瀬川先生のリスニングルームを訪ねられたときの記事に、リスニングルームのイラストが載っている。
これと、1979年秋にステレオサウンドから出た「続コンポーネントステレオのすすめ」に掲載されている
瀬川先生のリスニングルームの写真を照らし合わせると、たしかにあることがわかる。

部屋の長辺側に、4343WXが置かれ、その内側にセレッションのDitton66がある。

リスニングポイントの左側の壁に、外側からLS5/1A、もう一台LS5/1A、内側にスペンドールのBCII、
そのうえにLS3/5Aが置かれていてる。
外側のLS5/1Aの上には、パイオニアのリボントゥイーター、PT-R7がある。

この写真だけだと1組のLS5/1Aをまとめて置かれているようにとれるが、
別カットの写真、4343の対面、つまりリスニングポイントの後ろ側の壁の写真、
ここにもLS5/1Aが2台あり、
そのすぐそばにマークレビンソンのML2L、その前にSAEのMark 2500、
ML2Lの隣に、アキュフェーズC240、その上にLNP2L、
その横にアキュフェーズのFMチューナーやヤマハのカセットデッキがあり、
EMTの927Dstが、ほぼリスニングポイントの後ろに存在感たっぷりにいる。

スチューダーのA68、EMTの930stは、BCIIの間に置いてある。

ちなみに930stの専用インシュレーター930-900の上にガラス板を2枚置いたものが、
部屋の中央に、テーブルとして使われている。
見ようによっては、なかなかモダーンなテーブルである。

LS5/1Aが2組あったことは、やはり事実だった。
となると、もう1組は、目黒のマンションへの引越し時に、どなたかに譲られたのか、手放されたのか。
いまいちどスミ・ラジ・グラップの言葉を書いておこう。

「人は孤独なものである。一人で生まれ、一人で死んでいく。
その孤独な人間にむかって、僕がここにいる、というもの。それが音楽である。」

いいかえれば、音楽は、「一条の光」である。

一条の光は、オーディオの存在によって、いつでも灯けられる。

真っ白の一条の光のときもあれば、やわらかい、ほのかな色をおびた一条の光も、
つよいまぶしいほどの一条の光も......、
鳴らすレコードによって、オーディオによって、いま鳴っている音によっても、
一条の光は幾重にも変化する、変化してゆくもの。

必要な一条の光も、その時々、その人の諸々の事情により異なるものだ。

だからレコードであり、オーディオなのである。
心の贅沢とは、孤独を楽しむことだ、と思う。

もちろんこれだけではないだろうし、いまはこう思っていても、
数年後ぐらいにはまったく違うことを思って書くかもしれない。

それでも、いまは、こう思っている。
余計なお世話だと言われようが、
五味先生が、作品111を「初めてこころで聴いて以来」と書かれていることを、
くれぐれも読み落とさないでほしい。
「日本のベートーヴェン」に、ナットの弾く作品111のことが書いてある。
     ※
私はある事情で妻と別れようと悩んだことがある。繰り返し繰り返し、心に沁みるおもいで作品一一一の第二楽章を聴いた。どうしてか分らない。或る時とつぜんピアノの向うに谷崎潤一郎と佐藤春夫氏の顔があらわれ、谷崎さんは「別れろ」と言う、佐藤先生は「別れるな」と言う。ベートーヴェンは両氏にかかわりなく弾きつづける。結局、私は弱い人間だから到底離別はできないだろうという予感の《自分の》声が、しらべを貫いてきこえてきた。私にはしょせんいい小説は書けまい、とその時ハッキリおもった。イーヴ・ナットの弾く一一一だった。このソナタを初めてこころで聴いて以来、モノーラルのバックハウス、日比谷公会堂のバックハウス、カーネギー・リサイタルのバックハウス、ステレオのバックハウス、四トラ・テープのバックハウス、それにE・フィッシャー、ラタイナー、ミケランジェリ、バーレンボイム、ハイデシェック、ケンプ......入手できる限りのレコードは求めて聴いた。その時どきで妻への懐いは変り、ひとりの女性の面影は次第に去っていったが、ベートーヴェンだけはいつも私のそばにいてくれたとおもう。私的感懐にすぎないのは分りきっているが、どうせ各自手前勝手にしか音楽は鑑賞はすまい。
     ※
そう思われたのは、1956年のことだ。五味先生、35歳。
この年の2月から週刊新潮に連載された「柳生武芸帳」が、柴田錬三郎の「眠狂四郎」ともに、
剣豪ブームとなったときのことだ。

