2008年12月アーカイブ

1年の最後に聴くディスクは、決めている。
カスリーン・フェリアーのバッハ/ヘンデル集である。
1985年に復刻されたCDを、いまでもずっと持ちつづけて聴いている。

このディスクだけは手放さなかった。
オーディオ機器も処分して、アナログディスクもCDも処分したときでも、
このディスクだけは手もとに残しておいた。

持っていたからどうなるものでもなかった。
聴くための装置もないし、ただもっているだけにすぎないのはわかっていても、
このディスクを手放したら、終わりだ、そんな気持ちがどこかにあったのかもしれない。

人の声に、神々しい、という表現は使わないものだろう。
でも、このディスクで聴けるフェリアーの声は、どこか神々しい。
いつ聴いても神々しく感じる。

厳かな時間がゆっくりと流れていく、とは、このことをいうのかと聴いていて思う。

23年間所有しているディスクだけに、ケースはキズがつきすこし曇っている。
けれど、ディスクにキズはひとつもない。

フェリアーのバッハとヘンデルを聴く時は、これから先もこのディスクで聴いていく。
いくら音が格段によくなろうと、PCオーディオにリッピングして聴くことは、
フェリアーの、この歌に関しては、ない。

愛聴盤を聴き続けていく行為とは、そういうものである。
だからこそ、愛聴盤になっていく。

いろいろあったし、これからもいろいろあるだろう。
でも、1年の終わりに、フェリアーをじっくり聴けるだけで、幸福というしかない。
ダイヤトーンは、DS5000の5年前(1977年)に、フロアー型の4ウェイ・スピーカーを発表している。
ただしコンシュマー・モデルではなく、放送局用として開発されたモデルで、
型番も4S-4002Pと、2S305の流れを汲むものとなっている。

40cm口径のウーファー(ハニカム振動板)、18cm口径のミッドバス(これもハニカム振動板)、
5cm口径のミッドハイ、トゥイーターのみドーム型で口径は2.3cm。
エンクロージュアはバスレフでも密閉型でもなく、ウーファーと同口径のパッシヴラジエーターを採用している。
そのため、かなり大型といえ、高さは133.6cm、重量は135kg。
上3つのユニットは両端にハンドル付きのサブバッフルに取りつけられている。
エンクロージュアのサイドはウォールナット仕上げにはなっているが、
全体的な雰囲気は素っ気無い、やや冷たい感じを受ける。

ステレオサウンド 45号のモニタースピーカー特集で取りあげられているから、
一般にも市販されたと思われるが、いままで見たことはない。

同じ4ウェイでも、4S-4002PとDS5000はずいぶん雰囲気が違う。
DS5000からは、つくり込まれているという印象が伝わってくる。

資料や写真のみでの判断するしかないが、
4S-4002Pは、とりあえず4ウェイ・スピーカーを作ってみました、という感じを、
(私だけだろうが)どうしても受けてしまう。
TSD15を取りつけた930stの音を、しみじみ、いい音だなぁ、と思ったことは幾度とある。

1985年、フィリップスの業務用CDプレーヤー、LHH2000が持ち込まれたときも、そう感じた。

CDが登場したのは、1982年10月。
発表日まで、CDの音を聴くことは、開発者・関係者以外いっさいできなかった。
26年前のCD発表日の前日の夜、ある人が、こっそりとステレオサウンド試聴室に、
CDプレーヤーとディスクを1枚持ってきてくれた。

はじめて聴いたCDの音だった。

ディスクは小沢征爾指揮によるR.シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」、
CDプレーヤーはマランツのCD63だった。

同じディスクを、まずエクスクルーシヴP3とオルトフォンのMC20MKIIで聴いたあとに、
いよいよCDを鳴らす。

出てきた音に、編集部全員が驚いた。
P3は、その後もずっと使いつづけている、合板を何層も積み重ねた、高さ数十センチの、
重量も相当ある専用の置き台の上、
CD63は、天板のセンターから脚が出ている、そんなテーブルの上。
当時は、まだヤマハのラックGTR1Bも登場してなくて、置き台に関してもそれほど関心が払われてなかった。

いまの感覚では、置き台に関して不利な条件のCD63。
しかもP3は重量45kg、一方のCD63は片手がひょいと持てる軽さ、おそらく4〜5kgだろうか。
大きさだって、大人と子供以上に違う。

にも関わらず出てきた音の安定感は、CD63が数段うわまわっていた。
EMTの930st、トーレンスの101 Limited、呼び名はどちらでも良いが、
アナログプレーヤーとしての完成度は、コンシュマー用プレーヤー、
最近のハイエンドオーディオ・プレーヤーとも一線を画している。

1970年代のおわりには、クリアーなピンク色のディスクも、ハイクォリティディスクとして登場したが、
アナログディスクといえば、直径30cmの漆黒の円盤であり、
この円盤のふちを左右の手のひらでやさしく持ち、センターの穴周辺にヒゲをいっさいつけることなく、
すっとターンテーブルの上に置く。
そして最外周、もしくは希望する溝に、カートリッジをぴたりと降ろす。
この一連の動作を、ストレス無く行なえるプレーヤーは、930stの他に、いったいいくつ存在するだろうか。
昨日今日でっちあげられたプレーヤーとは出来が違う。

音質の新しさで、930stを上回るプレーヤーは、いくつかある。
930stを使ってきた者にとっては、プレーヤーとしての未熟なところが、目についてしまうこともある。

ノイマンのDSTを取りつけた930stの音はすごかった。
だからといって、TSD15での音がつまらないなんてことは、まったく感じなかった。

101 Limitedは、トーレンスのMCHIが付属カートリッジだったが、
TSD15も購入していたので、MCHIは、新しいレコードでトレースに不安を感じるときだけ使っていた。
もっとも超楕円のSFL針搭載のTSD15が出てからは、MCHIの出番は完全になくなった。
ダイヤトーンのDS505は見た目からして、
アラミドハニカムの振動板をウーファーとミッドバスに採用したとで、
それまで紙コーンが黒色に対して、山吹色といったらいいか、色合いからして、それまでと異る。
ミッドハイ、トゥイーターのドーム型も振動板とボイスコイルボビンを一体化したDUD構造とするなど、
いわばダイヤトーンとしての新世代のスタートを切るスピーカーでもあった。

それをブックシェルフ型で、価格も38万円(ペア)というところで出してきて、
市場の反応を見るというのが、日本のメーカーらしいといえよう。

DS505の音だが、実は一度も聴いたことがない。なかなか聴く機会がないまま、
ステレオサウンドで働くことになり、しばらくしたら、DS5000が登場してきた。

ダイヤトーン新世代スピーカーの頂点にあたるモデルとして開発されたDS5000が、
ステレオサウンド試聴室に搬入されたとき、
ダイヤトーンの技術者が、
「4343が置いてあった場所にそのまま置けます」と言ったのをはっきりと憶えている。

4343の横幅は63.5cm、DS5000の横幅も63.5cmは同じで、
4343からの買い替えを狙って、この横幅に決定した、とのことだった。
奥行きは、4343が43.5cm、DS5000が46cmとすこしだけ大きいが、
4343はサランネット装着すると、奥行きは46cmくらいになる。
高さは、4343が105.1cm、DS5000が105cmと、徹底して4343を意識した寸法となっている。
スレッショルドの800Aは、1976年当時、118万円だった。
価格的に4343とほぼ同じだが、まったく無名の新興ブランドということもあってか、
実物を見たこともないという人も少なくない。

けれど、800Aが、国産ブランドのアンプの技術者に与えた影響は、4343のそれと匹敵するかもしれない。
800Aの登場以降、国産アンプの謳い文句に「Aクラス」の文字が増えている。
思いつくまま挙げれば、テクニクスのクラスA+(SE-A1に採用されている)と
ニュークラスA(SE-A3などプリメインアンプにも採用)、
ビクターのスーパーAクラス、デンオンのリアルバイアスサーキットによるAクラス、
Lo-DのノンカットオフA動作、などがある。

800Aも登場したばかりのころは、正確な情報がなかったため、純Aクラス・アンプのように思われたが、
実際は基本動作はABクラスで、出力が増えてBクラス動作に移行したとき、
通常ならば発生するスイッチング歪、クロスオーバー歪を、
特殊なバイアス回路の採用で発生そのものを抑えている。

これに刺激されて、各社から、独自のノンスイッチングアンプが登場したわけだ。

このとき、ステレオサウンドは、国産メーカー各社のアンプ技術者にアンケート調査を行なっている。
自社の技術の特徴と、他社の同様の技術の違いについて回答させたものをまとめた記事で、
技術者が自社製品の技術について語るだけとは異り、ひじょうに興味深い内容だった。

無線と実験やラジオ技術誌がやらなかった記事を、
ステレオサウンドが、わかりやすく、しかもつっこんだ内容で、まとめてくれていた。

同様のアンケートを、4ウェイ・スピーカーを発表したメーカーの技術者に対して
行なってくれていたら、と思う。
4343をどう捉えていたのかが、はっきりとわかり、ひじょうに面白い記事になったであろう。
4343でコヒーレントフェイズを実現するのは相当に困難なことだが、
4ウェイ・スピーカーでコヒーレンスフェイズに近づける、ということになれば、
ホーン型ユニットを使わずに、ダイレクトラジエーター(ドーム型、コーン型、リボン型など)のユニットで構成すれば、
それぞれのユニットの音源の位置関係のズレは、かなり小さいものとなる。

4343を意識した4ウェイ・スピーカーが、国産ブランドからいくつも登場した。
それらのスピーカーを見ていくことは、それぞれのブランドのスピーカー技術者が、
4343をどう捉えていたのか──長所はどこで、そして欠点はどこなのか、を間接的に知ることといえよう。

1976年、高効率Aクラス・アンプを謳い、
Aクラスで100Wの出力を可能としたスレッショルドのパワーアンプ、800Aが登場した。
当時のAクラス・アンプといえば、パイオニア/エクスクルーシヴのM4が代表的製品で、
出力は50W+50Wだった。空冷ファンを備えていたが、発熱量はかなりのものだった。

それが同じステレオ機で、出力が4倍の200W+200W。800Aもファンによる冷却だが、
発熱量はM4の4倍の出力をもつアンプとは思えないほど少なく、
筐体がカチンカチンに熱くなるということはなかった。

800Aは、二段構えの電源スイッチで、通常はスタンバイスイッチを入れっぱなしにしておき、
使用時にオペレートスイッチをいれるという仕組みで、
冷却ファンも風量を2段階で切り換え可能にするなど、家庭で使うことを配慮した、
アメリカのハイパワーアンプとは思えない面ももっていた。

800Aはそれほど日本には入荷していないそうだが、
私がよく通っていた熊本のオーディオ店には、800Aがなぜか置いてあり、音を聴く機会にもめぐまれた。

800AかSAEのMark2500か──、LNP2Lに組み合せるパワーアンプはどちらかよいか、
買えもしないのに、そんなことを迷っていたりした。

800Aはいいアンプだと思っていた。
おそらく、いま聴いてもなかなかのアンプのように思う。
当時のアメリカのアンプとは思えないような、清楚な印象の音は新鮮だったし、
しかも秘めた底力も持ち合わせている、どこか、そんな凄みがあった。

「800A、いいなぁ」、と思っていたところに、
五味先生が、ステレオサウンドで再開されたオーディオ巡礼の一回目に、
「スレッショールド800がトランジスターアンプにはめずらしく、
オートグラフと相性のいいことは以前拙宅で試みて知っていた」と書かれていたので、
ますます800Aの印象は、私の中でふくらんでいった時期がある。
JBLの4343と同時代のスピーカーのなかには、ユニットの位置合わせにはじまり、
ネットワークの位相特性にまで配慮した、いわゆるリニアフェイズ、
KEFの言葉を借りればコヒーレントフェイズ指向のスピーカーが登場している。

KEFの#105がそうだし、UREIの813は、特許取得のタイムアライメント・ネットワークで、
同軸型ユニットのメリットを最大限に引き出そうとしていた。

それらのスピーカーと見比べると、4343のユニット配置は、コヒーレントフェイズの観点からは、
考慮されているようには思えない。

瀬川先生の4ウェイ・スピーカー構想をあれこれ妄想・空想していた私は、
4343でコヒーレンとフェイズを実現するには、どういうユニット配置にしたらいいのか、
そんなことも考えていた。

高校生が考えつくことは、やはり限られていて、
思いついたものといえば、ウーファーとミッドバスの前面にフロントショートホーンを設けることだった。

UREIの813のネットワークに関する技術的な資料が、当時あれば、
ネットワークによる補正も考えられるのだが、インターネットなどない時代だから、無理である。

となると、フロントショートホーンということになるのだが、
これを4343のスタイルを崩さずにうまくまとめることは、不可能といってもいいだろう。

スケッチという名の落書きを何枚も描いてみたけど、4343のようにカッコよくは、どうしてもならない。
それに、ホーンがついた分、どうしてもサイズが大きくなる。
4343のスマートさとは、正反対のモノになってしまう。

1976年発表の4343を、21世紀のいま、メインスピーカーとして使うために、どうしたらいいのか。
そのためには、4343というスピーカーについて、とことん知る必要がある。
それが、4343を4343足らしめている要素をいっさい損なうことなく、につながる。

4343を現代スピーカーとして甦らせることについては、いずれまとめて書きたいと思っている。
JBLの4343に憧れていて、瀬川先生の4ウェイ・スピーカー構想をあれこれ空想・妄想していた時期に、
ダイヤトーンのDS505は登場したから、個人的な衝撃は、意外なほどあった。

