audio wednesday (next decade) –第二十六夜
4月のaudio wednesdayは、1日ではなく8日、15日、22日のどこかになりそうです。
決まり次第、案内します。
8月21日から9月27日のどこかで大阪に行く予定ですので、場所の都合がつけば、大阪で開催できればと考えています。
4月のaudio wednesdayは、1日ではなく8日、15日、22日のどこかになりそうです。
決まり次第、案内します。
8月21日から9月27日のどこかで大阪に行く予定ですので、場所の都合がつけば、大阪で開催できればと考えています。
(その37)で、1988年に日本フォノグラムから発売されたノーノイズCDのことを書いた。
(その37・補足)で、それらノーノイズCDのいくつかがTIDALで聴けることを書いた。
今日、あるところでiZotopeを聴いた。
iZotopeは、なんとなく知っていた。かなり効果的だとの評価も聞いていたけれど、そこまでだった。
今日、ようやくiZotopeでノイズ処理された音源を、処理前の音源と比較できた。
かなり盤質の悪いSP盤からの復刻。
このSP盤からの取り込みには私も参加しているので、どれだけのノイズがあったのはわかっている。
それをA/D変換した(処理前)の音も聴いている。今日、iZotopeでノイズを除去した音を聴いた。
1988年、ノーノイズCDのサンプル盤を聴いている。このサンプル盤には、ノーノイズ処理前と処理後の音が収録されていて、その効果を比較試聴で確かめることができた。
ノーノイズCDに否定的な意見は当時もあった。サンプル盤には当然だが、うまくいった例だけを収録していたのだろうが、
聴けば、かなり効果的なことはすぐにわかる。それまでのアナログ信号処理では不可能といえるノイズ処理である。
それからほぼ四十年。
iZotopeは、デジタル信号処理によるノイズ除去技術のレベルが静かに進歩していることを感じさせた。
自分でいじってみたわけではないから、細かなことまで判断できるわけではないものの、
ノーノイズCDが四十年前に感じさせてくれた期待を、私はまた感じとれた。
明日(3月4日)は、渋谷に移ってから四回目のaudio wednesday。
鳴らすシステムは、先月とあまり変化はないが、何かしらの変えていこうと考えている。
明日は、初めて来られる方が二人の予定。月一回の会をずっと続けていると、こうやって会える人がいることでもある。
大きな変化こそないが、少しずつ変化していく。そこに流れがある。
「春くらり」が、今日公開された23話で終ってしまった。
(その2)で、
「春くらり」もそうなるのかもしれない。十年後か二十年後くらいにふと思い出して、また読む。
その時、どうおもいながら読むのだろうか、
と、書いた。
5月8日発売の第三巻で完結する。もちろん買う。
暗記するほどくり返し読んでいるのに、それでも買うのは十年後か二十年後くらいに、ふと思い出して読むためでもある。
いまはマガポケというスマートフォン用のアプリで読めるが、十年後、二十年後はどうなっているのかは、誰にも予測できないはずだ。
十年後、二十年後、スマートフォン(これすらどうなっているのかもわからない)で読める保証はない。
たわいないマンガなんて、十年後、二十年後、読めなくなっていても、どうでもいいことだろう、それよりもっと別の本を紙の本で持っておくべきでは──が正論だろう。
でも、いわゆる名作は、どんなフォーマットになっているかは何ともいえないが、何らかのフォーマットで読まれているだろう。
だから、そういう名作よりも私は「春くらり」を、十年後であっても二十年後であっても確実に読めるフォーマットとして、
紙の単行本を買う。
ケンウッドのL02A、L02Tは、ステレオサウンドの試聴室で何度か聴いている。
くり返し聴くことができたのは、プリメインアンプのL02Aのほうで、チューナーのL02Tの方は、一度だけだった。
音を聴かなくとも、カタログやオーディオ雑誌の記事、それに実物を目の前にすれば、すごいと多くの人が感じたはずだ。