ナットが、作品111を録音したのは1954年。
日本で発売になったのがいつなのか正確にはわからないが、
いまとちがい、録音されてすぐに発売されていたわけではない。
五味先生がナットの作品111を聴かれたときは、発売されて、そう経っていなかったのではないかと思う。

シャルランの手によるナットのベートーヴェンの作品111が、このとき登場したのは、
単なる偶然なんだろう。

それでもこの偶然によって、離別はなくなっている。

朝日新聞社から出た「世界のステレオ No.3」に、
「どうせ各自手前勝手にしか音楽は鑑賞はすまい。」のつづきといえることを書かれている。
     ※
所詮、音楽は手前勝手に聴くものだろう。銘々が、各自の家庭の事情の中で、聴き惚れ、痛哭し、時に自省し、明日への励みにするものだろう。レコードだからそれは可能なんだろう。
     ※
レコードだから、別離はなかったのだろう、きっと。
贅肉にも同じ文字が使われていることからもわかるように、
贅沢という言葉だけでは、どうとでもとれる多面性がある。

物質的な贅沢、精神的な贅沢という表現があるように、文化的な贅沢、文明的な贅沢もあろう。
頭にどんな言葉がつくかによって、なんとなく、どういう贅沢なのかがぼんやりと浮かび上がってこよう。

よく「心の贅沢」という。たしかに贅沢のまえに「心」がついてる。単なる「贅沢」とはちがう。

だが贅沢にいろいろあるように、「心」こそ、さまざまだろう。

満ち足りた心もあれば、空虚な心もあろう。すさんだ心、かよわい心、つよい心、うつくしい心......、
心の前にどんな言葉がつくかによって、「心の贅沢」はまるっきり違う様相となる。

そして、精神的な贅沢、気持の上での贅沢ではなく、「心」の贅沢と言ってしまうことで、
含まれるものは、数を増す。

心の捉え方も、人によって微妙に異るのは当り前のことだ。

おまえはどうなんだ、と問われれば、はっきりとは答えられないが、
ここで書いたことを思っている。

だから、「心の贅沢」と言ってしまった瞬間に、
これを発した人の表現したものから、その人の心を、
受け手、読み手、聴き手は、無意識のうちに感じとっているところがあると思う。
ベートーヴェンのピアノソナタ第32番・作品111は、
ベートーヴェンの、孤独との決着をつけた曲なのではなかろうか。

孤独は誰にしもある。
孤独と向き合い、見据え、受け入れてこそ、決着がつけられる。

目を背けたり、拒否してしまえば、それ終わりだ。

もっともらしいことは書いたり奏でたり、つくったりはできるだろうが、
決着をつけなかった者は、しょせん、もっとも「らしい」で終ってしまうような気がする。

もっともなことを書いたり奏でたり、作ったりするには、決着をつけなければ、
とうていたどりつけない極致のことなのかもしれない。

なぜ五味先生が、ポリーニのベートーヴェンを聴かれ、あれほど怒りをあらわにされた文章を書かれたのか、
いま思うのは、こういうことではなかったのか、ということだ。
とはいうものの、少なくともステレオサウンドの39号でのカートリッジの試聴テストでは、
ハーツフィールドもステレオで鳴らされている。