38cm口径のウーファーをベースとするならば、4ウェイ・スピーカーはかなり大型となるが、
30cm口径ならば、ミッドバスも大きくて16cm、10cm口径のフルレンジ一発でもいける、
うまくすれば、ブックシェルフ型の4ウェイもできるんじゃないか、そんなことも考えたことがあっただけに、
DS505は、アラミドハニカム振動板の特有の色とともに、
当時、高校生だった私には、現実的な4ウェイ・スピーカーであった。

クロスオーバー周波数の、500、1500、5000Hzからも、3ウェイ・プラス・スーパートゥイーターという構成ではなく、
本格的な4ウェイ・スピーカーとして開発されていることがうかがえる。
ウーファーとミッドバスが小口径になった分、クロスオーバー周波数も高くなり、
コイルの値も小さくなる。
このことも、当時、現実的と受けとめたことのひとつでもある。

ステレオサウンドの新製品の記事は、井上先生が書かれていた。
カラーページだった、その記事を何度もくり返し読んだ。
瀬川先生の4ウェイ・スピーカー構想は、フルレンジから始めるか、
2ウェイから、なのかによって、ユニットの選択肢が変わってくる。

2ウェイからはじめるのであれば、タンノイやアルテックの同軸型ユニットも候補となる。
タンノイだと25cm口径のモノ、当時だとHPD295Aだ。
アルテックだと......、残念ながら30cm口径の605Bもラインナップから消えていたし、
25cm口径の同軸型は最初から存在しない。

もっとも6041の例があるから、システム全体は大型化するものの、604-8G (8H)からのスタートもあり、だろう。

もっとも、この場合、タンノイにしてもアルテックにしても、
同軸型のトゥイーターは最終的には、ミッドハイとなる。

こんなふうに、当時はHiFi Setero Guide を眺めながら、いろんなプランを、私なりに考えていた、
というよりも妄想していた。

スピーカー・システムというように、ひとつのパーツから成り立っているわけでなく、
いくつかのユニットとエンクロージュア、ネットワークなどの、「組合せ」である。

アナログ、CDのプレーヤー、アンプ、スピーカー・システムの組合せからオーディオが成り立っているのと同じように、
スピーカー・システムもアンプそれぞれも、すべて組合せである。

アンプは、増幅素子(真空管やトランジスター、ICなど)、コンデンサー、抵抗などの組合せから成り立っているし、
回路構成にしても、ひとつの組合せである。

さらに言うならば、スピーカー・ユニットにしても、振動板、エッジやダンパー、
マグネットを含む磁気回路、フレームなどからの組合せである。

オーディオに求められるセンスのひとつは、この「組合せ」に対するものではないだろうか。
瀬川先生の4ウェイ・スピーカーの構想で、ウーファーを加えた時点でマルチアンプ駆動にするのは、
ウーファーに直列に入るコイルの悪影響を嫌ってのことである。

同時に、同じブランドのユニットでシステムを構成するのではなく、
ブランドもインピーダンスも能率も大きく異る点も含まれる混成システムでは、
マルチアンプにしたほうが、ネットワークの設計・組立てよりも、ある面、労力が少なくてすむ。
もちろん多少出費は、どうしても増えてしまうけれども。

出発点だったフルレンジ用にミッドバス用のキャビネットを用意すれば、エンクロージュアの無駄も出ない。

最後に、ミッドハイを加えて、4ウェイ・システムが組み上がる。

もちろんステップを踏まずに一気に4ウェイに取り組んでもいいし、
最初は2ウェイで始めてもいいだろう。

とはいえ、最初にフルレンジだけの、つまりネットワークを通さない音を聴いておくことが、
この瀬川先生の4ウェイ構想の大事なところだと、記事を読んで10年後くらいに気がついた。
ネットワークにおけるコイルの、音質に与える影響は、
クロスオーバー周波数が下がれば下がるほどコイルの値も大きくなり、それに比例していく。
直流抵抗値も増えていく。

コイルの値は、スピーカーのインピーダンスと関係し、インピーダンスが低くなれば、
同じクロスオーバー周波数でも、小さい値ですむ。

いまでこそパワーアンプの安定度が高くなったため、4Ωのスピーカーがかなり増えているが、
4343の時代(1976年から80年にかけて)は、スピーカーのインピーダンスといえば8Ωであったし、
4Ωのものは、極端に少なかった。

現代の4343といえる4348のウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数は、
4343と同じ300Hzだが、インピーダンスは6Ωと、すこし低くなっている。

4348の弟機にあたり、4348と同じウーファー1500FEを搭載している4338は、
ミッドレンジとのクロスオーバー周波数が700Hzと高めになっているため、
システムとしてのインピーダンスは8Ωだ。

4343が6Ωだとしたら、コイルの値も小さくなり、
4343の評価もかなり違ったものになっていた可能性もあるように思う。

4343登場と相前後して、アメリカのパワーアンプは、SAEのMark2500、GASのAmpzilla、
マランツのModel 510M、マークレビンソンのML2Lなどが登場しているから、
6Ωとして設計されていたとしても、アンプの選択に困ることはなかっただろう。
ノイマンのDSTとDST62の違いは、おもにコンプライアンスで、
1962年に出たDST62のほうが多少ハイコンプライアンスとなっている。

DSTでカザルスのベートーヴェンを終わりまで聴いて、そのまま間髪を入れずにDST62で、
もう一度カザルスを聴く。

DST62だけを聴いていればよかったのだが、DSTを聴いた後では、
やや普通のカートリッジ寄りになっていることに、不満を感じていた。

ひとりで聴くには、なんとももったいない音で、当時サウンドボーイの編集長Oさんともいっしょに聴いたし、
後日、Oさんの友人で、サウンドボーイの読者訪問に登場されたことのある、
タンノイ・オートグラフを使われている方とも、やはりカザルスのベートーヴェンを聴いた。

年齢が、それぞれ10歳ほど違う三人とも、DSTの音に「白旗をあげるしかないね」ということで同じだった。

DSTとDST62は、自宅でも数週間にわたって聴いた。
コイルの性質には、いくつかある。

まず挙げたいのがレンツの法則と呼ばれているもので、コイルは、電流の変化を安定化する働きをもつ。
それまで無信号状態のところに信号が流れようとすると、それを流させまいと働くし、
反対に信号が流れていて、信号がなくなる、もしくは減ろうとすると、流しつづけようとする。
この現象は、中学か高校の授業で習っているはず。

このとき何が起こっているかというと、コイルからパルスが発生している。
このパルスは、ある種のノイズでもあり、他のパーツに影響をあたえる。

2つ目の性質は、相互誘導作用。
2つ以上のコイルが近距離にある場合、ひとつのコイルに流れる電力が他のコイルにも伝わる。
この性質を利用したものが、トランスだ。

3つ目は、共振。
コンデンサーと組み合せることで、電気的な共振がおこり、
ある周波数でインピーダンスが下がったり上がったりして、
電流が流れにくくなったり流れやすくなったりする。

コイルの性質とは言えないが、共振には機械的な共振もある。
音声信号が流れれば、少なからず振動する。

真空管アンプ全盛時代はそうでもなかったが、トランジスターアンプに移行してからは、
コイルの使用は、アンプでは敬遠されがちである。

やっかいな性質をもっているのは確かだが、コンデンサー型やリボン型などをのぞくと、
ほとんどのスピーカーの動作はコイルによって成り立っているのも忘れてはならない。
まずは、DSTを取りつけて、ひとりで聴いた。

カザルス/マールボロ音楽祭管弦楽団のベートーヴェンのディスクは国内盤で、
宇野功芳氏が解説を書かれている。

触れれば手から血が出る、こんな表現を使われていた。

DSTが鳴らしたカザルスは、まさしく触れれば手から血が出る音。
それも他のプレーヤー、他のカートリッジではカミソリの刃ぐらいだったのが、
DSTでは、おそろしく切れ味の良い刃物になる。質量のある切れ味だ。

若さもあってか、この音には惹き込まれた。
昨年11月7日の瀬川先生の27回忌に集まってくださった方みんなが知りたかったこと、
けれども誰ひとり知らなかったこと──、瀬川先生のお墓のことだった。

それから1カ月半、12月も終ろうとしていたある日、わかった。
なんとか年内のうちに墓参に行きたかったが、暮ということもあり、
どうしても都合がつかない人のほうが多く、年明けに行くことになった。

みなさんの都合から、今年の2月2日になった。
瀬川先生の妹・櫻井さんも来てくださった。

櫻井さんは、瀬川先生の著書「オーディオABC(共同通信社刊)」のイラストを描かれている方だ。

ステレオサウンドの原田勲会長も来られた。私も含めて7人。
寒い日だったが、晴天だった。東京は、翌日、朝から雪が降りはじめ、積もっていった。

ひとりひとり墓前で手を合わせ、心のなかで瀬川先生に語りかけられている。
みなさんのうしろ姿を見ていた。

私は、他の方たちとは違い、瀬川先生と仕事をしたわけでもないし、長いつきあいがあるわけでもなし、
熊本のオーディオ店で、何度かお会いしただけ(顔は憶えてくださっていた)だから、
語りかけることがあろうはずがない。

だから、瀬川先生の墓前で、私はあることをひとつ誓ってきた。
カザルスのベートーヴェンのディスクを聴いた数ヶ月後に、
EMTの930st(正確にはトーレンスの101 Limited)を購入した。衝動買いである。

ただすぐに持って帰れずに、撮影するためにステレオサウンドの試聴室に置いていた。
ちょうどそのころ、ある人が、ノイマンのカートリッジ、DSTとDST62を貸してくれた。

101 Limitedにとりつけて、内蔵のイコライザーアンプ155stをそのまま使い、
最初にかけたレコードは、当然、カザルスのベートーヴェンの第七番である。

凄い音とは、まさにこのことだと思った。
カザルスがベートーヴェンの交響曲第七番を振ったとき、92歳のはず。
にもかかわらず、この演奏をつらぬいている強い緊張感の、驚異的な持続、
そのためだろう、音楽の生命力が、一瞬たりとも失われないどころか、
第3楽章、4楽章では、さらに燃えあがっている。

いわゆる、うまい演奏ではない。表現技巧においては、カザルス/マールボロ音楽祭管弦楽団よりも、
数段優れている指揮者/オーケストラはいくらでもあるだろう。

けれど、ベートーヴェンの音楽、とくに交響曲に、私が強く感じている、
いま鳴っている音が次の音を生み出す、そういう感じをこれほど聴かせてくれたものは、そうそうない。
ベートーヴェンの音楽は、そして音の構築物でもある。

カザルス/マールボロ音楽祭管弦楽団による演奏は、
1976年、アメリカのHigh Fidelity誌創刊25周年号に掲載された、歴史的名盤のなかで、
ベートーヴェンの交響曲第七番のベストに選ばれている。
ベートーヴェンの「第九」をコンサートで聴いたのは、小沢征爾/ボストン交響楽団によるもので、
1982年か83年のどちらか、人見記念講堂におけるものが最初である。
実は、このときが、生のオーケストラを聴いた、はじめてのことだった。

それもあってだろう、第4楽章には涙した。
ベートーヴェンの巨きさに、感動してのことだった。いまでも、その感動だけははっきりと残っている。

あれから20数年。ふり返って見ると、「第九」をコンサートで聴いたのは、これ一度きりである。

バーンスタインもジュリーニも、いまは、もういない。
この人の演奏ならば、聴きたい、ホールに足を運んで聴きたい、
そう思える指揮者が、すぐに頭に浮かんでこない。
それもさびしいものだなぁ、と思っていたら、数日前、ある名前を目にした。

グスターボ・ドゥダメルとシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ。

今日も、この名前を目にした。

彼らが、この先、日本で、「第九」をやってくれるかなんて、わからない。
でも、もし聴けるのであれば、ぜひとも行きたい。
ラックスのアームレスプレーヤーのPD121をデザインされたのは瀬川先生だと、
一時期(4、5年ぐらい)、そう勘違いしていたことがある。

なにかの時に、「PD121は瀬川先生のデザインだ」という話が出て、それを信じていた。
瀬川先生のデザインと言われて、何の疑いも持たなかった。素直にそう思えた。
いまでも、そう信じてられる方もおられるが、
PD121のデザイナーは、47研究所の主宰者の木村準二さんである。

木村さんは、瀬川先生といっしょにユニクリエイツというデザイン事務所を興されている。
このときおふたりのもとで働いておられたのが、瀬川先生のデザインのお弟子さんのKさんだ。

木村さんから直接、Kさんからも、PD121は木村さんのデザインだと聞いている。

PD121のモーターは、テクニクスのSP10(最初のモデルの方)と同等品である。
同じモーターを使いながら、SP10の素っ気無く、暖かみを欠いている外観と較べると、
PD121の簡潔で大胆なデザインは、手もとに置いておきたくなる、愛着のわく雰囲気と仕上がりだ。

ステレオサウンド 38号を見ると、EMIの930stの他に、
瀬川先生は、PD121とオーディオクラフトのAC-300の組合せを使われていたのがわかる。
写真には、EMTのXSD15がついているのが写っている。

930stには、当然、TSD15がついてる。
なにも同じカートリッジを使われることはないのに、と思うとともに、
EMTに、そこまで惚れ込んでおられたのか、とEMTに惚れ込んだ一人として嬉しくなる。