L02Aについてプリメインアンプ篇で書くことになるだろうから、ここではL02Tだけについて書く。
L02Tが登場したころ、オーディオをやっていた人は、セクエラのModel 1とL02T、どちらが高性能なのだろうか、と頭の中で比較したと思う。
L02Tは300,000円。セクエラは1,480,000円。
日本製とアメリカ製の違いがあって、単純にこの価格差だけでは比較の対象とはならないクラスであっても、
L02Tの内容を知るほど、どうなのだろうか、という興味は募っていった。
L01Tでは、そんなことは思わなかった。
以前、別項で書いているように、ステレオサウンドの試聴室でL02Tとナカミチのカセットデッキ、700ZXEとで、シルヴィア・シャシュの日本公演の放送を録音したことがある。
L02Tを聴いたのは、この時かぎり。仕事ではない録音だし、他のチューナーと比較試聴したわけでもない。
それにステレオサウンドの試聴室でチューナーを聴いたのも、この一回かぎりだった。
なので聴いたとはいえ、どれだけの実力なのかの判断基準があったわけではない。
単純に、最高といえる(それに近い)チューナーとカセットデッキで、大好きなシルヴィア・シャシュの公演を録音していることが嬉しかった。
ステレオサウンドで働いていたからできたことで、そうでなければ普及クラスのチューナーとカセットデッキでの録音がやっとだっただろう。
そういう個人的な思い出があるL02Tだけに両方欲しいと思いながらも、誰かにL01Tとどちらかが欲しいときかれたら、L01Tと答える。
パイオニアのエクスクルーシヴ・ブランド、
トリオのケンウッド・ブランド。
どちらも同じようなところを目指しているように見ている人もいただろうが、エクスクルーシヴ・ブランドとケンウッド・ブランドには、はっきりと違いがあった。
ケンウッドは意欲的といえたし、もっといえば少しばかり実験的なところがあった。
ケンウッド・ブランドの最初のモデル、L01AとL01Tは、その後のケンウッド・ブランドのモデルと比較してもそうだった。
ケンウッド・ブランドの次のモデルはアナログプレーヤーのL07Dだった。
高剛性を追求し、ゴムなどの弾性体を排除する方向で開発されている。
曖昧な素材を排除して、高剛性と重量で、アナログプレーヤーの問題に対処するのは、
マニアックなアマチュア的アプローチともいえる。
それでも当時は、高剛性追求が一つの流れとしてあった。
L07Dは、L01Dではなかった。
ケンウッド・ブランドであっても、01と07は違っていた。この点も、エクスクルーシヴ・ブランドでは起こらなかったはずだ。
その次のモデルは、待望のセパレートアンプだった。私はL01Aのセパレートアンプ版を期待していたが、出てきた製品は違っていた。
そして、その次のモデルが、ケンウッド・ブランドの集大成といっていいL02AとL02Tだった。
1970年代の終り近くになってアンプの音の解析が一歩進んだように感じた。
スルーレート、ライズタイム、TIM歪といった動的特性がクローズアップされるようになってきただけでなく、
アンプの非磁性体化も、各メーカーで取り組むようようになってきた。
サンスイのAU-D907 Limitedがそうだし、ケンウッドのL01A、L01Tもそうだっただけでなく、より徹底していた。
L01Aはプリメインアンプにも関わらず、電源部を独立させている。
筐体も底板に木、フロントパネルにはアクリル材、それにアルミを組み合わせることで構成している。もちろんツマミやスイッチからも磁性体を徹底的に排除している。
それでも最後まで残るのが、電源トランスという鉄のかたまりだ。
とはいえ、電源トランスを排除できるわけではないので、別筐体とすることで、非磁性体化の目標を、可能な限り追求、実現している。
この非磁性体化をチューナーにも持ち込んだのがL02Tだ。
チューナーはプリメインアンプほど電源トランスの容量を必要としないこともあってだろう、L02Tでは電源トランスは本体の筺体内に収められている。
L02Tの特徴は非磁性体化だけではなく、回路的にはL01Aよりも意欲的な試みをやっている。