ステレオの初期録音盤を、ハーツフィールドの、セカンドシステムでも聴かれているわけだから。

となると、あくまでも私の推測でしかないが、片方のハーツフィールドにはマッキントッシュのMC30を、
もう一方のハーツフィールドにはマランツの#2という、
不規則な鳴らし方を試されていた可能性があっても不思議ではないような気もする。

他の人ではあり得ないことも、岩崎先生なら、「実は......」という感じでやられていたのでは、と思えてくる。
レコパルの記事には、エレクトロボイスのパトリシアンIVとJBLのハーツフィールドのところに、
「モノラル仕様」と書いてある。
マランツの#2のところにも、そう書いてある。
念のため書いておくが、岩崎先生は、#2は2台所有されていた。

他のスピーカー(パラゴンやESL、ハークネス、エアリーズなど)のところには、そんなことは書いてない。

いまとなっては確認しようがないけれど、パトリシアンIVは、一本だけ入手されたのだろうか。

ハーツフィールドは2本、手に入れられているが、残念なことは、同程度のコンディションのものではなかったようだ。
     ※
一対になっていても、ステレオ以前の製品らしく左右の仕上げ外観はむろんのこと、なんと内部構造の一部さえ違うものだった。一方はあとから心ない者の手によって原型とはほど遠い塗装を加えられてしまっていたのが残念であるが、少なくとも同じ五〇年代でも四ないし五年ほど後から作られたとみられる。一方はまったくオリジナルのままの外観であった。正面右下端の小さな金属プレートの文字、JBL-Signature のくすみかたにも、いかにも年代の経過を感じさせた。同じJBLの数年前のクラシック調の「ヴェロナ」にもこうしたブロンズ調のマークがついていたが、ハーツフィールドの方はいかにも本物であった。
 おそらく五六年か五七年製、つまり二〇年前の製品だろうし、もう一方はひどい仕上げで塗り直してあるがもっと古い型であるのは、内部ユニットやタイプで打った銘板ならぬ紙をはったネットワークでそれが判断されたし、組立て用のいくつもあけ直してずれたネジ穴が物語る。
     ※
ハーツフィールドは、そういう状況だっただけに、最終的には、モノーラルで、
程度のよい片方だけを鳴らされていたのかもしれない。
これら5枚のレコードのなかで、SPのリカット盤やステレオ初期の録音盤などは、
アルテック620Aのシステムでは、好ましい結果が得られなくても、
セカンドシステムでは、逆転し、「好ましい結果が得ることが常であった」らしい。

このセカンドシステム
は、スピーカーはJBLのハーツフィールド、アンプはプリアンプはマランツの#7、
パワーアンプは、マランツの#二とマッキントッシュのMC30だ。

パワーアンプが2機種ある。当初、パワーアンプは交互につなぎかえて鳴らされたのだろうか、と思っていたが、
そうなると計4つのシステムで、123機種のカートリッジの試聴をやられたことになる。

それともハーツフィールドを、バイアンプで鳴られされたのだろうか、とも考えた。
けれど、マッキントッシュとマランツの管球式パワーアンプで、
どちらを低域に、高域に使うにしても、考えにくい使い方でしかない。

レコパルの、沼田さんの記事を読んでいて、もしかして、と、気がついたことがある。
ひとつ訂正しておく。

音楽通信の奥付には、1984年1月20日発行とある。つまり創刊号の発売は、1983年12月のことだ。

黒田先生は1938年1月1日生まれだから、このとき、ぎりぎり45歳。私はというと、ぎりぎり20(ハタチ)だった。

表紙には「主題 三十五歳も音楽をきいている」とある。
黒田先生は10年前にそこを通りすぎておられ、私にはまだ15年先のことだった。

26年経ち、音楽通信を創刊された頃の黒田先生と、ほぼ同じ歳になったいま、
創刊号を読むと、黒田先生が創刊号に込められたものが、
26年前よりもはっきりと感じとれるようになっている(そうでなくは困るのだが)。