エクスクルーシヴのP3とオーディオクラフトのAC-3000MCにつけられていたカートリッジは、
オルトフォンのMC30だったのかもしれないし、MC20MKIIだったのだろうか。
それとも、やはりEMTだったのか。
瀬川先生が、終の住み処となった中目黒のマンションで使われていたアナログプレーヤーは、
パイオニア/エクスクルーシヴのP3だ。

ステレオサウンド 55号のアナログプレーヤーの試聴記事において、P3について、
ひとつひとつの音にほどよい肉づきが感じられる、と書かれていたのを思い出す。
同時に試聴されたマイクロの糸ドライブ(RX5000+RY5500)とEMTの930stと同じくらい高い評価をされていた。

だから瀬川先生にとっての最後のアナログプレーヤーがP3であることは、自然と納得できる。
ひとつ知りたいのは、トーンアームについてだ。

P3オリジナルのダイナミックバランス型で、オイルダンプ方式を採用している。
アームパイプは、ストレートとS字の2種類が付属している。
パイプの根元で締め付け固定するようになっている。
同様の機構をもったトーンアームが、オーディオクラフトのAC-3000MCだ。
アームパイプは5種類用意されていた。

4端子のヘッドシェルが使えるS字型パイプの他に、ストレートパイプのMC-S、テーパードストレートパイプのMC-S/T、
オルトフォンのSPU-Aシリーズ専用のS字パイプのMC-A、EMTのTSD15専用のS字パイプのMC-Eだ。
アームパイプはいずれも真鍮製だ。

この他にも、あらゆるカートリッジにきめ細かく対応するために、軽量カートリッジ用のウェイトAW-6、
リンやトーレンスのフローティングプレーヤーだと、
標準のロックナットスタビライザーではフローティングベースが傾くため、軽量のAL-6も用意されていた。

出力ケーブルも、標準はMCカートリッジ用に低抵抗のARR-T/Gで、
MM/MI型カートリッジ用に低容量のARC-T/Gがあった。

AC-3000MC専用というわけではないが、
SPUシリーズをストレートアームや通常のヘッドシェルにとりつけるための真鍮製スペーサーOF-1、
やはりオルトフォンのカートリッジMC20、30のプラスチックボディの弱さを補強するための
真鍮製の鉢巻きOF-2などもあり、実に心憎いラインナップだった。

AC-3000MCの前身AC-300Cについて、
「調整が正しく行なわれれば、レコードの音溝に針先が吸いつくようなトレーシングで、
スクラッチノイズさえ減少し、共振のよくおさえられた滑らかな音質を楽しめる(中略)
私自身が最も信頼し愛用している主力アームの一本である」と、
ステレオサウンド 43号に、瀬川先生は書かれている。

AC-3000MCになり、完成度はぐっと高まり、見た目も洗練された。
レコード愛好家のためのトーンアームといえる仕上がりだ。

お気づきだろう、AC-3000MCのデサインは、瀬川先生が手がけられている。

オーディオクラフトからは、P3にAC-3000MCを取りつけるためのベースが出ていた。
おそらく瀬川先生はP3にAC-3000MCを組み合わされていたのだろう。
コイルが、どう音に影響をあたえるのか。
両端にコイルが巻きつけてあるRCAケーブルがあれば、それを容易に確認できる。

高額な、最近の、アクセサリーという範疇を超えつつあるケーブルには、
よもや、こんなものはついていないだろうが、
以前は、意外に、ついているモノが多かった。
SMEのトーンアームに付属するケーブルにも、このコイルが巻きつけてあった。

RCAプラグの金属のエッジがケーブルの外被にあたり、ひどいときには断線にもつながるため、
ケーブル保護のためについていた。

SMEの場合、このコイルは鉄製(磁性体)でだった。つまりコイルであり、バネでもあったわけだ。

このコイルに、布製の粘着テープもしくはアセテートテープを一巻き貼るだけでも、
もちろん音は変化する。
さらにこのコイルを、少々苦労するが取り外してみる。

ステレオサウンドのアナログプレーヤーは、私が入社したころは、
パイオニア/エクスクルーシヴのP3だったが、
マイクロのSX8000IIの発表とともに、SMEの3012-R Proとの組合せに変わった。
トーンアームケーブルは、付属の銀線をそのまま使用していた。
つまり両端のコイルもそのままの状態で使っていたわけだ。

あるとき、井上先生から、
「ちょっとめんどうだけど、そのコイルをはずしてみろ」と言われた。
左右両チャンネル、ケーブルの両端にあるので、計4つのコイルをはずす。

面倒な作業だったことは、確かだ。
やっている最中は、「もうやりたくないな、こんな作業は」、と思っていたのに、
その音を聴くと、またやろうと思っていたし、実際、三度やっていた。
そのくらいの十分過ぎる変化だった。
トゥイーターを追加した次のステップは、ウーファーの選択、追加、そしてマルチアンプ化である。

3ウェイにスーパートゥイーターを追加した4ウェイと、
ミッドバス専用ユニット搭載の4ウェイの大きな違いは、ウーファーのカットオフ周波数にある。

4343の、ウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数は300Hz、
3ウェイ・プラス・スーパートゥイーターの4ウェイだと、
ウーファーとスコーカーのクロスオーバー周波数は低くても500Hzより上、600だったり800Hzだったりする。

4333A(3ウェイ)の、ウーファーのカットオフ周波数は800Hzだ。
4350Aは、250Hzに設定されている。

どれも同じウーファー(2231A)なのに、3ウェイか4ウェイかで違うし、
4ウェイでもネットワークなのかバイアンプ駆動なのか、で異ってくる。

ウーファーのカットオフ周波数を低くしたとき、
ネットワークのコイルの値が大きくなることが問題となってくる。

4343では5.4mHのコイルが、ウーファーに対して直列にはいる。

空心コイルの場合、5.4mHのコイルに使用する線材の長さは、
コイルの内径、厚みによって多少変動するが、60m前後必要となり、
直流抵抗値は、線径が16AWG(1.02mm)だと、おおよそ1Ω、
すこし太い16AWG(1.29mm)で0.7Ω、14AWG(1.63mm)で0.5Ω弱となる。

鉄芯入りだともうすこしワイヤー長が短くできるが、今度は磁気歪みの問題がかわりに出てくる。
瀬川先生の4ウェイ自作スピーカー計画は、次にトゥイーターを足して2ウェイにする。
トゥイーターもいくつか候補を挙げられていた。
JBLの2405、075、KEFのT27、フィリップスのソフトドームなど、いろいろだ。

フルレンジユニットで、LE8Tにした人ならば、2405を選ぶだろう。
2405とLE8Tの能率の違いは、意外に大きい。
通常なら、2405にアッテネーターをかましてLE8Tとの音圧を調整するわけだが、
2405にコンデンサー(もちろん良質のものに限る)を1個だけ直列に接ぎ、
いちばん簡単なローカットフィルターをつくる。レベルコントロールは挿入しない。
2405の推奨クロスオーバー周波数は7kHz以上だから、8kHzから10kHzあたりでローカットするのが通常だが、
コンデンサー1個で、しかも能率差が大きいときは、あえて20kHz以上に設定する。
コンデンサーの容量は、けっこう小さいな値になる。

-6db/oct.というゆるやかなカーブでも、カットオフ周波数が高いおかげで、2405でも問題なく使える。

このテクニックについては、「HIGH TECHNIC SERIES」のvol.1に、瀬川先生が書かれている。
瀬川先生の、4ウェイの自作スピーカー計画の記事のオリジナルは、かなり以前に発表されたもので、
私が読んだのは、「HIGH TECHNIC SERIES」のvol.1のマルチアンプ特集のなかで、再度触れられていたものである。

フルレンジユニットを鳴らすことから始まるこの計画は、ステップを踏んで、
2ウェイ、3ウェイとすすみ、最後にマルチアンプ化とともに4ウェイとなるものだ。

フルレンジは、ヴォーカルの再現性に優れるものが多い、20cm口径前後のものを選択する。JBLのLE8T、
アルテックの755E、フィリップスのユニット、ダイヤトーンのP610、
2発使用を前提にジョーダンワッツのモジュールユニットなどをあげられている。

これらのユニットを、最終段階でウーファーを収める、要するに大型のエンクロージュアに取りつけるわけだ。

このフルレンジユニットは、最終的に、4ウェイに発展時にはミッドバスユニットにあたるわけだ。
だからといって、ミッドバスのバックキャビティの内容積(4343だと約14ℓ)だと、
最初の音が貧弱になることもある。
中途半端な大きさのエンクロージュアをつくると、無駄になることもある。
それらのことをふまえて、
横置きの、フロントバッフルが傾斜しているエンクロージュアをすすめられている。
バスレフ型である。

フルレンジからスタートすることは、ネットワークを通していない音に馴染む意味でも、
いちど経験しておきたいことである。
ダイヤトーンのDS505が登場した1980年、
瀬川先生の4ウェイ自作スピーカーの記事を読んでしばらくしてのころということもあって、
高校3年だった若造にとって、このスピーカーは、かなり魅力的に感じていた。

憧れであり、目標だったスピーカーは、もちろん4343だったが、高校生がバイトに精を出したところで、
たやすく買える金額のものではない。
何事にも例外はあって、友人のAさんは、高校生の時、土方のバイトをがんばり、4343を現金で購入している。
アンプ、プレーヤーは予算不足で購入できず、
しばらくはシャープのダブルラジオカセットに接いでいたというエピソードつきだ。

4343は、そこまで駆り立てる魅力をもっていたスピーカーともいえよう。

熊本の片田舎では、高校生ができるアルバイトといえば新聞配達ぐらいで、しかも朝刊のみ。
それで稼げるお金は、上限が決っている。

私にとっては、サンスイのAU-D907 Limited が精いっぱいだった。
それも新聞配達のバイト代だけでは足りず、修学旅行を旅行を休んで、
その積立金を加えて、やっとこさ購入できたのだった。
ビクターは、ずいぶんと早い時期に4ウェイ・スピーカーを開発している。
1970年前後に発売されていたBLA405とBLA-E40だ。
とはいえ、ビクターにとって、本格的な4ウェイ・スピーカーは、Zero1000が最初といっていいだろう。
Zero1000はブックシェルフ型というサイズの制限もあってだろう、ミッドバスユニットを備えた4ウェイではなく、
3ウェイ・スピーカーにスーパートゥイーターを追加した4ウェイ・スピーカーである。

このことは、Zero1000の1、2年後に出た3ウェイのZero100を見ても明らかだし、
ビクターのカタログにも、ミッドバスという表記はなく、
ウーファー、スコーカー、トゥイーター、スーパートゥイーターとある。
クロスオーバー周波数を見ても、そのことは明らかだ。

同じブックシェルフ型ながら、ミッドバス搭載の4ウェイ・スピーカーが、ダイヤトーンのDS505だ。

ダイヤトーンは1970年にDS301、74年にDS303を出している。
どちらも、3ウェイにスーパートゥイーターを追加した4ウェイ構成であり、
中低域の充実を図った4ウェイは、ダイヤトーンにとってDS505が最初である。
APM8の型番は、Accurate Pistonic Motion を表している。

外観的には、SS-G9をそのまま平面振動板ユニットに置き換えたかのように見えるが、
このスピーカーの開発には約3年かかったときいている。

ハニカム振動板の平面型ユニットは、優秀な特性を示しているが、どうしても音的に満足できずに、
技術者は試行錯誤をくり返し、マイカ製のボイスコイルボビンを、
当初は裏側のハニカムスキンに接着していたものを、ハニカム素材を貫通させることで
表側のハニカムスキンを含め、振動板全体と接着することで、満足できる音が得られた、
と当時のソニーの広告には書いてあったのを思い出す。

高剛性のハニカム振動板だから、裏側だけで接着してもよさそうなものだし、
この違いは測定では検出できないにも関わらず、大きな違いとなってくる。
音とはそういうものだろう。

SS-G7、SS-G9、APM8で、AGバッフル採用のスピーカーは終ってしまう。
APMシリーズの第二弾APM6から、エンクロージュア全体がスーパー楕円へと変化し、
ソニーの4ウェイ・スピーカーは、SS-GR1(1991年登場)へと引き継がれる。

APM (Accurate Pistonic Motion) ──、これはソニーだけではない、
当時の国産スピーカーが懸命に目指していたものだ。
ソニーはSS-G7を発売した1976年の、第25回オーディオフェアに、PCMオーディオユニットを展示、
翌77年に、コンシュマー機としては世界初のPCMプロセッサーPCM-F1を発表・発売している。

ビデオデッキと組み合せることで、14ビットとはいえ、デジタル録音・再生を可能にしただけでなく、
マイクロフォン入力端子も備え、電源も交流/直流でも使える、可搬型という意欲作だった。
そして、ソニーは、フィリップスとともにCDを開発している。

推測でしかないが、SS-G7の開発のころから、
デジタル録音のプログラムソースを試聴に使っていたと考えても間違いないだろう。
さらにソニーは、新しいスピーカー解析技術も開発している。

この2つの事柄がなかったら、SS-G7は、
それまでの同社のスピーカーとそれほど変わらないもので終っていたかもしれない。

AGバッフル、ウーファーを前面に突き出させたプラムライン配置は、
デジタル時代の予測から生れてきたものかもしれない。

1979年に、ソニーはエスプリ・ブランドを誕生させ、APM8を発売する。
3ウェイ・システムにミッドバスを加え、
4ウェイにまとめあげたシステムとして適例なのが、ソニーのSS-G9である。