L01Tを聴く機会はなかった。L02Tは160,000円だった。
トリオのKT9700は150,000円、後継機のKT9900は200,000円だったから、
価格だけで判断すれば、L02Tが突出しているわけではなかった。
それでもトリオ・ブランドのチューナーにはない質感が、L02Tにはあるように感じた。
音は聴いていないものの、チューナーとして中身が全く同じであっても、
筐体がまるで違うのだから、音もかなり違う仕上がりとなっていたはず。
いまも中古品として並んでいるL01Tを見つけると、買ってしまおうかな、という衝動がある。
オーディオに興味を持つ前まではアマチュア無線の免許を取ろうと勉強していた。
初歩のラジオを読みながら、合格したら、どの無線機を買おうか、と思っていた時期がある。
トリオの名前は、オーディオよりもアマチュア無線のブランド(メーカー)として、先に知っていた。
トリオのチューナー、というよりもチューナーのトリオという印象があった。
トリオのチューナーは定評があった。でもカタログやオーディオ雑誌に掲載されている写真をみると、なんとなく、どこかにギラついた印象が残っている感じがして、好きにはなれなかった。
チューナーとしての性能、音も優秀なんだろうけど──、私の中では、そこのレベルでとまっていた。
トリオのチューナーに対して印象ががらっと変ったのは、L01Tの登場によってだった。
L01Tという型番からもわかるように、それまでのKTで始まるトリオのチューナーとは、違っていた。
ブランドもトリオではなく、ケンウッド。
いまでこそトリオではなくメーカー名もケンウッドになっているが、当時はトリオが会社名でありブランド名であり、ケンウッドは海外でのブランドだった。
そのケンウッドの名称を、国内の別ブランドとして展開するようにしたのは、パイオニアのエクスクルーシヴ・ブランドと似ている。
パイオニアの場合、最初はパイオニア・ブランドでのExclusiveシリーズだったが、途中から販売会社パックスをつくり、エクスクルーシヴ・ブランドとなった。
その後、パックスは解散して、パイオニアに戻る。
L01Tがチューナーで、ペアとなるプリメインアンプがL01A。この二機種の登場は、私にとっては新鮮だった。
つぼみのままの音がある。
花を咲かせる音がある。
花が散り、実を結ぶ音もある。
数年前に別項で、そう書いた。
ディープエンドオーディオとは、深みを目指すという意味でもあるが、実を結ぶための意味でもある。
その木が、地中深く根をはることで、その実は美味しくなるからだ。
ステレオサウンド 43号、ベストバイで五人が選んでいるチューナーはトリオのKT9700で、
井上卓也、岡俊雄、菅野沖彦、瀬川冬樹、山中敬三の票を集めている。
パイオニアのExclusive F3を選んでいるのは、上杉佳郎、瀬川冬樹の二人。
KT9700は150,000円、Exclusive F3は250,000円。
おそらくだが、チューナーとしての性能はKT9700の方が上だっただろう。
でもKT9700とExclusive F3の写真を見比べると、KT9700が女性ヴォーカルをしっとりと鳴らしてくれるふうには思えなかった。
瀬川先生は《音の傾向は、9300と同系統の、やや硬質で鮮明な印象。反面、音のやわらかさやふくらみや豊かさという面では、たとえばパイオニアのF3あたりの方に軍配が上がるが、この辺は好みの問題だ》と書かれている。
こういうのを読むと、やっぱりExclusive F3だな、と十四歳の私は思っていた。
いつかはExclusive F3と思うようにもなっていたが、少し冷静になれば、チューナーに二十五万円払えるだけの経済的余裕が持てるようになれば、
同レベルのアンプ、スピーカー、プレーヤーも手にしているわけだし、だとすれば、好きなレコード、聴きたいレコードは躊躇うことなく買えるだろうから、
チューナーを介して好きな曲を聴くということ、つまりレコードが買えなくてFM放送を聴くことはほとんどないだろうから、チューナーの音に好みを求めることはあまり意味がないことにも気づいていた。