そして、なぜベートーヴェン全集は、カラヤンではなくバーンスタインだったのかも、
はっきりと言葉にすることはまだできないけれど、そういうことだったのかな、とぼんやりと感じてはいる。
一度だけ、音楽通信編集部に、そのとき、サウンドボーイの編集者だったNさんにつれられて、
夜うかがったことがある。

もう寒くなりはじめた季節だったように思う。

黒田先生をはじめ、編集部のスタッフの方々は、大きなテーブルを囲み、アルコールを飲みながら、
熱っぽく語られていた。音楽を、本のあり方を、真摯に語られていた。

わかるところもあれば、まだすんなりとは、私の未熟さゆえに、のみ込めないこともあった。

それでも、新しい雑誌を創刊することの熱さは、きちんと感じとってきた。
大変なことだろうけど、羨ましくもあった、その熱さであった。

音楽通信・創刊号の目次には、こんなことがさりげなく書かれている。

私たちは
音楽を芸術だ芸術だとはいわない。
音楽を「わからないと言う人をばかにしない
(「わかる」人がエライと思わない)。
結局悪口を言わなければならない人や
物は取り上げない。
ただし敬愛もできず応援もしたくない人や
物の提灯持ちはしない。
公平、正義、不偏不党をうたわない、
着実な私見だけのべる。
音楽のたのしみを、
自分たちの生活と人生から考える。

きっと、音楽通信・編集部の人たちは、このことにもとづくことを話し合われていたのだろう。
一度だけ、音楽通信編集部に、そのとき、サウンドボーイの編集者だったNさんにつれられて、
夜うかがったことがある。

もう寒くなりはじめた季節だったように思う。

黒田先生をはじめ、編集部のスタッフの片が派、大きなテーブルを囲み、アルコールを飲みながら、
熱っぽく語られていた。音楽を、本のあり方を、真摯に語られていた。

わかるところもあれば、まだすんなりとは、私の未熟さゆえに、のみ込めないこともあった。

それでも、新しい雑誌を創刊することの熱さは、きちんと感じとってきた。
大変なことだろうけど、羨ましくもあった、その熱さであった。

音楽通信・創刊号の目次には、こんなことがさりげなく書かれている。

私たちは
音楽を芸術だ芸術だとはいわない。
音楽を「わからないと言う人をばかにしない
(「わかる」人がエライと思わない)。
結局悪口を言わなければならない人や
物は取り上げない。
ただし敬愛もできず応援もしたくない人や
物の提灯持ちはしない。
公平、正義、不偏不党をうたわない、
着実な私見だけのべる。
音楽のたのしみを、
自分たちの生活と人生から考える。

きっと、音楽通信・編集部の人たちは、このことにもとづくことを話し合われていたのだろう。
この比較試聴のとき、私が坐っていたところは、かなり後ろのほうで、しかも左寄りの席。
スピーカーの姿は、前にいる人たちの頭にかくれて、ほとんど見えない。

そういう状況においても、どちらがどの振動板かはふせたまま音出しがはじまったとたんに、
「あっ、聴きなれたアルミニウムの音だ、こっちがダイアモンド振動板のトゥイーターだ」
そう、あっけなくわかるほどの、このふたつ振動板の差の大きさだった。

ピストニックモーションということに関しては、アルミニウム振動板よりも、
ダイヤモンド振動板の方がはるかに理想に近い、そんな感じさえ受けるほどだ。

XRT20が登場した1981年に、ダイアモンド振動板のトゥイーターは存在してなかったが、
もしすでに存在していたら、XRT20を、20年かけて開発したマッキントッシュ社長のゴードン・ガウは、
はたして採用していたかというと、それでもソフトドーム型を選んだはずだ。

いまでもダイアモンド振動板のトゥイーターは、かなり高価なものだから、
片チャンネル当り24個もユニットを使うXRT20では、コスト的に採用は無理だろう、という人もいるだろう。