4343とほぼ同じころに、ソニーから3ウェイのフロアー型のSS-G7が出ている。
38cm口径のウーファーに、
10cm口径のスコーカーと3.5cm口径のトゥイーター(ソニー独自のどちらもバランスドライブ型)の組合せ。
クロスオーバー周波数は、550Hzと4.5kHz。

型番的にもSS-G7の上級機にあたるSS-G9は、20cm口径のミッドバスを追加している。
ウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数は300Hzになり、1.2kHzまで受け持つ。
クロスオーバー周波数が550Hzから1.2kHzへと高くなったことから、
スコーカーの口径を、8cmと小さくしている。
トゥイーターとのクロスオーバー周波数も4.5kHzから5kHzとなり、
それぞれのユニットの帯域幅を小さくしている。

SS-G7はトゥイーターとスコーカーをサブバッフルにマウントすることで、
わずかでも、ふたつのユニットを近接させようとしていた。

SS-G9ではスコーカー(4ウェイになったのでミッドハイ)の口径が小さくなったことで、
SS-G7以上に、ふたつのユニットの中心は近接している。

SS-G9が4343を意識していることは、フロントバッフルにスリットからも明らかだろう。

SS−G7とG9は、縦横溝が刻まれたフロントバッフル
(ソニーはアコースティカル・グルーブド・ボード、略してAGボードと呼んでいる)を採用している。
ソニーの説明では、このスリットは、波長の短い中高域を拡散させるものだ。

SS-G7では、このスリットがフロントバッフル全面に均等に刻まれている。
4343の2年後に登場したSS-G9では、ウーファーとミッドバスのあいだに、
水平に、他のスリットよりも深くて広く、はっきりと目立つスリットが刻まれて、
見た目のアクセントになっている。

またバスレフポートもSS-G7ではひとつだったが、ふたつになり、
4343と同様にウーファー下部の左右に設けられている。

レベルコントロールの位置も、SS-G7ではスコーカー、トゥイーターの横に縦方向にあったのが、
SS-G9ではミッドバスとウーファーの間に、横方向へと変更されている。

4343以降登場した国産4ウェイ・スピーカーのなかでも、
SS-G9は、4343を相当意識してつくられたスピーカーといえよう。
ジュリーニ/ベルリン・フィルの「第九」のCDを見かけたのは、
リハビリからの帰りに立寄った吉祥寺のレコード店の新着コーナーの棚だった。
11月の半ばごろの、小春日和の天気のいい日だった。

1990年の夏の終わりに左膝の高原骨折と内側靭帯損傷で一カ月半ほど入院。
このころは毎日リハビリで通院していた。仕事は、していなかった。
(正直、こんなにリハビリが大変だとは思っていなかった。)

部屋にあったオーディオ機器はすべてなくなり、
アナログディスクもCDも、ほんとうに愛聴盤と呼べるディスク以外はなくなっていた。

だから、このCDを買っても聴く術がない。
それでも無性に聴きたい衝動におそわれ、
余分なお金は使えない、使いたくない状況にも関わらず、手を伸ばしてしまった。

CDプレーヤーは、当時住んでいた西荻窪駅近くの質屋に、新品同様の携帯用のモノがたまたまあったので、
他に選択肢があるわけでなく、やっぱりすこし迷ったものの、購入した。

モノが極端に少なくなった部屋に、南向きの窓からは暖かい日差しがはいってくる。
ぽつんとひとりで坐り聴いた。

この日から、ジュリーニ/ベルリン・フィルによる、このディスクは愛聴盤になった。
いまも聴き続けている。
QUADのESLを、はじめて聴いた場所は、オーディオ店の試聴室でもなく、個人のリスニングルームでもなく、
20数年前まで、東京・西新宿に存在していた新宿珈琲屋という喫茶店だった。

当時のサウンドボーイ誌に紹介されていたので、上京する前、まだ高校生の時から、この店の存在は知っていた。
ESLを鳴らすアンプは、QUADの33と50Eの組合せ。記事には場所柄、電源事情がひどいため、
絶縁トランスをかませて対処している、とあった。
CDはまだ登場していない時代だから、LPのみ。
プレーヤーはトーレンスのTD125MKIIBにSMEの3009SII、オルトフォンのカートリッジだったように記憶している。

新宿珈琲屋の入っていた建物は、木造長屋といった表現のぴったりで、2階にあるこの店に行くには、
わりと急な階段で、昇っているとぎしぎし音がする。
L字型のカウンターがあり、その奥には屋根裏に昇る、階段ではなく梯子があって、
そこにはテーブル席も用意されていた。

ESLは客席の後ろに設置されていた。
濃い色の木を使った店内にESLが馴染んでいたのと、パネルヒーター風の形状のためもあってか、
オーディオに関心のない人は、スピーカーだとおわかっていた人は少なかったと、きいている。

鳴らしていた音楽は、オーナーMさんの考えで、バロックのみ。LPは、たしか20、30枚程度か。
そのなかにグールドのバッハも含まれていた。

この装置を選び、設置したのは、サウンドボーイ編集長のOさん。
Mさんとは古くからの知合いで、相談を受けたとのこと。

新宿に、もう一店舗、こちらはテーブル席も多く、ピカデリー劇場の隣にあった。
ふだんMさんはこちらのほうに顔を出されることが多かったが、
ときどき西新宿の店にも顔を出された。
運がよければ、Mさんの淹れたコーヒーを飲める。

ふだんはH(男性)さん、K(女性)さんのどちらかが淹れてくれる。
Kさんとはよく話した。

よく通った。コーヒーの美味しさを知ったのはこの店だし、
背中で感じるESLの音が心地よかった。

いまはもう存在しない。
火事ですべてなくなってしまった。

その場所の一階に、いまも店はある。名前が2回ほど変っているが、基本的には同じ店だ。
ただMさんはもう店に出ないし、HさんもKさんもいなくなった。

オーディオ機器も、鳴らす音楽も、他店とそう変わらなくなってしまった。
4ウェイ・スピーカーシステムといっても、開発の方向性はいくつかある。

3ウェイ・システムをベースにして、スーパートゥイーターもしくはサブウーファーを加えたもの、
同じく3ウェイ・システムのベースでも、中低域に専用ユニットを加えたもの、
2ウェイ・システムを中心にして、スーパートゥイーターとサブウーファーを加えたもの、などがある。

スペンドールのBCシリーズを参考例としてあげる。
スペンドールは、1969年に第一作のBCIを開発した。
ウーファーは、BBCがBC2/8MKIIと呼ぶ20cm口径のベクストレン振動板のコーン型。
トゥイーターはセレッション製のドーム型HF1300。
型番のBCはベクストレン(Bextrene) の頭文字Bとセレッション(Celestion) の頭文字Cを組合せを表している。

このBCIをベースに、ウーファーの耐入力を向上させ、
スーパートゥイーターとして、当時ITT参加にあったSTCの4001を追加し、3ウェイとしたのが、
1973年に発表され、日本でもロングセラーモデルとなったBCIIである。

BCIIの成功は、BCIIIの開発へとつながる。
BCIIIは、BCIIの低域のワイドレンジ化を図ったモデルで、BCIIと同じユニットに、
30cm口径のベクストレン・コーン型ウーファーを追加し、
エンクロージュアもひとまわり大きなものとなっている。

BCIIのクロスオーバー周波数は、3kHzと13kHz。BCIIIは、これに700Hzが加わる。

BCI(2ウェイ)から始まり、BCII(3ウェイ)、BCIII(4ウェイ)へと、BCシリーズは発展し完結している。
1978年から80年ごろにかけて4ウェイ・スピーカーを開発・発売してきたソニー、テクニクス、
ビクター、Lo-D、パイオニア、ダイヤトーンで、その後も4ウェイシステムを継続して開発したのは、
ダイヤトーン、一社だけと言ってもいいだろう。

テクニクスも4ウェイ・システムをいくつか開発しているが、そのたびに製品コンセプトは変わっていき、
ひとつの製品をじっくり発展していっているとは、私は思っていない。

その点、ダイヤトーンはDS5000(1982年)をベースに、
88年にDS-V9000、翌89年にDS-V5000と発展させ、
84年には、すこし小型化したDS3000というヴァリエーションも出すなど、
4ウェイ・システムの完成度を高めていこうという姿勢があった。

テクニクスは、1978年にSB-E500、1981年にSB-M1 (Monitor 1) を出している。
SB-E500は、38cmコーン型ウーファー、25cmコーン型ミッドバス、ミッドハイとトゥイーターはホーン型という、
4343と同じユニット構成となっている。
クロスオーバー周波数は、350、1500、8500Hz。
外形寸法は、W72×H103×D56cm。価格は70万円(ペア)。

SB-M1はmonitor 1の名称がつけられていること、
エンクロージュアの仕上げがグレイ塗装とウォールナットの2つが用意されているなど、
4343をかなり意識した製品づくりといっていいだろう。

ユニットはすべて丸形の平面振動板で、口径はそれぞれ38、22、8、2.8cmとなっている。
クロスオーバー周波数は、280、900、4000Hz。
外形寸法は、W63×H105×D43.9cm。価格は70万円(ペア)。

ウォールナット仕上げのSB-M1 (M)は、エンクロージュア下部に台輪がついているため、
高さが112cmとすこし大きい。価格はちょうど2倍の140万円(ペア)。

ビクターは、1981年にZero-1000を、85年にZero-L10を発表。

Zero-1000は、ブックシェルフ型の4ウェイスピーカーで、
ユニット構成は、ウーファー32cmコーン型、ミッドバス7.5cmドーム型、
ミッドハイ3.5cmドーム型、トゥイーターはリボン型。

色合いは異るが、フロントバッフルはブルー、側板、天板はウォールナット仕上げと、
言葉だけで表すと4343WXの仕上げと同じ。
とはいえ、フロントバッフルはカーブしているし、どちらかといえば水色ということもあり、
見た目の印象はずいぶん違う。
クロスオーバー周波数は、500、5000、12000Hz。
外形寸法は、W44×H79.3×D37.1cm。価格は42万円(ペア)。

Zero-L10は、1985年と、発売が遅いこともあって、専用ベースST-L10が別売りで用意されている。
フロアー型なのに? と思われる方もいるだろうが、
この考えが発展して、90年発売のSX1000 Laboratoryの専用ベースへとつながっている。
Zero-L10のユニット構成は、ウーファー39cmコーン型、ミッドバス21cmコーン型で、
振動板は紙ではなく、セラミックとカーボンの複合素材を使用している。
ミッドハイとトゥイーターは、セラミック振動板のドーム型で、口径は6.5、3cm。
クロスオーバー周波数は、230、950、6600Hz。
外形寸法は、W58×H100.5×D47cm。価格は160万円(ペア)。

ダイヤトーンもビクター同様、ブックシェルフ型の4ウェイを先に出している。
1980年発売のDS505は、ウーファー32cmコーン型、ミッドバス16cmコーン型で、
アラミドハニカム振動板を採用している。ミッドバス4cm、トゥイーター2.3cmのドーム型。
クロスオーバー周波数は、350、1500、5000Hz。
外形寸法は、W44.2×H72×D42.5cm。価格は38万円(ペア)。

フロアー型のDS5000は、1982年に登場した。
ユニット構成は、ウーファー40cmコーン型、ミッドバス25cmコーン型で、
アラミドハニカム振動板採用はDS505と同じだが、
成型の難しい、この素材で、ミッドバスはカーブドコーンとしている。
ミッドハイ、トゥイーターは6.5、2.3cmドーム型。
クロスオーバー周波数は、30、1250、4000Hz。
外形寸法は、W63.5×H105×D46cm。価格は99万円(ペア)。

ヤマハからもGF-1が登場しているが、1991年と、ずいぶん後になってのことなので除外した。
4343は、ペアで140万円超えるスピーカーとして驚異的な売行きと言われる。
これだけ売れたスピーカーは、いわゆる売れ筋の価格帯のスピーカーでも、そう多くはない。

そのため、といってもいいだろう、4343の成功に触発されて,
国産メーカーからも4ウェイ・スピーカーシステムが登場しはじめた。

それらのスピーカーとの対比で4343を見ていくと、
当時の国産メーカーのスピーカー技術者が4343をどう捉えていたのかが、わかってくるというものだろう。

どういう4ウェイ・スピーカーが出ていたのか、ざっと振り返ってみる。

ソニーからは、1978年にSS-G9が登場した。4343と同じ38cm口径のウーファー、20cmのミッドバス、
8cmのミッドハイ、3.5cmのトゥイーターという構成。
ミッドハイとトゥイーターは、ソニーが新たに開発した、
ドーム型とコーン型を一体化した形状の振動板のバランスドライブ型。
クロスオーバー周波数は、300、1200、5000Hz。
外形寸法はW60×H108×D45.5cm。価格は57万6千円(ペア)だ。

さらにソニーは翌年、エスプリ・ブランドで、平面振動板の4ウェイ・システム、APM8を出す。
クロスオーバー周波数は、320、1250、4500Hz。
外形寸法はW65×H110.5×D45cm。価格は200万円(ペア)だ。

パイオニアからは、平面振動板の4ウェイ同軸ユニットを搭載したS-F1が、1980年に出ている。
クロスオーバー周波数は、500、2500、8000Hz。
外形寸法はW70×H117×D47cm。価格は170万円(ペア)だ。

Lo-Dは、1978年に、コーン型、ドーム型ユニットの凹みに発泡樹脂を充填した
平面型4ウェイのHS10000を発表している。
HS10000には、スーパートゥイーターを追加した5ウェイ・モデルも用意されていた。
使用ユニットは、30、6、3.5、1.8cm口径(0.9cm:5ウェイ仕様のスーパートゥイーター)。
クロスオーバー周波数は、630、2500、4500Hz(9000Hz:5ウェイ時)。
外形寸法はW90×H180×D60cm。価格は360万円(ペア)だ。