それでもセクエラのModel 1、マランツのModel 10Bを別格の存在とすれば、
Exclusive F3は、そのころの私にとっては最高級チューナーといえる存在だった。
そのExclusive F3は、いま手元にある。岩崎先生が使われていたモノがある。
ステレオサウンド 43号。
たとえばスペンドールのBCIIについて、岡先生は《ピアノよりも弦楽器やヴォーカルが見事である》と評価されている。
また岡先生はQUADのESLについて《弦とヴォーカルのよさは類のないものである》とも書かれている。
アンプだとラックスのSQ38FD/IIについて、瀬川先生は《とくにクラシックのプログラムソースで、弦やヴォーカルのいかにも息づくような暖かさ、血の通った滑らかさを聴けば、この音はちょっと他のアンプでは聴けない特長であることが理解できる》、
同じラックスのCL32では《弦やヴォーカルの音が冷たい金属質にならず、どこか暖かい滑らかさで響くところが、やはり球ならではという感じ》と書かれている。
どれ一つ、この時点では聴いたことがなかったら、ひたすら読んでは、その音を想像していた。
ヴォーカルがうまく鳴るには、艶があって瑞々しい音であってほしい。女性ヴォーカルを聴くのだから色気もあってほしい──、そんなことをおもいながら、43号を何度読み返したことか。
そんな読み方でチューナーのところを見ると、何が最有力候補として浮かび上がってくるかというと、パイオニアのExclusive F3だった。
セクエラのModel 1も選ばれていたが、この凄い性能のチューナーから、女性ヴォーカルの再生に向いた音がしてくるとは思えなかった。
ヤマハのCT7000もいいな、と思いながらも、瀬川先生なCA2000のところで書かれている《ヤマハの一連のアンプの音質に、もうひとつ、色気の欠けていることが不満である私自身、ここまで磨き上げた端正で上品で、清潔な美しい音を聴かされるとその歪みのない澄明な音色にはひとつの魅力があることがよくわかる》、
これを読んでそうか色気がないのか……、CT7000の音もそうなのか……、と思っていた。
Exclusive F3について瀬川先生は《C3やM4と一脈通じる、繊細で、ややウェットではあるが、汚れのない澄明な品位の高い音質》と書かれていたのだから、
女性ヴォーカルを聴くにはExclusive F3だ、と14歳の私は思ってしまった。
ステレオサウンド 43号の特集は、ベストバイだった。
「五味オーディオ教室」で出逢って一年未満の私にとって、43号は本当に面白かったし、何度読み返したことか。
ベストバイはステレオサウンドの恒例の特集となっていまも続いているし、今後もずっと続いていくだろうが、
ベストバイという特集は、43号がいまも一番といえる。
価格帯で分けたり、星をつけたりしても43号を超えることはない。
43号を持っている人は、いまのステレオサウンドのベストバイと比べてみるといい。43号では熱っぽさが誌面から伝わってきた。いまは、それがない。
編集部、オーディオ評論家の熱が感じられない。
もし43号が、いまのようなベストバイの号だったら、私はくり返し読まなかっただろう。
こんなことを書くと、当時のオーディオ機器の価格と、いまのオーディオ機器の価格があまりにも違いすぎて──、そんなことをいう人がいるだろうが、そんなことではない。
そのことがわかっていないから、こんなベストバイしか作れなくなったのだろう、と思うしかない。
話が逸れてしまったついでに書いておくと、書き手の怠慢ともいえる。それが、どういうことかは、別項で書く予定。
とにかく43号は熱心に読んだ。当時、中学三年生だった私は、女性ヴォーカルが最優先だった。
グラシェラ・スサーナの歌を、うまく鳴らしたい。そればかりを考えて43号を読んでいたので、
ベストバイに選ばれたモデルの、各オーディオ評論家の文章から、そのことを読みとろうともしていた。