20年もかけてスピーカーを開発しつづけた男が、コストの問題から、
理想に近いユニットを使わないなんてことはあり得ない。

ゴードン・ガウにとって、XRT20にとって理想のトゥイーターは、ソフトドーム型だったはずであろう。

というよりも、XRT20という理想のスピーカーを実現するには、
ソフトドーム型でなければ適わなかったと、言いかえたほうが、より正しいように思う。
トゥイーターにかぎらず、ウーファーにしてもスコーカーにしても、
同一帯域を受け持つユニットを複数使用したスピーカーに対して、
「ぴったり特性が揃っていて、ぴったり同じ動きをしているわけないでしょう。
ウーファーを低いところまでの使用だったら、ダブルにするメリットが大きいけれど、
周波数が高くなるにつれて、複数使用のメリットよりもデメリットの方が大きくなる」
といった意見が、いまでもついてまわる。

スピーカーの絶対解がピストニックモーションの追求、完全なる実現だけだとしたら、
たしかにそうなのかもしれない。

この考えでいけば、XRT20のトゥイーターコラムに使用するユニットは、
ソフトドーム型よりハードドーム型のほうが向いていることになる。

さらにハードドーム型のなかでも、アルミニウムの振動板よりもより内部音速が速く、
高域の共振周波数が可聴帯域外にあるダイヤモンド振動板のドーム型トゥイーターが、
現時点では最良の選択となるだろう。

一昨年のインターナショナルオーディオショウのマランツのブースで、
B&Wの小型2ウェイ・スピーカーの805のトゥイーターを、
ダイヤモンド振動板のものに交換した特別仕様とアルミニウム振動板の通常仕様との比較が行われていた。
複数のユニットを使う場合、できるだけ同条件で等しくすべてのユニットを動かそうとしたら、
すべてのユニットの並列接続ということになる。

しかも細かいことを言えば、ネットワークからトゥイーターにいくケーブルの長さも、
すべて同じになるようにすると考えがちなのが、マニアの性(さが)だろう。

24個のトゥイーターを並列にして8Ωにするには、ひとつのユニットのインピーダンスを、
8×24で、192Ωにすればいいわけだ。

真空管式のOTLアンプがさかんに実験されていたときには、
数100Ωのインピーダンスのスピーカーユニットがあったそうだが、
200Ω近いインピーダンスのユニットは現実的ではない。

XRT20の24個のトゥイーターは、直列・並列接続の組合せに、抵抗が加えられている。

こう書くと、ケーブルの長さまで等しくしないと、
それぞれのユニットの動きにズレが生じてしまうと捉える人にとって、
XRT20のトゥイーターコラムは、とんでもないシロモノになってしまうだろう。

ピストニックモーションだけにとらわれて、スピーカーを見れば、短絡的にそう思うだろう。
その1とその2で、菅野先生がお使いの3組のスピーカーに共通するのは、
中高域の拡散と低域の電子的なコントロールにあると書いた。

いまでもそう考えているが、マッキントッシュのXRT20とジャーマンフィジックスのDDDユニットには、
もうひとつ共通するところがあるように、最近思えてきた。

XRT20のトゥイーターコラムは、24個の、2.5cm口径のソフトドーム型トゥイーターから構成されている。

この24個が、どう接続されているのか、XRT20が登場したとき、疑問だった。

たとえば16個、25個だったら、まだわかる。
16個だとしたら、4つずつを直列に接続することで、8Ωのユニットだと32Ωになり、
さらに4つを直列にしたものが4つできるわけで、その4つを並列に接続すれば、8Ωになる。

25個の場合も同じで、5つずつ直列に接ぎ、やはり5つの直列ユニットができ、これを並列にすれば8Ωになる。

24個だと直列・並列接続をどう組み合わせても、うまくいかない。インピーダンス補正用の抵抗が必要となる。

24個も25個も、コスト的にはそう変らないだろうから、なぜ25個という合理的な数にしなかったのか、
納得のいく答えがわからなかった。
つながっているだけの組合せは、
携帯電話を片時も離さず、ただただ頻繁に連絡をとりあうだけに汲々としている行為に、
似ているような気もする。