このスピーカーは、いわゆる2π空間使用前提の設計は、4343と共通しているし、
コンセプトからして、プロトタイプ的性格が強い。
五味先生は、オーディオ愛好家の五条件として、次のことをあげられている。

①メーカー・ブランドを信用しないこと。
②ヒゲのこわさを知ること。
③ヒアリング・テストは、それ以上に測定器が羅列する数字は、
 いっさい信じるに足らぬことを肝に銘じて知っていること。
④真空管を愛すること。
⑤金のない口惜しさを痛感していること。

それぞれについては、ステレオサウンドから刊行されていた「オーディオ巡礼」を読んでいただくとして、
ここでは、④の「真空管を愛すること」から、もう一度引用する。
     ※
分解能や、音の細部の鮮明度ではあきらかに520がまさるにしても、音が無機物のようにきこえ、こう言っていいなら倍音が人工的である。したがって、倍音の美しさや余韻というものがSG520──というよりトランジスター・アンプそのものに、ない。倍音の美しさを抜きにしてオーディオで音の美を論じようとは私は思わぬ男だから、石のアンプは結局は、使いものにならないのを痛感したわけだ。これにはむろん、拙宅のスピーカー・エンクロージァが石には不向きなことも原因していよう(私は私の佳とするスピーカーを、つねにより良く鳴らすことしか念頭にない人間だ)。ブックシェルフ・タイプは、きわめて能率のわるいものだから、しばしばアンプに大出力を要し、大きな出力Wを得るにはトランジスターが適しているのも否定はしない。しかしブックシェルフ・タイプのスピーカーで"アルテックA7"や"ヴァイタボックス"にまさる音の鳴ったためしを私は知らない。どんな大出力のアンプを使った場合でもである。
     ※
五味先生は、倍音の美しさを真空管アンプに認めておられる。

ステレオサウンドの筆者の中で、真空管アンプのよさを積極的に認めておられた長島先生は、
「真空管アンプの方が、トランジスターアンプよりも音の色数が多い」とよく言われていた。

五味先生も長島先生も、表現は違うが、同じことを言われている。

カウンターポイントの主宰者、マイケル・エリオットも、同じ趣旨のことを言っていた。
真空管を使いつづける理由は?、という問いに、
「ローレベルのリニアリティが優れていること、
それと真空管でなくては得られない音色があるから」と答えていた。

真空管だからこそ得られる音色とは、五味先生、長島先生が感じられていたことと同じだろう。

カウンターポイントの初期の製品、SA5、SA4を聴くと、納得できる。
けれど、少なくともSA5を聴いて、私はローレベルのリニアリティが優れているとは感じられなかった。

マイケル・エリオットの言葉どおりのアンプは、SA5000になって、はじめて実現できたと思っている。
トリオ(現ケンウッド)の会長だった中野英男氏の著書「音楽、オーディオ、人びと」の中に、
「秘蔵のBBC放送局専用のTSD15」なる言葉が出てくる。

このTSD15は「英国でしか手に入らず、佳き往時の香りを今に伝える名品として
識者の間で珍重されているカートリッジ」で、
「河村電気を経て我が国にもたらされるEMTは『今様に』改良された製品で、
F特と解像力には勝れるが、気品と底力では遠くこのモデルに及ばない」と書かれている。

ステレオサウンドにはいって、このことをきいてみた。BBC専用のTSD15のことを知っているひとは、いない。
先輩のTNさん(彼は瀬川先生から譲ってもらった927Dstを使っていた)と、この話で盛り上がったこともあった。

旧型シェルのTSD15のことかと思ったが、違うようにも思える。

サウンドボーイ編集長だったOさんも、プレーヤーは927Dstだ。
彼は、ウェスタン・エレクトリック、シーメンス、EMTなどについて詳しい。
そのOさんも、はじめて聞く話とのこと。
現会長の原田氏も、このころは927Dstだった。

結局、真相はわからずじまい。
「現代的な幼稚症! それはオネゲルおいてすでに告知され、ショスタコーヴィッチにおいて全盛をきわめた。
まさにアルバン・ベルグやシェーンベルクなどの重荷を負った労苦とは正反対のものである。
幼稚症は、さらに無遠慮に、自己の心理的な状況を大衆のそれに優先させようとする。」

こう、フルトヴェングラーが「音楽ノート」で語っているのは1945年のときである。
60年以上前の言葉なのに、いまもそうじゃないか、と、
「現代的な幼稚症」という言葉が心にひっかかってくる。

いまは「複雑な幼稚性」が静かに蔓延っている時代のように思えてならない。
オーディオもそうだ。
複雑な幼稚性が、大事な本質を覆い尽くそうとしている、といったら言い過ぎだろうか。

具体的な例はあえて挙げない。

ただ「単純 (=Simple)」を、否定的、消極的な意味で捉えているようでは、
いつまでも答は見出せない。そう確信している。

そして「答には、3つある」
MACPOWER vol.3に掲載されている「ラディカリズム 喜怒哀楽」で、川崎先生は書かれている。
「応答 (=Reply)」、「回答 (=Answer)」、「解答 (=Solution)」の3つである。
バックナンバーは入手可能のようだから、ぜひお読みいただきたい。
フルトヴェングラーの1942年の「第九」は、1951年のバイロイト祝祭よりも、
感嘆させられる、円熟期の完成度の高い演奏だと感じている。

とはいえ、「第九」を聴くとき、このディスクばかり聴いているわけではない。
むしろ、あまり聴かないように心掛けている。

フルトヴェングラーは「その時代時代の聴衆が求めているものを演奏している」、
そんな意味合いのことを言っている。

1942年の演奏は、1942年の聴衆が求めていたからなし得た「第九」ということになる。
その当時のドイツの聴衆が求めていてたものは、はたしてなんだろうか。

確かに第二次大戦中のフルトヴェングラーの、とくにベートーヴェンの演奏には
──第三番は44年のウィーンフィルとの演奏、第五番はベルリン・フィルとの43年の演奏──
言葉では言表し難い、凄みと言っていいのだろうか、なにか強烈な底知れぬものを秘めているかのようだ。

だから、あえて聴かない。

「第九」で、よく聴いているのは、ライナー盤であったり、ジュリーニ/ベルリン・フィル盤だったりする。
カンターテ・ドミノのCDのことで補足しておく。
赤色と黒色、2つのレーベルが存在していたのは、そんなに長い期間ではないはずだ。

最初に発売されたCDではなく、あくまで1987年、88年ごろの輸入CDについてである。
知人がやはり同じ時期に購入したのは赤色レーベル(正相盤)だった。
逆相盤は、ほんの一時期、市場に出廻ったものなのだろう。

同じディスクを複数枚購入するとわかることがある。
グレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲の輸入CDも、最初の頃は日本プレスだったが、
途中からアメリカ・プレスに変わっている。

ケイト・ブッシュのCDも、最初のドイツ・プレスだったのが、イギリス・プレス、
それも最初はニンバスによるプレスに変り、EMIのプレスと、少なくとも3回変わっている。

プレス工場が違えば音も変ってくるのは当然だが、国内盤で、同じディスクを3枚買って聴きくらべてみると、
プレスの微妙な差があるのか、3枚とも、わずかとはいえ音が違う。

3枚も購入したのは、当時、ステレオサウンドの試聴でもよく使われていた
インバル指揮のマーラーの交響曲第4番の金蒸着CDだ。

私が3枚とも購入したわけではなく、頼まれた分も含めてで、
こういう機会はあまりないからと、試しで3枚とも聴いてみたわけだ。

このころ、CDを乗せたトレイを一度引っ込めて、また出して、ディスクには手をふれずに、
もう一度トレイを戻して再生すると、ディスクのセンタリングがきちんと出ているか出ていないか、
そのせいでサーボ量が変化するのだろうか、少なくない音の変化のするCDプレーヤーが少なくなかった。

うまくセンタリングがピシッと決ると一回目で、いい音が出るが、
たいてい2回目の方が好ましい結果が得られることが多かった。

こういったことをふまえた上での比較試聴でも、やはり3枚のディスクに差はあった。
やや平面的になるものがあった。

アナログディスクのころ、同一スタンパーからプレスされたディスクでも、
つまり同じロットのディスクでも最初の方でプレスされたものと、最後の方のプレスとでは、
音が違うと言われていた。
だから音にこだわるレコード会社はスタンパー1枚あたりのプレス数を制限していたときいている。

CDもそれと同じような理由かもしれないし、まったく違う理由によって音が変ってくるのかもしれない。
写真は、光景の一瞬を切り取る。
川や滝を撮った同じ写真でも、水の流れ、落ちる様、水しぶきをまったく感じさせない写真もある。
構図が悪いといったことではなく、それは撮影者が、川や滝をどう捉えているのか、
センスとしか言いようがない。

フィギュア(ここで言うフィギュアは人型のもの)も、一瞬を切り取って立体化している。
フィギュアは、すべて何らかのポーズをとっている。ボーズというよりも姿勢といったほうがいい。

姿勢という単語は、姿と勢いから成っている。

フルトヴェングラーのフィギュアには、この姿勢が感じられなかった。
水の流れ、水しぶきを感じさせない写真と同じように。
勢いを失った姿は、それこそポーズ(poseではなく、一旦休止のpause)だ。
新興ブランドの真空管アンプに使われることの多い真空管のひとつに6DJ8がある。
この6DJ8を最初にアンプに使ったのは、おそらくマランツのパワーアンプ#9が最初のはずだ。

#9は、入力部(初段と2段目)に6DJ8を使っている。
まず6DJ8の半分を使ったP-K分割回路で、入力信号を、正相、逆相に切り換えられるようにしている。
6DJ8ののこり半分が、いわゆる増幅回路の初段にあたるわけだ。

不思議なのは、なぜマランツのパワーアンプの中で、#9にだけ位相反転機能がつけられているかである。
#9の発売は1960年。
このころ、アメリカではシステム全体のアブソリュートフェイズ(絶対位相)が問題になっていたのだろうか。

スピーカー端子のプラス側に電池をつないだときに振動板が前に動くのを正相と決っているように、
アナログディスクの再生にも、もちろん決り事があり、各メーカーは基本的に従っている。

ただしスピーカーでもJBLのように逆相のものがあるように、カートリッジの中にも逆相の製品がいくつかあった。
その代表格がEMTのTSD (XSD)15である。ただしEMTのプレーヤーに装着し、
内蔵イコライザーアンプを通した出力は正相になっている。
その他にも、たしかシュアーやデッカが逆相になっていた。

TSD15のトーレンス版のMCH-I(II)は、製造時期によって、逆相のものもあれば、正相のものも存在していた。
それだけでなくカートリッジ内部に高域補正のためのコンデンサーが並列に接続してあるが、
このコンデンサーの容量、銘柄も時期によって異っている。

CDは、井上先生からきいた話では、初期の頃は、正相、逆相の決り事は正式に決っていなかったらしい。
そのため一部には逆相出力のCDプレーヤーがあったようだし、逆相になっているディスクもあった。

私が知っている限りでは、プロプリウス・レーベルの「カンターテ・ドミノ」がそうだ。

1987年か88年だったか、「カンターテ・ドミノ」の輸入CDが店頭に並びはじめたころ、
すこし時期をずらして2枚購入したことがある。

最初に購入したディスクはレーベルが黒色、2枚目は赤色。
当時すでにレーベルの色の違いで音が変ると言われていたが、
この2枚のディスクの音の違いは、そういう差ではなく、絶対位相の違いだった。
もう手もとにないので記憶によるが、黒色レーベルが逆相、赤色が正相だった。

これが意図的になされたものか、そうでないのかは不明だが、
同じディスクの正相と逆相が揃っているのは、試聴の時にはけっこう便利なものである。

逆相と言えば、カウンターポイントとミュージックリファレンスのアンプもそうだ。
SA5とRM4は、ラインアンプは6DJ8の一段増幅。カソードフォロアーではない。
ラインアンプの出力は反転する。逆相アンプである。

もしマランツ#9が登場したころに、アメリカで絶対位相の問題が取りあげられていたとしよう。
その約20年後に登場した新興ブランドの真空管アンプは絶対位相に関心をはらっていないのか。

このことだけにとどまらず、真空管の使い方にも、技術の断絶と言いたくなるものを感じる。
「音楽は、案出されたり構築されたりしたものではなく、成長したもの、
いわば直接に『自然の手』から生まれ出たものである。この点において、音楽は女性に似通っている。」
そう、フルトヴェングラーは「音楽ノート」で語っている。

音楽を文章に置き換えても、そのまま通用する気がする。

「自然の手」がどういうものかについては語られていない。
前後の文章もない。これだけ、である。

それは人が生れたときから持っているものなのか、それとも身につけるものなのか......。

「自然の手」から文章を生み出せるようになるには、どうしたらいいのかはわからない。
それでも、書くことを、一日たりとも忘れてはならない。これだけは言える。
ユニットからエンクロージュアに伝わる振動の大きさや周波数分布、Qの鋭さなどは、
ユニットの反作用が大きいか少ないかで、ずいぶん異ってくるはずだ。

ユニットのフレームから伝わってきた振動はエンクロージュアを震わす。そして放射される。
これも一種のイズである。
このノイズの質(たち)や量が、聴感上のSN比に深く関係している。