(その1)で書いているように、私が初めて聴いた「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は、カラヤン/ドレスデン・シュターツカペレによるEMI盤だった。
カラヤンが数多く残した録音、そのすべてを聴いているわけではないが、この「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は、
カラヤン名盤の中に含まれるはずだ。
私は「五味オーディオ教室」からオーディオをスタートしていることもあって、カラヤンに対して否定的なところもけっこう持っている。
五味先生ほどのアンチ・カラヤンではないものの、五味先生が言われることに納得することも多い。
そんな私でもカラヤンのワーグナーは無視できないと思っている。
五味先生は、カラヤンのワーグナーはまったく認めておられないことを書かれていた。
そのことを知った上で、先入観をかなり持って聴いたにも関わらず、私はカラヤン/ドレスデン・シュターツカペレの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は素晴らしいと、その時感じたし、いまもそう思っている。
この「ニュルンベルクのマイスタージンガー」が、ベルリン・フィルハーモニーとだったら、そしてドイツ・グラモフォン録音だったら、どうだっただろうか。
このカラヤンの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」は、なぜだかTIDALでもQobuzでも配信されていなかった。
三日前の2月19日に配信がされるようになった。
やっと来た、ここまで待たしたのだから、ハイレゾリューションでの配信を期待してしまうけれど、そうではなかった。
それでも配信されたのは、嬉しい。
そういえば早瀬文雄(舘 一男)さんは、熱心なカラヤンのファンだった。でも面白いことにカラヤンのワーグナーは聴かれなかったことを思い出す。
(その7)の時点ではiPhone 12 ProからiPhone 14 Proに機種変更したばかりだった。
12 Proよりも14 Proで聴く方が好ましかった。
それから二年後(2024年)にiPhone 16 Proにしている。
LotooのPAW S1と組み合わせて、夜中にヘッドフォンで聴くためのミニマムなシステムであり、ラジカセ感覚で使っている。
D/Aコンバーター兼ヘッドフォンアンプはPAW S1で変らないし、ヘッドフォンも変っていない。変っているのはiPhoneだけなのだが、音は違う。
以前書いているようにiPhone 12 Proの音は気になるところがあった。14 Proで、その点が解消され、まあ満足していた。
二年ごとにiPhoneを機種変更するたびに、音は変る。前のiPhone(前の音)が良かったと思っても、元には戻せないわけで、二年ごとの、ちょっとしたどきどきである。
新しいiPhoneの音はどうなのか。こればかりは聴いてみるまでわからない。
いま使っているiPhone 16 Proの音は気に入っている。音の滑らかさが、これまでのiPhoneとは違う。
この滑らかさは、どこからくるものだろうか。もしかするとチタンボディということが、大きいかもしれない、と使い始めたころから思っている。
二年ごとの機種変更だから今年の秋に、また機種変更することになる。
昨年のiPhone 17 Proからボディはアルミニウムになっている。熱のことを考えればチタンよりもアルミニウムなのはわかるが、音はどうなのか。
意外にもチタンボディはいいのかもしれない、というおもいは少しずつ強くなっているので、iPhone 16 Proは、このまま手元におく、ということも考え始めている。
この伊藤先生の言葉を引用するのは、今回で十回。
しつこいぐらいに引用するのは、大事なことだし、にも関わらず、そんなふうには思わずスピーカーを鳴らしている人が、少なからずいると感じているからだ。
《スピーカーを選ぶなどとは思い上りでした。良否は別として実はスピーカーの方が選ぶ人を試していたのです。》
もう引用することもないな、と思える日は来るのか。