簡単に、どこでもいつでも連絡がとれるようになったからといって、
連絡の回数が多いからといって、必ずしも、相手との関係が濃密であるわけではない。
携帯電話でつながっていることは、相手と結びついているわけでもない。

組合せの本質は、つなげることではなく、結びつけることにある、と
これだけは、いまの時点でもはっきりといえる。
「有機的な」組合せと書いてみたものの、まだうまく説明できそうにない。
それでも、なんとなく感じていることを書けば、新しい視点による新しい価値を生むことだ、とは言える。
音楽通信の創刊号は、記憶違いでなければ、1984年1月だったはず。

編集部は、ステレオサウンドがはいっていたビルではなく、外苑東通りを東京タワー方面に歩いて10分ほどのところ、
ソ連大使館(当時)近くのマンションにあった。

かなり広いワンルームマンションに、これまた大きなテーブルが置いてあり、
そこに編集長の黒田恭一先生をはじめ、音楽通信・編集部の人たちが集まり、
創刊号の準備を、とても地道な作業のくり返しを、それはたいへんなことだけど、
なにか独得の活気に満ちていた空気のなかでやられていた。

いまならMacの画面上で、使用するフォントの属性、行間の設定をあれこれ変えて、
その結果を印刷して見比べるという、それほどたいへんでもない作業を、
当時、MacでDTPなんて、まだ影も形も存在していない時代
──マッキントッシュの128Kが登場したのが1984年、その前年の話だ──、
音楽通信の編集部の人たちは、本文の書体、サイズ、行間、一行あたりの文字数を決定する作業を、
実際に、いろいろな本のページをコピーしては、それらを切り貼りして見本を作っては、
検討、手直しをしたり、という根気が求められる作業を、決しておろそかにすることなくこなされていた。
マーラーの交響曲全集を、第一番から第九番まで、最初から一日のうちに聴き終えるというのは、
いちどやってみたいと思っていても、時間がなかなか許してくれない。

ベートーヴェンとなると、6時間ていどの時間がとれれば、
ひとりの指揮者による演奏で、一気に聴きとおせる。

バーンスタインが、1980年に出した、ウィーンフィルとのベートーヴェンの交響曲全集。
CDだと5枚に収まっている。

1枚目に第一番と三番、2枚目に第二と第四、あとは順番どおりに収められているので、
1枚目と2枚目は交互にかけかえることになるけれど、アナログディスク時代にくらべると、
その手間もあってないようなものに感じる程度。

たまたま今日は休みだったこともあり、やってみた。

なぜ、こんなことをやったかというと、ふと「音楽通信」という音楽誌のことを思い出したためだ。

音楽通信・創刊号の特集は、バーンスタインのベートーヴェンを第一番から第九番まで、
一気に聴きとおすというものだった。
1988年5月、黒田先生のお宅に伺ったときのことだ。

「オーディオは趣味ではない。ぼくは命を賭けている」と、
力強い口調で、真剣な顔つきで、そう明言された。

心強かった、なんだか、無性に嬉しかった......。

「黒田恭一」の名前を知ったのは、
1976年暮に出たステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 '77」の巻頭に載っていた
風見鶏の示す道を」を読んだときだ。

ちょうどオーディオに興味をもちはじめて、そう間もないときのことで、強い衝撃でもあった。

音楽を聴く、ということ、それもレコードによってオーディオを通して聴くということは、
どういうことなのか。
その難しさと面白さが伝わってきたように感じていた。

正直、まだ13歳、しかも音楽の聴き手としてもまだ初心者、オーディオのことも知識も経験も少なすぎた私には、
書かれていることをすべて理解できなかった。

読んでいて難しい、と思った。ちょうど冬休みだったこともあり、何度も何度も読み返した。
読み返すたびに、すごいと思い、この人の書くものは、すべて読みたい、とまで思っていた。