トランジスターアンプと真空管アンプのノイズの聴こえ方が違うように、
スピーカーの方式、設計思想などによって、やはりノイズの聴こえ方が違ってくるのは当然のことだ。

そして、このことはアンプのノイズがどう聴こえてくるかにも関係してくるだろう。
もしかすると、新興ブランドの真空管アンプのノイズも、アメリカでそのころ台頭してきた、
フィルム状の振動板(振動膜といったほうがいいだろう)のスピーカーで聴くと、
JBLの4343で聴くよりも、案外気にならないのかもしれない。
それはスピーカーの能率の問題というよりも、ノイズの相性なのではないだろうか。
早瀬(文雄)さんは、2405のことを「清潔感のある音」とよく言う。

瀬川先生の言われる「切り絵的」な描写が、早瀬さんには清潔感として聴こえてくるのだろう。

4343と4343Bを聴く限りで言えば、アルニコの、ソリッドで引き締った音が、
2405の特長とうまく作用し、見事な切り絵を表現してくれるのかとも思う。
フェライトのまろやかで柔らかい感じは、2405の魅力を損なう方向に働くのか。

いまもし新品同様の4343と4343Bがあったとして、どちらを選択するかとなったら、
メインスヒーカーとして4343だけ、というのなら、フェライト仕様の4343Bにする。
他のメインスピーカーを使っていて、もう一台というのであれば、アルニコの4343を、
どちらもためらうことなく選ぶだろう。

そして仕上げは、アルニコならばグレイ塗装にブラックのフロントバッフルのスタジオ仕様を、
フェライトならウォールナット貼りにブルーバッフルのWX仕様にする。

スピーカーを選択するということは、そういうことではないだろうか。
1978年79年にかけて、ステレオサウンドから別冊として「HIGH TECHNIC SERIES」が出た。
Vol.1がマルチアンプ、Vol.2が長島先生によるMCカートリッジの詳細な解説、
Vol.3がトゥイーター、Vol.4がフルレンジの特集だった。

Vol.3の巻頭記事で、4343のトゥイーターを2405を含めて、
他社製のトゥイーターに交換しての試聴が行なわれている。

試聴方法は、それぞれのトゥイーターの能率も異るし、
4343の内蔵ネットワークは2405に有利に働くこともあるということで、
トゥイーター用に専用アンプを用意して行なわれていた。

試聴者は、井上先生、黒田先生、瀬川先生の3人。

私が何度も読み返したのは、ピラミッド社のリボントゥイーターT1と2405のところだ。

井上先生と黒田先生は、T1をひじょうに高く評価されこのとき聴いた中ではもちろんベストの存在だし、
当時4343をお使いだった黒田先生はT1に心を動かされていたと記憶している。

瀬川先生は、というと、T1のポテンシャルの高さは充分認めながらも、
「2405の切り絵的な表現に騙されていたい」ということを言われていた。
このことが、いまでも強い印象として残っている。

T1に置き換えたときの音像を立体的とすれば、2405の音像は平面で切り絵的。
T1にすることで、4343がより自然な音に変化することよりも、
2405が演出する世界に騙されることで、レコード音楽にワクワクドキドキしていたい、
そう私は受けとめた。

2405のフェライト仕様は、おそらくその切り絵的世界が、ずいぶんと失われているのではなかろうか。
他のトゥイーターは比較すれば、それでも切り絵的世界の音だろうが、
切り絵ならば、その切り口がスパッと見事であってほしい。
迷いながらの未熟な切り口では、そんな切り絵には騙されたくない。

騙されていたいと思うのは、それが見事なものであるからだ。
4343にはアルニコ仕様とフェライト仕様の4343Bがある。
ときどきアルニコ仕様の4343のことを4343Aと書く人がいるが、4343Aというモデルは存在しない。

4350、4331、4333には改良モデルのAが存在する。
型番末尾の「A」はアルニコの頭文字ではなく、改良モデルを表している。

ついでに書いておくと、4345BWXと書く人もいる。
4345が正しい表記で、4345にはフェライト仕様しかないので、
アルニコ仕様と区別するための「B」はつかない。
またWXも仕上げの違いを表すもので、4345以降はウォールナット仕上げのみとなったため、型番にはつかない。

4343と4343Bの違いは、ウーファーの2231Aとミッドバスの2121が、
フェライト仕様の2231H、2121Hに変更されているだけだ。
ミッドハイの2420、トゥイーターの2405はどちらもアルニコ仕様である。

4343の後継機4344となると、すこし事情が違ってくる。
最初の頃は、4343Bと同じようにウーファーとミッドバスがフェライトで、
ミッドハイとトゥイーターはアルニコだったが、
どうも途中からミッドハイの2421Bがフェライトに変わっている。

2405は最後までアルニコだったと思っていたが、
どうもこれも後期のロットにはフェライト仕様の2405Hが搭載されているものがあるときく。

世の中にはアルニコ神話に近いものがある。
自分の使っているスピーカーに、アルニコ仕様とフェライト仕様があるならば、
やはりどちらが良いのか、とうぜん気になってくる。

たまたま井上先生の取材の時に、そういう話になったとき、
「JBLに関しては、アルニコとフェライトは良し悪しじゃなくて、好みで選んでいいよ」
と言われたことがあった。

どうもスタジオモニターのユニットをひとつひとつ、
アルニコとフェライトに入れ換えて試聴されたうえでの、結論のようだった。

でも、つづけて「2405だけはアルニコだね。これだけはアルニコの方が良いよ」と言われた。
4300シリーズのトゥイーターといえば、なんといっても2405である。
この2405の位置は、4341、4343、4344で異っている。
基本的にミッドハイの2420の横なのは一緒だが、
4341は2420(というよりもホーン2307の開口部)の真横ではなくやや下にズレている。
4343は反対に上にすこしシフトしている。
4344で、やっと真横に位置している。

4344は2405の位置を変えられないが、4341、4343は右でも左でもつけ換えられる。
そのための穴が開いていて、メクラ板で塞いでいる。

2307の開口部の両脇にお味大きさの穴がふたつ開いている。
そのため、視覚的バランスをとるため、上か下にシフトしているのだろうか。

このメクラ板が音質にけっこう影響を与えている。
フロントバッフルと面一(ツライチ)になっていたらそれほどでもないのに、
凹みができるように取りつけられている。
メクラ板が鳴き、その前にちょっとしたホーンのようなものがついているだけに、
このメクラ板を鳴きをどう抑えるかが、使いこなしのポイントになってくる。

メクラ板の材質を変えてみるのもいいだろうし、バッフルと面一になるように加工するのもいいだろう。
先に書いているが、Model 19と604-8Hから、アルテックは、システムは2ウェイ構成ながら、
多素子のネットワークによって3ウェイ的レベルコントロールを実現している。

BBCモニターのようにレベルコントロールはないものもあるが、この多素子のネットワークで、
スピーカーシステムのトータルの周波数特性をコントロールする(ヴォイシング)手法は、
イギリスのスピーカーが、以前から得意としているところである。
BBCモニターもそうだし、タンノイのスピーカーもかなり以前からそうである。

Model 19の、レベルコントロールをいじったときの周波数特性が発表されている。
中域のツマミを反時計回りにいっぱいにまわし、高域のツマミを時計回りにいっぱいにまわす、
この時の周波数特性は2kHzが約10dB近く下がる。その上の帯域は徐々にレベルが上がる。

瀬川先生が、6041、620Bのレベルコントロールをどのように調整されたかはわからないが、
かなり大胆にいじっておられたことは書かれていた。
上の周波数特性からもわかるように、おそらく中域をかなり絞り、高域はある程度あげることで、
瀬川先生が苦手だった中域の張りの抑えられるとともに、
BBCモニター的なヴォイシングに、自然とそういう音にもっていかれたのだろうか。

実は、604-8KS(604-8Hのフェライトモデル)がはいった612Cを、一本だけ所有している。
モノーラル専用なわけで、同じようにレベルコントロールをいじっている。

瀬川冬樹氏のこと(その9)」に書いたように、
瀬川先生は620Bに、アキュフェーズC240とマイケルソン&オースチンのTVA1を組み合わされている。
架空の話になってしまうが、瀬川先生がクレルのPAM2とKSA100のペアを聴かれていたら、
絶対アルテックの620Bか6041と組み合わされていたはずだ。
素朴な音を考えるにあたって、たとえば原音(必ずしも生音ではない)を、
基準という意味も含めて、数字の1と表現したとしよう。

再生音は、その例に倣って表現すれば、0.627とか0.8519とか、
そんなふうに表してもいいのではないだろうか。

限りなく原音に近づくということは、0.9999999999...と限りなく9が続いていくことだろう。
1と0.9999999999...、1に近づいているとはいえ、
ぱっと見た感じの印象は、ずいぶん違う数字のようにも感じられる。

1と0.1、0.99999999999999...と較べると1との差はかなり大きくなっている。
0.5や0.7と比較しても1との差は大きいけれど、それこそ見た目の印象は、
1に、この中ではいちばん近いとも言えよう。

素朴な音とは、0.1のような音なのか。
フルトヴェングラーの「第九」といえば、1年前のちょうどいまごろ、
キングレコードからフィギュアつきで発売されたのが、
ベルリン・フィルを指揮した1942年のライヴ録音である。価格は2万8千円ほどだった。

レーザー光線でアナログディスクの溝を読み取るエルプのプレーヤーによる復刻CDなので、
多少高く見積もってCD一枚の値段は3千円くらいだろう。
ということはフィギュアの値段は2万5千円ほどとなるわけだ。

高さ30cmの、比較的大きなフィギュアとはいえ、2万超えのモノは市場にはあまりない。
それだけの値段だけあって、実物を見ると、丁寧なつくりだ。

けれど、このフィギュアの造型師は、
フィギュア(figure)と人形(doll)の違いを明確に把握していないような気がしてならない。

フィギュアも人形もミニチュアライズの趣味のもので、ミニカーも同じ世界である。
フィギュア、人形、ミニカーをグループ分けすると、人形とミニカーは同じといえ、
フィギュアだけ異る性格をもつ。
そのころ売られていたライナーの「第九」のCDは廉価盤のみで、
なんら関係のない蝶のイラストが描かれたジャケットで、かなり安かった。

不当に高いのは困るが、あまりに安すぎるのも、大切な音楽が収められているCDがそうだったりすると、
こんな扱いでいいんだろうかという疑問と寂しさに似たものも感じるのは、
音楽好きの方ならわかってくださるだろう。

このころは、イギリスのレコード店からちょくちょくLPを購入していた。
当時のレコード芸術誌に広告を出していた店で、申し込むと、毎月リストが郵送される。
欲しいモノがあると、申込書に記入して郵送する。
まだ売れていなかったら予約が成立し、入金の案内が送られてくる。
レコードが手もとに到着するまで、けっこうな時間がかかる、のんびりしたやりとりだった。

そのリストの中にライナーの「第九」もあった。イギリスでの評価は高いようで、
記憶では2万円近かった、そんな値がつけられていた。

アメリカからの輸入CDは千円ほど、日本でもそれほど評価は高くなかったと感じていた。
国によって、こんなにも評価が異る。

そういえばエリザベート・シュヴァルツコップが、無人島に持っていきたいレコードに、
ライナー指揮のウィンナ・ワルツ集をあげていたのは、けっこう有名な話である。
「GROUNDING AND SHIELDING TECHNIQUES IN INSTRUMENTATION」と
「NOISE REDUCTION TECHNIQUES IN ELECTRONIC SYSTEMS」。

一冊目の著者は Ralph Morrison、二冊目は Henry W. Ott。

タイトルが示すとおり、ノイズ対策として有効なアースとシールドについて書かれた本だ。

私が持っているのは「GROUNDING」のほうが1986年の第3版、
「NOISE」のほうが1988年の第2版。

この本を紹介していたのは、富田嘉和氏。ラジオ技術の記事で知った。

富田氏の名前をはじめて見たのは、
ステレオサウンドの38号「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」での、
瀬川先生のページにおいてである。

マークレビンソンのLNP2の上にシルバーパネルの、自作アンプが置いてある。
このアンプの製作者が富田氏だ。

聴取位置左側の壁には、JBLのSG520が2台、マランツの#7が収められている。
LNP2と富田氏のプリアンプは、聴取位置のすぐ前、手の届くところに置かれている。

これはSG520、#7よりもLNP2と富田氏のアンプを常用されていたわけだ。

この時から富田氏への興味ははじまった。

その富田氏が、80年代おわりから90年代はじめにかけてラジオ技術で書かれた記事は、
いま読んでも示唆に富んでいると思っている。
記事中で推薦されていたのが、上記の2冊である。

記事を読んで、日本橋の丸善に注文を出し手に入れた。どちらも1万円前後の本だった。

アースやシールドについて知りたければ、そして語りたければ、一読しておきたい内容の本だ。

さきほどAmazon.comで検索してみたら、驚いた。
「GROUNDING」は第4版になっていたが、見間違いかと思う値段がついているのだ。
1989年の映画「いまを生きる」(原題はDead Poet Society)の中盤あたり、
学生たちのラグビーのシーンがある。ここで使われていたのが、ベートーヴェンの「第九」。

バックグラウンドミュージックという扱いというより、
この演奏を聴かせたいがために、監督が、このシーンを撮ったのでは? と勘ぐりたくなるくらい、
そこで聴こえてきた「第九」に胸打たれた。

明晰でしなやかで、素晴らしい演奏。
フルトヴェングラーのバイロイトの「第九」をはじめ、いくつもの「第九」を聴いてきていたが、
そのどれでもない。はじめて聴く演奏による「第九」だった。

エンディングのクレジットが、このときほど長いと感じたこともなかった。
最後の方にやっと出てきた。

フリッツ・ライナー/シカゴSOの演奏だった。
映画館を出て、そのままレコード店へ直行した。

妄想演出

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20数年前ステレオサウンドが、メトロポリタンオペラのポスターを販売していたことがある。
そのなかの一枚に、メトロポリタン劇場の透視図があった。
ステージがあって、客席があり、それを取り囲むように、舞台装置を組立てている部屋、
衣装部屋、出演スタッフの待機部屋などが描かれたもので、
じっくりと細かいところまで見ていく楽しみのあるポスターだった。

このポスターを見ながら、これそのままモデル(立体)化してくれたらいいのに、そんなことを思っていた。
それから数年後、Macを使いはじめてからは、
あのポスターを3D化したらおもしろいだろうな、と思うようになってきた。
当時流行った言葉でいえば、メトロポリタン劇場をヴァーチャルツアーしたいからである。

はじめて使ったMacはClassic IIだから、3Dソフトに必要なコプロセッサーを搭載してなかったし、
モノクロ2値の9インチのディスプレイで、モデリングをやる気はまったく起きなかったので、
あくまで頭の中だけで思っていただけだった。

3Dソフトもハードウェアも進歩して、人物も自然風景の描写も、以前と較べると、その労力は少なくてすむ。
ハードウェアのスペックも、個人で楽しむ分には十分だと思う。

となると妄想だけは膨らむ。

オペラの演出家になれるわけだ。
ワーグナーの「ニーベルングの指環」の舞台こそ、挑戦しがいのあるものの筆頭だろう。
神話の世界を、現実の舞台のではあり得ない演出、照明でつくり出せる。

10年くらい前から、そんなことを考えてはいるものの、まったく手をつけていない。
4343とLS5/8、同じモニタースピーカーといっても、
使われ方、求められる性能の項目が違うことがあらためてわかる。

JBLのスタジオモニターは、性能ぎりぎりのところで使いつづけても破綻をきたさないよう設計されている。

BBCモニターはモニタースピーカーといっても、大音量で使われることはまずないと聞く。
1970年代にはQUADのESLが、ヨーロッパのレーベル(たしかデッカ)のスタジオモニターとして使われていた。
旧型の ESLがスタジオモニターと通用するくらい、イギリスを含めてヨーロッパのスタジオの試聴音量は、
かなり低いということを書かれた文章を何度か目にしている。

たとえば磁気回路を見ても、BBCモニターはそれほど物量投入の設計ではない。

スピーカーユニットを開発・設計する機会のないわれわれは、
スピーカーの磁気回路の磁束密度は高いほどいいと思いがちだが、
メーカーの技術者に話をきくと、必ずしもそうではなく、
振動板の口径や重さなどとの絡みもあるが、聴いて音の良いポイントがある、といっている。
具体的な数値は教えてくれなかったが、10000ガウスよりも低いところで、ひとついいポイントがあるとのこと。

たしかにKEFのLS5/1A搭載のグッドマンのウーファーの磁束密度は、9000ガウスだ。

たまたまなのかもしれないし、他のBBCモニターの使用ユニットの磁束密度は不明だが、
ユニットそのもののつくりを見る限りそれほど高い値とは思えない。

LS5/8、PM510のウーファーの振動板ポリプロピレンも、スピーカーの振動板に求められる性能──
高剛性、適度な内部損失、内部音速の速さ、軽さの点から見ると、
お世辞にも高剛性といえないし、内部音速がそれほど速い素材でもない。
満たしているのは、適度な内部損失と軽さだけだろう。

もっもとすべての諸条件をすべて高い次元で満たしている素材はないので、
どの項目を優先するかは技術者次第なのだろう。

BBCモニターの設計、つくり方を見て思うのは、ぎりぎりの性能を実現することよりも、
バラツキのないものをつくることを優先しているように思う。

ウーファーの振動板を紙からベクストレン、そしてポリプロピレンに変更していったのも、
性能向上とともに、バラツキのないものをつくれるメリットがあることも大きい。

BBCモニターを、どれでも実際に購入したことのある人ならば、
リアバッフルにシリアルナンバーが手書きで書いてあり、
同じシリアルナンバーで末尾にAがつくものと、Bがつくものとがペアになっているか、
シリアルナンバーが連番になっていることをご存じのはずだ。

4343時代のJBLは、同じ製造ロットのものが入荷してくるのだが、
シリアルナンバーが連番ということはまずなかった。
4341、4343のユニットレイアウトもそうだが、左右対称にはなっていない。
4343はトゥイーターの2405を購入者がつけ換えれば左右対称になるけれど、出荷時点ではそうなっていない。

BBCモニターのライセンスは、要請があれば、公共機関ということもあり、原則として与えるそうだが、
その審査はひじょうに厳しいものらしい。
BBCの仕様に基づいてつくられた製品に対して、サンプルは勿論、
量産品のクォリティコントロールまでチェックした上で与えられるそうだ。

これは言い換えると、ステレオ用スピーカーとして、
左右両スピーカーの性能が揃っていることを重視している、そう言っていいだろう。
このブログで、たびたび瀬川先生のことを書いている。
オーディオ好きの友人と話をするときも、瀬川先生の話題になることが、やはりある。

書いていて、話をしていて思うのは、まだまだ「瀬川冬樹」を語り尽くしていない、ということだ。
語り尽くすまで、語り尽くすために、人と会い、聞く、話す。そして書いていこう。

スピーカーの面構えやユニット構成、それまでのブランドイメージからから判断すると、
ロジャースのPM510よりもJBLの4343のほうが出力音圧レベルは高いように思われるだろうが、
先に書いたようにカタログ上の値では、PM510のほうが0.5dB高い。

スペンドールのBCIIの値は発表されていないが、聴いた感じでは80数dBぐらいだろう。
KEFの105.2が、たしか85dBだった。

LS5/8、PM510以前のBBCモニターのウーファーの振動板の材質はベクストレンで、
この材質の固有の音が、1.5kHzから2kHzで発生するため、
ダンピングのためのプラスティフレックスを塗布しなければならない。
そのせいで振動板質量が重くなり、能率の低下につながっていた。

PM510のウーファー振動板の材質、ポリプロピレンは表面にダンプ材を塗布する必要がない。
このためばかりではないと思うが、能率があきらかに向上している。
ただしエッジとの接着がひじょうにむずかしく、この部分も特許になっているらしい。

LS5/8の最大出力音圧レベルは、1160dBである。JBLの4345が120dBということを考えると、
イギリスのスピーカーとしては、かなり驚異的な値といえるだろう。
ちなみにLS3/5Aは95dB/1.5mである。

ただしJBLのスピーカーが、長い時間でも、最大出力音圧レベルぎりぎりの音を出せるのに対して、
LS5/8はそれほど長い時間耐えられるわけではない。

ボイスコイルの発熱をどう逃がすか、そしてコーンアッセンブリー全体が熱にどのまで耐えられるかも、
どこまで耐えられるかの重要な要素である。

スイングジャーナル編集部に在籍したことのある友人Kさんから聞いた話だが、
山中先生が取材でLS5/8を鳴らされたとき、いい感じで鳴ったので、
ついついボリュームをあげて聴いていたら、ボイスコイルの熱によってポリプロピレンが融けてしまったそうだ。

こんなことは、JBLのスピーカーでは絶対に起こり得ない。
アルテックの6041にはモデルというか、前例がある。
1977年に日本に登場したUREIの813だ。

アルテックの604-8Gのマルチセルラホーンを、UREI独自のホーンに交換し、
さらに604-8Gのウーファーとトゥイーターの振動板の位置ズレをネットワークで補正、
サブウーファーを加えることで、アルテックの620Aよりもワイドレンジになっている。

同軸ユニットを中心にして、サブウーファーとトゥイーターを追加してワイドレンジ化を図る手法は、
指向性の問題を考慮すると、意外と有効なのだろう。

1980年にはパイオニアから同軸4ウェイユニットによるS-F1が登場している。
平面振動板のメリットを活かして、振動板の位置を揃えることに成功している。
ただしボイスコイルの位置は、揃っていなかったと記憶している。
ボイスコイルの位置を揃えた同軸型ユニットは、KEFのUniQが最初のはずだ。

S-F1搭載の4ウェイ同軸型ユニットは、
世の中にないものを生み出してやろうという技術者の意地を感じさせる意欲作だが、
製造はかなり困難だったように想像する。

カバッセのラ・スフィアのように、
3ウェイ同軸型ユニット+ウーファーという構成が(価格のことは置いておいて)現実的なのかもしれない。

KEFは、1999年にThe Maidstone で、UniQ搭載のフラッグシップモデルを開発している。
システム構成は5ウェイで、UniQユニットは400Hzから12kHzまで受け持つ。

タンノイからも、その3年前にキングダムを発表している。
同軸型ユニットが受け持つ帯域は、100Hzから15kHz(キングダム12のみ16kHz)。

ドイツのELACも、X-JET COAXという独自の同軸型ユニットを開発し、400Hz以上を受け持たせている。

これから先、同軸型ユニットを中心にまとめあげたシステムが増えてくるのかどうかはなんともいえないが、
すくなくとも水平・垂直両方向の指向性の問題に対する解答のひとつであるのは確かである。
ボイスコイル径で思い出したことがあるので補足しておく。

セレッションのSL6(SL600)は、グラハム・バンクがユニットを、
サイズにとらわれることなく一から設計したことは「サイズ考」に書いたが、
SL6のユニットも、ウーファーとトゥイーターのボイスコイル径は等しい。

推測にしかすぎないが、おそらくいくつもの口径のユニットとともに、
ボイスコイル径もいくつも試作した結果だろう。
4350の大きな特長は、ダブルウーファー構成よりも、
ウーファー2231A、ミッドバス2202A、ミッドハイ2440、
これら3つのユニットのボイスコイル径が4インチで、同じだというところだ。

オーディオに興味をもちはじめたばかりの頃、2ウェイのホーン型システムが、
高域のドライバーに4インチ・ダイヤフラム、2インチ・スロートが多いのを疑問に思ったことがある。
2ウェイで、高域を伸ばすなら、4インチ・ダイヤフラムよりも2インチのほうだろう、と考えていたわけだ。
なぜ4インチなのか。その理由はしばらくしないとわからなかった。

4インチ・ダイヤフラムのコンプレッションドライバー採用のシステムは、
ほぼすべて15インチ(38cm)口径のウーファーを搭載している。

ユニットを組み合わせて、自作スピーカーを構築している人には当り前の事実だろうが、
JBLやアルテックの15インチ・ウーファーのボイスコイル径は4インチである。

ボイスコイル径を揃えることが、技術的にどういうメリットがあるのかは説明できないが、
音の上では、コーン型と、コンプレッションドライバー+ホーン型という異るユニットを
うまくまとめるノウハウなのだろう。

4343、4341のミッドバス2121のボイスコイル径は、発表されていないが、おそらく3インチのはず。
ウーファー2231Aは4インチ、ミッドハイの2420ドライバーは2インチと、すべて異る値だ。

これだけですべてが語れるわけではないことは承知しているが、
4350Aが、ぴたりとうまく鳴ったときのエネルギー感の統一感のある凄まじさ、
その音と較べると、4343が、どうしても中低域のエネルギーがやや不足気味なのは、
ボイスコイル径と無関係ではないと思う。
アルテックの6041のユニット構成は、604-8H同軸ユニットに、
サブウーファーとして416-8BSW(低f0の416-8B)に、トゥイーター6041STを組み合わせている。

瀬川先生も指摘されていたが、トゥイーターの質感に、やや残念なところがある。
詳しくは書かないが、6041STはアルテック純正のトゥイーターではなく、他社製のOEMである。

6041はその後、フェライト化された604-8KSと416-8CSWに変更された6041IIになるが、
JBLの4343が、4350をリファレンスとして、4341から確実な改良を施されて、
システムとしての完成度を高めているのから見ると、
6041はそのものが急拵えの感を拭えず、しかも地道な改良が施されたわけでもない。

同軸型ユニットにこだわりつづけているタンノイが、キングダムで高い完成度を実現したのを見ると、
もしアルテックが6041に本腰をいれていたら......、と思わずにいられない。
アルテック、はじめてのワイドレンジ設計のModel19について、瀬川先生はこう書かれている。
     ※
604Eをオリジナルの612Aエンクロージュアごと(あの銀色のメタリックのハンマートーン塗装は素敵だ)入手して聴いていたこともあるが、私にはアルテックの決して広いとはいえない周波数レンジや、独特の張りのある音質などが、どうも体質的に合わなかったと思う。私の昔からのワイドレンジ指向と、どちらかといえばスリムでクールな音の好きな体質が、アルテックのファットでウォームなナロウレンジを次第に嫌うようになってしまった。
しかし最近、モデル19を相当長時間聴く機会があって、周波数レンジが私としてもどうやら許容できる範囲まで広がってきたことを感じたが、それよりも、久々に聴く音の中に、暖かさに充ちた聴き手にやすらぎをおぼえさせる優しさを聴きとって、あ、俺の音にはいつのまにかこの暖かさが薄れていたのだな、と気がついた。確信に満ちた暖かさというのか、角を矯めるのでない厳しさの中の優しさ。そういう音から、私はほんの少し遠のいていて、しかし、それが私のいまとても欲しい音でもある。おもしろいことにJBLが4343になってから、そういう感じを少しずつ鳴らしはじめた。私が、4341よりも4343の方を好ましく思いはじめたのも、たぶんそのためだろう。もっと齢をとったら、もしかして私もアルテックの懐に飛び込めるのだろうか。それともやはり、私はいつまでも新しい音を追ってゆくのだろうか。
(ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ ALTEC」号より)
     ※
いま読むと、ひじょうに興味深いことを書かれている。
その瀬川先生が、6041をどう評価されていたかは、ステレオサウンド 53号をお読みいただきたい。
手元にその号がないので、引用したいところだが残念ながら無理。