音楽の聴き手として大切なものが、はっきりと書かれていたわけではないが、
「風見鶏の示す道を」には、ある。

それを感じとっていたから、13歳の私は、「難しい」と感じていたのだろう。

とにかく、黒田先生の文章に、早い時期に出会っていてよかった、とはっきりと言える。
出会えてなかったら、音楽の聴き手として心がまえを持ち得なかったかもしれない。

黒田先生の、新しい文章を読むことは、もう、できなくなってしまった......。
ステレオサウンド 39号のカートリッジの試聴に、
井上先生はダイレクトカッティング盤を中心に選ばれている。
岡先生は、とうぜんのことながら、クラシックのみで、ポリーニによるシェーベルクのピアノ作品集、
アルゲリッチのショパン、カラヤンの「オテロ」、ブレンデルとハイティンクによるブラームスのピアノ協奏曲など7枚。
その他にいくつかのカートリッジでは、さらに別なレコードも使われている。

井上先生も岡先生も、1976年当時の、比較的新しいレコードを中心に使われているが、
岩崎先生は違う。

まずジャズ、ロックを中心で、しかもジャズは、新しいものとステレオ初期とモノーラルの50年代初期もの、
さらに40年代以前の古いものと、録音年代で4種類を試聴レコードとして選ばれている。

レコードについて、次のように語られている。
     ※
最新録音盤は、周波数特性とかスペクトラム的な判断に価値があったとしても、ステレオ感となるとかえって作為的で,良さの判断にはつながらず、苦労の種でしかない。ステレオ初期のレコードはこの点正直だ。50年代のジャズレコードのもつ特色は、そのまま「ジャズサウンドは、いかにあるべきか」を端的に示して、再生音楽におけるジャズ的視点を定めるのに好適といえる。古い録音のナローバンドのSN比の悪いSPリカット盤は、音楽以外の雑音や歪がどれだけ抑えられ、音楽を楽しむのに邪魔されずにすむか、を確かめるのに役立つ。現代的な意味で音の良いカートリッジが必ずしも雑音を抑えてくれるとは限らず歪も目立つ。
     ※
試聴レコードは以下のとおり。

●「ワン・フォー・ザ・デューク」
 エリントン/レイ・ブラウン
 パブロ(英国盤)
●「ヴィレッジヴァンガードのソニー・ロリンズ」
 ブルーノート(アメリカ盤)
●「イン・コンサート」
 クリフォード・ブラウン/マックス・ローチ
 マーキュリー(アメリカ盤)
●「ソロ・フライト」
 チャーリー・クリスチャン
 アメリカ・コロムビア盤
●「ブルー&グレー」
 ローリング・ストーンズ
正直にいえば、使いこなしも「組合せ」の範囲に含まれると考えている。

与えられた機器を与えられた環境で、自身のもつ経験則、手法を、どう組み合わせていくのか。
経験則も、いくつもの経験の積み重ねが組み合わさって生れてくるものだろう。

つまるところ、そういうことではないかと思う。

ある種の組合せに感じるのは、ただ点・線・面を並べて、うまいこと形になったら、それでお終い、という安易さだ。

オーディオにおける「組合せ」とは、そういうものではなく、もっと有機的なもののように、
やや漠然ながらではあるが、そう感じている。
本日、"the Review (in the past)" というブログを公開しました。

ブログ形式で公開していますが、暫定的なもので、途中でブログから他の形式に変更するかもしれません。

アクセスしていただければ、すぐわかるように、
audio sharingでの公開の許諾をいただいている筆者の方々の、製品紹介、テストリポートの文章を、
各ブランド、各機種ごとにまとめています。

型番の表記ですが、本文中は、基本的に全角文字のままにしてあります。
元の文章が全角文字で書かれているのはそのままにしていますので、検索にはご注意くださ
い。

タイトル中の型番は、すべて半角文字で表記しています。

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