記憶では、レベルコントロールを大胆にいじることが前提だが、かなり高い評価だったはず。

アルテックはModel19、マルチセルラホーンからマンタレーホーンになった604-8Hから、
2ウェイ構成ながら3ウェイ的なレベルコントロールが可能なネットワークになっている。
604-8Hを搭載した620Bに関しても、瀬川先生は、レベルコントロールを積極的にいじることで、
ご自身の音に仕上げられる可能性を感じた、という趣旨の記事を書かれている。
マルチウェイ化にともなう水平・垂直両方向の指向性の不整合に対する解答のひとつが、
同軸ユニットだと私は捉えている。
そして同軸ユニットをうまく使うことが、4ウェイのシステムへの、解答のひとつでもあろう。

4343が日本で爆発的に売れていた時期に、アルテックから6041が登場した。
型番から推測できるように、アルテックの代表的なユニット604を中心にまとめあげた、
同社としては初のワイドレンジ指向のスピーカーである。

JBLが積極的にユニットを開発し、それらを組み合わせて3ウェイ、4ウェイと、
多マルチウェイ・システムを構築しワイドレンジを実現していくのに対して、
アルテックは、小改良をユニットに施すことで、少しずつではあるが確実にレンジを広げてきた。

6041の数年前に登場したアルテックのコンシュマーモデルのModel19とModel15は、
やはりアルテック伝統の2ウェイ構成である。
どちらも、高域用ドライバーに、断面がミカンを輪切りにしたような形を持つフェイズプラグを採用、
さらにネットワークによる周波数コントロールも併せることで、
従来のアルテックの2ウェイ・システムがなだらかに高域が落ちていくのに対して、
20kHzまでほぼフラットを実現するとともに、アルテックならではの高能率もほとんど犠牲にしていない。

厳密に言えば、ネットワークで周波数コントロールを行なっている分、
同様のユニット構成のA7と比較すると、やはり能率は、少しだが下がっている。
4343で感じられなかった音の粗さが、なぜPM510では感じとれたのか。

スピーカーには初動感度というのがある。基本的には能率が同じならば初動感度も同じと考えていい。
ただし聴感上の初動感度は必ずしも、音圧レベルと一致するとは言えない面も持つ。

たとえば重たい振動板を強力な磁気回路を用意して動かすのと、
軽い振動板をほどほどの磁気回路で動かすとして、出力音圧レベル(能率)が同じなら、
初動感度は同じということになる。

だが実際に聴いた印象では、軽い振動板の方が、敏捷だと感じることがある。

4343とPM510の使用ユニットに投じられている物量は、4343のほうがあきらかに上である。
フレームも磁気回路もしっかりとつくってある。
オーディオマニア心をくすぐるのは、4343である。

イギリスは、4343のようなスピーカーを、この時代はつくらなくなっていた。
それ以前はタンノイのオートグラフ、ヴァイタヴォックスのCN191など、
JBLのパラゴン、ハーツフィールド、エレクトロボイスのパトリシアン・シリーズと並ぶ
大型で本格的なつくりのスピーカーがつくられていたが、
いつのまにか家庭用スピーカーとしての範囲をこえないものになっていった。

いかにもイギリス的といえるが、やはりオーディオマニアとってはさびしい面もある。
PM510もLS5/8も、そういう意味では、コストを惜しまず技術の粋を集めて、
やれるところまでやってつくられたというスピーカーではない。

けれど......、と私は思う。
スピーカーのワイドレンジ実現のための有効な手段のひとつが、マルチウェイ化だ。
フルレンジよりも2ウェイ、2ウェイよりも3ウェイ、そして現実的には4ウェイが限界だろう。

周波数レンジの拡大だけでなく、それぞれのユニットを良好な帯域のみで使用することで、
低歪化も狙えるし、最大出力音圧レベルの点でも有利になる。

井上先生──ことわるまでもないが、私にとって井上先生は、井上卓也氏のこと──が、
「2ウェイは二次方程式、3ウェイは三次方程式、4ウェイは四次方程式みたいなもので、
解くのがだんだんと難しくなってくる」とよく言われていたのを思い出す。

4ウェイとなると、同軸ユニットを使わない限り、最低でも4つのユニットが必要になり、
ユニットの口径も、4343を例にあげれば、ウーファーは38cm、
トゥイーターの2405のダイヤフラムの口径は1-3/4インチとかなりの開きがある。

これだけ大きさの異るものをどう配置するか。
定位の再現性を考慮すれば、できるだけ個々のユニットは近づけたいが、
それぞれのユニットの音響面を少しでも理想的にするには、
そしてユニット同士の干渉──音響面だけでなく磁気的な面も含め──を減らすには、
ユニット間の距離は逆に広げたい。

問題になるのは、指向性である。水平方向の指向性は確保できても、
垂直方向の指向性をほぼ均等に保つことは、かなり難しい。
こんなことがあった。

ステレオサウンドに入ったばかりの頃、試聴室となりの倉庫に、ちょうどロジャースのPM510があった。
もちろん、さっそく聴いてみた。
まず試聴室のリファレンススピーカーの4343を聴いた後、PM510に変えた。
アンプ、プレーヤーはそのままである。

出てきた音に、すくなからず驚いた。音が粗い。
なぜ、こんな音がするのか、不思議なほど、特に微小域の音が粗かった。

アンプを、マイケルソン&オースチンのTVA1に変えてみた。
嘘のように、粗さは消えている。
もういちどアンプを戻すと、やはり粗い。

もしかしてACの極性が反対かと思い、反転させてみても音の粗さは変わらず。
当時、世評の高いセパレートアンプの組合せである。
4343にもう一度つなげて聴くと、粗さは感じられない。

カタログ上の音圧レベルは、PM510は94dB、4343は93dB。
ほとんど同じだから、アンプの出力もほぼ同じ領域で使っていたわけだ。
にもかかわらず、4343では聴きとれなかった、というか気にならなかった音の粗さが、
PM510では耳について、気になって仕方がなかった。

50年(その3)

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数年前の、ちょうどこの時期、ある大型レコード店で、
フルトヴェングラーのバイロイトの第九がちょうどかかっているところだった。

店内をふらふらしていたら、あるポイントに来たとたん、急にフルトヴェングラーの第九が、
広がりと奥行きを持って聴こえた。
かかっていたCDは、モノーラル盤で疑似ステレオのブライトクランク盤ではない。

もちろんほんもののステレオ録音のように、明確な音像定位は感じられない。
そこには幾何学的正確さはないが、心地よく音が広がっていた。

そのポイントから外れると、モノーラル的な鳴り方に戻る。

レコード店の天井には複数のスピーカーが吊り下げられている。
それが干渉しあって、たまたまステレオ的な広がりを聴かせるポイントが生れていただけなのだろう。

まったく偶然の産物だった鳴り方だが、
フルトヴェングラーの雄大さ──大きくて堂々としたところ──が、はっきりと感じられた。
2年前になるが、ある個人サイトに五味先生の言葉が引用されていて、
サイトの主宰者の意見が綴られていたのだが、
五味先生の言葉が言わんとするところと、主宰者の主張はどう読んでも喰い違う。
でもご本人は、五味先生の言葉を同意見として引用されている。

引用されていた五味先生の言葉の前後を、著書を読んで確認しても、やはり納得できない。
そこで主宰者の方にメールを出した。

返ってきたメールには、「私は行間を読んでいる」と書いてあった。
そのサイトで公開されている主宰者のプロフィールをみると、まだ20代の方だ。

40代の私が何度読んでも読み取ることが出来なかったことを、
その方は行間から読み取られたことになる。

皮肉で言っているのではない。
なにも私の読み方が絶対だと言っているのでもない。

以前書いたように、いまでも五味先生の著書は、1年に1冊、どれかをくり返し読んでいる。

ディスクにおさめられている音楽は、オーディオ機器の変化や音の変化によって、
以前は聴きとり難かった音も明瞭に聴こえてくるのに対して、
本の活字は若いころに読んだときも40代の今、読んでも、なんら変化はない。
活字の祖も野茂が変化することは、当り前だがありえない。

オーディオ的に言えば、本から得られる情報量は同じだが、
こちらの感じかたは、若いころと同じところもあれば、大きく異るところもある。

それでも、私には行間を読んでいる、感じとれるようになったという意識は、実のところない。
いかにも、世の中は、行間を読むことが、
書いてある文字を読むことより高尚なことみたいに思われがちのようだし、
そう言われているように私は感じている。
だが、少なくとも優れた書き手の文章を読む上で、もっとも優先すべきことは、
そこに書かれている文字をしっかり読むことであろう。
納得いくまでくり返し読むことであり、それにはある種の辛抱強さを求められる。

あえて言う、行間には何も書いてない。
4343(4341も含む)と4350の、いちばん大きな違いは、中低域の再現力の差だと感じている。
システム全体の構成も、もちろん大きく違う。
4350Aは4343、4341と同じウーファー(2231A)の二発使用で、バイアンプ駆動が前提。
ミッドバス帯域のユニットも、25cm口径の212から30cm口径の2202に、
ドライバーも2420から2440に、全体的にスケールが一回り大きくなっている。

4343が、ある節度を保った、破綻の少ないまとまりのよさを見せるのに対して、
4350Aは凄みのある雰囲気を持つ。

バスレフポートの数も4343は2つ、4350Aは6つ、
エンクロージュアの奥行きも4350Aは50.3cmと、4333、4341とほぼ同じ値だ。

違いはいくつもあるが、それでもいちばんの違いは、中低域だ。

4341のときからそうだが、ミッドバスを加えた4ウェイ構成にも関わらず、
中低域の豊かさが不足している。
周波数特性的に問題なくても、聴感上、エネルギー感が不足気味で、
ミッドハイの2420とウーファーの2231Aの間にはさまれて喘いでいる、そんな印象さえ受ける。

もっとも4341では、逆にこのことが魅力にもつながっており、
スリムでセンシティヴとも言える音は、好きなひとにはたまらないはずだ。

4343になり、ユニットは同じながらも、中低域の鳴りの悪さは改善されており、
4341と比べると、音全体のスケール感は大きく、安定している感がある。
それでも中低域の豊かさを感じさせてくれるかというと、
中低域専用ユニットを持っているのに......、と言いたくなる。

4350Aは、さすがにそんな印象はまったくない。
4ウェイ構成の良さが──うまく鳴ったときの音に限るが──見事に活きている。
これが、JBLが、はじめて開発した4ウェイ・スピーカーだから、おそれいる。

正確には言えば、最初のモデルは4350で、2230ウーファーを搭載している。
4350は聴いたことがないので、4350Aで話を進めていく。

正しいもの

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正しいデザインとは、なんだろうと、ふと思ってしまった。

美しいデザイン、カッコいいデザインと言ったりする。
オーディオにおける音、これも、美しい音と言う。そして正しい音という言葉も使う。
録音と再生の、ふたつのプロセスがあるため、
元との比較の意味合いで「正しい」という単語が自然と使われるのだろうが、
正しいデザインと同じ意味での正しい音、そんなものがあるのか、そういうことが言えるのか。
正しいもの、とは、いったいどんなことなのか。

フルトヴェングラーの「音楽ノート」を開く。

1945年の言葉。
「肝要なことは、精神の豊かさでもなければ、深い感情でもない。
ひとえに正しいもの、真実なものである(私は六十歳にしてこのことを記す)。」とある。

ここでフルトヴェングラーが言っている「正しいもの」とは、
同じ1945年の次の言葉が語っている。

「思考する人間がつねに傾向や趨勢のみを『思考する』だけで、
平衡状態を考えることができないのは、まさに思考の悲劇である。
平衡状態はただ感知されるだけである。
言い換えれば、正しいものは──それはつねに平衡状態である──ただ感知され、体験されるだけであって、
およそ認識され、思考されうるものではない。」

フルトヴェングラーが言う、正しいものとは、つねに平衡状態であること。
平衡状態に関する言葉で、「静力学的」という言葉も使っている。

やはり、これも1945年の言葉である。

「芸術家の立場から言えば、過度の感情と、たんに『思考された』観念とは本質的に同じものである。
両者ともに『静力学的(シュターティッシュ)』には重要でない。
私はこのことをつねに感じていたが、それを認識するまでに残念ながらほぼ六十年を費やした。」と語り、
さらに「正しい均衡を保ち、『静力学的』に安定している楽曲は、決して法外な長さを必要としない。」という。

「楽曲」をデザインに置き換えてみる。
「正しい均衡を保ち、『静力学的』に安定しているデザイン」は、なにを必要としないのだろうか。
楽曲における法外な長さは、デザインにおけるなんなのだろうか。法外な冗長さだろうか......。

音に置き換えてみるとどうだろうか。
「正しい均衡を保ち、『静力学的』に安定している音」、
なんとなくイメージできそうな気がするようなしないような。

正しい音が必要としないのは、やはり法外な冗長さだろうか......、法外な情報量かもしれない。

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